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第26話 意外な形で足元を掬われる。

Chapter-47

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 いかに帝国中央腐敗の原因の一端をつくっていたとはいえ、現時点では法衣侯爵にして帝国筆頭枢機卿。
 シーガート神官長を放っておくわけにはいかないと、本祖派の本山、アドラス中央聖教会に乗り込んだわけだが……

 聖愛教会同様、警戒してか正面の扉を閉じている。
 周囲の雰囲気が何となく殺風景な感じを漂わせていることも加わって、外部からの人間を拒絶しているようにも感じる。
 もっとも、それはここだけに限った話ではないのだが。

「グレン・グルーバー・マッキンタイア軍務卿代行である」

 先頭に立った、軍務卿代行のマッキンタイア子爵が名乗りを上げる。軍務卿だったミルズ伯爵は、すでに自分は職務に堪えられないと、陛下に辞任を申し出ていた。
 マッキンタイア子爵も、本祖派で本洗礼を受けている人物だったが、現実主義者リアリストで、大勅令の発布に対しては慎重であるべきとしつつも、他に打てる手段が限られている事を認めていた。

 俺はそのマッキンタイア卿の傍らに立つ。

「皇帝陛下の名代として、筆頭枢機卿、シーガート侯爵に面会に来た。開門願う!」

 すると、閉じられていた教会の扉がゆっくりと開いた。

「ようこそおいでくださいました。マッキンタイア卿。それにアルヴィン・バックエショフ卿も」

 意外に友好的な雰囲気で、中年ぐらいの神官が俺達を出迎えてくれた。

「シーガート侯爵はおられるか?」

 マッキンタイア卿は、神官長、ではなく、貴族としてのくらいで呼んだ。

「神官長は、実はこちらにもいらしていない状況でして。現在は神官長代行の私の下で活動している次第です」

 神官長代理と名乗った中年の男性は、そう答えてきた。

「神官長が不在? いったいどこへ行かれたか、ご存知ではないのか」
「それが、我々にも行き先を告げずに出ていかれてしまわれた状況でして」

 マッキンタイア卿が問い質すと、神官長代行は、むしろ自分達も困っているという感じで、困惑気な表情でそう答えた。

「それは、いつのことです?」

 俺が、脇から問い質す。

「一昨日の昼過ぎでしたかな。旅行に行かれるかのような荷物をお持ちになられて、ご家族とともに出発なされました」

 俺が皇宮に入ったのと同じくらい……か。

「こりゃ、逃げられましたね」
「ああ、全く帝国貴族としていったいどういう考えなのか……」

 俺が言うと、マッキンタイア卿も同意し、憤慨した様子を見せた。

「問題はどこに逃げたかなんですが……」
「うむ……」

 俺もマッキンタイア卿も、渋い顔をする。

 マッキンタイア卿がそこまで考えが及んでいるかはともかくとして、本祖派に友好的な有力領主でも取り込んで、叛旗でも翻さないといいのだが。

「とにかく、いないのでは仕方ない。ここはひとまず引き上げよう」

 マッキンタイア卿が言う。
 俺も、異を唱えても仕方なかったので、共に皇宮へと引き返した。



 結局、シーガート神官長の所在は不明のまま。
 帝国再編の大勅令は正式に発布された。

 それからすでに、数日が経過しようとしていた。
 すでに、有力な領主には、大勅令が行き渡った頃のはずだ。

「このまますんなり、行けばいいんだがなぁ」

 俺は、自分の帝都屋敷で過ごしていた。
 帝都で大騒ぎにならないで済んでいる以上、後は領地持ちの貴族がすんなりそれを受け入れるかどうかにかかっている。

 正直、徴税権を手放さなければならないという点では、有力な上位の領主貴族ほど反発しそうではあると思ってはいる。
 働きに応じた報酬は約束する旨の文で、納得してくれるといいのだが……

「それも心配だけど……アルヴィン、家のことは心配にならないの?」

 キャロがそう訊ねてきた。

「家のこと?」
「お父上が倒れられた件。多少は気にかけてるんじゃないかと思ったんだけど」

 ああ、それがあったか。

「この前も言ったけど、あまり実家には親近感がわかなくてな……今もほとんど忘れていたし」

 俺は、緊張感を解したいこともあり、苦笑しながら、そう言った。

「そうなのね」

 キャロが、そう言って、ふぅ、と軽くため息をついた。

「薄情に見える?」
「いえ、家に大切にされてこなかったのでは、それも仕方ないと思うわ」

 俺が訊ね返すと、キャロはやはり苦笑してそう言った。

「ただ、私にとっては義父にあたるわけだから。一度もあったことはないとは言っても。いえ、だからこそ元気なうちに一度会っておいたほうが良かったのかと思って」

 キャロが、少し気落ちしたような表情でそう言った。

「なるほど、それはあったのかも知れないなぁ」

 俺は口をへの字にしながらそう言った。

「ただ、まぁ、オズボーン・バックエショフ家は、跡取りが決まってるからね。そう言う意味でも、あんまり心配はしていないっていうか」

 長男ベイリー・オズボーン・バックエショフ。割としょうもないアホだったりするのだが、まぁそれこそ子爵とは名ばかりのあの家の跡取りとしては、特に問題もないだろう。

「それよりも、どっちかって言うと自分の領地の方が心配だよ」
「ああ……そうね、アルヴィンは、その心配をしたほうがいいわよね」

 俺が不在の間、領地でなにか起こったらアイザックとセオ兄が対処してくれる事になってはいたが、実際に俺の目が届かないところで何が起こっているのか心配になる……?

「どうしたの?」

 俺が、不意に顔を上げてキョトン、としたような表情をしたので、キャロが、少し怪訝そうな表情をして、訊いてくる。

「いや、成り行きでなった領主だなと思っていたんだけど、いざこうなってみると、心配で仕方ない自分がいるもんだなと思ってさ」

 自分に対して緊張を誤魔化そうと、俺は苦笑しながら言う。

「アルヴィンって、なんか、そう言うところ、結構あるんじゃない? 私達との出会いだって」

 キャロが笑いながら言う。
 うーん、確かに言われてみると、俺って結構流されやすいタイプなのかな。

「でも自分の領地が心配だって気持ちはわかるわ。私もそうだしね」
「キャロが?」

 俺は、少し意外に思って、訊き返す。

「そうよ、私だって、あの領地で親しい人ぐらい出来てるんだから。多少は気になるわ」
「そんなものか……いや、それもそうだよな」

 使用人とかと仲良く話していた覚えもあるし、農地改革のための土地収用の時にはキャロを積極的に連れて出たから、そこで知り合いになった人間も居るだろうしなぁ。

「それに、ミーラなんかは教会のこともあるから、私やエミよりもっと気がかりでしょうね」
「あ、それは確かに」

 キャロの言葉に、俺は同意する。確かに、それがあったな。

 本当、どんなに伝書を急いで飛ばしても、情報が行って返ってくるまで1週間半はかかるというのがもどかしい。
 Webの発達した前世の世界が、どれだけ便利な世の中だったのか痛感する。せめて電話くらいあれば時間の短縮になるものを。

 キャロ達との会話で、逸る気持ちをなんとか抑えつつ、有力領主の動きを待つ。



 大勅令の発布から6日目。
 俺は、呼び出されて皇宮に向かう。

「おお、アルヴィン・バックエショフ卿、お待ちしておりましたぞ」

 取り急ぎ皇宮に向かった俺を、サッチュス候が待ち構えていた。

「動きがありましたか」
「ヒドリヒ上級伯から返信があった。大勅令、臣下の身としてこれを受け入れ従う、とのことじゃ」

 ヒドリヒ上級伯は、西方領主の中の有力者で、南方のブリュサンメル上級伯に匹敵する。
 そのヒドリヒ上級伯が、大勅令を受け入れたとなると、西方の領主に対する心配はもうないだろう。

「ノーラン侯爵からも返信があった。臣下として皇帝の命に従うは帝国貴族の使命、とのことじゃ」
「ノーラン侯爵もですか」

 同じく、ノーラン侯爵は北方の領主の中の有力者だ。となると、北方の領主もあまり心配しなくていいってことか。

 こうなると、残すは南方、ブリュサンメル上級伯ということになるのだが……
 あの聡明なブリュサンメル上級伯が、突っぱねるとは思いたくないのだが────
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