【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少

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第9話 エルネストの思惑①

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 その日もまた、エルネストは激しい頭痛に見舞われていたはずだった。
 何をしていても消えない、呪いのような頭痛。
 小さなころから頭痛持ちだったので慣れっこではあるが、眉間に深く刻まれたしわが痛みの強さを物語っていた。
 王宮付の医師はもとより、僻地で名の知れた医者に見てもらっても異常は見当たらず、処方された薬もほとんど聞かなかった。
 王族としての重圧と言われて公務から離れても駄目。
 身体が弱いからだと言われて騎士団で鍛えてみても駄目。
 むしろ頭痛を我慢していたら、歯を食いしばりながら訓練を続ける姿勢を変に評価されてしまった。折り悪く出陣することになった他国との小競り合いでは、甲冑越しでも分かる剣呑な雰囲気に圧されて変なあだ名まで付けられる始末だった。
 卓越した剣術の腕前や、王族として鍛えられた文官仕事も卒なくこなすこともあって騎士団ではトントン拍子に出世していったが、肝心の頭痛は一向に消える気配がなかった。

(最後に頭痛が消えたのは七歳の頃だったか……)

 義母である女王に同行して精霊の御子が住まう宮殿に向かった時に、冗談みたいに頭痛が消えたことだけは覚えていたが、それも二日と持たなかった。気付けばまた頭痛はエルネストを蝕んでいた。
 調べようにもいつの間にか団長にまで昇りつめた騎士団の雑務と気付いたら再発していた頭痛に悩まされてそんな余裕はどこにも無くなってしまう。

 年齢が上がるにつれて婚約の話がたびたび出てくるようになったが、それもまた頭痛のタネである。
 何人かの婚約者候補と会ったのだが、その全てがエルネストをイライラさせるような言動ばかりだったのだ。
 エルネストの姿絵や釣り書きを見て勝手な幻想を抱き、実際に会うと悲鳴をあげる。
 そこまでで婚約の話が立ち消えるのであれば、ショックではあるがまだ許せる。本当に許せないのは第二王子という肩書きを目的に、明らかに好きでもないエルネストに媚びへつらう者だ。
 自分を怖がらずに見てくれる者に出会って婚約直前まで行ったこともあるが、諜報部の身辺調査でエルネストの陰口をばら撒いていたり、王族になればこっちのものなどと嘯いていることが分かり御破算となった。
 打算ありきのご機嫌取りだったのだ。
 
 それ以来、エルは女性を信用しなくなった。
 
 だから。

 人攫いに絡まれた女性を見つけた時も、どうせ悲鳴をあげて逃げるか、そうでなければ分かりやすく媚びへつらうものと思い込んでいた。

『あっ、えっと、その……ゴミがついてまして』

 自らただの村娘だと名乗った少女は、エルネストを見ても怖がらなかった。媚びるようなこともしない。
 まるで『ただの人間』に接しているかのような自然な態度。
 エルネストがあっけに取られている間に、長年の悩みは突然解消された。少女が軽く手を振っただけでノイズのように思考を乱していた頭痛が消え、あらゆるものが鮮明に感じられるようになった。
 世界の色が変わったかのような心持ちだった。

『……何をしている? いや、何をした?』
『ご、ゴミです! ゴミを取りました!』

 目の前の少女が何かをしたのは確実、と観察のために改めてきちんと目を向けるが、やはり気負いした様子はなかった。
 自然体な少女に、エルネスト思わず見惚れた。
 柔らかく陽光を受け止めるはしばみ色の髪。
 髪と同じ色合いながら、どこまでも見透かされてしまいそうな瞳。くりんとした目は今までに出会った誰よりも真っ直ぐにエルネストのことを見つめていた。

 エルネストに怯える訳でもなければ、権力に目がくらんでご機嫌取りをするわけでもない。
 まったく意識されていない、しかし真っ直ぐな視線はエルネストにとって新鮮で、何より心地よかった。

 助けた少女は名前をソフィアと言った。
 地味なワンピースに旅行鞄という出で立ちだが、華奢な四肢も白魚のような指も村で何かしら稼業の手伝いをしていたようには見えない。触れば壊れてしまう、という表現がぴったりな儚げな少女だった。
 さらに彼女は『しつこいゴミ』なる意味不明な言い訳とともに、朝から感じていた足の違和感をも消し去った。
 こむら返り--いわゆる『足がつる』ことや、肩・首・腰などに違和感を覚えることが多かったエルネストだが、これほど明確にスッキリしたのは初めての経験だった。

 訳アリの貴族令嬢。
 それも、何かしら特別な力を持っていると察した。
 過去に精霊の御子が住まう宮殿に訪れた時とまったく同じ状況だったのだ。
 少女が精霊の御子である可能性に思い至ったエルネストは、すぐさま彼女を手元に置こうと考えた。
 今まで思考を乱していた頭痛を始めとして、全ての体調不良が消えた結果、彼の脳内はとてつもなくスッキリしている。
 否、スッキリしすぎた。
 その結果。

『ソフィアと言ったな。俺のところに来い』

 あらゆる行程をすっ飛ばしていきなり本題に入ってしまった。
 普段が騎士団長として男所帯を率いていたり、犯罪者の相手をすることが多いための命令口調だが、よくよく考えれば求婚か、そうでなければ人攫いと取られてもおかしくない発言である。
 ソフィアが狼狽えたのを見て、すぐさま自分の失態に気付いたエルネストは何とか理由をこじつけた。

『あっ、いや、違う! 変な意味じゃなくてだな! ええと……そうだ、仕事を探していると言っていただろう?  俺の屋敷で人員を募集している。働かないか、という意味だ』

 眼前で迷うソフィアを何とか手元に置きたくて、駄目押しで好条件を追加する。
 無意識に金銭や身分の話を避けたのは、他の女と同じくエルネストを金づるだとか権力者だとか、そういう目で見て欲しくないというエルネスト自身の願いでもあった。

「衣食住は完全保証だぞ」
「ぜひ雇ってくださいっ!」

 花の咲いたような笑みに、思わずエルネストの頬も緩んだ。

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