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第7話 Night Stalker (III)

Chapter-42

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「すみません、梅雨寒が続いているので丁度いいかと思ったのですが、今日は少し暑かったですね」

 ファイが申し訳無さそうに言うものの、

「なんのなんの、暑い中冷房を入れて熱いものを食うというのもなかなか乙なもんで」

 と、朱鷺光は、目の前でグツグツと音を立てているシンプルなノンブランドの大型土鍋を見つつ、そう言った。
 土鍋は、まだ閉じられたフタの穴かや縁から湯気を上げながら、ガスコンロに炙られている。

「それにファイのあっさり夏鍋は正直、美味しいしね」

 颯華が、笑顔をファイに向けつつ、言った。

「そうそう、これがないと左文字家で過ごす夏って気がしないんだよなぁ」

 弘介が、やはり鍋を見ながらそう言った。

「柑橘類系の匂いがするわ、食欲をそそられるわね」
「柚子とあっさりめの醤油が決め手なんですよ」

 真帆子が匂いをかぐようにしながらそう言うと、ファイが少しだけ自慢するようにそう言った。

「ファイの味付けは出来合いのスープなんかとは比べ物にならないですよ」

 爽風が、真帆子に向かってそう言った。

「御飯は回ったか?」
「ああ、大丈夫だ」

 パティアと2人で、電子ジャーから御飯を盛り付けていたオムリンが訊ねると、一番下手の席にいる弘介が、そう言った。

「よし、じゃあ子供世代だけで、1発目、行っちゃいますか」
「おー!」

 朱鷺光が言い、ノリ遅れた真帆子を除く全員が腕を上げて声をかけると、ファイがその土鍋のフタをとった。

「さて、肉、肉、肉と」

 朱鷺光は早速、鍋の中で滾っている豚バラスライスをご飯茶碗で受け取りに行くようにしながら取り、少し冷ましてから口の中に運ぶ。

「本当に美味しいわぁ、肉もいい肉ね」
「もちろんローズポークだぜ。バラったって質がいいのならそりゃ旨い」

 真帆子の言葉に、朱鷺光が少し得意げにそう言った。

「逆に冷やし物行っちゃうよりこういうの食ってスタミナつけたほうが夏は乗り切れるってもんよ」

 弘介も、肉を口に運びつつ、そう言った。

「あ」
「お」

 鍋の中から上げた爽風と颯華の箸が、同じ肉をつまんでいた。

「はっ」
「ひっ」
「ふっ」

 爽風と颯華は、それぞれ左手でジャンケンをする。
 2度、あいこが続いたが、3度目で爽風が勝った。

「いただきぃ~」
「ちぇーっ」

 勝ち誇ったような笑顔で肉を持っていく爽風に対し、颯華は少しすねたようにしながら、改めて箸で鍋をつつく。

「ああ、もう、そんなケチくさいことしてんな」

 朱鷺光はそう言うと、

「ファイ、肉の追加はまだあるんだろ?」
「はい、充分用意してありますよ」

 と、ファイに訊ねて、ファイはそれに対して、そう答えた。

「ほら、ドンドンあるんだからドンドン食え、お前ら」
「食ってるー」

 朱鷺光が言うと、澄光が肉の合間に御飯をかき込んでいた。

「そう言えば澄光、ナホとはまだコンタクト取れるのか?」
「え?」

 弘介が、ふと気がついたように、行儀悪くも半ば無意識に箸を澄光に向けてしまいながら、訊ねる。
 すると、澄光は、一瞬、キョトン、とした。

「えっと……うん、普通に会話とかできているけど」

 そのやりとりを訊いて、真帆子が怪訝そうな顔をした。

「Project BAMBOO自体は引き続き行われているってことかしら、それともダミー?」
「どっちとも言い切れないんじゃないかな。朱鷺光はどう思う?」
「俺にもどっちとも言い切れんわい」

 弘介が朱鷺光にと、朱鷺光は少し苦い顔をしてそう言った。

「Project MELONPARKはアメリカ連邦政府の息もかかってる代物だろう、別セクションの奇妙な動きがあったからと言ってプロジェクトそのものが中止になるとは思えん」

 朱鷺光は、まずそう言うと、澄光に視線を向けた。

「何?」
「いや……」

 澄光の問いに、ぼやかすように言ってから、朱鷺光は視線を弘介や真帆子の方に戻す。

「我が弟ながら、日本のちょっとおバカな男子学生のサンプルとしては丁度いいだろうからな」
「どー言う意味だよ」

 朱鷺光がそう言うと、澄光が抗議するような声を上げた。

「そのまんまの意味じゃない」

 逆に、爽風がヤブ睨みするような視線を澄光に向けながら、そう言った。

「俺だって自我のあるA.I.、1個作るにはメインフレームぶん回してそれなりに苦労してるんだし、ここでMELONPARKをおじゃんにしても良いことないと思うけど」
「それは……まぁたしかにそうだわなぁ」

 弘介が、微妙な表情でそう言った。

「弘介……あ、いえ長谷口さんは、駆動系の担当だって訊いていたけど」

 真帆子は、最初、弘介をファーストネームで呼びかけて、慌てて、日本式にファミリーネームで呼び直しつつ、訊ねる。

「弘介でいいよ」

 弘介はそう言ってから、

「あくまでどっちがメインか程度の差だから。特にシータのA.I.造るときはDEA搭載でコムスターのデープダイバー環境書き換えで、2人であーでもないこーでもないやってたし」

 と、弘介は苦笑交じりにそう説明した。

「へぇ、そうだったのね」

 真帆子が、意外そうに声を上げる。

「持つべきものは信頼できる友達、ってやつだ」
「俺にしてみれば巻き込まれたって気もしなくもないがなー」

 朱鷺光が、真剣な表情で言って、頷くが、弘介は、細めた目で朱鷺光を見ながら、そう言った。

「まぁ、でも、そのあとファイ、イプシロンと、俺もそれなりにノリノリで造ってるし、悪くはないんだけどな」

 弘介は、苦笑しつつ、そう言った。

「2人は、本当にコンビって感じなのね」
「そういう平城さんは、そういうパートナーはいないの?」

 弘介が訊いた。

「私も真帆子って読んでくれると助かるわ」

 真帆子はそう言ってから、

「そうね、日本式の親友とか相棒、みたいな感じとは少し違うけど、プロジェクトチームのみんなとはうまくやってるわ。もちろん、アメリカだからドライ一辺倒、ってわけじゃないわよ」

 と、答えた。

「なるほどな」

 弘介が、視線を上げるようにしながら、そう言った。

「ただ……」

 真帆子の表情が、そこで、少し翳り、わずかに俯く。
 朱鷺光は、それを見ていたが、ふと思い立ったように、

「よーっし、今日は、ゲストも居るし、ちょっと高いあれを開けちゃうぜ」
「おっ、そりゃいいや」

 と、言う。弘介がニンマリと笑いながら続いた。
 すると、ファイが、高級そうなワインのボトルを持って、3つのグラスに注ぐ。

「日本の鍋物にワインは、ちょっと合わないんじゃない?」

 真帆子が、苦笑しながら、そう言った。

「そこを、騙されたと思って飲んでみてよ」

 朱鷺光がそう言う間、ファイが、背後を回って、朱鷺光、弘介、真帆子に、ワイングラスを配っていく。
 ワイングラスには、白ワインが注がれていた。

「! これは良いわ、スッキリとしていて、食材と全然喧嘩しないの!」
「だーっしょ、結構とっておきなんだから」

 軽く驚いたように言う真帆子に、朱鷺光が得意そうに言う。

「フランスのドメーヌ・コアペ、それともドイツのマドンナ・リープフラウミルヒかしら?」
「ざーんねん」

 銘柄を当てようとする真帆子に、朱鷺光は指を鳴らしてファイに合図すると、ボトルを見せた。

「日本の甲州遅摘みさ、酒単独としてはともかく、食卓酒としては日本ワインが一番よぉ」

 朱鷺光が得意そうに言う。

「へーっ、ジャパニーズ・ワインもこのところ躍進激しいものねぇ、アメリカでもみんなに試してみようかしら」
「はっはっは、こりゃまた値段が上がっちまうかな」

 真帆子の言葉に、朱鷺光は少し苦笑するようにしつつも、笑い飛ばすようにそう言った。

「ま、この先なるようしかならねぇだろうけど、鬱屈しててもしょうがないっしょ、本祭が始まる前にちょっくら前夜祭と洒落込もうぜ」

 ワイングラスを煽った朱鷺光が、それから口を離しながら言う。
 すると、

「おーっ!」

 と、やはりノリ遅れた真帆子と、少し負い目のある澄光以外の面子が、腕を上げて声をかけた。
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