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第19話 新米子爵、空を征く。

Chapter-19

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「なんだか空の旅も、久しぶりね」
「ああ、そうだな」

 笑いながら言うキャロに対し、俺はそう答えた。

 俺達は今、飛空船で西を目指して飛んでいた。
 もちろん、俺の領地に飛空船の空港なんかないから、ブリュサムズシティ経由で、だ。

 北西方に国境線を接する、シレジア王国で王太子の立身の儀がある。
 それに帝国からの親善大使として参加して欲しい。

 それが俺に課せられた、“大命”だった。

「何難しい顔してるのよ」
「え、俺、そんなに難しい顔、してた?」

 キャロが、苦笑しながら問いかけてくるのに、俺は、ハッとしながら、顔を解すようにしつつ、そう言った。

「また、なにか気になることでもあるの?」
「いや……ちょっと気になってさ。なんでアドラーシールム帝国の東に領地を持ってる、俺にわざわざそんな大命が下ったのかな、と」

 ぶっちゃけ、適当な法衣貴族にでも行かせればいい。
 じゃなきゃ、もっと近場の領主に頼むとかすればいい。

 なぜわざわざ俺なのか──と勘ぐってしまう。

 ──嫌がらせが、始まったかな?

 心当たりは先日の陛下とのお茶会だ。
 あそこで、俺はかなりぶっちゃけた話をした。

 古参の法衣貴族の耳に入ったら、少なくとも気持ちのいい内容ではないはずだ。

「あれじゃない? まだ、アルヴィンは治権に縛られてないから、丁度よかったんじゃないの?」
「あー……まぁ、それもあるっちゃ、あるんだろうけどな」

 キャロの指摘も的外れとは言えない。
 俺はまだ、領地に張り付いてなければならない身でもないから、今回の大命が来た、という解釈もできる。

「それに、新婚旅行もなかったしさ、その気分で行ってきなよ、って意味じゃないの?」
「案外そうかもしれないけどな」

 俺はそう言うと、キャロの隣に寄っていき、その肩をそっと抱き寄せた。

「きゃ……い、いきなり、なにするのよ……」
「いや、どうせだったら、新婚気分出そうかなと思ってさ」

 キャロに言われたら、そりゃあちょっとは意識する。
 意識するから、ちょっとその本能のままに動いてみた。

「も、もう……びっくりしたじゃない」
「嫌だったか?」

 俺がそう訊ねるが、キャロは離れようとするどころか、自分から身を寄り添わせてくる。

「いきなりだったからびっくりしただけよ。アルヴィンだったら嫌なわけないじゃない」
「そっか……うん、キャロは、可愛いなぁ」

 思わず、頭をなでてしまう。
 だが、キャロが嫌がる様子はなかった。

「当然でしょ、私は……アルヴィンの、正妻なんだから」

 理屈になっているようないないような事を、やや自信あり気な笑みを浮かべて、キャロはそう言った。

「おーおー、2人さん、熱いねー」

 などと、囃す声が聞こえてくる。

「ジャック」
「いやぁ、夫婦仲がいいのはいいことだ」

 ジャックはなんか楽しげに笑いながら、そう言ってきた。

「そうよ、私達とーっても仲がいいんだから」
「ちょっ……キャロ」

 キャロは、俺の首に腕を回して、抱きついてきた。
 俺は、少しバランスを崩しかけて、わたわたとする。

「そういうジャックこそ、リリーさんほっといて良いわけ?」
「あ、いや……えーっと」

 お。
 キャロの反撃が飛んだ。
 ジャックはなんか、視線を泳がせて誤魔化そうとする。

「いいわけないよなぁ」
「えっ、リリーさん!?」

 突然、姉弟子がジャックの背後に現れたかと思ったら。いきなりジャックに抱きついた。
 ジャックにしっかり抱きつき、頬ずりまでしてる。

「姉弟子……一気にはっちゃけましたね」

 俺は、なんだか本当に、女の子が年上の“近所の兄ちゃん”に懐くような様子の姉弟子を見て、少しジトッと汗をかいた気になってしまう。

「ああ、もうはっちゃっけたぞ。別に今更純情ぶる必要もないだろうし、いいだろベタベタしても」

 いや、むしろ思いっきり純情に見えるって言うか。そうでなかったらもしもしポリスメン案件って言うか。

「り、リリーさん……」
「嫌か?」

 戸惑った様子のジャックが言うと、なんか姉弟子は、瞳をうるませながらジャックの顔を、少し上目遣いで見つめる。

「い、嫌じゃないから困ってるんです……」

 ジャックも嫌がるわけでもなく、逆に見つめてきた姉弟子を、抱きしめ直した。

「リリーさん、お酒入ってる?」
「酒が入ってるのは事実だけど、酒に呑まれるような人じゃないんだよな」

 流石に幾分気味のキャロの言葉に対し、俺も少し苦い顔をしてしまいながらそう答えた。

「じゃあ、確信犯?」

 キャロが再度問いかけてきたので、俺はこくん、と確り頷いた。

 飛空船は、一度補給のために、西方のヒドリヒ上級伯爵領の領都・ヒドリヒスシティに寄る。

 本来、飛空船はブリュサムズシティと帝都、ヒドリヒスシティと帝都、と言った感じで、定期的に運行されているのだが、今回は1隻の飛空船を、俺の──と言うか、今回のシレジア親善訪問団の為に、専用に用立てていた。

 それがあるからか、どうしても俺はちょっと緊張してしまう。もしかしたら、事故に見せかけて……という疑念が拭えないからだ。

 とは言え、この飛空船に乗っているのは俺だけってわけじゃない。もし、シレジアへの途中で墜落するようなことになれば、アドラーシールム帝国としては面目丸潰れだろう。

 だから、その心配は、あんまりしても仕方ないかなとは思ってるんだけど。

 もしかして、姉弟子は、その事を見透かして、俺の緊張を解そうとしているのかな?

「よっ、と」

 俺は、展望台から空と、眼下の世界を眺めながら、あれこれと話していたエミとミーラの、間に割り込むようにして、2人の肩を両側から抱き寄せた。

「あ、アルヴィン……」
「迷惑だったか?」

 ミーラが、戸惑ったような声をだしたので、俺は2人を両腕に抱き寄せたまま、そう訊ねた。

「め、迷惑ではありませんけど……」
「アルヴィンだったら、別に歓迎」

 ミーラは少し戸惑ったような顔をしたが、エミの方は、もう慣れているよと言った感じで、そう言った。

「アルヴィンの師匠って、アドラーシールム西方の魔女、って呼ばれているけど、このあたりで活躍していたの?」

 エミが、そう訊いてきた。
 何の話をしているのかと思ったら、それだったのか。

「いや、俺の師匠が活躍していたのは、もうちょっと南の方だな。まぁ、このあたりでもいろいろやらかしたみたいではあるけどな」
「そうなんですね……」

 俺が言うと、ミーラは俺に抱き寄せられたまま、眼下を見下ろして、そう言った。

 そういやぁ、その話があったなぁ────

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