【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少

文字の大きさ
上 下
24 / 53

第24話 エルネスト/メアリ

しおりを挟む
「ソフィアの部屋から、話し声がする?」
「はい。誰もいらっしゃらないはずなのですが、確かに会話をするような声です」

 エルネストの執務室。
 羊皮紙の束に埋もれたエルネストに、シトリーがソフィアのことを報告していた。

「精霊の御子である可能性を考えております」

 思わずペンを止めてシトリーを見れば、そこには真剣な表情の侍女長がいた。
 切れ者で要領も良い部下が、ついに真実に到達してしまったのだ。

(……さすがに隠しておくのは厳しいか)

 諦めを滲ませながらも、悪あがきをする。
 エルネスト自身も理由を説明できないが、彼女自身が言い出すまでは精霊の御子だと断定したくなかった。

「……精霊の御子。本気で言っているのか?」
「はい。そうでなければわざわざ相談しませんよ」

 シトリーの言葉にエルネストは頭を振った。そのまま羽ペンを置いて椅子にずぶりと沈み込む。

「……黙っていることは?」
「出来ませんね。国の法律ですから」
「だろうな」

 冗談のようにしか聞こえない話だが、エルネストにも思い当たる節があった。
 自らの頭痛を取り除いたときのソフィアだ。『ゴミがついている』と取って付けたように言い訳をしていたが、実際には触られた感触などなかった。
 そして、彼女が動いた直後に消えた、長年の頭痛。
 脚のこむら返り。
 手の違和感。
 他にも、ソフィアは出会う度にさっと払いのけるような動きをして、その度にエルネストが感じていた不快感が消えていた。
 最早疑いようもなく、ソフィアが何かをしたと確信している。
  
 しかしエルネストはソフィアを手放したくなかった。
 一度宮殿に入ってしまえば、伴侶でない限りは自由に会うことすらできない。
 否、伴侶ですら制限が付けられるというのが実状だ。精霊の御子が親しい人のわがままに振り回されないように。
 強大な力を個人の私利私欲のために振るわないように。
 精霊の御子としての力を狙った何者かにつけ込む隙を与えないよう。
 御子を守るための『宮殿』だが、それは同時に御子を閉じ込める牢獄でもあった。

「……少し時間をくれ」

 エルネストは書類仕事を全て投げ出して思案を始めた。
 たった数日の内にソフィアの存在はかけがえのないものになっていた。彼女の声を聞きたくなる。彼女の顔を見たくなる。彼女に触れたくなる。
 初日、ソフィアの髪に口付けたのが嘘のようにエルネストは緊張してしまうようになった。誰にも抱いたことのない感情に、エルネスト自身も戸惑っていた。

「……若様。やはり、お好きなのですね」

 シトリーの言葉が腑に落ちた。
 すとんと入ってきたそれは、今まで呼び名の無かった自分の感情に相応しいものだった。

(そうか……俺は、ソフィアを好きだったんだ)

 今までも、何度か婚約の話を持ちかけられたことがあったが、相手を見ても何とも思わなかった。
 体調不良や煩わしさ、そして『自分と婚約するメリット』ばかりを考える相手にうんざりして全て断っていたのだ。
 それが、自分でさえ驚くほどソフィアに惹かれている。

(こんなにも人を好きになれるとはな)

 彼女を失うことなど、決して考えられなかった。

「ソフィア」

 口をついて出た名前は、誰にも聞かれることなく空気に溶け消えた。

***

「もう、本当に最悪。どうなってるのかしら」

 箱馬車に揺られながら、メアリは不満げに呟いた。父であるセラフィナイト伯爵がそれを宥めるが、彼女の気持ちが晴れることはない。

「お父様が是非にって言ったからわざわざ足を運んだのに、売れませんってどういうことなのよ! 私が買ってあげるって言ってるのに!」
「王族が予約を入れていたのだ。仕方ないだろう」

 メアリが訪れたのは、王都でも一番有名な洋服店だ。
 貴族ならば知らぬ者がいないほどの店で、王族ですら重用すると言われてデビュタントに向けた素敵なドレスが手に入ると息巻いていたのだ。
 ところがふたを開けてみれば、その店でしか取り扱いのない貴重な布は在庫分も、これから生産される分も全てを王族が予約済みなのだという。
 その布地が全財産をはたいても買えないものだと知った伯爵は買えなかったことに安堵すらしていたが、メアリにそんなことを言えるはずもない。

「私が着るはずだったのに!」
「そうだね。その代わり、宝石店では好きなものを買ってあげよう」
「本当? 約束だからね!」
「もちろん。それに、王族がその布地を集めているならば、メアリを見て気に入った王族がプレゼントしてくれるかも知れないね」

 何の気なしに言った言葉だが、メアリにとっては当たり前にすとんと落ちる言葉だった。

「そうね、確かにその通りだわ。プレゼントしてもらえば良いんだ」
「第一王子のアルフレッド様はすでに婚約されているはずだが、第二王子はまだだったはずだ。身体が弱いとのことであまりパーティには出席されないが、会えれば良いな」

 会えれば。
 メアリを一目見れば。
 それだけでメアリに夢中になるはず。

 メアリもセラフィナイト伯爵も、大真面目にそう考えていた。

「んー……でもそうしたら、宝石はドレスに合わせたものが良いかしら?」
「はははっ。何を付けてもメアリの方がずっと綺麗なんだから、好きなものを選びなさい」
「はぁい。楽しみだな」

 にっこり笑って外を眺めたメアリ。
 馬車が行きかう大通りを進む内に、すれ違った馬車に信じられないものを見た。
 すなわち、ソフィアの姿だ。

「……お姉さま?」
「ん? どうしたんだい?」
「今すれ違った馬車に、お姉さまが乗っていた気がしたの」

 メアリの言葉に、伯爵は眉を寄せた。

「メアリには姉なんていないよ。……家出なんてしおって、家名に傷でもついたらどうするんだ」
「でも、」
「聞き分けなさい。メアリの評判まで落ちることになるんだよ? ソフィアはもう他人だ。貴族院にもお願いして、正式に籍からも抹消した」

 父に窘められて大人しく座り直したメアリだが、心の中で出奔した姉に想いを馳せた。

(まったく。せっかくお父様が修道院を用意してくださったのに家出なんて。人を困らせて何がしたいのかしら)

 生まれてからずっと自分が世界の中心にいたメアリには、ソフィアの苦悩などわかるはずもない。メアリの役に立てるチャンスをふいにしたソフィアを心の中でなじる。

(お父様もお母様も、屋敷のみんなだってこんなに優しくしてくれるのに。注目されないのがそんなに不満?)

 布の幌が張ってあるだけの馬車ならばともかく、メアリが見たのは自分たちと同じ箱馬車であった。
 それはつまり、誰かしら貴族と関わりがあることを示している。

(だったら、私みたいに可愛くなればいいのに。まぁ、それができないからお姉さまは誰からも注目されないんでしょうけど)

 悪意はない。
 無邪気なメアリは、彼女なりの論理でソフィアの気持ちを推測していた。

(問題を起こせば注目してもらえると思った? 残念でした。お父様が愛してるのは私だけ。屋敷のみんなだってそう。お姉さまがいなくなったのに気付いたのだって、修道院のお迎えが来てからだもの)

 馬車が宝石店に近づき、速度を落とした。

「さぁ、着いたよ」

 父に手を差し伸べられ、メアリは軽やかに馬車から降りる。

(まぁ、何か役に立つことを示してくれるなら私がお父様に執り成してあげれば良いか。どうせいても邪魔なだけだったし)

 父の怒りを鎮めるのはいつもメアリだった。
 実際はメアリのわがままに起因することで理不尽を強いられたせいなのだが、少なくともメアリはそう思っていたし、ソフィアを救ってやっているとすら考えていた。
 誰もがメアリを好きになってくれたし、大切にしてくれる。
 それができない者はつまはじきにされても仕方ないし、できるように心を入れ替えるべき。
 傲慢な思考の元でソフィアに何をさせるか考えていたメアリだが、宝飾店でもとびきりの逸品を勧められ、ご満悦でそれを買うことに決めたのだった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

幸せを知らない令嬢は、やたらと甘い神様に溺愛される

ちゃっぷ
恋愛
家族から産まれたことも生きていることも全否定され、少しは役に立てと言われて政略結婚する予定だった婚約者すらも妹に奪われた男爵令嬢/アルサイーダ・ムシバ。 さらにお前は産まれてこなかったことにすると、家を追い出される。 行き場を失ってたまに訪れていた教会に来た令嬢は、そこで「産まれてきてごめんなさい」と懺悔する。 すると光り輝く美しい神/イラホンが現れて「何も謝ることはない。俺が君を幸せにするから、俺の妻になってくれ」と言われる。 さらに神は令嬢を強く抱きしめ、病めるときも健やかなるときも永遠に愛することを誓うと、おでこにキス。 突然のことに赤面する令嬢をよそに、やたらと甘い神様の溺愛が始まる――。

処理中です...