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第5話 人攫い
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「仕事を探してるんだって?」
「いやぁ丁度良かった。最高に素敵な仕事があるんだ」
「おれたちは紹介料が貰えてラッキー。お嬢ちゃんは永久に仕事に困らなくてラッキー。最高だろう?」
「け、結構ですっ」
咄嗟に旅行鞄を握りしめて走り出そうとするが、すでに遅かった。
男のうちの一人が、短剣を取り出した。鞘から刀身を少しだけ抜くと、暗く淀んだ笑みをソフィアに向けた。
剣呑な視線は決して友好的なものではない。
「ッ!?」
「騒いだり逃げようとしたら刺すぞ。せっかくの美人なんだ、商品価値を下げたくはない。分かるな?」
『……ソフィア、大丈夫? アタシが何とかしてあげましょうか? 契約してくれるなら、だけど』
トトが気遣うものの、ソフィアは声をあげること自体が難しい状況に追い込まれていた。契約するつもりもないが、口を開けばゴロツキは短剣をソフィアに振るうかもしれない。
(どうしよう。何か隙を見つけて逃げる……トトに気を引いてもらって……そもそもどうやって伝えれば良いのよ!)
頭の中で必死に考えを巡らせていると、眼前の男たちが急に顔色を変えた。男たちの体に遮られて見えないが、誰かが立ちはだかっているようだった。
「何をしている?」
よく通る、しかし不機嫌さが滲んだ声が背後から掛けられると、人攫いたちは目を見開いて体をこわばらせた。
「誰だテメ、ェ……?」
「騎士にその人相……! お前、いや、あなたは……!」
「クソ! 逃げるぞ、『騎士団の魔王』だ!」
「勝ち目がねぇッ! ずらかれ!」
ソフィアを放り出して一目散に逃げ出した人攫いたちに、呆然としてしまう。
状況についていけなかった。
トトにこめかみをつつかれて慌てて振り返れば、そこには信じられない者が立っていた。
ソフィアよりも頭一つ高い長身を騎士団専用の官服に包んだ男性。細身ながらも厚みを感じさせる身体は騎士として鍛え抜いたであろう力強さを感じさせた。
鋭さすら感じさせる端正な顔立ちだが、それを台無しにするかの如く眉間に深いしわが刻まれていた。元が整っているだけに、そこに浮かぶ不機嫌さには並々ならぬ迫力が感じられる。
怒りを元に神が作った彫刻、と言われれば信じてしまいそうな姿だった。
「……ルーカス、逃げた者を追う手はずを。今いる手勢を北門へ配置、残りで五区、六区を中心に犯人を追え。その後、他の門にも通達」
「北門、ですか? 他は後回しで?」
「少しだが北部訛りがあったし服装も北部のものだ。北門周辺で馬車を隠せるのは五区か六区だけ。他の門から逃げようとするなら、多少は遅れても間に合うだろう」
「……なるほど。かしこまりました」
ルーカスと呼ばれた男が頷いたところで騎士が自らのこめかみを揉んだ。どうやら体調が悪いらしく、軽く頭を振る。
「頼んだ。私はこのご令嬢の相手をしてから少し休む」
ちらりと向けた視線は肉食の猛獣か、そうでなければ抜き身の刃物のような雰囲気。
見惚れてしまうような美しさとは裏腹に、周囲を歩いているだけの者達ですら視線が合えば思わず引いてしまうような迫力を醸していた。
だが、ソフィアが思わず固まってしまったのはそこではない。
「えっと、頭……痛くないですか……?」
ソフィアの視線の先。
立派な尾羽を持ったカラスの精霊が、彼の頭をスココココとつつきまくっていたのだ。親の仇と言わんばかりの勢いは、トトがソフィアにしていたものよりもずっと勢いがあった。
(……何でこんなにつつかれてるの!?)
思わず訊ねてから、ソフィアはハッとした。
精霊につつかれ続けると頭痛になるというのはソフィアがトトにつつかれたことで発見したことだ。つまり、精霊の御子にしか知り得ない情報である。
ましてや一目見てそんなことが分かるとなれば、精霊を目視できる証拠にほかならなかった。
「君は……?」
「えっと。仕事を探しに王都にやってきたただの村娘のソフィアです」
口から出てきたのはソフィア自身ですら呆れてしまうような嘘だった。騎士を前にして、自らをただの村娘と名乗る人間なんて聞いたことがない。
肩にとまっていたトトも呆れ混じりの視線を向ける。
騎士を相手に怪しい名乗りをあげるとなれば、取り調べをして欲しいと言っているようなものである。
とはいえ、当のソフィアは自らが取り調べ対象になるかどうかの瀬戸際にいることよりも、騎士の肩に止まっていた精霊が気になっていた。
(あんなにつつかれ続けてる人みるのなんて初めて……きっととんでもなく痛いんだろうなぁ)
「何を見ている?」
「あっ、えっと、その……ゴミがついてまして」
「ゴミ?」
ソフィアは仕方なく騎士にとりついたカラスの精霊に手を差し伸べる。力の強い、古くから存在している精霊ともなれば話は別だが、基本的に精霊を追い払うだけならば特別な方法はない。
本来ならば人間側からは干渉できないはずなので、触られただけでも驚いて逃げていく。
こめかみをつつくのに夢中になっていた精霊に指先が触れると、精霊は両翼をばさりと広げた。
自らを視認して触れるソフィアに驚いたのか、けぇっ、と短く鳴いて飛び去ってしまった。
(これで頭痛は良くなるはずよね)
ソフィアがほっと一息を吐くと同時、騎士が劇的な変化を見せた。
今まで凶器のような鋭さをしていた視線が和らぎ、鋭利な輝きを放っていた目が驚きに見開かれた。近寄りがたい雰囲気が霧散し、代わりにどきりとするほど端正な顔立ちに、周囲の空気が華やかになったようにさえ感じられた。
「……何をしている? いや、何をした!?」
「ご、ゴミです! ゴミを取りました!」
言いながら、今度は視界の端っこにモグラの精霊がいたことに気付く。
モグラの精霊は長い鉤爪で騎士のふくらはぎをツンツンしていた。
(また!?)
ソフィアは手を伸ばして追い払う。
「……今のは?」
「ご、ゴミです! しつこいゴミだったので!」
「長年消えなかった頭痛に今朝から感じてた足の違和感。まさか君は――……いや、やめよう」
騎士は自分のこめかみを軽く揉むと、まっすぐにソフィアを見据えた。
黒曜石のような深い色合いの瞳に射抜かれ、思わずドキリとする。
騎士もまた何かを感じたのか目が零れそうなほどに大きく見開いて彼女を見据え、それから弾かれたようにソフィアの両手を取った。
「ソフィアと言ったな。俺の家に来い」
「いやぁ丁度良かった。最高に素敵な仕事があるんだ」
「おれたちは紹介料が貰えてラッキー。お嬢ちゃんは永久に仕事に困らなくてラッキー。最高だろう?」
「け、結構ですっ」
咄嗟に旅行鞄を握りしめて走り出そうとするが、すでに遅かった。
男のうちの一人が、短剣を取り出した。鞘から刀身を少しだけ抜くと、暗く淀んだ笑みをソフィアに向けた。
剣呑な視線は決して友好的なものではない。
「ッ!?」
「騒いだり逃げようとしたら刺すぞ。せっかくの美人なんだ、商品価値を下げたくはない。分かるな?」
『……ソフィア、大丈夫? アタシが何とかしてあげましょうか? 契約してくれるなら、だけど』
トトが気遣うものの、ソフィアは声をあげること自体が難しい状況に追い込まれていた。契約するつもりもないが、口を開けばゴロツキは短剣をソフィアに振るうかもしれない。
(どうしよう。何か隙を見つけて逃げる……トトに気を引いてもらって……そもそもどうやって伝えれば良いのよ!)
頭の中で必死に考えを巡らせていると、眼前の男たちが急に顔色を変えた。男たちの体に遮られて見えないが、誰かが立ちはだかっているようだった。
「何をしている?」
よく通る、しかし不機嫌さが滲んだ声が背後から掛けられると、人攫いたちは目を見開いて体をこわばらせた。
「誰だテメ、ェ……?」
「騎士にその人相……! お前、いや、あなたは……!」
「クソ! 逃げるぞ、『騎士団の魔王』だ!」
「勝ち目がねぇッ! ずらかれ!」
ソフィアを放り出して一目散に逃げ出した人攫いたちに、呆然としてしまう。
状況についていけなかった。
トトにこめかみをつつかれて慌てて振り返れば、そこには信じられない者が立っていた。
ソフィアよりも頭一つ高い長身を騎士団専用の官服に包んだ男性。細身ながらも厚みを感じさせる身体は騎士として鍛え抜いたであろう力強さを感じさせた。
鋭さすら感じさせる端正な顔立ちだが、それを台無しにするかの如く眉間に深いしわが刻まれていた。元が整っているだけに、そこに浮かぶ不機嫌さには並々ならぬ迫力が感じられる。
怒りを元に神が作った彫刻、と言われれば信じてしまいそうな姿だった。
「……ルーカス、逃げた者を追う手はずを。今いる手勢を北門へ配置、残りで五区、六区を中心に犯人を追え。その後、他の門にも通達」
「北門、ですか? 他は後回しで?」
「少しだが北部訛りがあったし服装も北部のものだ。北門周辺で馬車を隠せるのは五区か六区だけ。他の門から逃げようとするなら、多少は遅れても間に合うだろう」
「……なるほど。かしこまりました」
ルーカスと呼ばれた男が頷いたところで騎士が自らのこめかみを揉んだ。どうやら体調が悪いらしく、軽く頭を振る。
「頼んだ。私はこのご令嬢の相手をしてから少し休む」
ちらりと向けた視線は肉食の猛獣か、そうでなければ抜き身の刃物のような雰囲気。
見惚れてしまうような美しさとは裏腹に、周囲を歩いているだけの者達ですら視線が合えば思わず引いてしまうような迫力を醸していた。
だが、ソフィアが思わず固まってしまったのはそこではない。
「えっと、頭……痛くないですか……?」
ソフィアの視線の先。
立派な尾羽を持ったカラスの精霊が、彼の頭をスココココとつつきまくっていたのだ。親の仇と言わんばかりの勢いは、トトがソフィアにしていたものよりもずっと勢いがあった。
(……何でこんなにつつかれてるの!?)
思わず訊ねてから、ソフィアはハッとした。
精霊につつかれ続けると頭痛になるというのはソフィアがトトにつつかれたことで発見したことだ。つまり、精霊の御子にしか知り得ない情報である。
ましてや一目見てそんなことが分かるとなれば、精霊を目視できる証拠にほかならなかった。
「君は……?」
「えっと。仕事を探しに王都にやってきたただの村娘のソフィアです」
口から出てきたのはソフィア自身ですら呆れてしまうような嘘だった。騎士を前にして、自らをただの村娘と名乗る人間なんて聞いたことがない。
肩にとまっていたトトも呆れ混じりの視線を向ける。
騎士を相手に怪しい名乗りをあげるとなれば、取り調べをして欲しいと言っているようなものである。
とはいえ、当のソフィアは自らが取り調べ対象になるかどうかの瀬戸際にいることよりも、騎士の肩に止まっていた精霊が気になっていた。
(あんなにつつかれ続けてる人みるのなんて初めて……きっととんでもなく痛いんだろうなぁ)
「何を見ている?」
「あっ、えっと、その……ゴミがついてまして」
「ゴミ?」
ソフィアは仕方なく騎士にとりついたカラスの精霊に手を差し伸べる。力の強い、古くから存在している精霊ともなれば話は別だが、基本的に精霊を追い払うだけならば特別な方法はない。
本来ならば人間側からは干渉できないはずなので、触られただけでも驚いて逃げていく。
こめかみをつつくのに夢中になっていた精霊に指先が触れると、精霊は両翼をばさりと広げた。
自らを視認して触れるソフィアに驚いたのか、けぇっ、と短く鳴いて飛び去ってしまった。
(これで頭痛は良くなるはずよね)
ソフィアがほっと一息を吐くと同時、騎士が劇的な変化を見せた。
今まで凶器のような鋭さをしていた視線が和らぎ、鋭利な輝きを放っていた目が驚きに見開かれた。近寄りがたい雰囲気が霧散し、代わりにどきりとするほど端正な顔立ちに、周囲の空気が華やかになったようにさえ感じられた。
「……何をしている? いや、何をした!?」
「ご、ゴミです! ゴミを取りました!」
言いながら、今度は視界の端っこにモグラの精霊がいたことに気付く。
モグラの精霊は長い鉤爪で騎士のふくらはぎをツンツンしていた。
(また!?)
ソフィアは手を伸ばして追い払う。
「……今のは?」
「ご、ゴミです! しつこいゴミだったので!」
「長年消えなかった頭痛に今朝から感じてた足の違和感。まさか君は――……いや、やめよう」
騎士は自分のこめかみを軽く揉むと、まっすぐにソフィアを見据えた。
黒曜石のような深い色合いの瞳に射抜かれ、思わずドキリとする。
騎士もまた何かを感じたのか目が零れそうなほどに大きく見開いて彼女を見据え、それから弾かれたようにソフィアの両手を取った。
「ソフィアと言ったな。俺の家に来い」
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