上 下
10 / 64
第17話 新参領主、結婚する。

Chapter-10

しおりを挟む
 それにしても……

「これで食べるお魚って、ほんと美味しいわぁ」

 キャロが言う。俺も全く同意だ。

 灌漑事業の視察やら資材買付なんかで、後回しになっていたが、遂にアル・ソルの実物をマークリスまで運んでもらった。

 その味……まさに醤油。

 厳密には前世でお馴染みだった濃口醤油とは少し違うようだが……
 具体的に言うと、しょっぱさが少し控えめで、その分やや香りが強い。

 だが、何よりこの舌がこの味を覚えている。
 これは……醤油だ。

「何よアルヴィン、泣くほど美味しいの?」

 感動に浸りながら口に飯を運ぶ俺に、キャロがそう言ってきた。
 あかん。あまりの感激に涙まで出てたか。

「いや、懐かしい味だな、と思ってさ……」
「懐かしい?」

 キャロが、こくん、と小首をかしげた。

「バックエショフ……オズボーン・バックエショフ子爵領でも、アル・ソルをつくっていたの?」
「いや……そういうわけじゃないんだが」

 キャロの問いかけに、俺は思わず反射的に、笑って誤魔化してしまっていた。

「日持ちはするとのことですが、帝都でも流通していませんでしたし……」

 ミーラも、少し困惑したように言う。

「ひょっとして、前世の記憶?」

 エミが、ズバリ言ってきた。

「ああ、前世ではショウユって言ってな、若干違うんだが……これに似た調味料があったんだよ」
「なるほどねー、前世の記憶かー」

 キャロが、そう言いながら、しみじみとアル・ソルの小皿と焼き魚、米の飯を眺める。

「そうすると、アルヴィンにとっては15年ぶりの……その、ショウユということになるんですね?」
「うーん、まぁ、そういうことになると思うんだが、俺が前世の記憶を取り戻したのは、11の時だったしな。実感としては4年ほどってところか」

 ミーラの言葉に、俺は思い返すようにしてそう言った。

 アル・ソルには、小麦を原料とする、色のほとんどない透明に近いものもあった。
 こちらも、少し風味は違うが間違いなく醤油の味がした。

 確か、前世にも白醤油ってあったんだよな。原料が小麦だったかどうかまでは思い出せないが。

 少し残念な所もあるとすれば、米の品種がコシヒカリのようなジャポニカ種の米とは少し違うようだった。
 元々、この一帯の気候が高温多湿の前世の日本とは違うんで、水が少なかったり夏あまり暑くならない気候でも栽培できるような品種が生き残ったのかも知れないが。

 稲作なら、ここより南方の実家の気候なんかピッタリの気がするが、稲作をやっていた記憶はないなー。
 いや、実家の記憶って意外と曖昧だから、俺が忘れてるだけかもしれんが。


「──というわけで、アル・ソルの生産量を多くしたい」

 俺は、領地開発の会議の場でぶち上げた。

「規模はどれくらいで?」
「最初は領内で日常的に消費できる程度に、もっと長期的に、まぁ数年以上かかって良いんだが、帝都まで売りに出せる程度にしたい」

 訊き返してきたセオ兄に、俺はそう言った。

「人員に関しては、用水路の整備でこれまで人力灌漑に依っていた分の、農民の家族に仕事がない者が発生している。余剰の人員を職人に回すのはありだとは思うが」
「足踏み水車かー、そう言うものも使ってたわけだな」

 今までそういう仕事に駆り出されていた層に、別の収入源をつくれば経済が潤うな。

「ただ、アル・ソルを増産するとなると、まず塩田の拡張から始めないとならないな」
「あ、そうか塩か……」

 実際の中世ヨーロッパでは、塩の生産は海の沿岸部ではなく、内陸の岩塩だったはずだが……
 と、言っても産業革命一歩手前の状況まで来てるってことは、もう海から塩を取るのが普通になっているのか?

「しかし、それも含めて目処が立たないことはないだろう。あとは領主の判断次第だが」
「わかった。じゃあ、その方向で動いて欲しい」

 セオ兄の言葉に、俺はそう答えた。

「了解」

 打てば響くと言ったように、セオ兄はそう言った。


 農耕地の区画整理自体は旧マークル子爵の時代にある程度終わっていて、それはあまり考えなくてすんだんだよな。まぁ、それも古くからの低い水路を引くためだったんだが。
 農地の改革と余剰人員の再配置は順調に進んでいるわけだが、そうなると忘れちゃならないことがある。

 税務改革だ。村ごとの税務監理官の教育は進んでいたが、彼らはあくまで、税率に対して帳尻を合わせる役。領地全体の税務監理をする人間が必要になってくる。
 で、その人材を、ひとまずはローチ家から借りられるようにお願いしてあったのだが……

「お初にお目にかかります、アルヴィン・バックエショフ卿。私はタバサ・ジンデル・ローチと申します。ローチ伯爵の長女で、エミの姉にあたります」

 てっきり引退した人間が来ると思っていたんだが、やってきたのはエミの姉という人物だった。つまり、長兄ウィリアムから見た妹ということになる。

「初めまして、自分がマイケル・アルヴィン・バックエショフです。普段はアルヴィンと呼んでください。
「了解です。アルヴィン卿。妹がお世話になっています、いえ、お世話になります、ですか」

 タバサは、にこりと笑いながら、そう言ってきた。

 美人ではあるのだが、エミとは少し感じが違う。何より、エミのように黒髪ではない。これも、母親が違うためか。
 ただ、女性にしては長身ではある。それは、ローチ伯の血筋ということなのだろうか。

「姉上、久しぶり」
「久しぶりね、エミ。貴方も少し、美人になったかしら?」

 エミは口元で笑みを浮かべながら、タバサに挨拶する。
 タバサも、親しげにエミに語りかけていた。

 うーん、この兄妹、確かに兄妹同士だけなら、仲がいいんだろうなぁ。

「私が美人になったんだとしたら、それは、多分、アルヴィンのおかげ」
「ふふ、なるほどね」

 エミが、少し照れたように言うと、タバサが、俺を値踏みするように見つつも、微笑みながら言う。

「あ……えと、あの、税務監理をお願いできる人間を、ローチ伯にはお願いしておいたのですが……」

 俺が訊ねると、

「はい、ですので、私が来たというわけです」

 と、タバサは、軽く胸に手を当てながら、笑顔でそう言った。

「父は信頼できる人間を自領の税務監理に就けようと考えておりまして、ゆくゆくは私に婿を取らせて、税務監理を任せようということになっているのです」

 ああ、なるほど?

「ということは、タバサさんは税務監理の勉強を?」
「はい、勉学で覚えられる事は一通り覚えておりますので、アルヴィン卿の下で実地を積ませていただけたらと言う事になりまして」

 それなら言うことはないな。任せても大丈夫そうだ。

「それなら、よろしくお願いします。あまり複雑な税を課すつもりはないので、会計の正確性と不正の防止を重点的にお願いできるとと思います」

 俺は、笑顔でタバサにそう言った。

「ええ、よろしくおねがいしますね」

 タバサの差し出した手を、俺は握り返した。


「さて、これで領内の体制はとりあえず構築できたわけだけど……」

 俺は、公務を終えた後の領都屋敷で、リビングでくつろぎながら、そう言った。

「そうだな、そうすると、後の大きな問題は1つだけだな」

 姉弟子が、エミが作ったらしい焼き菓子を食べながら、言う。

「大きい問題と、言うと……」
「決まってるだろう」

 うん、決まってるんだよなぁ、これが。
 まだ、あんまり話題に出したくなかった気もするんだけど、避けては通れない道。

「お前の結婚だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)

青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。 さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。 些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。 嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。 ※フリー画像を使用しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店
恋愛
   かつて、とある国の王立学園に、王太子と平民の少女が織り成す、身分違いの恋の物語があった。  しかしその物語は、平民の少女が犯した罪によって打ち砕かれ、泡のように消えてなくなった。  それから7年後。  平民相手の『運命の恋』にうつつを抜かした事で王太子の地位を失い、臣籍降下ののち、公爵として静かに生きていた元王太子・アドラシオンの元に、現王家と王太子が抱える問題を押し付けられるような恰好で、1人の侯爵令嬢が嫁いでくる。  彼女の名はニアージュ・ラトレイア。好色なラトレイア侯爵が、屋敷の使用人に手を付けた末に生まれた婚外子であり、付け焼き刃の淑女教育を施された、田舎育ちのなんちゃって令嬢である。  婚約期間も交流もないまま、王家と侯爵の都合だけで取り交わされた婚姻。  当然、アドラシオンとニアージュの間には情などない。アドラシオン自身、ニアージュに歩み寄り、距離を縮めるつもりもなければ、愛するつもりも全くなかった。  それは、王侯貴族が存在する国においては、どこにでも転がっているありふれた話かと思われた。  しかし、アドラシオンの生活はこの日を境に、微塵もありふれたものではなくなっていく。  外弁慶のヘタレ侯爵&雑草魂で生き抜く野生の侯爵令嬢が繰り広げる、ユルユル共犯物語、開幕です。  しばらく前からこちらの話も、少し手直ししつつカクヨム様で投稿し始めました。話の内容は同じですが、気が向いた方がおられましたら、そちらの方もご笑覧のほどよろしくお願いします。 ※こちらの話は今後、21~22時頃に投稿していく予定です。 ※再考の結果、こちらの作品に「ざまぁ要素あり」のタグをつける事にしました。 ※こちら、当初は短編として登録しておりましたが、総字数が10万字を越えたので、長編に変更しました。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

処理中です...