R-Face ~アンドロイドと人工知能と、策謀と日常と、そして時折昭和

kaonohito

文字の大きさ
上 下
3 / 65
第1話 左文字朱鷺光の華麗なる日常

Chapter-02

しおりを挟む
 左文字家の建物は旧いとは言っても、何度かリフォームはしている。

 浴室はタカラスタンダードのエメロードというユニットバスシステムだが、そこにはこだわりがあるのか、かなり大きいものになっていた。

 ところが、朱鷺光は、服を脱いでその浴室に入る前に脱衣所の別の扉を開ける。

 そこに、松下製のPW-102とか言う、明らかにこの建物を建てた時から使っているだろう旧式のガス湯沸器が収まっていた。

 朱鷺光はその器具栓つまみに手を伸ばそうとしたが、既に点火位置になっていて、台所ででもお湯を使っているのだろう、メインバーナーが点いたり消えたりしていた。

 朱鷺光はガス湯沸器の収まっている小さな部屋の扉を閉めると、シャープ製の洗濯機にリンナイ製のガス乾燥機が置かれている脱衣所でのそのそと服を脱ぎ、浴室内に入った。

 シャワーヘッドを手にして、シングルレバーの水栓を開く。シャワーから出てきた水が、徐々にお湯に変わってきたのを確認してから、一気に頭から浴びた。

「ぷはぁ」


 湯沸器が年代物なら台所も昭和と平成のちゃんぽんってなもので、所謂ダイニングキッチンではない台所はガステーブルに2006年式のリンナイRTS-N620VGT。

 明らかに昭和の遺物のガス炊飯器リンナイRR-07VSとガスオーブンの松下GZ-1000P。

 かと思えば別にダイヤル式タイマーだが近年の品のシャープ製電子レンジが別に置かれていて、冷蔵庫もシャープ製の平成末期の品。
 ついでに保温専用のタイガー製電子ジャーもある。

 そもそも台所そのものが、リフォームされているとは言え昭和に流行ったスタイルのダブルシンクキッチンだったりする。しかもレンジフードではなくプロペラ式の換気扇。

 多少金持ちらしいところはと言えば、茹で麺とスープ類用に大きな鍋が使えるよう、ガステーブルのコンロ台の隣にキッチンキャビネットの半分ほどの高さの台があって、大火力の鋳物コンロとマッチ式の一口テーブルコンロが並べて置かれていること。それに、ビルトイン式のリンナイ製食器洗い機がついていることか。

 その台所で、シータによく似た格好の人物が、せわしなく動き回っていた。髪はシータよりやや短めの程度、ただし特徴的なネコ耳はない。
 普通の耳があって、左耳の後ろにはシータ同様バータイプのアンテナ・センサーユニットがある。

 何より、体型が大きく違った。身長こそほぼ同じだが、ズボンに半袖シャツの上にエプロンを付けたその姿は、少年、男性型をしていた。

 その少年が小さめのフライパンをガステーブルの中火力バーナーにかけると、溶き卵を落として伸ばし、焼き始める。

「おはよー、ファイ」

 ロボットの少年がオムレツを作っているところへ、そう言って、女子にしてはやや身長の高い、しかし雰囲気的に高校生ぐらいの少女が入ってきた。

「おはようございます、颯華さん」

 少年型ロボット、R-3[FAYファイ]が、台所に入ってきた少女に対してそう挨拶した。
 シータがそうであるように、ファイもギリシャ文字に由来した名前だが、「PHI」ではなくあえてこちらのスペリングをしている。

 だが、ファイは挨拶をしながら振り返ると、少し驚いた顔して、

「あれ、どうしたんですか?」

 と、問いかけた。すぐに正面に視線を戻して、オムレツの形を菜箸で整え始める。

「ごめん、こっちで顔を洗わせて」

 颯華、と呼ばれた少女は、少し眠たそうな顔でそう言った。
 手には、牛乳石鹸青箱の入った抗菌石鹸ケースと、乾電池式の音波歯ブラシと歯磨き粉、それに折りたたみ式の卓上鏡を持っていて、首からタオルを下げていた。

 美之辺みのべ颯華そうか。朱鷺光とは父方・祖母方の再従妹はとこにあたるのだが、両親が海外に赴任しているため、左文字家に居候しながら県立高校に通っている。1年生。

「いいですけど……どしたんです?」

 ファイはオムレツの1つ目を、調理台に並べた皿のひとつに移しながら、視線は颯華に向けずに言う。

「今、朱鷺光さんシャワー浴びてるんだよ」

 ファイの問いかけに、颯華は苦笑しながらそう答えた。

「朱鷺光さん、昨日徹夜だったみたいですからね」

 ファイは、そう言って苦笑しながら、フライパンに軽く油を敷き直すと、それを加熱しているバーナーの火を最小まで絞る。

「男の人ならともかく、女の洗顔は時間かかるでしょ、だから」
「颯華さんは短い方だと思いますが」

 颯華の言葉に、ファイは、苦笑のままそう言いつつ、卵を割って中身を小鉢に落とす。

ひふへいは失礼なさやは爽風ひゃんちゃんひょひゅらへははと比べたらひゅうふん充分ははひひょ長いよ

 作動音を立てる音波歯ブラシを口に突っ込んだまま、颯華は声を出した。

「いいですけどね」

 ファイは、さらに苦笑したままそう言いながら、菜箸で手早くかき混ぜた溶き卵を、フライパンに落とし始める。

 颯華は歯を磨き終えると、サブシンクの方で、単純な蛇口からマグカップに水を注ぎ、それで口を濯ぐ。
 それから、石鹸で顔を洗う。
 丁寧に洗った後、鍋類の置かれている棚の隙間においた鏡で自分の顔を見ながら、無色無香料の抗菌フェイスクリームを顔に塗っていく。

「よし、と」

 颯華は、台所に入ってきた時から着けていた、前髪を上げていたシンプルなヘアピンを外すと、弱くクセのあるセミロングの髪を、手櫛でさっと整えた。

「よし、今日も張り切っていきまっしょい」

 颯華は、両腕を腰だめにして、気合を入れるかのようにそう言った。


 颯華がそこまで終える間に、ファイは、合わせて5つのオムレツを作り終え、それを大きめのお盆に乗せて、運んでいこうとするところだった。

「颯華さんは、ご飯とパンどちらにします?」

 ファイが、手にお盆を持ったまま問いかける。

「うーん、今日はパンかな」
「了解です」

 颯華が答えると、ファイは、そう返事をしてから、台所からリビングの方へと向かった。

 颯華は、メインシンクのシングルレバー水栓を開いて、マグカップをざっと洗った後、それを食器カゴの中に戻そうとして、ふと思い出したように止まる。
 と、カップを持ったまま冷蔵庫の方へ移動し、そのドアを開けて、中から「常陽酪農牛乳」と書かれた1リットルパックを取り出し、カップに注ぐ。

 一方、ファイが、洋間のダイニング兼用の広いリビングに入ると、キャスター付きのダイニングテーブルの上に置かれた、コンパクトなオーブントースターと、それを折りたたみ式の椅子に座ってじっと眺めている、颯華とほぼ同じ年格好の、短髪の少女がいた。

「……まぁ確かに颯華さんの言うとおりかもしれませんね」

 ファイは、シャツの襟の片側をずり落ちさせかけながら、そう呟いた。

「え? 何?」

 少女は、朱鷺光がかけていたものと同じフレームの、まるレンズの眼鏡越しの視線をオーブントースターからファイに移すと、訊ねるようにそう言った。

 傍らでは、先程からまだ、オムリンと光之進が格闘ゲームで対戦を続けている。

「いえ、爽風さんもパンでいいんですね」
「ああ、うん」

 ファイがそう言うと、少女はそう返事をした。

 左文字爽風さやか。朱鷺光の妹である。
 高校2年生と、朱鷺光と大きく年が離れているが、それは朱鷺光と母親が違うためだった。

 朱鷺光の実母、左文字みのるは朱鷺光が9歳の時に事故で亡くなっていた。
 爽風達は、父・光一郎こういちろうの後妻、左文字雪子ゆきこの子供だった。

「あ、爽風ちゃん、やっぱり起きてきてた」
「おはよ、颯華ちゃん」

 ファイの後ろから入ってきた颯華がそう言うと、爽風は視線をそちらに向けて、そう挨拶した。

「おはよ。顔ぐらい洗ったら?」
「だって兄貴がシャワー浴びてるからさ……」

 颯華が、挨拶を返ししつつ呆れたように言うと、爽風は、面倒くさそうに苦い表情をしてそう言った。

「洗顔用具、台所で洗ってきちゃいなよ。私がこっちに持ってきてるから」
「そうなんだ、じゃあ、そうする」

 颯華に言われて、爽風は、立ち上がると、怠そうに頭をかきながら、台所の方へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

虚界生物図録

nekojita
SF
序論 1. 虚界生物 界は、生物学においてドメインに次いで2番目に高い分類階級である。古典的な生物学ではすべての生物が六界(動物界、植物界、菌界、原生生物界、古細菌界、細菌/真正細菌)に分類される。しかしこれらの「界」に当てはまらない生物も、我々の知覚の外縁でひそかに息づいている。彼らは既存の進化の法則や生態系に従わない。あるものは時間を歪め、あるものは空間を弄び、あるものは因果の流れすら変えてしまう。 こうした異質な生物群は、「界」による分類を受け付けない生物として「虚界生物」と名付けられた。 虚界生物の姿は、地球上の動植物に似ていることもあれば、夢の中の幻影のように変幻自在であることもある。彼らの生態は我々の理解を超越し、認識を変容させる。目撃者の証言には概して矛盾が多く、科学的手法による解析が困難な場合も少なくない。これらの生物は太古の伝承や神話、芸術作品、禁断の書物の中に断片的に記され、伝統的な科学的分析の対象とはされてこなかった。しかしながら各地での記録や報告を統合し、一定の体系に基づいて分析を行うことで、現代では虚界生物の特性をある程度明らかにすることが可能となってきた。 本図録は、こうした神秘的な存在に関する情報、観察、諸記録、諸仮説を可能な限り収集、整理することで、未知の領域へと踏み出すための道標となることを目的とする。 2. 研究の意義と目的 本図録は、初学者にも分かりやすく、虚界生物の不思議と謎をひも解くことを目的としている。それぞれの記録には、観察された異常現象や生態、目撃談、さらには学術的仮説までを網羅する。 各項は独立しており、前後の項目と直接の関連性はない。読者は必要な、あるいは興味のある項目だけを読むことができる。 いくつかの虚界生物は、人間社会に直接的、あるいは間接的に影響を及ぼしている。南極上空に黄金の巣を築いた帝天蜂は、巣の内部で異常に発達した知性と生産性を持つ群体を形成している。この巣の研究は人類の生産システムに革新をもたらす可能性がある。 カー・ゾン・コーに代表される、人間社会に密接に関与する虚界生物や、逆に復讐珊瑚のように、接触を避けるべき危険な存在も確認されている。 一方で、一部の虚界生物は時空や因果そのものを真っ向から撹乱する。逆行虫やテンノヒカリは、我々の時間概念に重大な示唆を与える。 これらの異常な生物を研究することは単にその生物への対処方法を確立するのみならず、諸々の根源的な問いに新たな視点を与える。本図録が、虚界生物の研究に携わる者、または未知の存在に興味を持つ者にとっての一助となることを願う。 ※※図や文章の一部はAIを用いて作成されている。 ※※すべての内容はフィクションであり、実在の生命、科学、人物、出来事、団体、書籍とは関係ありません。

処理中です...