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第7話
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「お嬢様、なんでそんな渋い顔をされているんですか?」
「まぁ色々と」
「御髪の調子が悪いからですか? どうしてシャンプーがいつものとは別のものになっていたんでしょうね」
「髪はどうでも良いけど……」
休日。
自宅で自由を謳歌しようと思っていたアリシアだが、その表情は渋い。言い淀むアリシアの代わり、とでも言うようにエリスが勢いよく入ってきた。
「決まっていますわ! お姉様はこれから血も涙もない獣人王とデートしなくてはならないのですもの。恐怖に足が震え、顔が引きつるのも仕方ありません!」
「いえ、そういう雰囲気では……というかエリス様。わざわざ何をしに?」
「お姉様の顔を見に来たのですわ! デートの最後、晩餐でお姉様自身が食べられてしまうかもしれませんし、別れの挨拶をするために!」
元気一杯にアリシアが死ぬかのような発言をしたエリスにリリーが困った顔をするが、当のアリシアは気にした風でもない。
「エリスは、私が食べられちゃうと思うのね」
「当たり前じゃない! 獣人はとっても残忍で狡猾ですもの!」
「あまり美味しくないと思うけど」
「大丈夫ですわ。そのためにシャンプーをローズマリーの香りのものに取り替えておいたのです。ハーブの香りで食べやすくなるはずですわ!」
「……リリー。アルフレッド様に、『私より肉質の柔らかい食材があります』とお伝えください」
「エッ!?」
「羊だって柔らかくて美味しいのは仔羊でしょう? なら、私よりも若くて幼いエリスの方が美味しいと思うわ。『おれさまは、にんげんのこどもをあたまからばりばりたべてしまうんだぞ』って奴ね」
「ぴぃぃぃ!?」
幼い頃に何度も読まれた絵本の一節を引き合いに出されてエリスの顔色が変わるが、アリシアは止まらない。
「ああ、それから。アルフレッド様は口の中がさっぱりするからとジャスミンティーを好んで飲まれます。あなたのシャンプーってジャスミンの香りよね?」
「わわわ、私は食べても美味しくないです!」
完全な捏造だが、すっかり信じたエリスは顔を青くしている。
どうやら幼い頃に姉によって刻まれたトラウマはいまだに癒えていないらしい。
「大丈夫よ。もう少し大きくなってから食べるようにお願いしておくから、少なくとも一年くらいはね。私とアルフレッド様の結婚は早くても一年後とのことだし、今日は結婚式で出すメインディッシュについて話そうかしら」
「わわわ、私は美味しくないったら! お姉様なんて、ハチミツ漬けにされてこんがり焼かれちゃえばいいんですッ!」
エリスが逃げ出したのを見てクスクス笑っていたアリシアは、姿見に映る自分を見て再び渋い顔になる。今日のドレスは爽やかなライトブルー。
アリシアとしてはシンプルなデザインが好きなのだが、前回とはイメージを変えるべきだというリリーに押し切られてパフスリーブでプリンセスラインのものになっていた。
首元には大粒のルビーがあしらわれたネックレス。
まったくもってアリシアの趣味ではなかった。
「……あれだけ言ったのに、週末になったらすぐデートに誘うなんて。お陰でリズさんから借りた大衆小説を読む時間がなくなったじゃない」
「でも、誘わなかったら減点でしょう?」
「……まぁ、婚約を渋る理由にはなったわね」
「誠意をもってお嬢様に向き合おうとしてるのですから、良いじゃありませんか」
リリーの発言が正論すぎて面白くなかった。
「ましてやお誘いの手紙には薔薇とジュエリーを添えるなんて、素敵な方だと思いますよ」
「だからよ! 私にあれだけ好き勝手言われたのに、義務感とか仕方なくって雰囲気を出さないなんて、やりづらいわ」
「無理に主導権を握らなくても良いんじゃないですか? お嬢様のことを考えてくださるなら、おかしなことにはならないでしょうし」
「初対面の婚約者に向かって『お互い恋愛は難しい』なんて平気で言う朴念仁よ? 信用なんてできません」
頬を膨らませるアリシアを見て、リリーが笑う。
「お嬢様、意外と乙女ですよね」
「意外とって何よ。私はどこからどう見ても純情可憐で繊細な乙女でしょうが」
「そうじゃなくて。こないだゴネたのだって当てつけだけじゃなくて、本気で怒ってたからじゃないですか?」
「そんなことはないわ」
「最初は減点でも、その後の対応はかなり花丸だったんじゃないですか?」
「どうして?」
「もし本当に嫌だったらあの程度じゃ済まさないでしょう、お嬢様は」
アリシアは相手が王族だろうと、耽美小説をばら撒くような人間だ。
しかし同時に、何もしていない者には何もしないし、自分が悪いと分かっていれば大人しくするだけの理性もあった。
そのことをよく分かっているリリーに微笑みかけられれば、口を尖らせながらも反撃はできなかった。
「……そんなことないわ」
「今日のデートだってゴネたり断ったりしませんでしたし」
「あ、アニマルテラピーよ! アニマルテラピー!!」
大声で宣言してからふん、とそっぽを向けば、胸元のルビーが揺れた。
「まぁ色々と」
「御髪の調子が悪いからですか? どうしてシャンプーがいつものとは別のものになっていたんでしょうね」
「髪はどうでも良いけど……」
休日。
自宅で自由を謳歌しようと思っていたアリシアだが、その表情は渋い。言い淀むアリシアの代わり、とでも言うようにエリスが勢いよく入ってきた。
「決まっていますわ! お姉様はこれから血も涙もない獣人王とデートしなくてはならないのですもの。恐怖に足が震え、顔が引きつるのも仕方ありません!」
「いえ、そういう雰囲気では……というかエリス様。わざわざ何をしに?」
「お姉様の顔を見に来たのですわ! デートの最後、晩餐でお姉様自身が食べられてしまうかもしれませんし、別れの挨拶をするために!」
元気一杯にアリシアが死ぬかのような発言をしたエリスにリリーが困った顔をするが、当のアリシアは気にした風でもない。
「エリスは、私が食べられちゃうと思うのね」
「当たり前じゃない! 獣人はとっても残忍で狡猾ですもの!」
「あまり美味しくないと思うけど」
「大丈夫ですわ。そのためにシャンプーをローズマリーの香りのものに取り替えておいたのです。ハーブの香りで食べやすくなるはずですわ!」
「……リリー。アルフレッド様に、『私より肉質の柔らかい食材があります』とお伝えください」
「エッ!?」
「羊だって柔らかくて美味しいのは仔羊でしょう? なら、私よりも若くて幼いエリスの方が美味しいと思うわ。『おれさまは、にんげんのこどもをあたまからばりばりたべてしまうんだぞ』って奴ね」
「ぴぃぃぃ!?」
幼い頃に何度も読まれた絵本の一節を引き合いに出されてエリスの顔色が変わるが、アリシアは止まらない。
「ああ、それから。アルフレッド様は口の中がさっぱりするからとジャスミンティーを好んで飲まれます。あなたのシャンプーってジャスミンの香りよね?」
「わわわ、私は食べても美味しくないです!」
完全な捏造だが、すっかり信じたエリスは顔を青くしている。
どうやら幼い頃に姉によって刻まれたトラウマはいまだに癒えていないらしい。
「大丈夫よ。もう少し大きくなってから食べるようにお願いしておくから、少なくとも一年くらいはね。私とアルフレッド様の結婚は早くても一年後とのことだし、今日は結婚式で出すメインディッシュについて話そうかしら」
「わわわ、私は美味しくないったら! お姉様なんて、ハチミツ漬けにされてこんがり焼かれちゃえばいいんですッ!」
エリスが逃げ出したのを見てクスクス笑っていたアリシアは、姿見に映る自分を見て再び渋い顔になる。今日のドレスは爽やかなライトブルー。
アリシアとしてはシンプルなデザインが好きなのだが、前回とはイメージを変えるべきだというリリーに押し切られてパフスリーブでプリンセスラインのものになっていた。
首元には大粒のルビーがあしらわれたネックレス。
まったくもってアリシアの趣味ではなかった。
「……あれだけ言ったのに、週末になったらすぐデートに誘うなんて。お陰でリズさんから借りた大衆小説を読む時間がなくなったじゃない」
「でも、誘わなかったら減点でしょう?」
「……まぁ、婚約を渋る理由にはなったわね」
「誠意をもってお嬢様に向き合おうとしてるのですから、良いじゃありませんか」
リリーの発言が正論すぎて面白くなかった。
「ましてやお誘いの手紙には薔薇とジュエリーを添えるなんて、素敵な方だと思いますよ」
「だからよ! 私にあれだけ好き勝手言われたのに、義務感とか仕方なくって雰囲気を出さないなんて、やりづらいわ」
「無理に主導権を握らなくても良いんじゃないですか? お嬢様のことを考えてくださるなら、おかしなことにはならないでしょうし」
「初対面の婚約者に向かって『お互い恋愛は難しい』なんて平気で言う朴念仁よ? 信用なんてできません」
頬を膨らませるアリシアを見て、リリーが笑う。
「お嬢様、意外と乙女ですよね」
「意外とって何よ。私はどこからどう見ても純情可憐で繊細な乙女でしょうが」
「そうじゃなくて。こないだゴネたのだって当てつけだけじゃなくて、本気で怒ってたからじゃないですか?」
「そんなことはないわ」
「最初は減点でも、その後の対応はかなり花丸だったんじゃないですか?」
「どうして?」
「もし本当に嫌だったらあの程度じゃ済まさないでしょう、お嬢様は」
アリシアは相手が王族だろうと、耽美小説をばら撒くような人間だ。
しかし同時に、何もしていない者には何もしないし、自分が悪いと分かっていれば大人しくするだけの理性もあった。
そのことをよく分かっているリリーに微笑みかけられれば、口を尖らせながらも反撃はできなかった。
「……そんなことないわ」
「今日のデートだってゴネたり断ったりしませんでしたし」
「あ、アニマルテラピーよ! アニマルテラピー!!」
大声で宣言してからふん、とそっぽを向けば、胸元のルビーが揺れた。
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