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第1話 左文字朱鷺光の華麗なる日常
Chapter-02
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左文字家の建物は旧いとは言っても、何度かリフォームはしている。
浴室はタカラスタンダードのエメロードというユニットバスシステムだが、そこにはこだわりがあるのか、かなり大きいものになっていた。
ところが、朱鷺光は、服を脱いでその浴室に入る前に脱衣所の別の扉を開ける。
そこに、松下製のPW-102とか言う、明らかにこの建物を建てた時から使っているだろう旧式のガス湯沸器が収まっていた。
朱鷺光はその器具栓つまみに手を伸ばそうとしたが、既に点火位置になっていて、台所ででもお湯を使っているのだろう、メインバーナーが点いたり消えたりしていた。
朱鷺光はガス湯沸器の収まっている小さな部屋の扉を閉めると、シャープ製の洗濯機にリンナイ製のガス乾燥機が置かれている脱衣所でのそのそと服を脱ぎ、浴室内に入った。
シャワーヘッドを手にして、シングルレバーの水栓を開く。シャワーから出てきた水が、徐々にお湯に変わってきたのを確認してから、一気に頭から浴びた。
「ぷはぁ」
湯沸器が年代物なら台所も昭和と平成のちゃんぽんってなもので、所謂ダイニングキッチンではない台所はガステーブルに2006年式のリンナイRTS-N620VGT。
明らかに昭和の遺物のガス炊飯器リンナイRR-07VSとガスオーブンの松下GZ-1000P。
かと思えば別にダイヤル式タイマーだが近年の品のシャープ製電子レンジが別に置かれていて、冷蔵庫もシャープ製の平成末期の品。
ついでに保温専用のタイガー製電子ジャーもある。
そもそも台所そのものが、リフォームされているとは言え昭和に流行ったスタイルのダブルシンクキッチンだったりする。しかもレンジフードではなくプロペラ式の換気扇。
多少金持ちらしいところはと言えば、茹で麺とスープ類用に大きな鍋が使えるよう、ガステーブルのコンロ台の隣にキッチンキャビネットの半分ほどの高さの台があって、大火力の鋳物コンロとマッチ式の一口テーブルコンロが並べて置かれていること。それに、ビルトイン式のリンナイ製食器洗い機がついていることか。
その台所で、シータによく似た格好の人物が、せわしなく動き回っていた。髪はシータよりやや短めの程度、ただし特徴的なネコ耳はない。
普通の耳があって、左耳の後ろにはシータ同様バータイプのアンテナ・センサーユニットがある。
何より、体型が大きく違った。身長こそほぼ同じだが、ズボンに半袖シャツの上にエプロンを付けたその姿は、少年、男性型をしていた。
その少年が小さめのフライパンをガステーブルの中火力バーナーにかけると、溶き卵を落として伸ばし、焼き始める。
「おはよー、ファイ」
ロボットの少年がオムレツを作っているところへ、そう言って、女子にしてはやや身長の高い、しかし雰囲気的に高校生ぐらいの少女が入ってきた。
「おはようございます、颯華さん」
少年型ロボット、R-3[FAY]が、台所に入ってきた少女に対してそう挨拶した。
シータがそうであるように、ファイもギリシャ文字に由来した名前だが、「PHI」ではなくあえてこちらのスペリングをしている。
だが、ファイは挨拶をしながら振り返ると、少し驚いた顔して、
「あれ、どうしたんですか?」
と、問いかけた。すぐに正面に視線を戻して、オムレツの形を菜箸で整え始める。
「ごめん、こっちで顔を洗わせて」
颯華、と呼ばれた少女は、少し眠たそうな顔でそう言った。
手には、牛乳石鹸青箱の入った抗菌石鹸ケースと、乾電池式の音波歯ブラシと歯磨き粉、それに折りたたみ式の卓上鏡を持っていて、首からタオルを下げていた。
美之辺颯華。朱鷺光とは父方・祖母方の再従妹にあたるのだが、両親が海外に赴任しているため、左文字家に居候しながら県立高校に通っている。1年生。
「いいですけど……どしたんです?」
ファイはオムレツの1つ目を、調理台に並べた皿のひとつに移しながら、視線は颯華に向けずに言う。
「今、朱鷺光さんシャワー浴びてるんだよ」
ファイの問いかけに、颯華は苦笑しながらそう答えた。
「朱鷺光さん、昨日徹夜だったみたいですからね」
ファイは、そう言って苦笑しながら、フライパンに軽く油を敷き直すと、それを加熱しているバーナーの火を最小まで絞る。
「男の人ならともかく、女の洗顔は時間かかるでしょ、だから」
「颯華さんは短い方だと思いますが」
颯華の言葉に、ファイは、苦笑のままそう言いつつ、卵を割って中身を小鉢に落とす。
「ひふへいは、さやはひゃんひょひゅらへははひゅうふんははひひょ」
作動音を立てる音波歯ブラシを口に突っ込んだまま、颯華は声を出した。
「いいですけどね」
ファイは、さらに苦笑したままそう言いながら、菜箸で手早くかき混ぜた溶き卵を、フライパンに落とし始める。
颯華は歯を磨き終えると、サブシンクの方で、単純な蛇口からマグカップに水を注ぎ、それで口を濯ぐ。
それから、石鹸で顔を洗う。
丁寧に洗った後、鍋類の置かれている棚の隙間においた鏡で自分の顔を見ながら、無色無香料の抗菌フェイスクリームを顔に塗っていく。
「よし、と」
颯華は、台所に入ってきた時から着けていた、前髪を上げていたシンプルなヘアピンを外すと、弱くクセのあるセミロングの髪を、手櫛でさっと整えた。
「よし、今日も張り切っていきまっしょい」
颯華は、両腕を腰だめにして、気合を入れるかのようにそう言った。
颯華がそこまで終える間に、ファイは、合わせて5つのオムレツを作り終え、それを大きめのお盆に乗せて、運んでいこうとするところだった。
「颯華さんは、ご飯とパンどちらにします?」
ファイが、手にお盆を持ったまま問いかける。
「うーん、今日はパンかな」
「了解です」
颯華が答えると、ファイは、そう返事をしてから、台所からリビングの方へと向かった。
颯華は、メインシンクのシングルレバー水栓を開いて、マグカップをざっと洗った後、それを食器カゴの中に戻そうとして、ふと思い出したように止まる。
と、カップを持ったまま冷蔵庫の方へ移動し、そのドアを開けて、中から「常陽酪農牛乳」と書かれた1リットルパックを取り出し、カップに注ぐ。
一方、ファイが、洋間のダイニング兼用の広いリビングに入ると、キャスター付きのダイニングテーブルの上に置かれた、コンパクトなオーブントースターと、それを折りたたみ式の椅子に座ってじっと眺めている、颯華とほぼ同じ年格好の、短髪の少女がいた。
「……まぁ確かに颯華さんの言うとおりかもしれませんね」
ファイは、シャツの襟の片側をずり落ちさせかけながら、そう呟いた。
「え? 何?」
少女は、朱鷺光がかけていたものと同じフレームの、円レンズの眼鏡越しの視線をオーブントースターからファイに移すと、訊ねるようにそう言った。
傍らでは、先程からまだ、オムリンと光之進が格闘ゲームで対戦を続けている。
「いえ、爽風さんもパンでいいんですね」
「ああ、うん」
ファイがそう言うと、少女はそう返事をした。
左文字爽風。朱鷺光の妹である。
高校2年生と、朱鷺光と大きく年が離れているが、それは朱鷺光と母親が違うためだった。
朱鷺光の実母、左文字みのるは朱鷺光が9歳の時に事故で亡くなっていた。
爽風達は、父・光一郎の後妻、左文字雪子の子供だった。
「あ、爽風ちゃん、やっぱり起きてきてた」
「おはよ、颯華ちゃん」
ファイの後ろから入ってきた颯華がそう言うと、爽風は視線をそちらに向けて、そう挨拶した。
「おはよ。顔ぐらい洗ったら?」
「だって兄貴がシャワー浴びてるからさ……」
颯華が、挨拶を返ししつつ呆れたように言うと、爽風は、面倒くさそうに苦い表情をしてそう言った。
「洗顔用具、台所で洗ってきちゃいなよ。私がこっちに持ってきてるから」
「そうなんだ、じゃあ、そうする」
颯華に言われて、爽風は、立ち上がると、怠そうに頭をかきながら、台所の方へと向かった。
浴室はタカラスタンダードのエメロードというユニットバスシステムだが、そこにはこだわりがあるのか、かなり大きいものになっていた。
ところが、朱鷺光は、服を脱いでその浴室に入る前に脱衣所の別の扉を開ける。
そこに、松下製のPW-102とか言う、明らかにこの建物を建てた時から使っているだろう旧式のガス湯沸器が収まっていた。
朱鷺光はその器具栓つまみに手を伸ばそうとしたが、既に点火位置になっていて、台所ででもお湯を使っているのだろう、メインバーナーが点いたり消えたりしていた。
朱鷺光はガス湯沸器の収まっている小さな部屋の扉を閉めると、シャープ製の洗濯機にリンナイ製のガス乾燥機が置かれている脱衣所でのそのそと服を脱ぎ、浴室内に入った。
シャワーヘッドを手にして、シングルレバーの水栓を開く。シャワーから出てきた水が、徐々にお湯に変わってきたのを確認してから、一気に頭から浴びた。
「ぷはぁ」
湯沸器が年代物なら台所も昭和と平成のちゃんぽんってなもので、所謂ダイニングキッチンではない台所はガステーブルに2006年式のリンナイRTS-N620VGT。
明らかに昭和の遺物のガス炊飯器リンナイRR-07VSとガスオーブンの松下GZ-1000P。
かと思えば別にダイヤル式タイマーだが近年の品のシャープ製電子レンジが別に置かれていて、冷蔵庫もシャープ製の平成末期の品。
ついでに保温専用のタイガー製電子ジャーもある。
そもそも台所そのものが、リフォームされているとは言え昭和に流行ったスタイルのダブルシンクキッチンだったりする。しかもレンジフードではなくプロペラ式の換気扇。
多少金持ちらしいところはと言えば、茹で麺とスープ類用に大きな鍋が使えるよう、ガステーブルのコンロ台の隣にキッチンキャビネットの半分ほどの高さの台があって、大火力の鋳物コンロとマッチ式の一口テーブルコンロが並べて置かれていること。それに、ビルトイン式のリンナイ製食器洗い機がついていることか。
その台所で、シータによく似た格好の人物が、せわしなく動き回っていた。髪はシータよりやや短めの程度、ただし特徴的なネコ耳はない。
普通の耳があって、左耳の後ろにはシータ同様バータイプのアンテナ・センサーユニットがある。
何より、体型が大きく違った。身長こそほぼ同じだが、ズボンに半袖シャツの上にエプロンを付けたその姿は、少年、男性型をしていた。
その少年が小さめのフライパンをガステーブルの中火力バーナーにかけると、溶き卵を落として伸ばし、焼き始める。
「おはよー、ファイ」
ロボットの少年がオムレツを作っているところへ、そう言って、女子にしてはやや身長の高い、しかし雰囲気的に高校生ぐらいの少女が入ってきた。
「おはようございます、颯華さん」
少年型ロボット、R-3[FAY]が、台所に入ってきた少女に対してそう挨拶した。
シータがそうであるように、ファイもギリシャ文字に由来した名前だが、「PHI」ではなくあえてこちらのスペリングをしている。
だが、ファイは挨拶をしながら振り返ると、少し驚いた顔して、
「あれ、どうしたんですか?」
と、問いかけた。すぐに正面に視線を戻して、オムレツの形を菜箸で整え始める。
「ごめん、こっちで顔を洗わせて」
颯華、と呼ばれた少女は、少し眠たそうな顔でそう言った。
手には、牛乳石鹸青箱の入った抗菌石鹸ケースと、乾電池式の音波歯ブラシと歯磨き粉、それに折りたたみ式の卓上鏡を持っていて、首からタオルを下げていた。
美之辺颯華。朱鷺光とは父方・祖母方の再従妹にあたるのだが、両親が海外に赴任しているため、左文字家に居候しながら県立高校に通っている。1年生。
「いいですけど……どしたんです?」
ファイはオムレツの1つ目を、調理台に並べた皿のひとつに移しながら、視線は颯華に向けずに言う。
「今、朱鷺光さんシャワー浴びてるんだよ」
ファイの問いかけに、颯華は苦笑しながらそう答えた。
「朱鷺光さん、昨日徹夜だったみたいですからね」
ファイは、そう言って苦笑しながら、フライパンに軽く油を敷き直すと、それを加熱しているバーナーの火を最小まで絞る。
「男の人ならともかく、女の洗顔は時間かかるでしょ、だから」
「颯華さんは短い方だと思いますが」
颯華の言葉に、ファイは、苦笑のままそう言いつつ、卵を割って中身を小鉢に落とす。
「ひふへいは、さやはひゃんひょひゅらへははひゅうふんははひひょ」
作動音を立てる音波歯ブラシを口に突っ込んだまま、颯華は声を出した。
「いいですけどね」
ファイは、さらに苦笑したままそう言いながら、菜箸で手早くかき混ぜた溶き卵を、フライパンに落とし始める。
颯華は歯を磨き終えると、サブシンクの方で、単純な蛇口からマグカップに水を注ぎ、それで口を濯ぐ。
それから、石鹸で顔を洗う。
丁寧に洗った後、鍋類の置かれている棚の隙間においた鏡で自分の顔を見ながら、無色無香料の抗菌フェイスクリームを顔に塗っていく。
「よし、と」
颯華は、台所に入ってきた時から着けていた、前髪を上げていたシンプルなヘアピンを外すと、弱くクセのあるセミロングの髪を、手櫛でさっと整えた。
「よし、今日も張り切っていきまっしょい」
颯華は、両腕を腰だめにして、気合を入れるかのようにそう言った。
颯華がそこまで終える間に、ファイは、合わせて5つのオムレツを作り終え、それを大きめのお盆に乗せて、運んでいこうとするところだった。
「颯華さんは、ご飯とパンどちらにします?」
ファイが、手にお盆を持ったまま問いかける。
「うーん、今日はパンかな」
「了解です」
颯華が答えると、ファイは、そう返事をしてから、台所からリビングの方へと向かった。
颯華は、メインシンクのシングルレバー水栓を開いて、マグカップをざっと洗った後、それを食器カゴの中に戻そうとして、ふと思い出したように止まる。
と、カップを持ったまま冷蔵庫の方へ移動し、そのドアを開けて、中から「常陽酪農牛乳」と書かれた1リットルパックを取り出し、カップに注ぐ。
一方、ファイが、洋間のダイニング兼用の広いリビングに入ると、キャスター付きのダイニングテーブルの上に置かれた、コンパクトなオーブントースターと、それを折りたたみ式の椅子に座ってじっと眺めている、颯華とほぼ同じ年格好の、短髪の少女がいた。
「……まぁ確かに颯華さんの言うとおりかもしれませんね」
ファイは、シャツの襟の片側をずり落ちさせかけながら、そう呟いた。
「え? 何?」
少女は、朱鷺光がかけていたものと同じフレームの、円レンズの眼鏡越しの視線をオーブントースターからファイに移すと、訊ねるようにそう言った。
傍らでは、先程からまだ、オムリンと光之進が格闘ゲームで対戦を続けている。
「いえ、爽風さんもパンでいいんですね」
「ああ、うん」
ファイがそう言うと、少女はそう返事をした。
左文字爽風。朱鷺光の妹である。
高校2年生と、朱鷺光と大きく年が離れているが、それは朱鷺光と母親が違うためだった。
朱鷺光の実母、左文字みのるは朱鷺光が9歳の時に事故で亡くなっていた。
爽風達は、父・光一郎の後妻、左文字雪子の子供だった。
「あ、爽風ちゃん、やっぱり起きてきてた」
「おはよ、颯華ちゃん」
ファイの後ろから入ってきた颯華がそう言うと、爽風は視線をそちらに向けて、そう挨拶した。
「おはよ。顔ぐらい洗ったら?」
「だって兄貴がシャワー浴びてるからさ……」
颯華が、挨拶を返ししつつ呆れたように言うと、爽風は、面倒くさそうに苦い表情をしてそう言った。
「洗顔用具、台所で洗ってきちゃいなよ。私がこっちに持ってきてるから」
「そうなんだ、じゃあ、そうする」
颯華に言われて、爽風は、立ち上がると、怠そうに頭をかきながら、台所の方へと向かった。
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