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第6話 Night Stalker (II)
Chapter-31
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ガツン、ガツンガツン
「あれー……ダメかな」
「どうしたの? ファイ」
シータが、居間に入ると、浴室の脱衣所への扉が開いていた。
中に入ってみると、ファイが、松下PW-102湯沸器の器具栓つまみを何度も捻りながら、困ったような声を上げていた。
「あ、姉さん」
ファイは、背後から声をかけてきたシータに、気がついて、一旦手を止め、振り返る。
「それが、さっきから湯沸器が点火しなくなってしまいまして」
「ああ、もう、ボロいんだから」
シータは、下手しなくても朱鷺光より年寄りな湯沸器を見て、盛大に溜息をついた。
「こういうときはね、こうすんのよ!」
「あ、ちょ、ちょ、姉さん!」
数時間後。
「えーっ、今日お風呂ダメなの!?」
帰宅した爽風は、リビング・ダイニングのダイニングエリアのあたりで、取り外されたガス湯沸器を分解している朱鷺光に、そう言われて、ウンザリしたような声を上げた。
まだ真夏という時期ではなかったが、日中は日差しが高く、汗ばむ陽気である。
「もう、そんなポンコツ捨てて、新しいのに代えない?」
爽風は、熱交換器のフィンをドライバーでひとつひとつ修正している朱鷺光に、そう言う。
「なぜ代えないのかと言うとだなー」
爽風に言われた朱鷺光は、一旦、熱交換器を下ろすと、見事に凹んだ湯沸器の外装を持ち上げる。
「不調の時点で俺を呼べばすぐに直るのにだなー、すぐに殴る蹴るするバカがいるからだなー、新品を買う気にならんのだよ」
「まったシータ!?」
「テヘヘ」
一見、しゃがみこんで手伝いをしているように見えたシータが、立ち上がって、爽風の言葉に対し、誤魔化すような言葉を発する。
「『テヘヘ』じゃないよ、どーしてそう言うことしちゃうの?」
爽風は問い詰めるように言うが、シータは反省してるんだかしていないんだかよくわからない微妙な笑みのままだった。
「主因は立消え防止装置のサーモカップルが原因っぽかったんだがな、それだったら代替品ストックにないでもないからすぐに直ったんだが」
朱鷺光も、少し憤りを隠さないかのような険しい顔のまま、湯沸器の外装を下ろして、言う。
「そこのバカが熱交換器まで変形させてくれたおかげでだな、その矯正に今日一晩は要りそうなんだわ」
「あー、帰ったらすぐシャワー浴びようと思ってたのになー」
制服のブラウスの襟元をパタパタとやる仕種をしながら、爽風はそう言った。
「もう少ししたら他の2人も帰ってくるだろうし、雪子さんも帰ってくるだろうから、そうしたらスパでも行ってきたらいいんじゃないか?」
「あ、それいいねぇ」
朱鷺光の提案に、爽風は、指を鳴らして、そう言った。
「ちっ、こりゃ動力工具使わないとどうしようもないな……ガレージ行くか」
朱鷺光は、ひん曲がったメインバーナーを持ちながら、そう言って、出入り口になっている吐き出しから、外に出ようとする。
「あっ、手伝うよ!」
シータは、そう言って、朱鷺光を追おうとするが、
「いーからお前は反省文でも書いてろ」
と、朱鷺光は憤った声で怒鳴り気味に言い返す。
「反省文……」
「8,000字以上な」
「えーっ!?」
ムスッとした様子で言う朱鷺光に対し、シータは驚いて素頓狂な声を出す。
「俺の、2階のパソコン使っていいから。ただし、終わるまでは他の機械触んなよ。掃除機や洗濯機もだぞ!」
「はぁーい……」
朱鷺光に言われて、シータは、トボトボといった感じで、1階の渡り廊下を通って、別棟の朱鷺光の自室に向かった。
朱鷺光は、庭で模擬戦をしていたオムリンとパティアに声をかける。オムリンとパティアは模擬戦を中断して、湯沸器の残りの部品を、集めてガレージへと運んでいった。
数時間後。
帰宅した雪子に、朱鷺光が事情を説明し、爽風・澄光・颯華の高校生3人に、光之進、それにオムリンとファイを連れて、近所のスパワールドへと出かけることになった。
朱鷺光は、一度思い切って切断した後、矯正して再度溶接した熱交換器の、溶接のバリを、エアーグラインダーで削り落としていた。
チュイーン、と、グラインダーが金属を削る音が、ドルルルルル……というコンプレッサーの作動音とともに、ガレージに響く。
「じゃあ朱鷺光ちゃん、悪いけど行ってくるわね」
「ああ、うん、よろしくお願いします、雪子さん」
雪子に声をかけられて、朱鷺光一度手を休めるようにして、身体を起こし、そう言った。
「オムリンとファイも、頼むな」
「了解」
サンルーフから顔を出したオムリンが、朱鷺光にそう答えた。
朱鷺光は、念の為にと、オムリンとファイに、同行を頼んでいた。
雪子の使っている、ジムニーHEでは、無理をしても4人までしか乗れない。その為、朱鷺光のドミンゴを、雪子に貸していた。
朱鷺光が、パティアに手伝われながら、作業を再開しようとする背後で、ドミンゴは、ガレージから出ていった。
10分ほどの後、爽風達を乗せたドミンゴは、土浦市とつくば市の境、つくば市側にあるスパワールドに、到着していた。
「はーぁ、ホント、シータにも困ったもんだ」
爽風は、脱衣所で衣服を脱ぎつつ、誰にともなくため息交じりに呟いたつもりだったが、
「ホントにね」
と、颯華が、苦笑しながら爽風の言葉を肯定してきた。
衣服を脱いで、爽風は、最後にメガネを外す。
女性がかけているにしては珍しい、小さな円レンズのメガネだ。
「爽風ちゃんさ──」
颯華が言う。爽風と颯華では爽風の方が当然ひとつ年上だが、子供の頃からよく一緒に遊んでいたことから、お互い“ちゃん付け”で呼ぶのが普通になっていた。
「免許はメガネ要らないんだよね? なんでわざわざそんなメガネかけてるの?」
「うーん、別にメガネ要らないほど悪くない、ってわけでもないんだよ? 移動教室のときとか、裸眼だと黒板読みづらいこともあるし」
颯華が訊ねると、爽風は苦笑してそう答えた。
「それにしても……それならそれで、コンタクトにするとか、じゃなかったら、もうちょっと……女の子らしいフレームにするとか、しないの?」
「うん……まぁ……そういうのも、考えないわけじゃないんだけどね……」
颯華が言うと、爽風は穏やかに苦笑した。
「私、ってさ、兄貴と、半分しか血がつながってないわけじゃない?」
「うん……そうだね」
爽風が言うと、颯華は、どう答えたものか、迷いつつ、ただあっさりとした反応を口にした。
「兄貴はさ、よく、“あの左文字みのるの息子”って、言われてるけどさ、私はそうじゃないわけじゃない? だから……うん、世間にそう取られるのが、あんまり気持ちよくなくて」
「そっか、それで朱鷺光さんと同じフレームのメガネかけてるわけね」
どこかしんみりしたように言う爽風に、颯華は、合点がいったというような顔をしつつも、穏やかにそう言った。
「髪もさ、まぁ流石にスポーツ刈りってわけには行かなかったけど、男でもおかしくない程度以上には伸ばさなかった。兄妹に見られたかったからね」
「そっか」
爽風の言葉に、颯華は、口調ではあっさりと言いつつも、自分もしんみりした様子で、爽風を見つめながら、そう言った。
「さ、ここで話しててもしょうがない、早くお湯に浸かりに行こ?」
「あ、うん、そうだね」
爽風が言い、颯華と、浴場の入口の方へと、移動していった。
オムリンも、それを追うように、衣服を脱ぎ、スタンスティックもホルスターごと外した状態で、2人を追いかけていった。
オムリンは、丁度、入り口の方から脱衣場のロッカールームに入ってきた、小柄な女性と、入れ違うかたちになった。
オムリンは──名前しか、その存在を知らなかった。
だから、気付かなかった。
「いまのが……R-1?」
「あれー……ダメかな」
「どうしたの? ファイ」
シータが、居間に入ると、浴室の脱衣所への扉が開いていた。
中に入ってみると、ファイが、松下PW-102湯沸器の器具栓つまみを何度も捻りながら、困ったような声を上げていた。
「あ、姉さん」
ファイは、背後から声をかけてきたシータに、気がついて、一旦手を止め、振り返る。
「それが、さっきから湯沸器が点火しなくなってしまいまして」
「ああ、もう、ボロいんだから」
シータは、下手しなくても朱鷺光より年寄りな湯沸器を見て、盛大に溜息をついた。
「こういうときはね、こうすんのよ!」
「あ、ちょ、ちょ、姉さん!」
数時間後。
「えーっ、今日お風呂ダメなの!?」
帰宅した爽風は、リビング・ダイニングのダイニングエリアのあたりで、取り外されたガス湯沸器を分解している朱鷺光に、そう言われて、ウンザリしたような声を上げた。
まだ真夏という時期ではなかったが、日中は日差しが高く、汗ばむ陽気である。
「もう、そんなポンコツ捨てて、新しいのに代えない?」
爽風は、熱交換器のフィンをドライバーでひとつひとつ修正している朱鷺光に、そう言う。
「なぜ代えないのかと言うとだなー」
爽風に言われた朱鷺光は、一旦、熱交換器を下ろすと、見事に凹んだ湯沸器の外装を持ち上げる。
「不調の時点で俺を呼べばすぐに直るのにだなー、すぐに殴る蹴るするバカがいるからだなー、新品を買う気にならんのだよ」
「まったシータ!?」
「テヘヘ」
一見、しゃがみこんで手伝いをしているように見えたシータが、立ち上がって、爽風の言葉に対し、誤魔化すような言葉を発する。
「『テヘヘ』じゃないよ、どーしてそう言うことしちゃうの?」
爽風は問い詰めるように言うが、シータは反省してるんだかしていないんだかよくわからない微妙な笑みのままだった。
「主因は立消え防止装置のサーモカップルが原因っぽかったんだがな、それだったら代替品ストックにないでもないからすぐに直ったんだが」
朱鷺光も、少し憤りを隠さないかのような険しい顔のまま、湯沸器の外装を下ろして、言う。
「そこのバカが熱交換器まで変形させてくれたおかげでだな、その矯正に今日一晩は要りそうなんだわ」
「あー、帰ったらすぐシャワー浴びようと思ってたのになー」
制服のブラウスの襟元をパタパタとやる仕種をしながら、爽風はそう言った。
「もう少ししたら他の2人も帰ってくるだろうし、雪子さんも帰ってくるだろうから、そうしたらスパでも行ってきたらいいんじゃないか?」
「あ、それいいねぇ」
朱鷺光の提案に、爽風は、指を鳴らして、そう言った。
「ちっ、こりゃ動力工具使わないとどうしようもないな……ガレージ行くか」
朱鷺光は、ひん曲がったメインバーナーを持ちながら、そう言って、出入り口になっている吐き出しから、外に出ようとする。
「あっ、手伝うよ!」
シータは、そう言って、朱鷺光を追おうとするが、
「いーからお前は反省文でも書いてろ」
と、朱鷺光は憤った声で怒鳴り気味に言い返す。
「反省文……」
「8,000字以上な」
「えーっ!?」
ムスッとした様子で言う朱鷺光に対し、シータは驚いて素頓狂な声を出す。
「俺の、2階のパソコン使っていいから。ただし、終わるまでは他の機械触んなよ。掃除機や洗濯機もだぞ!」
「はぁーい……」
朱鷺光に言われて、シータは、トボトボといった感じで、1階の渡り廊下を通って、別棟の朱鷺光の自室に向かった。
朱鷺光は、庭で模擬戦をしていたオムリンとパティアに声をかける。オムリンとパティアは模擬戦を中断して、湯沸器の残りの部品を、集めてガレージへと運んでいった。
数時間後。
帰宅した雪子に、朱鷺光が事情を説明し、爽風・澄光・颯華の高校生3人に、光之進、それにオムリンとファイを連れて、近所のスパワールドへと出かけることになった。
朱鷺光は、一度思い切って切断した後、矯正して再度溶接した熱交換器の、溶接のバリを、エアーグラインダーで削り落としていた。
チュイーン、と、グラインダーが金属を削る音が、ドルルルルル……というコンプレッサーの作動音とともに、ガレージに響く。
「じゃあ朱鷺光ちゃん、悪いけど行ってくるわね」
「ああ、うん、よろしくお願いします、雪子さん」
雪子に声をかけられて、朱鷺光一度手を休めるようにして、身体を起こし、そう言った。
「オムリンとファイも、頼むな」
「了解」
サンルーフから顔を出したオムリンが、朱鷺光にそう答えた。
朱鷺光は、念の為にと、オムリンとファイに、同行を頼んでいた。
雪子の使っている、ジムニーHEでは、無理をしても4人までしか乗れない。その為、朱鷺光のドミンゴを、雪子に貸していた。
朱鷺光が、パティアに手伝われながら、作業を再開しようとする背後で、ドミンゴは、ガレージから出ていった。
10分ほどの後、爽風達を乗せたドミンゴは、土浦市とつくば市の境、つくば市側にあるスパワールドに、到着していた。
「はーぁ、ホント、シータにも困ったもんだ」
爽風は、脱衣所で衣服を脱ぎつつ、誰にともなくため息交じりに呟いたつもりだったが、
「ホントにね」
と、颯華が、苦笑しながら爽風の言葉を肯定してきた。
衣服を脱いで、爽風は、最後にメガネを外す。
女性がかけているにしては珍しい、小さな円レンズのメガネだ。
「爽風ちゃんさ──」
颯華が言う。爽風と颯華では爽風の方が当然ひとつ年上だが、子供の頃からよく一緒に遊んでいたことから、お互い“ちゃん付け”で呼ぶのが普通になっていた。
「免許はメガネ要らないんだよね? なんでわざわざそんなメガネかけてるの?」
「うーん、別にメガネ要らないほど悪くない、ってわけでもないんだよ? 移動教室のときとか、裸眼だと黒板読みづらいこともあるし」
颯華が訊ねると、爽風は苦笑してそう答えた。
「それにしても……それならそれで、コンタクトにするとか、じゃなかったら、もうちょっと……女の子らしいフレームにするとか、しないの?」
「うん……まぁ……そういうのも、考えないわけじゃないんだけどね……」
颯華が言うと、爽風は穏やかに苦笑した。
「私、ってさ、兄貴と、半分しか血がつながってないわけじゃない?」
「うん……そうだね」
爽風が言うと、颯華は、どう答えたものか、迷いつつ、ただあっさりとした反応を口にした。
「兄貴はさ、よく、“あの左文字みのるの息子”って、言われてるけどさ、私はそうじゃないわけじゃない? だから……うん、世間にそう取られるのが、あんまり気持ちよくなくて」
「そっか、それで朱鷺光さんと同じフレームのメガネかけてるわけね」
どこかしんみりしたように言う爽風に、颯華は、合点がいったというような顔をしつつも、穏やかにそう言った。
「髪もさ、まぁ流石にスポーツ刈りってわけには行かなかったけど、男でもおかしくない程度以上には伸ばさなかった。兄妹に見られたかったからね」
「そっか」
爽風の言葉に、颯華は、口調ではあっさりと言いつつも、自分もしんみりした様子で、爽風を見つめながら、そう言った。
「さ、ここで話しててもしょうがない、早くお湯に浸かりに行こ?」
「あ、うん、そうだね」
爽風が言い、颯華と、浴場の入口の方へと、移動していった。
オムリンも、それを追うように、衣服を脱ぎ、スタンスティックもホルスターごと外した状態で、2人を追いかけていった。
オムリンは、丁度、入り口の方から脱衣場のロッカールームに入ってきた、小柄な女性と、入れ違うかたちになった。
オムリンは──名前しか、その存在を知らなかった。
だから、気付かなかった。
「いまのが……R-1?」
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