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第12話 姉弟子、決闘する。

Chapter-40

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「あ、あの……アルヴィン様……キャロ様」

 おどおどーっとした様子で、ティーカップの乗ったお盆を、俺とキャロが『デューク・ルーク』で対戦しているところに、運んできてくれる。

 アイザックさんが、我が家に預けていった、奴隷階級の家政婦少女、アイリスだ。

「ああ、ありがとう」

 俺は、できるだけ穏やかに、顔で柔和な笑顔を作って、礼を言う。
 アイリスが、わずかにではあるが明らかに震える手で、俺とキャロの前、盤面の傍らに、ティーカップを置いてくれる。

 その手の震えは、怯えからくるものか、それとも……

「ありがとう」

 キャロも、笑顔でそう言った。

「あ、あの、それでは私、これから、ご夕食の準備をしたいと思うのですが、なにが……よろしいでしょうか?」

 テーブルから一歩下がったところで、うつむきがちになってしまいそうな顔から視線を必死に上げつつ、俺達にそう訊ねてくる。

「それなら、私も一緒にする」
「そうですね、私も手隙ですから、一緒にやりましょう」

 それぞれ、武器の手入れや、教会法典の読書をしていた、エミとミーラが、それを中断し、立ち上がって、そう言った。
 エミは口元で笑っている程度だが、穏やかな表情であることはすぐに理解できる。ミーラも、穏やかにかつ明るい笑顔でそう言った。

「え、で、ですが、これは、使用人である私の本分……」

 アイリスは、困ったように、手を振りながら言うものの、

「いえ、私達もアルヴィンの序列夫人候補なんです、それぐらいやらせてください」
「正妻の座はキャロが持ってったから、こういうときにそれっぽいことはする」

 およ、エミがそんな事を……言うなんて珍しいな。
 …………
 ……いや、待てよ、確か前世の、本かなんかで読んだことがあるぞ。普段冗談を言わない人間が冗談を言う時は、心の安定を欲している時だとか。

「じゃあ、俺も手伝おうかな」

 ジャックが、そう言ってやはり、弓の手入れを中断して立ち上がる。

「ジャック、お前はカマドのストーカーStokerな。それ以上のことはするなよ」

 俺は、念を押しておく。新年早々、毒物パーティーは勘弁だからな。

「ちぇっ、まだ言うのかよ」

 とは言うものの、この前、ちょっと自作の焼き菓子の手伝いをさせたら、台所の中が異臭騒ぎになったばかりなので、流石に自分のメシマズ属性は自覚したようだ。

「そ、それでは……その……はい、お手伝いします」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしく」

 アイリスは、おずおずっと、うつむき加減からの上目遣いで、ミーラとエミに向かって言う。
 そうして、4人は、リビングから、台所の方に移動していった。

「それで、どうするつもり」

 その、アイリス達の姿が消えた途端、キャロは不機嫌そうな顔で、俺に言ってくる。

「どうするつもりったって……どうしようか、ところなんだ」

 俺は、キャロにそう答えた。

 アイリスが、アイザックさんに連れられてやってきた、その日の夕方、俺は、アイリスの虐待の程度を知るために、キャロ達にアイリスをお風呂に入れてもらった。

 アイリスの身体の傷を調べるためだ。流石に、俺がやるのは、色々とまずい。

 そうしたら、キャロとミーラが憤慨し始めた。

 2人には、奴隷のアイリスに対しては同情感がわかないんじゃないかと思っていたが、

「そんなわけ無いでしょう、いくら奴隷だって物には限度ってものがあるわ!」
「命あるものに対して、あのような扱いが、許されるはずがありません!」

 と、口々に声を荒げてくれた。

「かなり悪質。アルヴィンの言った通り、普段服で隠れているところを、あえてやってる」

 そう報告してくれたのはエミ。
 しかも、乱暴に縫合した痕まであるらしい。
 それから、体格。言うまでもなく、数えで14歳の俺達と同い年とは、思えない。
 ガリガリに痩せているというわけではなかったそうだが、栄養状態が良くないのは、明らかだ。

 更に、エミが付け加えてくれた。

「手に、斧か何かを振り回している、皮膚が固くなったところがあった」

 つまり、があった、ってことだ。
 ちなみに、剣ダコの類は、エミやキャロ、ミーラにもある。
 だが、剣奴でもないアイリスに、そんなものがあるのは不自然だ。

 エミに言わせると、薪割りの斧だろうと言う。
 エミにも経験があったからだ。
 と言っても、エミとアイリスでは事情がまるで違う。
 エミは、自分は元々、体格に恵まれていたから、そういう行為も苦にならなかった、と言っていた。

 こりゃ、想像以上だった。

 そのエミも、顔にだけで、かなり怒ってる事は、さっきの反応でよく解った。

「私達にあれを見せたんだから、このままにしておくつもりはないんでしょう?」
「まぁね」

 正直、深夜にドーン伯爵家にメガ・バレット轟焔球でもぶち込んで更地にでもしちまいたいぐらいだが、そんな事やった時点で、犯人は俺か姉弟子だって白状してるようなもんである。

 ついでに、アイザックさんに迷惑がかかる。
 あの人は悪い人ではないから、とばっちりを食うのは最低限にしたい。

「とりあえず年が明けたらなんとかするから、って言うから、なんとか我慢しているのに」

 そう言って、逸るキャロやミーラを抑えていた。

「そうだな、明後日からは官庁街も動き出すし、ダグラス・ドーン卿も捕まりにくくなるだろう、明日辺り、とりあえずは話してみるか」

 俺は、そう言ったのだが、キャロは、どこかジトーっとした視線を俺に向けてくる。

「話、ねぇ……」
「そ。まずはひとまず、お話し合い」


 翌日。
「急にお訪ねして申し訳ありません。ダグラス・ドーン卿」
「いえいえ、本来であればこちらからでも挨拶に出向かねばなりませんところを」

 慇懃に言う俺に対して、明らかに休暇を寛いでいた装いのドーン伯爵だったが、表面的には、温和に入ってくる。

 ちなみに、こちらからは、同行者は、エミと、姉弟子だ。
 キャロやミーラが、着いて来たがったが、頭に血が上ってて、何するかわからないので、エミを代表にさせることにした。

「して、本日はどのようなご用件で? 私にとのことですから、下賜領地の件に関するご相談ですかな」

 そう、俺がもらうことになっている領地も、今は陛下の名代として、この人が監理している。といっても、あくまで監理者であって、他の領主のように、地元民には統治者であるという認識はないんだが。

「いえ、実は、我が家でお預かりしている、アイリスのことなのですが」
「ほう、あの者が、なにか粗相でも致しましたかな?」

 ドーン伯爵は、わざとらしく、困ったような顔をして、そう言った。
 アイリスがなにか俺に無礼でも働いて、引き戻す口実が欲しいんだろう。

「いえ、あまりに良く働いてくれるもので。そのことには感謝しております」
「そうですか、それならばよかった」

 気のいいオッサンを装ってるが、今、一瞬残念そうにしたのを、俺は見逃さなかったぞ。

「それでですね」

 俺の傍らに立った状態の姉弟子が切り出す。

「アルヴィン・バックエショフ卿としては、この際アイリスさんを買い取りたい、と、私にも相談されまして」

「なるほど……ですが残念ですな、あの娘は私の手元に──」
「130シルムス大金貨でどうです」

 ドーン伯爵が、言いかけたのを、俺は、わざと遮って、そう言ってやる。

「!?」

 ドーン伯爵の顔色が変わった。
 そりゃそうだろう、感覚的には、日本円で億超えてる。

「あ、ありがたいお申し出ではあるのですが、あの子は売りには出せない事情がありましてな」
「奴隷1人を、ですか?」

 俺は、素知らぬフリをして、聞いてやる。

「あ、アイザックに、何か吹き込まれましたかな?」
「何を?」

 そう訊き返したのは、エミだった。
 エミの、強烈ではないが睨んでくるような視線は、こういう時、特に

 実際、エミはアイリスの事情は、虐待の事実しか、知らないわけだが。
 バックボーンを知っているのは、今は、こちら側では、俺だけだ。

「300シルムス」
「っ────!!」

 俺が畳み掛けてやる。
 ぶっちゃけ、奴隷1人にかける金じゃあない。

 ドーン伯爵が、脂汗をかいている。
 正直、カネで折れてくれるなら、この程度の出費、仕方ないですましてもいい。

「ど、どういう意図がお有りかわかりませんが、いくら法衣貴族の我が家とは言え、新参の準男爵が、伯爵に対して、足元を見るのは、褒められませんな」

 いよいよ、地が出てきやがったな……
 さて、ここから、どうしてくれようか。

 実力行使でいいってんなら、即座に手袋を投げつけているところだが。
 そんな事をやっちまったら、俺はまぁどうにでもなるが、ローチ伯爵家や聖愛教会に、累が及びかねん。

「とにかく、あの子は売りには出せませんな、無体な話をされるなら、貸し出しも、ここまでにしていただきたい!」

 ああ、もう、めんどくせぇ、やっちまうか。
 後は、野となれ山と────


 バンッ


 それは、俺ではなかった。

 手袋を胸に受けたドーン伯爵の顔が、憤怒に真っ赤になる。

「こ────、領主とは名ばかりのブリュサンメルの若造の使いっぱしり風情が! こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
「まさか。ただで済ますつもりではありませんよね?」

 姉弟子が、不敵に笑って、そう言った。

「それに、今、家のお館様を、若造、と。こちらとしては、それで立派に、大義名分は立ちましたよ」
「────!」

 自信満々の姉弟子に対し、ドーン伯爵の表情は、不快に歪む。

「この、賢者の弟子だかなんだか知らないが、調子に乗った小娘が! その表情を、醜く歪むところを、とくと拝見させてもらうとしようじゃないか!」
「ええ、期待していますよ。ダグラス・ドーン卿」

 完全に小悪党の様子になったドーン伯爵に対し、姉弟子は、余裕たっぷりの表情で、そう言った。
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