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第10話 恋の鞘当てで苦労することになる。
Chapter-36.5 Ver.C
しおりを挟む両開きの重たい扉の取っ手を掴んで、力一杯開ける。
ドアマンを置いた方が良い、と思いながら部屋の中を見る。
私のワンルームのマンションの4,5倍有りそうなただっぴろい部屋には紺色の絨毯の敷かれ、調度品は窓際のソファセットだけ。
そのソファには逆光でよく見えないが一人の男性が座っていた。
あの人が『大司教様』・・。
扉の開く音で、私が入って来た事に気が付いた様で、こちらの方へ顔を向け「どうぞ、お掛け下さい」と向かいのソファを勧められた。
私は緊張しながら、窓際のソファへ向かい、言われた通り大司教様の向かいのソファに腰掛けた。
私の目の前には、真っ白いおじいさんが座っている。頭も服も全部真っ白だ。映画とかイラストとかで見る「長老」のイメージそのもの。表情は長い前髪と長い髭に覆われていて見えない。
アルケーさんは『何処に居ても分かる』と言っていたが、そりゃそうだ。かなり目立つ。
「オオトリ様、ようこそおいで下さいました」
かなりのご高齢に見えるが、声に張りが有って若々しい。外見との落差の所為か、思わず「胡散臭い」と思ってしまう。
両手を広げて歓迎の意思を表してくれた様だが、私は小さく頷いて「はじめまして・・」とだけ答える。
私の失礼な態度に対して、大司教様は肩を竦めた。
「おや?オオトリ様は大層、用心深い御方の様ですな」
『得体が知れない』その表現がぴったりだ。
こうやって対面すると『悪意』が無いのも『厚意』で迎えられたのも分かるが「信用出来るか?」と言われると疑問だ。
「いえ、少し緊張しておりまして。失礼な態度を取ってしまいました。すいません」
私は大司教様に謝る。彼はアルケーさんの上司だ。アルケーさんの立場を考えると、大司教様に失礼な態度は得策ではない。
大司教様は、私の謝罪には答えず「フードをお取り下さい」とジェスチャーを交えて言って来た。私は言われたフードを上げる。
「あぁ、やはり貴女は『オオトリ様』だ。代々、オオトリ様は黒髪と決まっております」
大司教様は嬉しそうに教えてくれたが、私は自分の髪の毛を触り「そ、そうなんですか」と愛想笑いするしかない。
そう言えば、ここに来るまで出会った人の中に黒髪の人は居なかった。
「さて、オオトリ様。神殿に来られてまだ日が浅いですが、何かご不便は有りませんかな?」
「あ、大丈夫です。良くしていただいてます」
「北の副司祭、あれは神殿でも気の利く方でしてな。困り事が無いなら合格と言った所でしょうか」
上司とは言え、アルケーさんを『あれ』呼びした事に少しイラっとする。
神殿はやはりパワハラ気味の職場らしい。
「アルケーさんは、とても優秀です。凄く助けられています」
私がきつめの口調で言うと、目の前の大司教様が「ほほう」と声を上げた。先程までとは明らかに違う態度。
大司教様の態度が変わった事に、はっとして大司教様を見詰めた。今、言っちゃいけない事を口走ったかもしれない。
大司教様は白く長いひげを節ばった指で撫で付ける。
「オオトリ様は、あれの『名前』をご存じなのですね」
やっぱり!アルケーさんが口を酸っぱくして「名前は二人きりの時だけですよ」って言ってたのに。
アルケーさんの上司の前で彼の名前を出したのは、非常にまずかったらしい。
「・・私が無理やり名前を教えて貰ったんです。彼はとても嫌がっていました」
話を若干盛ってるが、大筋は間違っていない。確かにアルケーさんに名前を聞いた時、彼は迷っていたが教えてくれた。
大司教様は両手を振って「いえいえ」と言い、コホンと咳払いをした。
「私は、オオトリ様も北の副司祭も責めるつもりは全くございません。ただ、あれは非常に用心深い男でしてな。出会ったばかりの貴女に名前を教えた事に非常に驚きまして」
「・・バシレイアーでは、他人に名前を教える事はタブーなんですか?」
「その辺りの事を、北の副司祭はどう言ってましたかな?」
「神殿では役職名で呼ぶのが普通だと」
大司教様は節ばった人差し指でテーブルをトントンと叩きながら、ふむと考え込んだ。
「・・バシレイアーの一部では『名前は制約』と言う考えが残っております。この意味、お分かりになりますかな?」
「制約?名前が?」
「オオトリ様、私たちは名前を呼ばれれば応えざる得ない。例え、声に出さずとも呼ばれれば心の中では無意識で応えてしまう。名前とは、そういうものでございましょう?」
こくりと頷く。大司教様が言っている事は何となく理解出来る。
「『名前』と言う音だけで、行動や心の中に影響を与える事が出来る。だから名前は親族や親しい者以外、教えない方が良い。それが『名前は制約』と言う基本的な考えです」
確かに、元の世界でも本名を秘密にする習慣の話はネットか何かで見た気がする。
「『名前は制約』が理のこの世界で自分の名前の無い者が一名だけ居ります。・・それが貴女『オオトリ様』です」
「名前が無い・・どういう事ですか?私、こちらに来たショックで自分の名前を忘れただけなんですけど」
「そう、貴女の真名は貴女自身さえ知らない。それはどういう事か分かりますか?この世界でオオトリ様は『誰の制約を受けない』と言う事です」
「は、はぁ・・・」
大司教様が興奮気味に説明してくれているが、私は理解が追い付かなくて、そっけない返事しか出来ない。
突然、異世界で「制約を受けない」と言われて「じゃ、自由を謳歌しようか」と簡単に切り替えられるタイプだったらなぁ・・。
第一、制約って何の事だか。制約を受けないって言う割には、神殿の居住区に引き籠ってるし。
私が困惑しているのが、目に入っていない様で大司教様は続ける。
「代々、オオトリ様は女性、男性居られますが『黒髪』『名前の忘却』だけは共通しております。この世界の摂理とは対極に近い存在と言った所でしょうか」
「・・そうなんですね。でも突然『制約を受けない』と言われても何の事だか・・」
そんなに、バシレイアーでは名前呼びって重要な事なのだろうか。
私の戸惑っている様子にようやく気が付いたのか、大司教様はパンと手を打った。
「あぁ、すいません。オオトリ様は『魔力』の無い世界から来られたのを失念しておりました」
今、ファンタジーが横切った。言葉を失う。
「は?え?え?」
「おや?あれから聞いておりませんか?」
大司教様は私の反応に驚いた様だ。私があわあわと混乱しているのを見て、やれやれと言った風に溜息を吐いた。
「北の副司祭は、重要な事を言い忘れていた様ですな。オオトリ様、あれと一緒に居て何か奇妙な事は有りませんでしたか?」
「全然、全く無かったです」
「本当にそうですかな?」
そう言いながら、大司教様が少し首を傾げる。
急に言われても、思い当たる事は無い。私がうんうん考え込んでいる様子に、痺れを切らした大司教様が「例えば・・」と切り出した。
「例えば・・何処からともなく何かを取り出したり、気が付いたら近くに居たり・・心当たりはございませんか?」
「あ、そう言えば、鍵を掛けたと思って寝ていたら、アルケーさんが部屋に居た事が有りました。あの時は鍵の掛け忘れかと思っていたんですが」
「ははぁ、あれの力が有れば、簡単な鍵位なら開けられます」
アルケーさんはあの時『鍵の掛け忘れでしょう』とさらっと流していたが、あれはそうじゃ無かったんだ。
って言うか、私の部屋との間に鍵付きの扉が有っても、アルケーさんの力が有れば全く意味が無い、と言う事じゃないか。
後から詰めなければ、と私が魔力の話そっちのけで考えていると、大司教様が咳払いをした。
「魔力の存在はご理解いただけましたかな?」
「・・何となくですが」
正直に言えば、鍵を開けるって魔力じゃなくてもピッキングでも可能な訳で。
だから、大司教様が言う『魔力』がもの凄いパワーなのか、それとも特技位なのか・・。
一応、頷いてはみたけれど実感が湧かない。大司教様が実演してくれれば良いのに。
「バシレイアーでは、皆、力の差は有れど魔力を持って産まれます」
「へぇ!」と思わず声を漏らす。
それって、産まれながらにして魔法使いって言う事だよね?凄いな、とちょっぴり羨ましくなり、場違いな声を上げてしまった。
「あ、すいません。私の世界とは全然違うので、ちょっと興奮してしまいました」
「いえいえ・・私共からしたら、魔力の無いオオトリ様の世界の生活の方に興味がございます」
「でも、その魔力と『名前の制約』って、どういう関係が有るんですか?」
「・・そうですねぇ、詳しい話は追々させていただくとして、簡単に申し上げますと・・」
大司教様が内緒話位の小さな声で呟く。
「『魔力と名前が有れば、相手を支配する事が可能』と言ったところでしょうか」
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