上 下
36 / 55
第10話 恋の鞘当てで苦労することになる。

Chapter-35

しおりを挟む
「ジャック」

 俺、ジャック・ヒル・スチャーズは、特別な用事が予定されているわけでもないのに、女性に声をかけられた。

 女性の方から、コロコロと鈴を鳴らすような声で、声をかけられるなんて、はっきり言って、マトモに異性を意識するようになってからは、初めての体験だと思う。

 そして、その声の主は……

「リリーさん……」

 アルヴィンの姉弟子、リリー・シャーロット・キャロッサ騎士爵。
 まぁ、本人も言ってるし、俺達のパーティーメンバーは、仰々しい呼び方ではなく、親しみを込めて、リリーさん、と呼んでいるけど。

「アルヴィンから聞いたよ」
「え、なんの事です?」

 実際、この時点では、俺はどの話のことか、断定しきれなくて、少しぎこちなくなりつつも、訊き返した。

「私に興味があるって……その」

 リリーさんは、笑顔でそう言ったものの、そこで、少し恥ずかしそうに、少し顔を傾けて、頬を掻く。

「女性として……だね」

 ドッキーン。
 その、恥じらう感じ、可愛い。

「や、やっぱり可愛いですよ、リリーさん」
「そ、そうか?」

「あ……」

 リリーさんに返事をされて、俺は、思わず声に出してしまっていたことに気がついた。思わず、固まってしまう。

「別に、固くならなくなんか良いって、私なんだし」

 リリーさんは、理由になってるんだかなってないんだか、そんな感じで、くすぐったそうに苦笑しながら、言ってきた。
 いやホント、その笑顔がホント可愛い。

「いや……リリーさん、可愛いですよ。最初の頃は、アルヴィンの姉弟子だからって、そんな感じで見てましたけど、こうして見ると、やっぱり可愛いです」

 いや……俺の方も、改めてリリーさんをそう言う目で見てしまって、そのコロコロしたような笑顔が、本当に可愛く見える。

「ただ……アルヴィンも話しただろうけど、私の実際の年齢が、実際には君達の親でもおかしくない歳だっていうのは、解ってくれているよね?」
「はい……まぁ……リリーさんの実際のその年齢の姿を見たわけじゃないですけど……」

 リリーさんの言葉に、俺がそう答えると、リリーさんはくすくすと苦笑した。

「私も、老いた姿を誰かに見せたいとは、今のところは思ってないよ」

 そう、悪戯っぽく言ってくる。

「逆に、ちょっと、幼すぎるって感じは、しないかい?」
「それは、多少は……でも、それもひっくるめて、リリーさんはその……魅力的だと思います」

 可愛いと思う、って言おうとしたけど、それだと容姿が幼いって部分だけが強調されてしまうから、途中で言い直した。

「ふふっ、なるほどね、アルヴィンと今までうまくやってきたわけだ」

 リリーさんは、悪戯っぽく苦笑して、そう言った。

「まぁ、欲を言えば、わざわざアルヴィンを通さずに、直接、私に声をかけてほしかったけどね」
「あ……いや、まぁ、それは、アルヴィンと俺の間でもちょっと、色々あったっていうか」

 ズバリ、言われてしまい、俺は、少し、格好が悪い気がして、視線をそらしてしまう。

「いや、でも、いいよ。そこまで私のことが気になるんだったら、交際、してみようじゃないか」
「え!」

 リリーさんの言葉に、俺は、前のめりになる感じで、訊き返してしまっていた。

「実際に付き合ってみて、解ることだってあるし。男女の関係になってみるのも、悪くないだろ?」
「リリーさんが……いいって言ってくれるんなら……俺は、是非に」

 なんか、心が胸の中で踊ってしまって、少しつっかえつっかえになりながら、俺はそう答えた。

「あ、でも……もうひとつ、確認しておくことがあるけど、ちょっと、いいかい?」
「はい? なんですか?」

 どこか恥じらうように、顔を赤くしてもじもじとしながら、リリーさんは言う。
 その仕種も反則級に可愛いです。

「私、その、処女おとめじゃないけど、それは、大丈夫かな?」
「全く問題ないです」

 俺は即答していた。
 つうか、聞かされて、むしろ興奮してきたよ。だって、年上の女性が、恥じらいながらそんな事を言ってくるんだぜ? 反則もいいところだ。

「そっか、そこまでか、じゃあ、しょうがないな」

 照れ隠しをする感じで、リリーさんは、笑いながら、言う。

「それじゃあ、改めてよろしく、かな?」
「はい、よろしくお願いします!」

 俺は、リリーさんが差し出した手を、両手で握り返していた。
 その手も小さくて、柔らかくて、リリーさんの可愛らしさを演出していた。


 ──※─※─※──

「と、言うわけで、ジャックと付き合ってみることにしたよ」

 俺、マイケル・アルヴィンが天火オーブンで焼いた、試作の焼き菓子を、試食がてらに食べながら、姉弟子は言う。

 高価な砂糖じゃなくて、手に入りやすい水飴を甘味料に使ってみたものなんだけど、なん度か、試行錯誤して、うまく出来て来たような感じがする。

「いいんですか?」
「ああ、彼もいい人間っぽいしね、ソデにする理由はないから」

 俺が問い返すと、姉弟子は少し苦笑交じりに笑いながら、そう言った。

「それに、ジャックの年頃の恋なんて、一過性みたいなところもあるだろう?」
「はぁ…………」
「アルヴィンは、妙に達観したところがあるから、そうじゃないのかもしれないけどね」

 まぁ、少年の初恋は麻疹みたいなもの、とはよく言うけれど……

「彼が、この先の人生の糧にしてくれるなら、私は、それでも充分だよ」

 用意していた紅茶をひとすすりしてから、姉弟子は、苦笑しつつ、そう答えた。

「一過性ですまなかったら、どうするんです?」

 俺は、少し苦い顔で、姉弟子に問いただした。

「その時はその時さ。私だって一応は騎士爵だし、年上の甲斐性だってあるつもりだよ。彼を婿にでも迎えて、ちゃんと面倒見るよ」

 ふーん、良かったなぁ、ジャック…………
 にしても、姉弟子?

「姉弟子、ひょっとして姉弟子自身も、ちょっとノリノリだったりします?」

 俺は、そう問いかけた。

「多少はね、この前も言ったけど、私にだって下心がないわけじゃないんだよ。ジャックみたいな若い子に、可愛い、可愛いって言われたら、もちろん、気分も良くなるよ」

 ティーカップを片手に、そう言って、姉弟子が俺に見せてきた苦笑交じりの表情は……
 どう見ても、恋する思春期の女の子です、本当にありがとうございました。


「それより問題なのは、お前さんだよ」

 姉弟子は、話題を切り替えるように、急に真顔になって、言ってきた。

「俺……ですか」
「ああ、正妻候補が3人もいるんだろ、ちゃんと、誰を正妻にして、他のはどうするのか、決めないと」

 え、あ、うーん……
 もう少し、ミーラとも付き合ってみてから、って、考えていたんだけど。

「もう少し、3人のことをよく知ってから、決めたかったんですが」
「気持ちはわかるが、お前はもう準男爵なんだ。それも、領地持ちのな」

 俺が、苦い顔になってしまいながらも素直に言うと、姉弟子は、真面目な顔のままで、そう言ってきた。

「もしお前が不慮の事故で死んだとか言うなら、領地は返上されるだけだろうが、そうでもないと、お家騒動を起こしてしまうぞ」

 うーん……確かに、それはあるんだよね。
 準男爵を賜った以上、俺の嫡子は俺の後継者なわけで。
 法衣貴族だったら、まだいいんだが、領地持ちだと、内紛なんか起こしてしまったら、それで苦しむのは、領民だからな。

「せっついて悪いとは思うが、領地が決まるまでに、決めないとならないぞ」

 姉弟子が、俺に決断を迫るように、言ってきた。

 ミーラ、猫っぽいツリ目にくりくりの瞳、ショートカット、気が強くて実際腕もそこそこ強い。正直、俺のど真ん中のストライク。

 キャロ。時折高飛車に振る舞うところも、あるいはニコニコと明るい笑顔を見せてくれるところも、可愛い。それに、俺のことを誰より信用してくれている。

 エミ、寡黙で、言葉数は少ないけれど、的確なことを言ってくれる。精神的にも、フィジカル的にも、頼りになる。そばにいてくれると、安心する。

 誰を────誰を、選べばいいって、言うんだ…………?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

料理の腕が実力主義の世界に転生した(仮)

三園 七詩
ファンタジー
りこは気がつくと森の中にいた。 なぜ自分がそこにいたのか、ここが何処なのか何も覚えていなかった。 覚えているのは自分が「りこ」と言う名前だと言うこととと自分がいたのはこんな森では無いと言うことだけ。 他の記憶はぽっかりと抜けていた。 とりあえず誰か人がいるところに…と動こうとすると自分の体が小さいことに気がついた。 「あれ?自分ってこんなに小さかったっけ?」 思い出そうとするが頭が痛くなりそれ以上考えるなと言われているようだった。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

処理中です...