電波人形

穂乃里梨璃夢

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目覚めた花

束の間の休息⑶

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 階段を下りると、地下通路に出た。壁に等間隔に設置されている照明により、薄暗く道が見える。
 ライトはシルクが周りを気にしながら歩いていることに気づいた。

「どうしたんだ?」

「シアンさんにはシルクたちの姿が見えているのかなって」

「ああ。監視カメラでこちらの様子をずっと見てる」

 ライトは端的に答えた。
 自然公園には移動型や設置型などさまざまな監視カメラがある。監視カメラの閲覧権は自治体に公園の権利が移った今でも墓守こと南のシュウェーヴ家が有しており、墓参りに来たシュウェーヴ家の人々を案内するためだけでなく、霊園に近づく者がいないかを監視するために使用している。そのため自治体は、24時間365日、監視カメラで自然公園内を見ている彼らに公園の管理を丸投げしている。

「シアン兄さんとの通話は、俺のデバイスで行うからもうすぐかかってくるんじゃないかな」

 ライトがそういうと、ライトの左腕に付いているデバイスの着信音が鳴った。    
 ライトはポケットからワイヤレスイヤフォンを取り出し、応答した。

「連絡が遅かったけど、どうしたんだ?」

 ライトはシアンと話しながら道を進む。
 シルクはライトの後に続いた。

「え? ああ、ちょっと待って。シルクに聞いてみる」

 ライトはシアンにそう告げると、左耳のイヤフォンを外し、隣にいるシルクに話しかける。

「シルク、俺のデバイスに接続することは可能か?」

 グレイシア帝国の機械は電波を用いて機械同士を接続することができる。しかし、電波人形が日常で使う機器と接続できるのか、ライトはわからなかった。
 しかし、そんなライトの心配とは裏腹に、シルクは首肯した。

「うん。大丈夫だよ」

 そういってシルクはライトのデバイスの画面に触れる。ピピっと電子音が流れる。

「接続できたよ」

〈シルクちゃーん。俺の声聞こえる?〉

 シルクが接続完了を告げると、シルクの頭の中でシアンの声が響いた。

「はっ、はい。聞こえてます」

「なっ……」

「うん?」

 シアンの狼狽が聞こえ、シルクは小首を傾げる。

〈なんでっ⁉︎  シルクちゃん、また敬語に戻ってるっ! お礼言ってくれた時は敬語じゃなかったのに……!〉

 シルクの言葉遣いにシアンが過剰に反応する。
 あまりの音量にライトは思わずイヤフォンを外し、シルクは音声調節が間に合わず、驚きにあまり体をビクつかせた。

「えっ、あの……」

 シルクが戸惑いながら声をかけると、シアンの泣き声が聞こえてきた。

〈俺ともフランクに話してよお。ライト君みたいに、俺もシルクちゃんと仲良くなりたいんだよお〉

「なんか、ごめんなさい……」

 そんなシアンの様子に罪悪感を抱いたシルクは思わず謝罪した。
 だが、シアンは泣き止まない。ぐずりながら自身の意見を主張する。

〈……俺ね。……目的地まで距離があるから、三人で仲良く話しながら移動したいって思ったんだよ……。あっ、次の角曲がってね〉

 泣きながらもシアンはしっかりとルート案内する。

〈だから、シルクちゃんも通話に参加できるようにしたくて……ようやく三人で通話できると思って声をかけたら、シルクちゃん……俺に敬語使うんだもん……ううっ……〉

「……いい加減泣きやめよ。シルクが困ってるだろ」

 いつまでもウジウジしているシアンにライトが呆れていうと、シアンはさらに泣いた。

〈……ライト君の意地悪ぅぅ〉

「あのな……」

 ライトがシアンに言い返そうとすると、シルクがライトの服の裾を引っ張った。振り向いたライトに、首を横に振ると、任せてと言わんばかりに微笑む。

「シアンさん」

 シルクが優しく話しかけると、シアンの泣き声が止み、鼻を啜る音が聞こえた。

「気遣ってくれてありがとう。シルクもシアンさんと仲良くなりたい。でも、出会って間もないのに砕けた言葉遣いで話してもいいのかわからなかったの」

 シルクが正直な気持ちを伝えると、シアンの落ち着いた声音が返ってきた。

〈そんなこと気にしてたんだ。シルクちゃんは律儀な子なんだね〉

 そして、自身の子供じみた言動を謝罪する。

〈俺も困らせちゃってごめんね。言葉遣いなんて関係ないよね。仲良くなりたいって気持ちが大事なんだし。だから、シルクちゃんの好きなように話してよ〉

「うん」

 ライトはシアンがウジウジモードから抜け出したことにホッとした。
 シルクとシアンの仲睦ましい会話が聞こえてくる。
 ライトは起動したばかりのシルクに友達ができたことが嬉しかった。

〈そういえばさ、電波人形には認証番号はないの?〉

 シアンがそう尋ねると、ライトは固まった。
 グレイシア帝国では電話番号ではなく認証番号を用いて通話を行う。この認証番号とはエレノアに登録される番号でこれに登録されないと機械は電波を受信及び使用することができないのだ。
 シルクはヌフールで電波の泉内の電波を自由に使えると話していた。そのため、電波人形には認識番号がないのではないかとライトは思っていた。
 だが、ライトのその考えは覆された。

「あるよ。けど、シルクは今、ユーザー登録しか完了してない状態だから地上の電波を使ってできることが限られてるの。だから、シアンさんのデバイスから着信を受けることはできないの」

「そうなのか⁉︎」

〈そうなんだ⁉︎〉

 ライトとシアンの声が重なる。

〈なんでライト君まで驚いてるのさ〉

「起動する前の記憶とかあったから全設定が終わっているとばかり思ってた。いや、でも、普通に考えたらそうだよな。一般の機械と同じだよな」

 ライトは電波人形も機械の一種であることに気づく。

「ユーザー登録は指輪経由で行われたのか?」

 ライトがそう尋ねると、シルクが頷いた。

「マイクロチップにライトの個人情報が入っていたの。そして、マイクロチップが挿入されたライトの指輪がシルクの指輪と繋がっている。だから、シルクの所有者はライトなんだよ」

〈指輪での契約とかロマンチックだね〉

 シアンが感慨深くいうと、シルクが照れる。
 シルフォニアとの婚約の証としてお揃いの指輪をつけていたライトは、彼女とそっくりのシルクと指輪で繋がっていることに複雑な感情を抱く。

「地上での電波使用制限があるってことは、初期設定を終えればできることも増えるのか」

 ライトの問いにシルクが頷く。しかし、言葉は返ってこない。
 電波の泉でできたことが地上でできないのは地上の電波量をエレノアと各空間の門が管理しているからだ。おそらくエレノアはシルクを地上の一部と認識していない。認証番号を登録してないシルクが地上の電波を自由に使えば電波量が乱れてしまうのだろう。
 だが、シルクは初期設定のことを黙っていた。きっとそれは、『電波戦エクレゲール』への参加と関係しているからだとライトは思った。そして、何も言わないシルクを見て、それが確信に変わる。

(この件についてはシルクと2人っきりになってから話し合うべきか)

 次期統治者について、『電波戦エクレゲール』についてどこまで他言して良いものかわからないライトはシアンが聞いているこの状況でシルクと話すことを断念する。
 シアンはライトとシルクの会話が途絶えたことに気づきつつも深掘りすることもなく、ルート案内を続けた。

〈そのまま真っ直ぐ歩いてね。そしたら右側に曲がり角があるから曲がって〉

 シアンに従い、地下を右へ、左へとひたすら進む。しばらくすると階段が見えた。上ると地上へ出る。
 眩い明るさに視界がばやけるも、徐々になれ、景色が鮮明に見える。

「わぁぁ」

 一面に広がる草原とそこに吹く風の心地よさ。そして、雲ひとつない真っ青な空。シルクは感嘆した。
 ライトとシルクはその広大な場所を真っ直ぐ進んでいく。牛や羊、馬などの畜舎やうさぎやフェレット、ミニブタなどの小動物との触れ合い広場を過ぎ、並木道を通る。すると、自然公園の中央についた。いろとりどりの花が咲き誇る庭と、利用客の憩いの場として設けられている喫茶店。その周りにはヘッジ迷路やアスレチック広場などがある。

「シアン兄さん、こんなに園内を通っていいのか?」

 ライトは設置されている園内地図を見ながら尋ねた。

〈大丈夫。霊園の場所を把握されるようなヘマはしないよ〉

 シアンは自身ありげにそう告げると、ふっと笑った。

〈それにさ。君、道覚えらんないでしょ〉

「ライト?」

 シアンの指摘に黙り込むライトに、シルクが声をかける。
 ライトは目を泳がせ、しどろもどろに答えた。

「まあ、その……覚えられないんじゃなくて、覚える必要がないと言うか……」

 そんなライトに変わってシアンがシルクに説明する。

〈あのね、シルクちゃん。ライト君は方向音痴なんだよ〉

「シアン兄さん……!」

 ライトが声を荒げてシアンを止めようとするも無駄だった。愉快そうに話を続ける。

〈マップアプリを使って自力で目的地に行くことはできるんだけど、案内音声に任せっきりで周りの風景とか、目印になる建物とか覚えないから1度通った道を覚えられないんだ。まあ、これはシュウェーヴ家全員に言えることなんだけどね〉

 シュウェーヴ家の弱点を知ったシルクはきょとんとするも、方向音痴であることを隠そうとしたライトを可愛く思い、ふふっと笑った。

「数十回くらい通えば地図なしでも辿り着ける……」

〈非効率だね~〉

 反論するライトにシアンが無慈悲な一言を告げると、シルクがさらに笑った。
 そんな何気ない会話を続けながら先に進むとベーカーリーのキッチンカーを見つけた。空腹だったライトはレタスとハム、スライスチーズを挟んだカスクートとアイスコーヒーを買う。
 時刻は九時三十分。シアンの情報で、センブルにある店の開店時間が大体十時以降であることを知ったライトたちは近くのベンチに座り休憩することにした。

「コーヒー持ってるね」

「ありがとう」

 シルクはライトからコーヒーを受け取り、シアンと話をする。ライトはシアンとシルクの会話を聞きながら黙々とカスクートを食べる。

〈カスクートはライト君の好物なんだよ。母さんなんて、ライトが来るたびに『お昼カスクートでいい?』って聞いてくるくらい〉

「そうなんだ」

〈シルクちゃんはこれからライトと暮らすんでしょ? 作ってあげたら喜ぶよ〉

「一緒に暮らすかどうかは……」

「作ってくれるのは嬉しいけど、どうせなら一緒に作りたい」

 カスクートを食べ終えたライトはシルクの手からコーヒーを取り、一口飲むとそう告げた。

 シルクはライトがそう言ってくれたことが嬉しかったが、素直に喜べなかった。
 ライトを危険な目に合わせたくない。シルフォニアの最後に見せたライトの表情が頭に過ぎる。けれど……。

(一緒にいたい)

 矛盾する心にシルクは苦しくなる。ライトの言葉はシルクを後者の気持ちに引っ張ってしまう。
 ライトがコーヒーを飲み終え、回収ボックスに容器を入れると、シアンのルート案内が再開した。
 トンネルに入ると斜面になった。薄暗い場所を転ばないように進むと地下通路が続く。

〈センブルまで後30分位かな。ねえ、シルクちゃん。俺に聞きたいこととかない?〉

 そう聞かれたシルクは、シアンが「墓守」をしている経緯を尋ねた。

「どうして南のシュウェーヴ家の人シアンさんたちが墓守なの? コトンレージが帝国の南東にあるから?」

 ライトとシアンはシルクの疑問に納得する。
 彼らにとっては南のシュウェーヴ家が墓守をしていることは当たり前であり、外部の人間に一族の内情を説明する機会もなかった。
 何も知らないシルクへの配慮が欠けていたことに気づく。

「まあ、それもあるんだけど……」

 ライトを選んでいると、シアンが直球に告げた。

〈1番の理由は、南のシュウェーヴ家が機械作りできないことかな〉

 シルクは首を傾げた。

「機械作りができないことが理由なの?」
 そんなことでと言いたげなシルクにシアンは優しい声音で言う。

〈世間一般的にシュウェーヴ家は機械のプロフェッショナル一族なわけよ。それで金儲けしてるわけだし。それなのに南のシュウェーヴ家は機械の発明や修理ができない。それで、シュウェーヴ家のお荷物として一族からご先祖様の魂を守る『墓守』の役割を押し付けられたわけ〉

「そんな……」

 シルクの眉がハの字になる。一族間での差別に心を痛めたのだろう。
 しかし、ライトがすかさず訂正する。

「……お荷物なんてどの口が……。機械作りができない代わりにプログラミングを担当してただろ。数十年前まで研究所で働いてたのに」

 そうなのっと、シルクの表情が明るくなった。

「シュウェーヴ家は一族経営で、じいちゃんが代表を務める研究所で働いていたんだ。分家にはそれぞれ得意分野があって、南のシュウェーヴ家はプログラム技術に長けているんだけど、他の一族との人間付き合いを嫌がって研究所勤務を辞める代わりに『墓守』を買って出たんだ」

「だから、シアンさんたちが墓守をしているの?」

「そうだよ。それに、お墓の管理をしてもらってるから、ちゃんと給料も渡してる」

 ライトがだから安心してとシルクの頭を撫でると、シアンが悪びれずに言った。

〈まあね。おかげで家から一歩も出ずに生活できるし、墓参りする人間も稀にしか来ないから仕事もほとんどない。悠々自適の引きこもり生活さ〉

 ライトはシアンの言い草にため息をつく。そして、墓守の現状について聞いた。

「でも、紛争が始まってから研究所は閉鎖状態。終戦後はシュウェーヴ家の財産が没収されてるから墓守の収入は少ないだろ?」

 イヤフォンからちっちっちと声が聞こえる。

〈心配ご無用。プログラムが得意な南のシュウェーヴ家だよ? アプリ開発とかゲーム開発とかそれなりに仕事はしているさ〉

 得意げなシアンの声に、ライトはホッとした。

「趣味で稼いでるってことか」

 爵位がなくなってもなお、墓守を続け一族をつなげてくれている南のシュウェーブ家の人々に本家の人間として何もできていないことを気にしていたライトは、彼らの生活が苦しいものではないと知りホッとする。

〈まぁね。【ネティア】にプログラミング開発を禁止されてるわけじゃないからね。俺たちは〉

 【ネティア】のシュウェーヴ家に対する所業を知るシアンは、ライトが苦労した当時に想いを馳せる。

〈ライト君だって、プログラミングできるんだし、何か作りたいならそっち系で営業登録すればよかったのに〉

 【ネティア】はシュウェーヴ家の中で南のシュウェーブ家だけを格下に見ていた。そのため、あっさりと営業許可を与えたのだが、他の分家や本家のライトにはかなり厳しく接していたらしい。財産を奪われ、商売もできない中、北、西、東のシュウェーヴ家は親戚同士協力しあっていたが、本家の人間はライトだけだった。15歳の少年が1人で耐えるには厳しい状況であったが、ライトはシュウェーヴ家として機械に触れることを諦めなかった。そして、条件付きで勝ち取ったのが、修理屋だった。

「修理の作業も楽しいし、やりがいがあるから。発明ができなくても機械に触れられるなら、それでいいんだ」

〈……趣味で稼いでいるのはお互い様だね〉

 心の底から微笑むライトに、シアンは心が温かくなった。
 そうこうしているうちにセンブルの近くにやってきた。

〈ライト、左に曲がってね~〉

 右に曲がり、斜面を上ると、扉があった。

〈道案内はここまでだよ。この扉を出て真っ直ぐ進めば、センブルに着くからね〉

「シアンさん。ありがとう。楽しかった」

 シルクが礼を告げると、シアンが喜んだ。

〈そう言ってもらえるなんて嬉しいね。ライト君に泣かされたらいつでもおいで。お兄さんが愚痴でもなんでも聞いてあげるよ〉

 冗談でそういうと、心外だと言いたげな表情をした。

「……シルクを泣かせるようなことはしないから」

 はっきりと言い放ったライトに、シアンは安心する。

(これからは、1人じゃないね。ライト君)

 シアンは2人との別れを寂しく思いながらも、明るく見送りの言葉をかける。

〈じゃあね。観光楽しんでね〉

 こうしてライトたちはシアンと別れた。
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