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第10話 量産機計画

Chapter-55

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「うーし、起動すっぞ、電源入るぞ、気をつけろ」

 startup ros_

 ギャギャギャギャギャギャギギギガリガリガリガリ!!

「うわっ馬鹿野郎止めろ止めろ止めろ、コムスター!!」

 メンテナンスデッキには、整備中のシータが仰向けに横たわっている。
 メンテが終わって、起動をかけた瞬間、凄まじい、金属同士が激しく擦れ合う騒音が、室内に響き渡り、朱鷺光が両手で耳を塞ぎながら、コムスターにシャットダウンする声を支持したところだった。
 シータの電源が落とされると、音も鳴り止んだ。

「はぁ……コムスター、メンテナンスハッチ開けてくれ」

 朱鷺光はそう言ってから、座っている回転OA座椅子の、今背中を向けていたPCローデスクに、キーボードの傍らに置いてあったドクターペッパーをのペットボトルを手に取り、煽る。

「ふー……」

 朱鷺光が、ペットボトルのスクリューキャップを締めてから、立ち上がって、メンテナンスデッキに近付いていく。

「電磁クラッチか? 音からしてコンプレッサーっぽいけど」

 朱鷺光は、シータの腹部メンテナンスハッチを開放している弘介の傍らに寄っていって、2人してハッチを覗き込みながら、そう言ってちらっとだけ弘介の顔を見る。

「しっかり締めたつもりだったんだがな」

 弘介は、そう言いながら、ドライバーの先でエアコンプレッサーと潤滑油ポンプを軽く突付いてから、Power Machintosh 7100/80AVのディスプレイを覗き、マウスで少し操作する。
 コンプレッサーの吐出量を示す数字が赤くなっており、異常値を示していた。

「やっぱそれっぽいなぁ、組み直さなきゃならないのか、面倒くせぇ……」
「今のでクラッチ削っちまったし、いっそ交換しちまう?」

 Macの表示を見て、どこかうんざりしたような苦い顔をする弘介に対し、朱鷺光がその頭越しにその画面を覗くようにしながら、そう言った。

「お前がそうしようって言うんなら、俺もそれに越したことはないと思うけどよ……」
「じゃあ、そうすっぺ」

 弘介がどこか消極的そうな表情と口調でそう言ったが、朱鷺光はそう言うと、PCローデスクの上にあったチェルシー・ヨーグルトスカッチの袋からひとつ取り出して、内袋を剥いて口に放り込んだ。
 朱鷺光はそのまま、新品のコンプレッサーを取りに行こうと、作業室を出ていこうとする。
 すめと、

「私が取ってこようか」

 と、それまで黙していたパティアが、予備用のパソコンの前に座っていたところから、やはりOA座椅子を回して立ち上がりつつ、そう言った。

「在り処、解るのか?」
「以前、オムリンに案内して貰った」

 朱鷺光が以外そうな表情で訊ねると、パティアはそう答えた。

「じゃあ頼むかな、こっちは抜き取りやり始めるから」
「解った」

 そうやり取りをして、朱鷺光と弘介が、ドライバーとラジオペンチを片手に、今度は横たわっているシータの身体の左右から、その内部を覗き込む。
 パティアが作業室から出ていって、それほど経たないうちに、ダダダダダダダダ、と、廊下を駆けてくるけたたましい音がして、ネジを緩めかけていた朱鷺光が、何事かと頭を開ける。

「朱鷺光さん!」

 ガラッ、と、足音の主、真帆子は、扉を開いて室内に入るなり、朱鷺光に詰め寄る。

「どういうことですか、R.Seriesの量産計画なんて!」

 噴飯したかのような様子で、真帆子は朱鷺光に詰め寄る。

「R.Seriesの量産計画……?」

 朱鷺光が体裁の悪い苦笑を浮かべながら、真帆子に食ってかかられているその言葉を聞いて、表情が厳しくなる。

「まさか、WOADHuウォアデフ計画の事じゃないだろうな?」

 今度は弘介が、険しい表情を朱鷺光に向けて、そう言った。

「ウォアデフ? なんですかそれは……」
「ああ、ああ……別に──」

 意表を突かれたうな様子で、真帆子が弘介の方に顔を向けると、朱鷺光は胸倉でも掴んできそうな真帆子から、少し背後に逃れる。

「──今回のそれとは別件。安心していいぞ、弘介」
「なら……いいけどよ、最近身内も世界情勢もキナ臭いし」

 朱鷺光は、怪訝そうな表情をする弘介に向かってそう言いながら、体勢を立て直す。

「世界情勢? キナ臭い?」

 真帆子がキョトン、とする。

「いや、まぁ、これに関してはまた別口の計画でな……」

 朱鷺光は誤魔化すようにそう言ってから、

「まぁ、これを見てくれよ」

 と、言って、自分用のパソコンに向かい、マウスを操作して、ツールを立ち上げる。Windowsの画面上に複数のウィンドウが表示される。

「R-F01……」

 三面図の設計図の他に、造形の為の3Dモデルも表示される。もっともグレー単色で、大まかなイメージしかわからないものだったが。

「あ、これがあったからこの前、オートバランサーの素子数減らせるかとか言ってたんだな?」

 弘介が、僅かな驚きを含んだ呆れという感じの様子で、そう言った。

「オムリンよりも小さいな……収まるのか?」
「電源を全段半導体にして、冷却系も容量を下げる。太ももとかのデッドスペースなんかも使うこと考えれば……こんな感じで」

 弘介の言葉に、朱鷺光はマウスで三面図のウィンドウを前面に出して、説明する。

「な? 割りと入っちゃうだろ?」
「まぁ……サイズの割に重心下がりそうだから、調整は必要そうだけど、まぁ、無理ではないな」

 朱鷺光が弘介を振り返りながら言うと、弘介は手で顎を支える仕種をしてそう言った。

「って、肝心なのはそう言うところじゃなくて!」

 2人のやり取りに割って入るように、真帆子が荒い声を上げた。

「あなた、R.Seriesには心があると、自分で言っているのよ!? 量産型って、朱鷺光さんは、その心を売り物にするつもり!?」

 朱鷺光を圧迫するように、座っている朱鷺光の上から、真帆子は声を上げる。

「それは、奴隷商人と同じよ、あなた、そんなことをするつもりなの!?」
「わーかってるって、いくらなんでも、無制限に小売しようってわけじゃない」

 怪気炎を上げる真帆子に対し、朱鷺光は、困ったような苦笑をしつつ、真帆子を押し返すようにして、そう言った。

「ケアの必要な人間をサポートするのが主目的……心がある、とは言っても、物理的にも精神的にもストレスには遥かに強靭だからな」
「なるほど……看護、介護用途、ってことね……」

 朱鷺光が説明すると、真帆子は、ようやく落ち着いたように、深く息を吐くようにしながら、そう言った。

「現状でもMAaMの介護ロボットは導入されている。けれど、コンピューターの能力としても、実際に可能な行為も、それに、介護を受ける側も、今の無機質な介助ロボットには不満がある」

 朱鷺光は、いつもの自慢気な、不敵な笑みになって、そう言った。

「なるほど、R.Seriesならそれらの問題もクリアできるってわけか」
「だからまぁ、販売というより、派遣だな。正しく使われていないようなら、こっちから契約切る、そんな形態で」

 弘介が腕組みをして、感心したように言う。

「で? なんで今まで俺に黙ってたんだよ」
「いやまぁ、だいぶ前から話はあったんだけど、まずは今の真帆子さんみたいな反応かな……」

 そのままの姿勢から、弘介がじろっ、と朱鷺光を見る。すると、朱鷺光の方は、誤魔化すように苦笑しつつ、そう言った。

「まぁ……それは……」

 どこか気恥ずかしそうに、下に視線を逸しながら、真帆子が言いよどむ。

「弘介が知らない情報を、なぜ真帆子は知っているんだ?」
「うひゃっ!?」

 突然、背後から声をかけられて、真帆子は、驚いて飛び上がりかけた。

「オムリン、いえ、パティア……いつからいたの?」
「弘介が、『オムリンよりも小さいな』、と言った辺りからだ」

 パティアは、そう言いながら、手に持っていた、握りこぶしより少し大きいか、という段ボール箱を、弘介に差し出した。

「しかし言われてみればそうだな、真帆子さんはその情報はどっから?」

 朱鷺光は、OA座椅子から立ち上がりながら、不思議そうな表情でそう言った。

「メールが来たのよ」
「メール?」

 真帆子の答えに、朱鷺光が口に出し、弘介と揃って怪訝そうに眉をひそめる。

「それ、見せてもらってもいいか?」
「ええ、それはかまわないけれど……」

 真帆子も困惑気に言う。

「確かに、弘介さんにも黙っていた情報が、出てくるのはおかしいわね……」

 左手で右肘を支え、その右手で顎を支えるような姿勢で、真帆子もそう言った。

「まぁ、何はともあれ、ひとまずは……」
「ひとまずは?」

 朱鷺光が言うと、弘介と真帆子が揃って、朱鷺光に視線を向ける。

「後でうるせーし、とりあえずシータ再起動させちまうべ」
「ああ、そうね……」

 朱鷺光の言葉に、弘介がやれやれといったように脱力したような様子で応える。
 真帆子は、どこかずっこけたように、肩を崩した。

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