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第21話 立太子の儀でひと悶着起こす事になる。

Chapter-31

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 夕暮れ時、バカ騒ぎをした大祭壇の片付けが進む中、ガルパス王は王城本殿の謁見の間に、ある人物を呼び出した。
 言うまでもなく軍務卿ナルバエス公爵だ。

「国王陛下、本日の立太子の儀の失態に於いては私も軍務卿として強く心を痛めている次第でございます」
「それは、本心から言っているのだろうな?」

 ナルバエス公の慇懃とした物言いに、国王が問いかける。

「はっ? 当然でございます。なぜにそのような……」
「そなたは、軍務卿としての影響力が削がれると、シグルの立太子には否定的だったのではないか?」
「滅相もございません、そのようなことは、決して」

 平身低頭して言うナルバエス公爵。
 ガルパス王とは血縁の筈だが、似ていないと言うか、体格からして典型的な中年太りのおっさんだった。

 ガルパス王がシグル王子を立太子させたがっていたのは、このナルバエス公の影響力を削ぐためだった。
 武人肌のシグル王子は、将兵に対してカリスマを持っている、と思われていたからだ。

「今更言い逃れできると思わないことだな」

 そこへ、それまで下がっていた俺と姉弟子が姿を見せる。
 さらに、例の魔導師をふんじばった状態で、ジャックがそれを引っ立ててきた。

「こいつがだいたい吐いたぞ。アルヴィン達と、ブリアック殿下を対峙させて、そのドサクサにガルパス陛下とシグル殿下を亡き者にする算段だったってな」

 ジャックが、その縄を引っ張りながら、言う。

「も、申し訳ありません、公爵閣下……」

 魔導師の男は、そう言うものの、

「そ、そのような者、この私は知りませぬな」

 と、ナルバエス公はシラを切ろうとする。

「仮にもシレジア王国の公爵たるこの私と、外国の者が連れてきたどこの馬の骨ともしれぬ者、どちらの言い分を信じるというのでありますか」
「だが、この者の言う事ならば信じぬ訳には行かないだろう?」

 そう言って、アシル王子と、ブリアック王子が姿を表した。
 2人の王子が連れて出てきた、後ろ手に縛られた、面長で痩躯のその男は、ナルバエス公の陪臣、モンタルヴァンだった。

「モンタルヴァンは私とブリアックの2人に、互いに内密に、と、今日の襲撃計画を明かしてきた。これは一体どういうことを意味するのか説明してもらいたい」

 アシル王子が、険しい顔で言った。

 そうなのだ。モンタルヴァンは、アシル王子とブリアック王子、双方に、今日の襲撃計画の存在を仄めかしたのだ。
 ご丁寧に、「現段階では殿下にしか相談できない」と断ってな。

「ただ、計算違いはブリアック殿下の立ち回りが良かったことと、ブリアック王子も決して将兵に嫌われていたわけじゃなかったことだな」

 俺が、すっとぼけたような笑顔を作ってそう言ってやる。

 本来なら、大祭壇で、俺達と、ブリアック王子を対峙させるつもりだった。
 だが、ブリアック王子は、例の魔法感知の鏡を使い、遠隔で祭壇を護ることにし、大祭壇でなにかあった後は、クロヴィス大佐らにガスパル王とシグル王子の警護をさせることにした。

 ブリアック王子の失敗らしい失敗は、クロヴィス大佐真意を告げなかったこと。
 このため、肝心のクロヴィス大佐は、自分が警護として引き連れている兵士が、ナルバエス公の間者であることに気付けなかった。

「大祭壇にブリアック殿下が現れなかったことに焦ったアンタとモンタルヴァンは、俺達諸共こいつにガスパル陛下とシグル殿下を亡き者にさせようとした。帝国としてもこの騒ぎに俺や姉弟子が首を突っ込んでいたとなると、大きな事は言えないし、それにアンタは帝国の西方の領主ともコネクションがあるんだろうからな」

 まぁ、一番のミスはこいつがてんで実力不足だった点である。
 そもそも、こいつ倒したのミーラとキャロだし。

「シグル殿下が王太子となるのはまずいが、かと言ってアシル殿下やブリアック殿下も軍の集権には反対じゃなかった。だからガスパル陛下とシグル殿下を亡き者にすると同時に、アシル殿下やブリアック殿下が王位を継承しないよう失脚させる、それが今回の騒ぎの目的だ」

 アシル王子は外国勢力である俺達を抱き込んだとして、ブリアック王子は厳粛な場で魔導を使ったとして、それぞれ王位継承が難しくする。
 ガスパル王さえいなければ、公爵であるナルバエス公の発言力は無視できないしな。

「それで、まだ15になったばかりのフェルナン殿下を王位に就かせ、傀儡にするつもりだったんだ!」

 俺がずばりそう言うと、

「ぐぬぬ……こ、こうなっては仕方ありませぬ」

 と、ナルバエス公は、懐に隠し持っていた短剣を持ち出した。

「陛下も、ともに道連れとなってもらいましょう!」

 ヒュッ

 国王に襲いかかろうとしたナルバエス公の目前に、柱の陰に潜んでいた人影が疾風の如く立ちはだかるようにしたかと思うと、片刃の剣でナルバエス公が手にしていた短剣を弾き飛ばす。
 そのまま、ヒュッ、と、その剣の切っ先を、ナルバエス公に向けた。

「言っとくけど俺はこのあとシレジアがどうなろうが知ったこっちゃねー。内乱するなら勝手に楽しくやりやがれ、と。それでも帝国西方の領主がアンタとのコネクションを重んじてくれればいいがな」

 エミの動きに完全に腰砕けになったナルバエス公に、俺はそう言った。



 で、その後どうなったのかと言うと。

 結論から言えば、ナルバエス公爵は完全にアウト。公爵家のお取り潰しが決まった。

 だが、シグル王子を立太子させて王室の軍への影響力を高めようとしていたガスパル王の思惑も、また失敗に終わることになった。
 まぁそりゃそうだな。肝心の立太子の儀であんだけの騒動起こしたんだ。またそれを立太子やり直します、となったら、軍はともかく、民意がついてくるか微妙だ。

 とはいえ、これでシレジア王家、ガスパル王の息子は全員何らかのケチが付いてしまったわけだ。
 ナルバエス公が傀儡に仕立て上げようとしていたフェルナン王子に王位を継がせるわけにも行くまい。

 で、結局…………

「此度のこと、なんと謝罪していものか。皆さんにも迷惑をかけ、本当に申し訳ありません」

 と、俺達に声をかけてきたのは、第1王女ジネット殿下。

「いやまぁ、俺達も、結構ムチャクチャやったんで、あまり大きな事は言えないんですけどね」

 俺は、使節団の代表として、挨拶しつつも、ジネット王女の言葉に、そう苦笑せざるを得なかった。

 言うまでもないっちゃ言うまでもないが、男児に漏れなくきずがついた以上、ジネット王女に王位継承権を渡すのが一番波風立たない形になってしまった。

 一番被害の少ないブリアック王子は、元々王位に興味がなさすぎるし。

 ジネット王女は、民衆からの人気はそれなりにある。軍部に対してはシグル王子ほどのカリスマはないが、一番の障害だったナルバエス公爵の心配がなくなったし、代わりの軍務卿として、シグル王子がシグル・カンテレス公爵となりその任に当たることになったと言うので、まぁとりあえずは心配ないか。

 ジネット王女の立太子の儀は、1年の時を挟んでまた改めて行われることになる。

「残る問題は、こっちの事情は特に解決できなかったってことか」

 ジネット王女との面会を終え、立太子の儀が中止されたこともあって、帰り支度をしながら、俺は呟くようにそう言った。

「そうね……シレジアが本当に落ち着くのは、少なくともジネット王女の立太子の儀が済んでからでしょうし、それまでは、私達ならともかく、アイリスを1人で寄越すのは危険があるわね……」

 キャロも、ため息まじりに言った。

 まぁ、俺は、そんな事態になっても、アイリスを1人だけで、とは、考えていなかったんだが。

「まぁとりあえず、俺は今回は本当にめんどくさくて疲れたよ。とりあえず、自分の領地に帰って、一息つきたい」

 自領に帰ったら帰ったで、仕事はあるんだけどな、とりあえず一息ぐらいは、就かせてもらえるだろう。

「そうね、温泉の設備も、もう少し完成しているでしょうし、ゆっくりしなさいな」

 キャロが、苦笑しつつも、労うように、そう言ってくれた。
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