電波人形

穂乃里梨璃夢

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目覚めた花

束の間の休息⑹

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 そんなライトたちの様子をギルヴァートは木陰に隠れて見ていた。
 ライトの胸を借りて泣いているシルク。本当はギルヴァートが駆けつけて彼女を抱きしめてあげたかった。
 でも、今はまだ、ギルヴァートの役目じゃない。
 羨望の眼差しでその光景を見つめているギルヴァートにアルがそっと声をかけた。

「シルか……」

「今は、『シルク』だ」

 シルフォニアの愛称でシルクを呼んだアルに、ギルヴァートは訂正を加える。
 だが、アルは首を横に振る。

「……呼び方など関係ない。あの電波人形が俺の妹シルであることに変わりはないのだから」

 アルが柔らかな眼差しをシルクに向ける。

電波人形この身体になってもシルを愛らしく感じるとはな」

 アルは自身と自身の基となったグレイシア帝国の第1皇子アルフォード・ディ・グレイシアの感情がシンクロするのを感じた。
 かつて、【ネティア】に殺された妹の姿をしたシルクが今、目の前で動いている。その姿がシルフォニアと重なり、アルは温かな気持ちになった。
 この感情はアルフォードのものだと割り切れればいいのだが、アルにはそうすることができなかった。
 アルは「ふっ」と自嘲の声を漏らす。
 そんなアルをギルヴァートは見逃さなかった。慰めるように声をかける。

「兄弟想いで有名なアルフォード・ディ・グレイシアの記憶があるんだから当然だよ。それに、大切な人ともう一度会えたんだから、嬉しいに決まってる」

 自身の心を見透かしたようなギルヴァートの言葉にアルは驚きつつも、そうだなと肯定した。
 だが、シルクが起動したことに喜んでばかりもいられない。
 9体目……シルクが起動したということは、『電波戦エクレゲールの始まりが近づいているということなのだ。

「まもなく始まるのだな。電波戦エクレゲールが」

「『まもなく』、ねぇ。まだ、開戦のアナウンスがないから?」

「あぁ」

 アルはギルヴァートの問いに頷いた。
 『電波戦エクレゲール』の開始条件は「全ての電波人形が起動すること」である。だが、本当の開始条件はそうではない。「起動した電波人形と起動させた人間である次期統治者候補が本契約し、『電波の泉』の門及びそれに付随する空間の権限をエレノアから委譲されること」。つまり、「『電波の泉』の各空間にある門が開放されること」が真の『電波戦』開始条件である。
 電波人形たちはエレノアから参加者の人数を知らされており、現在、8人の次期統治候補が『電波戦エクレゲール』への参戦を申請している。開戦するには最後の1人の参戦を待つのみである。

「全ての電波人形が起動しているにも関わらず『電波戦エクレゲール』が始まらないのは、あの2人が本契約をしていないからだ。ライト・シュウェーヴが参戦を拒んでいるのだろうか」

 アルがライトへの苦言を溢すと、ギルヴァートがそれを否定した。

「いいや。クロスタリア大陸の危機を知って、ライトが参戦を渋ることはない。おそらく、シルクがライトの参戦を拒んでいるんだ」

 統治者の証を奪い合う『電波戦』は所持者を殺す、もしくは相手を降参させ、譲渡宣言させることで電波人形ごと証を奪うか、相手の電波人形を破壊して所有する電波人形に証を移すかで決着がつく。電波人形ごと証を集めるか、所有する1体に証を集めるか……九つの証を集められればどちらでも構わないのだが、命懸けの争いであることには変わりない。
 シルクがライトを『電波戦エクレゲールに参戦させたくないのは彼の身を案じてのことだろう。
 ギルヴァートの表情が曇る。

「シルフォニアの記憶を曖昧にしても尚なお、君はライトを想うのか……」

(聞き間違いか……?)

 ギルヴァートの耳を済まさなければ聞こえないほどの消え入りそうな悲痛な声をアルの耳が拾った。
 普段の自信に満ちたギルヴァートからは想像できないような弱々しい声にに自身の耳を疑った。
 そして、気になることがもう1つ。

 ——シルフォニアの記憶を曖昧にしても

 この言葉にアルは引っかかった。

「……ギルヴァート、今言ったことは一体……」

 アルはギルヴァートを問いただそうとするも、やめた。

 きっと、はぐらかされてしまう。ギルヴァートがアルに大きな声で伝えるまでは問いただしても意味がない。
 こういう時アルは、ギルヴァートが自身を側に置く理由がわからなくなる。
 ギルヴァートはアルの基となったアルフォードと接点がなかった。
 第1皇子という立場からアルフォードは、帝国唯一の職工侯爵家であるシュウェーヴ家の当主、ライン・シュウェーヴと言葉を交わしたことはあった。だが、その孫にあたるギルヴァートと関わることはなかった。
 そんなアルフォードの記憶を持つアルは、ギルヴァートについて僅かなことしか知らない。
 ギルヴァート・ヘンリジギル。8歳の時に実の家族を失い、母方の親戚であるライン・シュウェーヴに引き取られた、ラインの科学者としての側面を受け継いだ義孫であり弟子。ギルヴァートと同い年だった第4皇子と第4皇女からギルヴァートがシルフォニアに恋慕していると聞いたこともあったが、その当時、シルフォニアはラインと婚約関係にあった。そのため、ギルヴァートについて気に留めることもなかった。
 だが、アルは電波人形とその所有者という関係でギルヴァートの側にいるようになり、彼の人となりを見てきた。自らの懐に人を踏み込ませない男。警戒心が人一倍強い男。誰よりも人をよく見ている男。そして、人からの愛を誰よりも切望している男。
 誰よりも繊細で誰よりも複雑な心を持つ所有者は今もなお、心のうちを完全に明かしてはくれない。
 3年もの月日の中で、ギルヴァートとはそれなりに信頼関係を築いてきたとアルは思っている。その証拠にギルヴァートはアルと話すとき、見下した口調で話したりはしない。それはギルヴァートが【ネティア】の面々と接する態度から読み取れた。だが、アルはまだ、ギルヴァートの考えを、真意を、読むことができない。
 アルは、そのことにもどかしさを感じる。そして、時々こう思う。自分は、なんのために、ギルヴァートに選ばれたのかと。
 ふと、隣にいるギルヴァートを見ると、彼は嫉妬に満ちた眼差しと泣き出しそうな表情でライトを見つめていた。
 一体何がギルヴァートの心を波立たせるのか。

(なぜ、そんな表情をしている)

 シルフォニアを愛しているのなら、最初からシルクを所有していればよかったのだ。そうすれば、ライトに嫉妬することも、自身が傷つくこともないのに。
 アルはギルヴァートによって、研究所で起動させられた。電波人形たちが『電波の泉』に隠される前にだ。そんなことができるのなら、シルクを選ぶことができたはずだ。なのに、ギルヴァートはアルを選んだ。

(お前は一体、何を考えている?)

 アルにはギルヴァートを理解することができなかった。だが、確信できることが1つある。
 それは、ギルヴァートがシルクを欲していること。

「奪わなくていいのか? 統治者候補が電波人形の2体同時所有は可能なはずだが?」

 そう尋ねると、ギルヴァートが目を見開いた。アルがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。
 本契約を済ませていない電波人形は所有者との関係をすぐに解消できるため、今シルクを奪う方がリスクもなく、楽である。
 だが、ギルヴァートはそれを拒否した。

「シルクを奪うのは今じゃない。僕は、ライトと戦ってシルクを手にいれる」

「……わざわざ危険を犯す必要はない」

 アルはギルヴァートを案じて忠告した。
 だが、ギルヴァートは自身の手のひらを力強く握りしめた。

「今奪っても、意味がないんだ……」

「お前はなぜ、そこまでライト・シュウェーヴの参戦にこだわる?」

 ギルヴァートの真意がわからないアルがくってかかろうとすると、ギルヴァートはいつもの調子に戻りそれを制した。

「なんにせよ、僕の目的はライトを『電波戦』に参加させることだ」

 清々しく告げるギルヴァートに、アルはため息をついた。

「……【ネティア】の意思に反しているな」

「はじめから、【ネティア】の意思なんて関係ない。僕は僕の意思で行動するだけだよ」

 はっきりとそう告げたギルヴァートにアルは口論で勝てる気がしなかった。
 アルはくよくよ考えるのをやめ、ギルヴァートを信じることにした。
 自分の意思を曲げないギルヴァートがアルを選んだことにはきっと意味がある。

「……そうだな。そして、俺はそんなお前の側にいると決めたんだ」

 アルは危なっかしさを孕んだこのパートナーをいざとなったら制するのは自分しかいないと思った。

「ふっ……。そりゃ、どうも」

 ギルヴァートはアルに感謝の言葉を軽く告げると、ライトの胸から顔を上げ、照れたように笑うシルクに優しい眼差しを向けた。だが、シルクの瞳が愛おしそうにライトを捉えていることに気づくと再び心を波立たせた。
 いつだってそうだった。ギルヴァートが望むものはすべてライトが手にする。それが苦しくて、悔しくて、恨めしくて……。一体、ライトと自分は何が違うのだろう、と考えない日はなかった。
 だが、今回は違う。

(シルクは僕が手にいれる)

 ギルヴァートは心の中でライトに宣戦布告をした。

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