R-Face ~アンドロイドと人工知能と、策謀と日常と、そして時折昭和

kaonohito

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第2話 最強ライバル登場!?

Chapter-09

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「このように予め規定しきれない動作が想定される場合、ERFPGAはデータストリームの変更だけで柔軟に対応できるという点で優れており、むしろフローウェア化の恩恵が大きいのはシーケンサ制御系であることが解るかと思います」

 弘介が、プロジェクターに示された構成図を示しつつ、その解説を入れていく。

 2000年代ゼロ年代初頭、朱鷺光の実母・左文字みのる──旧姓・日高──が提言した、FPGAを用いた再構成可能コンピューティングによるニューラルネットワークコンピュータ、「Mother Artificial - intelligence and Modernism - computing」、通称「MAaMモデル」の登場で、A.I.の開発は急速に進歩し、自律型ロボットの出現を促した。

 荷役作業用ロボットや接客作業補助用ロボットの登場は、それまでも人員の不足を来していた分野において大きく貢献したとされる。
 しかし、その左文字みのるは、それから5年後に事故死。
 それによって自律型A.I.の開発は停滞し、「人工知能の失われた15年」と呼ばれる。

 さらにそれから5年後、朱鷺光がR-2[THETA]を発表する。

 だが、そのA.I.はMAaMとは逆行する、プログラム内蔵ノイマン型コンピュータにソフトウェア実装される疑似ニューラルネットワークによって実現されていた。

 例えば「白い箱があって、それを開ける」とする。
 まず「白い箱」という判定をしなければならない。
 そのためにはまず「立体物が存在する」という認識をする。
 次にそれが「1.白い色をしている」という認識をする。
 次にそれが「2.開閉可能な構造をしている」という認識をする。
 次にそれが「3.自身が開閉可能である」という認識をする。

 だが、例えば1.の問題の際に、「健全に育成された人間」であれば白い箱として認識して構わない存在であっても、ほんの少しでも別の色が塗られている、文字が書き込まれている、などすれば、純粋に生まれたばかりの知能は1.の認識ができなくなってしまう。

 そこで、それを「白い箱」と認識するために、例えば先程の「少しだけ別の色が塗られている場合」「文字が書き込まれている場合」などと言った要素を、別に判定する新たな認識が必要となる。

 この“認識”が人間の神経シナプスのように広がりながら、互いに繋がり合って構成されていくものがニューラルネットワークである。一方、認識に必要な要素が爆発的に増えていき、天文学的レベルの数になってしまい、バーストしてしまうことをフレーミング問題と言う。

 「左文字みのるのMAaMモデル」はハードウェアレベルでニューラルネットワークを具現化する、脱・ノイマン型コンピュータの理想形とされた。

 一方で「左文字朱鷺光のR-System」は、64bitマイクロプロセッサの登場とそれによる広大なメモリ空間を使い、人間の神経がまったく同時に判定している認識の要素を超高速で順番に処理していくというものだ。
 さらにフレーミング問題を、メインフレーム大規模コンピュータを使ったディープ・ラーニングという“力技”で、A.I.が自立できるまでに育ててしまうという手法だ。これはむしろ、「より高性能なノイマン型コンピュータ」を要する。

 「MAaMモデル」と「R-System」は世界の人工知能学会を真っ二つに分けた。
 すなわち、あくまで人工ニューラルネットワークの構築に拘る派閥と、疑似ニューラルネットワークの拡充を目指す派閥である。

 この2派閥の確執を確定的にしたものは、朱鷺光のシータに関する発言だった。

「このには“心”があるのかって? んなもん、あるに決まってるだろう、俺がそう設計したんだから」


 朱鷺光は、弘介の講演を観衆に混じって見ていたが、携帯電話のバイブレーションが作動したのを感じて、静かに席を外した。
 胸ポケットから取り出したのは、KED製のテンキー付きスマートフォンだ。世界に派手に輸出している「日の丸スマホ」の1台である。

 OSの「HerOSヒーローズ」は国産OS「TRON」の中枢部「μT-Kernel 3.0」のカーネル・テクノロジ・ルールに則ったOSで、iOS、Androidに続く「第3のモバイルOS」と呼ばれた。
 その開発初期にはきっちり朱鷺光が関わっていたりする。Android互換APIアプリケーションインターフェイス「Robots」を搭載し、Android向けアプリは基本的に動作できる。
 外部の大容量ストレージでのアプリ運用に初期から対応していて、「HerOS」スマホには外部S-ATA端子を持つ個体が多かった。

 閑話休題、コールしていたスマートフォンを、朱鷺光は通話ボタンを押して着信を受けた。

「もしもし、なんだよシータ」

 画面に表示されていたとおり、シータのスマートフォンからの着信だった。
 だが、その声を聞いて、朱鷺光は一瞬、絶句する。

「解った、すぐ行く」

 朱鷺光はそう言って、通話を切って、スマホをしまいながら慌ただしく動き始める。

「ファイ、ヤバいことになってる、行くぞ」
「え、でも弘介さんが」
「その弘介に任せとけ!」

 一瞬、戸惑ったように声を上げたファイに対し、朱鷺光は厳しい口調で言った。

「すみません、どうしても行かなければならない事態になってしまいました。私はこれで失礼させてもらいます」

 カンファレンスの受付に慌ただしくもそう言うと、朱鷺光はその会場になっていた講堂から飛び出す。
 ファイと共に駆けていき、駐車場に駐めてあるドミンゴに飛び乗った。
 エンジンを始動させると、暖気もそこそこに、ターボのブースト音を響かせながら飛び出していった。


 少し時系列が錯綜することをお許し願いたい。

 オムリンが、荒川沖駅ビルの屋上で、その相手を迎え撃つべく、構えていると、相手も塔屋部から姿を現した。
 その顔、髪型は、オムリンにそっくりだった。アンテナ/センサーユニットも、オムリンと同じものだ。ただ、体格は、シータ並にある感じだった。

 さらに、その身体には、朱鷺光純正のR.Seriesにはない装備が取り付けられていた。
 右腕には、FRPの格納部を持つ可動格納式の刀具ブレード
 左腕には、おそらく強化ポリカーボネイトであろう白いシールド。
 そして、左の眉毛に紛れるようにして、小さなレンズが覗いているのが解った。

「DR29号……波田町直也教授の作品か?」
「そうだ」

 オムリンの問いかけに、DR29号、PATIAパティアは、短くハッキリと答える。
 その口調も、自分そっくりだった。

「それなら、目的も、私を倒すこと、だな?」
「そうだ」

 オムリンの問いかけに、やはり、パティアが答える。

 R.Seriesのデッドコピー品……
 とは言え、オムリンは、負けているとは思わなかった。それが、

 パティアとやり取りしながら、セルフコンディションチェックをかける。

 電源制御系適正値内、演算システムに異常なし。空気圧縮機、第1第2とも正常圧。超音波モーター、異常個体なし。潤滑油油圧正常──
 油温がやや適正値を超えていた。2基のオイル循環ポンプ、オイルクーラーは正常作動。問題は別のところだった。
 第2冷却ポンプ、流量低下。適正下限を大幅に割っている。
 幸いにして第1冷却ポンプに異常はなかった。冷却液温度、適正上限ギリギリ。

 ──短時間で決着をつけるしかない。

 オムリンは、そう考え、大きく息を吸い込んだ。
 R.Seriesは、もちろん酸素を取り入れる必要はない。
 人間の肺に当たる部分には冷却系が収まっており、放熱のためにしている。

 ガッ

 屋上の床面を蹴って、オムリンの方から仕掛けた。パティアはそれを正面から受け止める。

 オムリンが上段から打ち下ろす。
 パティアはそれをシールドで受け止める。
 オムリンはクイックに最短動作で、横から胴を薙ごうとする。
 パティアは、それをブレードで受け止めた。
 わずかに間合いが開いたところへ、オムリンが鋭い蹴りを入れる。
 パティアがそれを、身体をひねって躱した。

「!」

 オムリンのアンテナに高い電位の発振が捉えられる。
 オムリンは次の瞬間、左に体をひねって躱した。

 一瞬前までオムリンがいたところを、礫のように短い、断続的な赤い光線が迸った。
 それは床に着弾し、コンクリートを焦がし、わずかに溶かした。

 兵器級の大出力パルスレーザーとその照準用補助カメラ、それがパティアの左眉に仕込まれたレンズの正体だった。

「飛び道具まで仕込んでいるとは……」

 らしくなく、オムリンは呟いていた。
 公式なレギュレーションのある試合などならともかく、こうした場で格闘用ロボットの戦闘に反則などない、むしろそれはオムリンの信念でもあった。

 オムリンは、一旦パティアとの間合いを取り直す。

 ──次で仕留める。

 そう思い、仕掛けようとしたときだった。

「!?」

 ブシューッ

 腰部左側の緊急時リリースドアが開き、そこから、潤滑油の油煙と気泡の塊が吹き出した。
 オムリンの身体が、ぐらりと左に傾く。

 腰部には電源系が収められており、EMP対策で電流制御には真空管が使われている。
 本来なら冷却液のジャケットで周囲に影響がないようになっているはずだったが、冷却ポンプがダウンしかけていたことで、傍を通る潤滑油パイプの方が過熱してしまっていた。

「しまった……」
「R-1?」

 崩れ落ちかけるオムリンに対し、パティアは、驚いたように声をかける。

 その時だった。

「こらぁっ! こっち向けぇっ!」

 と、パティアの背後から、怒鳴り声がかけられてきた。

「R-2?」

 そこにシータが立っていた。

「アンタみたいなパチもんに、姉さんをやらせるかぁっ!」

 シータは、自身を緊急出力モードに入れる。
 体内の超高密度ニッケル水素電池のセルが、全て直列となり、コンプレッサーに接続された。
 コンプレッサーが、普段は外部には聞こえてこない唸りを上げる。

 シータは、その力でもってパティアに突進した。

「このぉっ!」

 パティアを押しながら、シータはなおも突進し、屋上のフェンスに、パティアを自身ごと叩きつけ、さらに押し付ける。

「姉さん!」

 パティアに続いて、イプシロンが屋上に姿を表した。

「イプシロン、私は……」
「黙ってて、離脱するから!」

 小柄な姉がなにか言いかけるのを、イプシロンは遮って、オムリンを抱えて、パティアがシータに押されていった方とは別の方角へと走り、その正面のフェンスを、跳躍して飛び越えた。
 そのまま落下するかに見えたが、空中でオムリンを抱えたままくるりと振り返ると、ズボンのベルトに隠してあったワイヤーアンカーを投擲するように伸ばし、フェンスに巻きつける。
 支点に引っ張られたことで、イプシロンとオムリンの飛ばされる方向が変わり、引き寄せられるように、ビルの13階の窓へと向かう。イプシロンはそのガラス窓を蹴破って、中に着地した。


「え、うわぁっ!」

 パティアは、声もなくシータを、すくい上げるように上へと放り投げた。
 自らの力のベクトルの方向を変えられ、シータは、フェンスに背中から激突する。
 そのまま、シータは屋上の床に落下し、転がった。

「あちゃ……まずいか……」

 シータはコンプレッサーと電流制御系が音を上げてしまい、身体の自由を失っていた。
 一方のパティアは、実際には大したダメージもないかのように、立っている。

「R-1は、不調だったのか」
「みたいね。朱鷺光がサボりでもしたのかしら。冷却系のテンションが落ちてたみたい」

 パティアに問われ、どうすることもできないシータは、仰向けに転がったまま、そう答えた。

「それならそう言えばいいのに。不調のR-1を倒しても、教授の目的は達成できないのだ」
「そっか……考えてみたらそうよね」

 パティアの言葉に、シータは苦笑した。

「今度、また、R-1が万全の状態のときに、相見えよう」

 パティアはそう言うと、その場から静かに去っていった。


 取り残されたシータは、カランカランと嫌な音を立てるコンプレッサーと、その暴力によって損傷した末端関節部超音波モーター、各々の最後の力を使って、ポシェットから、スマートフォンを取り出し、最後の通話履歴の相手に対し、発信した。

『シータ姉さん、大丈夫なんですか!?』

 ドミンゴでぶっ飛ばしているのだろう、朱鷺光ではなく、ファイが通話に出た。

「イプシロンがね、丁度いてくれたおかげで、なんとか回収はしたわ。ただ、私の方が動けない感じ、緊急出力、使ったから」
『緊急出力!? それで、それでシータ姉さんは大丈夫なんですか?』
「うん、もう、相手は行っちゃったわ。波田町教授のロボットだったの、私には見向きもしなかったみたい」

 シータは、耳元に置いたスマホにそう言って苦笑した。身動きはもう、取れなかった。

「とりあえず、早く迎えに来てくれると、助かるかなぁって……」

 空は晴れていた。降雨の心配はなさそうだった。
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