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目覚めた花
プロローグ
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グレイシア帝国の郊外にある屋敷。ここはかつて、彼らの思い出の場所だった。
その屋敷の中庭に植えられた数多のストックは開花の時期を迎え、赤や白、紫などの彩りを見せていた。しかし、花々の息吹を感じる中庭では、この時、哀惜の光景が繰り広げられていた。
ライト・シュウェーヴは冷たくなったシルフォニア・ディ・グレイシアを抱きしめていた。
シルフォニアを抱くライトが身に纏っている、純白のブロードシャツが赤に染まる。そのことにすら気づくことができないほど、ライトの精神は崩れかけていた。
俯いている彼の表情には気力がなく、瞳の輝きも失っていた。
愛する婚約者を失った現実を理解し、それを受け入れるのにライトは若すぎた。15歳の少年の心は、悲しみよりも大きな絶望に支配されていたのだ。
そんな彼の元に、科学者のような風貌の青年が、白髪の少年と少女を引き連れてやってきた。
ライトは伏せていた顔をあげ、中心にいる青年の顔を認識する。
「ギルヴァート兄さん……?」
ギルヴァート・ヘンリジギル。ライトの祖父の弟子であり、ライトが兄と慕う人物だ。
ライトから少し離れたところに立ち止まったギルヴァートは、動きを止めたシルフォニアの身体を注視した後、「なるほどねぇ」と何かを察したように呟いた。
そして、ギルヴァートはライトの元に行くと彼の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。そして、にこりと笑い、ライトに言い放つ。
「ライト、シルフォニアの亡骸を僕に渡せ」
ライトは、とっさにシルフォニアの身体をギルヴァートの視界に入らないように抱きしめ直した。
シルフォニアの命を奪われた自分から、彼女の肉体をも奪おうとしているギルヴァートをライトは許せなかった。
「……嫌だ」
腕の中のシルフォニアを見て、ライトは独り言のように呟いた。
そして、今度は目の前で笑みを浮かべているギルヴァートを睨みつけて言い放つ。
「嫌だ……! シルフォニアは渡さない!」
シルフォニアを取られまいと、ライトは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「やっぱ、そうなるか」
ギルヴァートはやれやれといった様子で立ち上がりライトから離れる。
「なら……仕方ない。実力行使だ」
指を鳴らし、ギルヴァートは後ろに控えている少年に合図を送った。
少年は驚きの速さでライトの前に移動し、ライトの顔に向かって手を伸ばした。その掌からは青白い光が流れている。
(電波人形か⁉︎)
少年の正体を認識した瞬間、ライトは顔面を掴まれた。
シルフォニアの身体をその場に残し、背後の外構にぶつけられる。
「かはっ」
身体に衝撃を受けたライトが苦痛の声をあげる。
「くっ……うぅぅ」
少年の手が離れ、ライトは崩れた外構にもたれ掛かった。
外構にぶつかった衝撃と少年の手から放たれた電波によるダメージでライトは自由に身体を動かせなくなる。
ライトは少年の背後で少女がシルフォニアの遺体を抱えている様を目撃し、力なく声を発した。
「やめろ……。シルフォニアを、離せ……」
そんなライトのか細い声を聞きつけ、ギルヴァートが彼に近づく。
「ねぇ、ライト。僕が電波人形たちを連れてここに来た理由、わかる?」
電波人形は、グレイシア帝国の軍事兵器である。そして、その所有権を持っているのは皇家であった。つまり、ギルヴァートがそれを連れてライトの元にやってきた理由は一つ……。
ギルヴァートの問いかけに、ライトが仮説を立てる時間は一瞬で事足りた。
「……皇帝陛下の、命令……」
その事実にたどり着いたライトの声は震えていた。しかし、まだ確信を得ていたわけではなかった。
この国の皇帝はシルフォニアの実父である。娘の窮地にギルヴァートとたった2体の電波人形を送るだろうか。
ライトは、自身の憶測を否定する言葉がギルヴァートの口から聞かされることを願った。
しかし、ギルヴァートから返ってきた言葉は、ライトの期待を裏切るものだった。
「正解」
にやりと笑って答えたギルヴァートは、ライトを見下ろした。
ライトの表情がさらに陰る。
ギルヴァートはそんなライトの前に膝まづき、ライトの左手を胸元まで持ち上げる。そして、ライトの左手の小指にある指輪に触れた。
「この指輪、シルフォニアとお揃いなんだってね?」
そう尋ねたギルヴァートの表情に、先ほどのような笑みはなかった。
「ギル、ヴァート……?」
ギルヴァートの様子の変化に気づいたライトは、彼に掴まれた手を払いのけようとするが、電波人形による攻撃のダメージで力が入らない。
「反乱軍がシルフォニアの命を、皇帝陛下がシルフォニアの肉体を君から奪うなら……」
「やめ、ろ……」
ライトの制止を聞くことなく、ギルヴァートは彼の指から指輪を抜き取った。
「僕が君から、シルフォニアとの思い出を奪ってもいいよね」
親指と人差し指で抜き取った指輪を掴んで、ギルヴァートはライトに提示する。
この時、ギルヴァートは冷淡ながらも、ライトへの静かな怒りを感じるような表情をしていた。
ギルヴァートは奪い取った指輪を自身が羽織っている白衣のポケットに入れ、立ち上がり、ライトに背を向け歩き出した。
「待て……。ギルヴァート……!」
シルフォニアとの婚約を誓った指輪を取られたライトは、去って行くギルヴァートを追いかけようとした。しかし、力が自由に入らない身体はライトの意図とは関係なく前方に傾き、地面にうつ伏せる。
それでも顔を上げ、必死に手を伸ばすライト。
「頼む……。もう、これ以上……俺から、シルフォニアを奪わないでくれ……」
朦朧とする意識の中、涙ながらに訴えかけるライト。
そんなライトに振り返ることなくギルヴァートは、清々しさに満ちた笑みを浮かべてシルフォニアの遺体を抱えた電波人形の少女とその背後にいる電波人形の少年とともに屋敷を去った。
シルフォニアの魂と肉体、そして彼女との思い出の品を奪われたライトは、惨めな思いを抱えたまま……その場で意識を手放した。
その屋敷の中庭に植えられた数多のストックは開花の時期を迎え、赤や白、紫などの彩りを見せていた。しかし、花々の息吹を感じる中庭では、この時、哀惜の光景が繰り広げられていた。
ライト・シュウェーヴは冷たくなったシルフォニア・ディ・グレイシアを抱きしめていた。
シルフォニアを抱くライトが身に纏っている、純白のブロードシャツが赤に染まる。そのことにすら気づくことができないほど、ライトの精神は崩れかけていた。
俯いている彼の表情には気力がなく、瞳の輝きも失っていた。
愛する婚約者を失った現実を理解し、それを受け入れるのにライトは若すぎた。15歳の少年の心は、悲しみよりも大きな絶望に支配されていたのだ。
そんな彼の元に、科学者のような風貌の青年が、白髪の少年と少女を引き連れてやってきた。
ライトは伏せていた顔をあげ、中心にいる青年の顔を認識する。
「ギルヴァート兄さん……?」
ギルヴァート・ヘンリジギル。ライトの祖父の弟子であり、ライトが兄と慕う人物だ。
ライトから少し離れたところに立ち止まったギルヴァートは、動きを止めたシルフォニアの身体を注視した後、「なるほどねぇ」と何かを察したように呟いた。
そして、ギルヴァートはライトの元に行くと彼の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。そして、にこりと笑い、ライトに言い放つ。
「ライト、シルフォニアの亡骸を僕に渡せ」
ライトは、とっさにシルフォニアの身体をギルヴァートの視界に入らないように抱きしめ直した。
シルフォニアの命を奪われた自分から、彼女の肉体をも奪おうとしているギルヴァートをライトは許せなかった。
「……嫌だ」
腕の中のシルフォニアを見て、ライトは独り言のように呟いた。
そして、今度は目の前で笑みを浮かべているギルヴァートを睨みつけて言い放つ。
「嫌だ……! シルフォニアは渡さない!」
シルフォニアを取られまいと、ライトは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「やっぱ、そうなるか」
ギルヴァートはやれやれといった様子で立ち上がりライトから離れる。
「なら……仕方ない。実力行使だ」
指を鳴らし、ギルヴァートは後ろに控えている少年に合図を送った。
少年は驚きの速さでライトの前に移動し、ライトの顔に向かって手を伸ばした。その掌からは青白い光が流れている。
(電波人形か⁉︎)
少年の正体を認識した瞬間、ライトは顔面を掴まれた。
シルフォニアの身体をその場に残し、背後の外構にぶつけられる。
「かはっ」
身体に衝撃を受けたライトが苦痛の声をあげる。
「くっ……うぅぅ」
少年の手が離れ、ライトは崩れた外構にもたれ掛かった。
外構にぶつかった衝撃と少年の手から放たれた電波によるダメージでライトは自由に身体を動かせなくなる。
ライトは少年の背後で少女がシルフォニアの遺体を抱えている様を目撃し、力なく声を発した。
「やめろ……。シルフォニアを、離せ……」
そんなライトのか細い声を聞きつけ、ギルヴァートが彼に近づく。
「ねぇ、ライト。僕が電波人形たちを連れてここに来た理由、わかる?」
電波人形は、グレイシア帝国の軍事兵器である。そして、その所有権を持っているのは皇家であった。つまり、ギルヴァートがそれを連れてライトの元にやってきた理由は一つ……。
ギルヴァートの問いかけに、ライトが仮説を立てる時間は一瞬で事足りた。
「……皇帝陛下の、命令……」
その事実にたどり着いたライトの声は震えていた。しかし、まだ確信を得ていたわけではなかった。
この国の皇帝はシルフォニアの実父である。娘の窮地にギルヴァートとたった2体の電波人形を送るだろうか。
ライトは、自身の憶測を否定する言葉がギルヴァートの口から聞かされることを願った。
しかし、ギルヴァートから返ってきた言葉は、ライトの期待を裏切るものだった。
「正解」
にやりと笑って答えたギルヴァートは、ライトを見下ろした。
ライトの表情がさらに陰る。
ギルヴァートはそんなライトの前に膝まづき、ライトの左手を胸元まで持ち上げる。そして、ライトの左手の小指にある指輪に触れた。
「この指輪、シルフォニアとお揃いなんだってね?」
そう尋ねたギルヴァートの表情に、先ほどのような笑みはなかった。
「ギル、ヴァート……?」
ギルヴァートの様子の変化に気づいたライトは、彼に掴まれた手を払いのけようとするが、電波人形による攻撃のダメージで力が入らない。
「反乱軍がシルフォニアの命を、皇帝陛下がシルフォニアの肉体を君から奪うなら……」
「やめ、ろ……」
ライトの制止を聞くことなく、ギルヴァートは彼の指から指輪を抜き取った。
「僕が君から、シルフォニアとの思い出を奪ってもいいよね」
親指と人差し指で抜き取った指輪を掴んで、ギルヴァートはライトに提示する。
この時、ギルヴァートは冷淡ながらも、ライトへの静かな怒りを感じるような表情をしていた。
ギルヴァートは奪い取った指輪を自身が羽織っている白衣のポケットに入れ、立ち上がり、ライトに背を向け歩き出した。
「待て……。ギルヴァート……!」
シルフォニアとの婚約を誓った指輪を取られたライトは、去って行くギルヴァートを追いかけようとした。しかし、力が自由に入らない身体はライトの意図とは関係なく前方に傾き、地面にうつ伏せる。
それでも顔を上げ、必死に手を伸ばすライト。
「頼む……。もう、これ以上……俺から、シルフォニアを奪わないでくれ……」
朦朧とする意識の中、涙ながらに訴えかけるライト。
そんなライトに振り返ることなくギルヴァートは、清々しさに満ちた笑みを浮かべてシルフォニアの遺体を抱えた電波人形の少女とその背後にいる電波人形の少年とともに屋敷を去った。
シルフォニアの魂と肉体、そして彼女との思い出の品を奪われたライトは、惨めな思いを抱えたまま……その場で意識を手放した。
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