電波人形

穂乃里梨璃夢

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目覚めた花

電波人形の少女⑴

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 どれくらい時間が経ったのだろう。深い眠りについていたライトの意識が少女によって現実に引き戻されようとしていた。
 白い髪に白い肌。ノースリーブの白いワンピースを身に纏った裸足の少女がライトの耳元に顔を近づける。

『ライト、起きて』

 鼓膜に響く優しい声。前髪がそっと撫でられる。

『ライト』

 甘い吐息がかかり、おでこに口付けられた感触。

『ライト、早く□□□起動めざめさせて』

 少女の体が消えていく。

(待って、行かないで……。君に会いたいよ——)

 声の主の気配が消え、ライトがそっと目を開く。

「……シルフォニア……」

 消え入りそうな声が口から漏れ、目を覚ましたライトは空に向かって片腕を伸ばしていた。
 涙が頬を濡らしている。
 ゆっくりと上半身を起こすと辺り一面にストックの花畑が広がっていた。

(……晴天の下に広がる花畑。……地上に戻ってきたのか?)

 液晶パネルに触れ、謎の少女が聞きなれない言葉を発した後、ライトは崩壊した床と共に落下した。なのになぜ、生きて陽の光に照らされているのか。

「はは……。さっきの落下で死んで天国にきたのかも……」

 あまりの出来事に頭が上手く回らない。
 腕についているデバイスを見ると、正常に起動しており、地上で起きているニュースが流れてくる。

「死んでないのか、俺……」

 自身の頬を抓り、痛みを感じたライトは死んでいないことを確信すると、立ち上がり、現在地を知るために空中に画面を出し、地図を開く。しかし、画面は真っ暗で地図が出てこない。
 ライトはこの奇妙な場所を散策することにした。
 花畑が広がるこの場所は地上と同じく青い空と太陽があり、白い雲が流れている。地面を覆う花々の触感も慣れ親しんだものだ。しかし、不思議なことに土と花の匂いがせず、花が揺れているのに風が凪いでいない。生き物も生息していないのか、物音ひとつしない。地上を類似した場所という印象だ。
 ライトはどこまでも続く花畑を進む。
 白、紫、ピンク、黄、赤のストックが色とりどりに咲いていて、最愛の人を失った場所を思い出す。
 しばらく歩いていると、遠くに白い物体を見つけた。それがある方向に進む。近づくにつれ、それが大きな長方形をしていることに気づく。

「これは……」

 ストックの花びらが咲き誇る空間。その中に白い重厚な門が聳え立っていた。
 門の内側に沿って枠が彫られ、右扉の中央には太陽と王冠、翼を模したグレイシア皇家の紋章、左扉の中央には「Ⅸ」の文字が刻まれている。そこをライトグリーンの電波が流れている。そして、その門からは九つの鎖が伸びている。
 門の前に着くと、九つの鎖の先に白い少女が繋がれていた。その装いから、液晶パネルに映った少女だとライトは思った。
 鎖はその少女の頭、左耳、首、右腕、左手首、左薬指、腰、右足首、そして……右小指に巻き付いている。
 その少女は液晶パネルに映っていた時とは違い、目元がはっきりと見えている。
 少女の顔を見たライトは驚愕した。

「シルフォニア……?」

 よく知っている、綺麗に整った少女の顔。懐かしさと愛おしさに涙で視界が滲む。
 ライトは婚約者だった少女シルフォニア・ディ・グレイシアの名前を呟き、手を伸ばした。
 しかし、その手が少女に触れることはなかった。
 ライトと少女を遮るバリアが張られていたのだ。
 そのバリアは少女を囲むように四面に張られており、その中にいる少女はさながら透明な箱に入れられたフィギュアの様。
 誰の手にも触れられないように守られていた。

「シルフォニア……シルっ!」

 ライトはバリアを叩き、何度もなんども少女に呼びかける。しかし、少女はぴくりとも動かない。

「シル……」

 ライトがバリアに手のひらをついた瞬間、ピッと電子音が鳴った。
 すると、小瓶の中のマイクロカードが光り、咲き誇る色とりどりのストックの中で開花していなかった浅緑の株がライトグリーンに輝いた。そして、蕾がゆっくりと花を開く。
 ライトは、その自然界に存在しないライトグリーンのストックに近づいた。
 そっと覗くと花の中にはピンキーリングがあった。
 手に取ると、マイクロカードの挿入口がある。
 ライトは小瓶から光を放っているマイクロカードを取り出し、ピンキーリングに差し込んだ。すると、挿入口が消え、少女の右小指に巻き付いている鎖が花と同じ色に輝く。

(この指輪をシルにはめるのか? でも、バリアは消えてない)

 右小指の鎖が輝いたことから、ピンキーリングが鎖を解く鍵なのだとライトは推測した。しかし、バリアが消えていない状況で少女の指に触れることはできない。
 ライトはピンキーリングをしばらく見つめ、あることに気がついた。

(シルの指にはめられないなら)

 自身の右手に視線を送る。
 ライトがピンキーリングをはめると、少女の右小指にライトと同じデザインのピンキーリングが現れた。
 リングがライトグリーンに輝き、その光が少女に巻き付く鎖に流れ、一本、また一本と次々に粒子となって消えていく。
 そして、最後の一本が消えた瞬間、少女の体が門から離れた。
 同時にバリアも消え、ライトは少女の体が地面に倒れる前に受け止めた。

「っ! シルっ!」

 少女がゆっくりと瞼を開ける。

「……ライト?」

 ライトを見つめるライトグリーンの瞳と耳に響く美しい柔らかな声はシルフォニア・ディ・グレイシアと同じものだった。

「シルっ!」

 ライトは少女の首筋に顔を埋めて、泣いた。

「っ……。ずっと、ずっと……会いたかった。シルフォニア」

 泣きじゃくるライトの身体を少女はそっと押し除け、首を横に振る。

「……ごめんなさい……。シルフォニアじゃないの」

 申し訳なさそうな表情でそう告げた少女は体を起こしてライトと向かい合う。
 少女の顔つきも声もライトを見つめるその瞳もシルフォニアを彷彿とさせるものである。
 それ故に、シルフォニアと再会できたと舞い上がっていたライトは、少女の髪と肌の色が【ネティア】が探しているものと特徴が一致していると言うことを見落としていた。

(あぁ……そうだ……。この子の髪と肌の色は……)

 しかし、少女の柔らかな肌、継ぎ目のない身体、抱きついた時に感じた肌の温かさは人間と同じ。ライトは目の前にいる少女が人工物だとは思えなかった。
 確信が持てず、少女に問いかける。

「君は、電波人形……なのか?」

 そもそも、ほとんどの国民が電波人形を実際に見る機会がない。学校教育でその存在を知りはするものの、他国侵略に使用されるため帝国内で用いられることはなく、アルドアの時代には生産数も減り、緊急時以外には使用されなくなった。そのため、都市伝説のような存在と化し、発明者の孫であるライトもシルフォニアが殺されたあの日まで電波人形を目にしたことがなかった。
 しかし、こんな場所で門に縛られていた少女が人間であるはずがないのも確かである。
 そんなライトに応えるように、少女はゆっくりと頷いた。
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