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第3話 仲間と一緒に強敵に挑んでみる。

Chapter-12

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「はー……相変わらずエミの料理は旨いなぁ……」

 私、エミ・クラーク・ローチは、冒険者養成学校の講義日の恒例になっている、パートナーのキャロ、それにパーティーを組んでいるアルヴィンとジャックとの昼食会を、学校と学生寮に挟まれた中庭で、開いていた。

 なんかすごく嬉しそうな顔をして、私の手料理を食べてくれるのはアルヴィン。
 ジャックも喜んでくれてはいるんだろうけど、ちょっとがっついてる。

「あなた達、本当に幸せ者よねー」

 キャロがそう言った。

 実は、入学した頃、キャロと私はちょっとした上下関係にあった。
 私にとっても、それが丁度良かったから。

 私は、ここでは、中途半端な存在なのだ。
 その理由は、詳しくは、追々説明していくことになると思うけど。
 簡単に言うと、ブリュサンメル上級伯の寄騎というわけでもないローチ伯爵家の、庶子。その私のステータスが、ってこと。

 そんな私だったから、貴族や陪臣の子女の生徒にはあまりいい顔をされず。かと言って、平民出身の学生と馴染むことも出来なかった私を、自分から子分にしようとしてくれたキャロは、私にとってはありがたかった。

 この昼食会も、最初は、私がキャロに昼食を提供することが目的で、始めたことだった。

 もっとも、その後キャロとはあまり上下関係を気にするようにはならなくなっていった。
 キャロは確かに、最初は気が強くて高慢そうに見えるけど、意外と人間関係で気遣いをする人間だったからだ。

 まぁ、時に空回りしたりするときも、あるんだけど。
 それも含めて、キャロの人間としての魅力かなって思ってる。

 そして、何より決定的になったのは、先週の事件。
 私達は、学校が斡旋するアルバイトの依頼をこなそうとして───

 ドラゴンを、倒した。

 とどめを刺したのは、アルヴィンの大灼熱魔法。
 でも、アルヴィンに言わせると、それが出来たのは、私達のおかげだからって言う。

 あの後、私達は、アルヴィンがある程度回復するのを待って、週明けの講義に間に合うように、ブリュサムズシティに戻ってきた。
 もっとも、アルヴィンはまだ、体調が万全ではないということで、講義には参加していなかったけど。

 と言っても、アルヴィンが本当に面倒くさがってるのは、回復次第、ブリュサンメル上級伯のところに、今回の報告も兼ねて、挨拶に行かなきゃならないことの方なんだけど。

 でも、講義は休んでても、お腹は減るし、こうしてお昼休みには、昼食会に参加してきてくれている。

 ともあれ、私と、キャロ、それにアルヴィンやジャックとの間も、一層強くなったって感じる。
 なにより、アルヴィンが、以前とは少し変わってきたのを、感じている。
 多分、キャロもそれは解っているはず。

「いやー、今日も旨かった、いつもありがとな、エミ」

 そう言う笑顔は、以前から見せてくれていたのだけど、あの後からは、それが、もっと輝いて見えるように、なった気がする。

 実際、私やキャロには、アルヴィンに対しては、ただ同じ冒険者学校の同期生というだけではなく、そう、もっと将来のことで、思うところはあるのは、事実なんだけど。


「……マイケル…………」
「!」

 お粗末様でした、と、私がお弁当箱を片付け終えようとした時。
 その声は、聞こえてきた。

 アルヴィンのファーストネームは、本来、マイケル、だ。ただ、本人の個人的な事情で、近しい人間にはミドルネームの、アルヴィン、と呼ばせている。
 だから、アルヴィンをファーストネームで呼ぶのは、あまり彼と親しくない人だ。

 以前の彼は、ジャック以外とあまり積極的に付き合おうとしていなかった。ううん、その傾向自体は、今も変わらない。ただ、ジャック以外に、私やキャロがその輪の中に入っただけだ。

 そして、そこにいたのは。

「ルイズ……」

 ルイズ・デーヴィス・オスマー。
 私やキャロより、先にアルヴィンの人の輪に入ろうとしていた

 でも、そのために、ルールを破った娘。

 アルヴィンは、そのことが気に入らなかったらしく。
 実際には後から割り込もうとした、私やキャロの方を、優先してくれた。

「あのさ、あの事、謝る……だからさ……」

 ルイズは、アルヴィンに対して、おずおずとそう言う。

「あの事? あの事ってなんだ?」

 私は、ギョッとしてしまった。
 そして、キャロを見た。
 キャロも、やっぱり驚いて、目を見開いていた。

 確かに、アルヴィンは、人付き合いがあまりいいとは言えない。
 でも、今しているような、特定の誰かに敵意を剥き出しにした表情を、見せるような人でもなかった。

「その……登録申請、勝手に出しちゃった事……」

 ルイズは、親に叱られている子供のように、俯きがちの冴えない表情で、チラチラと下を向いてしまう視線を必死にアルヴィンに向けながら、そう言った。

「だから……何だ?」

「だから、もう一度、相談できないかな、私達との、パーティーの事……」

 ルイズは、アルヴィンの怒気に圧倒されながらも、もう後がない、と言った様子で、それを口にした。

「悪いが、それは無しだ」

 アルヴィンは、あっさりとそう言った。
 いや、そう言うだろうってことは、私にも簡単に想像できた。

「あのね、聞いてほしいの。私もユリアちゃんも、ただ、アルヴィンが成績優秀だから近付いたんじゃなくって。あのね、私もユリアちゃんも、アルヴィンの事が、その、好きなんだって……」

 アルヴィンから放たれる怒気が、強くなったのを感じる。
 同時に、私もすごく、不愉快な気持ちになった。多分、キャロも同じだろう。

「キャロやエミは違うっていうのか?」
「そ、それは……でも、2人はアルヴィンが成績優秀者だから……って」

 それは、あなた達だって同じでしょう? ルイズ。

「それだけじゃないぜ。この2人は、俺の事を信用している、そして、俺がこの2人のことを信用しても大丈夫だ、って、証明してくれたんだからな」

「え、それってどういう……」

 ルイズが聞き返すと、アルヴィンは不快そうに、はんっ、と鼻を鳴らした。

「大方、ドラゴンを倒したことを聞いてきたんだろ? 噂は止めようがないからな。それで、今更こんな話をしにきたってわけだ」

「それは……そうだけど、でも」
「勘違いするな、って言ってるんだ」

 なおも言い訳するかのように言葉を告げようとするルイズの、その言葉を、アルヴィンは遮って、言う。

「俺は1人でドラゴンを倒したんじゃない。このパーティーメンバー全員で倒したんだ。信用できる仲間とな」

「………え……」

「キャロなんか凄いぜ、俺が時間稼ぎをしてほしい、って言ったら、真っ先に飛び出していったんだからな。もちろん、エミだってそうだし、ジャックだって身体張ってくれた。俺を信じてな」

「それは、でも、それなら、私やユリアちゃんだって」
「だったら、なんで勝手に登録申請をするような真似をしたんだ?」

 自分たちだって、なんて、チープな言い訳をしようとしたルイズを、アルヴィンは、即座にピシャリと返した。

「俺を信用してない証拠じゃないか」

「そ、それは……」

 言い淀むルイズ。
 そして、そんなルイズを見て、アルヴィンの顔が、ますます険しくなっていく。

 もう、限界だ。


「あなた達は、勘違いしている」

 私が、そう言っていた。
 アルヴィンの前に、ルイズに立ちはだかるようにして。

「アルヴィンは“成り上がり”を考えていない」

 度を超えた労働の末に斃れた、という、前世の記憶を持っている、アルヴィンの目指す生き方。それは、ルイズやユリアが望んでいるものとは、あまりにかけ離れていた。

「アルヴィンは、ここを卒業したら、田舎でのんびり過ごしたいと考えている。ほどほどの冒険者として、暮らしたいと考えている」

「…………」

「そして、私もキャロも、それを承知した上で、パーティーを組んでる」

 色気や下心がないなんて言わない。そんな事言ったら嘘になる。
 でも、無理強いはしない。私もキャロも、それは決めていた。

「で、でも、アルヴィンは、もう、ドラゴン・スレイヤーなんだよ? たとえアルヴィンがそう考えていたとしても、周りがほっとかないよ!」

「だとしても、それにどう対応するのか、決めるのは、アルヴィン自身のはずよ」

 そう言ったのは、キャロだった。多分、彼女も腹に据えかねたんだろう。

「いいかルイズ」

 アルヴィンは、前髪を掻くような仕種をしながら、怒気を孕んだ溜息を、盛大に出してから、言う。

「信用ってのは大事だしカネで買えるもんでもない。そこから間違ってっと冒険者なんか務まらない」

「解ってるよ、反省してる……」

「いいや、心の底から反省なんかしてないから、今になってまだこんな話をしてくるんだ。違うか?」

「…………」

「この程度のことも理解できてない人間と、俺が組むメリットってなんだ? 俺になんか、恩恵あるか?」

「っ…………」

 畳み掛けるように言うアルヴィンに、ルイズは絶句してしまう。

「アルヴィンの言いたいことは解ったでしょう、もう、このへんにしておいて。アルヴィンはね、今、病み上がりなんだから」

 キャロが、アルヴィンを気遣いつつも、ルイズに対しては突き放すように、そう言った。

 ルイズは、泣き出しそうな顔をしながら、一瞬アルヴィンを見て、それから、走り去っていった。

「悪いな、キャロ、それにエミも」

「気にしないで」

「アルヴィンも、私達も、当然のことを、言っただけ」

 アルヴィンが、本当に申し訳無さそうに言うのに、キャロと、私は、そう答えた。

「ああ……悪い、本当に気分が悪くなってきた」

「大丈夫?」

 キャロがそう問いかけるものの、

「あんまり……大丈夫じゃ、ないかもしれないな。部屋に行って、休むわ……」

 アルヴィンは、胸を抑えて、何かを堪えるようにしながら、立ち上がった。

「おう、じゃあ、講義終わって夕食時になったら、呼びに行くからよ」

 ジャックは、その背後にそう、声をかける。

「悪い……頼むな」

 アルヴィンは、学生寮の男子棟の方に、いくらかよろめきながら、歩いていった。


 その後ろ姿に、私は少し、不安を覚えた。
 多分、キャロもそうだろう。

 ここまで来ても、私もキャロも、どうしても拭えない、どう考えても合理的には説明できない、感情と言うか、感触を、持っているのだ。

 それは────


 アルヴィンと、ユリアとルイズは、引き合っているんじゃないか、という疑念────
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