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第13話 夜虹絹
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「お嬢様」
「は、はい」
「実は、当店は畏れ多くも王族の皆さまにお墨付きを頂き、大変珍しい布地を商っておりまして」
そう言いながらバスケットの一つから取り出されたのは、ハンカチ程度の端切れだった。黒に近い色合いながらも光を反射して虹色の光沢を持ったそれは、言葉にするのが難しい色合いである。
「夜虹絹と言います。元は黒なのですが、まとう人の心に応じて色を変える不思議な特性を持っています。条件は分かっておりませんが、虹のようにあらゆる色合いに変化するのです」
差し出されたそれに指をあてれば、普通の絹よりもさらに滑らかな手触りだった。サァッと薄く色づいたのは赤。
静かに煌めく生地は夜の虹、と言われて思わずなるほど、と納得してしまう美しさだ。
「まぁ、赤は情熱と愛の色。殿下への想いが御強いんですね」
「え、ええ……」
『ソフィア。ソレ、近くにいる精霊によって色が変わるものよ』
戸惑いと動揺を表に出さないよう、必死で表情を取り繕うソフィアをカバーするようにトトが囁く。
『星幽がたっぷり含まれていて、精霊にも綺麗に見える生地なの。赤くなったのはアタシの色ね』
喋れない代わりに小さく頷けば、年配の針子が説明を続ける。
「殿下の髪色をまとわれるのが愛情を伝えるには一番かと思いましたが、黒は扱いが難しく、晴れの場には向かないことも多いのです。こちらならばどのような趣向のパーティーでも着ていけますし、何よりも他の方と被ることが絶対にありません」
セールストークに圧されるが、ソフィア自身に決定権があるわけではない。押し黙ったままシトリーに助けを求めれば、こっくりと頷いた彼女が年配のお針子とのやり取りに加わった。
「素敵な生地ですね。こちらはおいくらですか? ああ、当然、これに見合うだけの宝飾品もすべて込みでの価格をお願いします」
「……そうですね。こちら大変貴重な品となっておりますので、このくらいにはなってしまうのですが――」
「買います。それで一着仕立ててください」
「ままま、待ってくださいっ!」
食い気味にゴーサインを出したシトリーを止めたのは当然ながらソフィアである。
「いくらなんでも高すぎますっ! 私は――」
「お嬢様、落ち着いてください」
なんとか購入を思いとどまらせようとするソフィアだが、シトリーは動揺なくあしらう。
「安い生地で贈り物などすれば、若様の名声に傷がつきます」
「だからって、いくらなんでも」
ソフィアが耳にしたのは実家の領地が一年間に収める税収よりも大きな金額だった。いかに王族といえども、ポッと払えるとは思えない額である。
納得しいかないソフィアに、シトリーは耳を寄せた。
お針子たちには聞かせたくないこと――つまり、雇用に関することを含めた説得だ。
「ソフィア様。エルネスト様はそれだけ本気なのです」
「本気……?」
「ソフィア様が素敵な装いでパーティーに参加すれば、他のご令嬢も『エルネスト様とお付き合いすればそれだけ大切にしてもらえる』と思うのです」
「はぁ……?」
「ですからソフィア様は遠慮なく着飾ってください。どれだけの金額を使おうともエルネスト様自身が女性慣れし、ゆくゆくは素敵な伴侶を得るための投資だと思えば良いのです」
「投資」
思わず納得するソフィアだが、実際そんなことを考える令嬢はシトリーの予想では極わずかなはずだ。
なにしろ、ソフィア自身が『大切にしてもらっているご令嬢』になるのだから、それに横やりを入れるとなればエルネストに喧嘩を売るに等しい。
これでソフィアがまったく美しくもなんともないのであれば話は別かもしれないが、シトリーの目に映る少女はエルネストが一目ぼれするのも無理はないと思えるほどに美しい。
結果、ソフィアに喧嘩を売れるのは自らの美しさに並々ならぬ自信を持っているか、そうでなければエルネストの美貌に目が眩んだ者だけとなる。
シトリーに予想できるのは、エルネストに執心なことで有名な公爵令嬢一人である。
それ以外の者が現れないとは言い切れない辺り、エルネストの美貌がいかに異常なものなのかを物語っているが。
「ですから、ドレスや宝飾品を見せびらかすためにも若様に誘われたらデートなどではしっかり着飾っていただけると嬉しいのですが」
「そうですね。出来る限り頑張ります!」
仕事の一環として、と気合をいれたソフィアを、シトリーは何とも言えない表情で眺める。真っ直ぐで純粋な姿は微笑ましいが、このままだと自らの主の恋が叶う日が永遠に来ない気がした。
とはいえ、シトリーとしては限界に近いレベルで助力している。
第三者が聞いていれば有罪判決が出てもおかしくないような屁理屈でソフィアを丸め込んでいるのだから、これ以上は難しかった。
「近いうちに若様からデートのお誘いがあると思いますのでよろしくお願いします。――もちろん、無粋な言葉や態度だったら断っても構いませんからね」
「はいっ! 未来の奥さんをしっかり口説けるように、気付いたことはバンバンお伝えしますね!」
ダメだしにやる気満々なソフィアの笑顔を見て、シトリーは心の中で大きな溜息を吐いた。
「は、はい」
「実は、当店は畏れ多くも王族の皆さまにお墨付きを頂き、大変珍しい布地を商っておりまして」
そう言いながらバスケットの一つから取り出されたのは、ハンカチ程度の端切れだった。黒に近い色合いながらも光を反射して虹色の光沢を持ったそれは、言葉にするのが難しい色合いである。
「夜虹絹と言います。元は黒なのですが、まとう人の心に応じて色を変える不思議な特性を持っています。条件は分かっておりませんが、虹のようにあらゆる色合いに変化するのです」
差し出されたそれに指をあてれば、普通の絹よりもさらに滑らかな手触りだった。サァッと薄く色づいたのは赤。
静かに煌めく生地は夜の虹、と言われて思わずなるほど、と納得してしまう美しさだ。
「まぁ、赤は情熱と愛の色。殿下への想いが御強いんですね」
「え、ええ……」
『ソフィア。ソレ、近くにいる精霊によって色が変わるものよ』
戸惑いと動揺を表に出さないよう、必死で表情を取り繕うソフィアをカバーするようにトトが囁く。
『星幽がたっぷり含まれていて、精霊にも綺麗に見える生地なの。赤くなったのはアタシの色ね』
喋れない代わりに小さく頷けば、年配の針子が説明を続ける。
「殿下の髪色をまとわれるのが愛情を伝えるには一番かと思いましたが、黒は扱いが難しく、晴れの場には向かないことも多いのです。こちらならばどのような趣向のパーティーでも着ていけますし、何よりも他の方と被ることが絶対にありません」
セールストークに圧されるが、ソフィア自身に決定権があるわけではない。押し黙ったままシトリーに助けを求めれば、こっくりと頷いた彼女が年配のお針子とのやり取りに加わった。
「素敵な生地ですね。こちらはおいくらですか? ああ、当然、これに見合うだけの宝飾品もすべて込みでの価格をお願いします」
「……そうですね。こちら大変貴重な品となっておりますので、このくらいにはなってしまうのですが――」
「買います。それで一着仕立ててください」
「ままま、待ってくださいっ!」
食い気味にゴーサインを出したシトリーを止めたのは当然ながらソフィアである。
「いくらなんでも高すぎますっ! 私は――」
「お嬢様、落ち着いてください」
なんとか購入を思いとどまらせようとするソフィアだが、シトリーは動揺なくあしらう。
「安い生地で贈り物などすれば、若様の名声に傷がつきます」
「だからって、いくらなんでも」
ソフィアが耳にしたのは実家の領地が一年間に収める税収よりも大きな金額だった。いかに王族といえども、ポッと払えるとは思えない額である。
納得しいかないソフィアに、シトリーは耳を寄せた。
お針子たちには聞かせたくないこと――つまり、雇用に関することを含めた説得だ。
「ソフィア様。エルネスト様はそれだけ本気なのです」
「本気……?」
「ソフィア様が素敵な装いでパーティーに参加すれば、他のご令嬢も『エルネスト様とお付き合いすればそれだけ大切にしてもらえる』と思うのです」
「はぁ……?」
「ですからソフィア様は遠慮なく着飾ってください。どれだけの金額を使おうともエルネスト様自身が女性慣れし、ゆくゆくは素敵な伴侶を得るための投資だと思えば良いのです」
「投資」
思わず納得するソフィアだが、実際そんなことを考える令嬢はシトリーの予想では極わずかなはずだ。
なにしろ、ソフィア自身が『大切にしてもらっているご令嬢』になるのだから、それに横やりを入れるとなればエルネストに喧嘩を売るに等しい。
これでソフィアがまったく美しくもなんともないのであれば話は別かもしれないが、シトリーの目に映る少女はエルネストが一目ぼれするのも無理はないと思えるほどに美しい。
結果、ソフィアに喧嘩を売れるのは自らの美しさに並々ならぬ自信を持っているか、そうでなければエルネストの美貌に目が眩んだ者だけとなる。
シトリーに予想できるのは、エルネストに執心なことで有名な公爵令嬢一人である。
それ以外の者が現れないとは言い切れない辺り、エルネストの美貌がいかに異常なものなのかを物語っているが。
「ですから、ドレスや宝飾品を見せびらかすためにも若様に誘われたらデートなどではしっかり着飾っていただけると嬉しいのですが」
「そうですね。出来る限り頑張ります!」
仕事の一環として、と気合をいれたソフィアを、シトリーは何とも言えない表情で眺める。真っ直ぐで純粋な姿は微笑ましいが、このままだと自らの主の恋が叶う日が永遠に来ない気がした。
とはいえ、シトリーとしては限界に近いレベルで助力している。
第三者が聞いていれば有罪判決が出てもおかしくないような屁理屈でソフィアを丸め込んでいるのだから、これ以上は難しかった。
「近いうちに若様からデートのお誘いがあると思いますのでよろしくお願いします。――もちろん、無粋な言葉や態度だったら断っても構いませんからね」
「はいっ! 未来の奥さんをしっかり口説けるように、気付いたことはバンバンお伝えしますね!」
ダメだしにやる気満々なソフィアの笑顔を見て、シトリーは心の中で大きな溜息を吐いた。
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