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第3話 仲間と一緒に強敵に挑んでみる。
Chapter-08
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フリュサムズシティからノールの村までは駅馬車で丸一日と行ったところ。
徒歩でも行けない距離じゃあないが、なにぶん週明けの講義の日までには戻ってこなければならない。
というわけで、俺自身もそろそろ冒険者稼業に向けてちょっと装備品を買い足したいこともあって、惜しいのだが、どれだけの時間を拘束されるかわからんので、素直に馬車を使うことにした。
馬車を降りると、先に伝令でも伝わっていたのか、ノール村の代官が、俺達を出迎えてくれた。
「依頼を受けて頂き、誠にありがたい」
この、ノール村の代官、ダールグーン氏が、今回の直接の依頼者だった。
一応は陪臣の範疇に入るので、多少上から目線ではある。が、免許持ちではない、冒険者学校の学生に対する態度だと思うと、わりかし下手に出ている気もする。
「とりあえず、状況をお聞きしたいんですが」
精神的には現在の実年齢+36歳って事もあって、こういう時に交渉するのは俺の役目になってしまっていた。
まぁ、別に構わんのだが。
「北の山地の洞窟、そこについての説明はよろしいかな?」
「ええ、だいたい承知しています」
ノール村の、さらに北側にある、そんなに深くもない洞窟、そこがマンゲツツユコケの一大群生地になっていたはずだ。
苔類のしぶとさか、一度採り尽くしたと思っても、雨季を過ぎるとまた繁殖している。このおかげで、ノール村は規模の割に経済が潤っている、というのは前にもちょっと触れたとおりだ。
陪臣クラスの代官を置いていることでも、ブリュサンメル上級伯領全体でも、それなりの収入源であることは、解るというものだ。
「しかし、魔獣が暴れだしたのはつい最近なんですよね?」
「そうだな、ひと月半ほど前、地揺れがあってな、幸い、村にはそれほど被害は出なかったのだが」
地揺れ、地震だな。大して離れていない領都にいる俺達が気づかなかったんだから、それほどのものではないんだろう。
と言っても、それは前世で地震大国日本に慣れてた俺の感覚であって、アドラーシールムでは地盤が安定しているのか、めったに地震なんかおきない。
そもそも、俺がマイケル・アルヴィン・バックエショフになってから、日本人の感覚として地震らしい地震を経験した記憶がない。
────閑話休題。
「それから、魔獣が暴れだした?」
「ああ、そうなる」
ふむ……
「地揺れが魔獣を刺激したってことかしら?」
キャロルが、真剣な表情でそう言った。
「確かにそれが考えられそうな原因ではあるんだが……んーそれにしちゃあ、ひと月半ほど前って、だいぶ間が開いてる気がするんだよなぁ」
俺は、腕組みをして首をかしげ、唸るようにしながらそう言った。
小型の魔獣はそんなに知能も高くない。ほとぼりが冷めれば、またすぐに落ち着くはずだ。
「その間、村人が採取のために中に入って魔獣を刺激し続けたから?」
エミが、いくらか険しい表情になって、そう問いかけるように言った。
「どうなんですか?」
俺が、真顔に戻って、腕組みをしたままダールグーン代官に問いかけた。
「いや、当初は我々もそう考えていてな、落ち着くのを待っていたんだが、むしろ酷くなる一方でな」
「酷くなる一方?」
俺は怪訝そうな声を、少し大きく出してしまった。
「ああ、それで、最初は護衛を雇って、村人に採取を再開してもらうことも考えたんだが……」
「自衛できない人間じゃないと、危ないと」
俺の言葉に、代官は頷いた。
「とは言え、魔獣の種類的にはさほど脅威が大きいものが出るというわけでもないのでな、高額な報酬で在野の冒険者を雇うのもどうかと言う話になっていたんだ」
「それで、冒険者養成学校の学生に白羽の矢を立てたと」
「そういうことになる……荷は重いかもしれないとは思ったんだがな」
俺が聞き返すと、代官は深く頷いて、そう言った。
「まぁ大丈夫ですよ、学生と言っても、こいつなんかはほとんど首位キープですし」
深刻そうな空気を破って、軽い調子で、ジャックが横から俺の反対側の肩を叩きながら、そう言う。
「それに、他のメンバーも、常に10位よりは上にいる人間ですから」
ジャックは、そう言ってから、さらに視線をキャロルやエミの方に向ける。
「な?」
「ええ、まぁ、はい」
「お任せください」
ジャックの言葉に、2人は代官の方を向き、キャロルは少し照れたように苦笑し、エミは真剣そうな表情で、各々そう言った。
「ただ、採取できるのは、魔導師の俺1人になりますからね、1日に採取できる量は限られてしまうんですが……」
「もう、今年の採取時期は終わりだからな。2・3日はかかってしまうかもしれないが、それだけ採取してくれれば、とりあえず年は越せる」
そう、もうそろそろ年の瀬になるからな。苔の成長も鈍る時期だし、次の雨季になるまでには、終息している……事を期待する、といったところなのだろう。
「この村の宿に、無料で宿泊できるように手配はしておいた。ただ……」
お、それはありがたい……が?
「ただ?」
「女性の冒険者候補生が来るとは思っていなかったのでな、この村には、素泊まり雑魚寝の宿が一軒しかないのだが……」
「あ、それは構いません」
キャロルやエミを見ながら、言いにくそうに言う代官に対し、キャロルはきっぱりと言う。
「冒険者候補生になった時点で、野営する程度の覚悟は決めてますから」
お。
エミはともかく、キャロルはそういうの、抵抗あるタイプなんじゃないかなと思っていたんだが、まぁ、キャロルの言葉のとおりなんだよな。
「きちんと屋根のついたところで、布団で眠れるだけでも、充分です。ね、エミ?」
キャロルはそう言って、エミを振り返り、エミはコクン、と頷いた。
「それならばよかったが……それともうひとつ、問題が」
「もうひとつ?」
代官が苦い顔をしたままなのに対し、俺が訊き返した。
「案内人をつけられないのだ」
「ああ、そういう事になっちゃいますよね」
俺はそう言って、苦笑した。
「まぁ、確かそんなに深い洞窟じゃなかったはずですし、そのあたりは、どうとでもなりますよ」
「すまない、よろしく頼む」
さて、とりあえず、村が用意してくれた宿に宿営用の荷物は下ろして、身軽な状態になってから、ひとまず内部探索を兼ねて、洞窟に向かう。
洞窟の入り口は、元々なのか、それとも中から魔獣が出てこないようにか、木製だが重厚そうな扉が作られて、閉じられていた。
「ブリュサムズの冒険者学校の候補生です。今回のマンゲツツユコケの採取の依頼を受けてきました」
盗掘防止か、それともやっぱり魔獣が飛び出さないようにか、見張りをしている兵士に、俺はそう、声をかけた。
「おお、来てくださいましたか。どうか、よろしくお願いします」
兵士は、そう言って、構えていた槍を一旦下ろすと、扉を閉じていた閂を外し、重々しい扉を、ぎぃぃぃっ、と蝶番の軋みを上げて、扉を開けた。
「あ、今、明かりを用意するから、少しだけ待っててくれ」
俺は、そう言うと、ドライ・マナで点灯するランタンを取り出した。
ドライ・マナというのは、魔力を結晶体化したものの粉末……というのが、一番手っ取り早い説明か。魔法的刺激を与えることで、発光したり、熱源になったりする。
結晶体化に使う触媒の質によって、いくつかのグレードがある物の総称で、高級品は本当に高い。
とは言え、ランタン程度の明かりを出すものは、そんなに高くない。ランタン本体が3ラルクほど、使うドライ・マナは、丸1日、つまり連続24時間分でサク銅貨5枚と言ったところだ。
「ライト!」
俺が発光魔法を唱えると、その光が、ドライ・マナによって持続され、ランタンが、地球の60W電球2個分ほどの明かりを照らし出す。
ドライ・マナのアイテムの欠点として、魔法に心得のある者でなければ起動できない。つまり、この中では、俺が唯一使えるってことだ。
「よし、じゃあ、とりあえず行ってみましょうか」
「りょうかーい!」
俺の言葉に、キャロルは先程と違って明るい声を出すと、ジャックやエミとともに、洞窟の中に入っていった。
徒歩でも行けない距離じゃあないが、なにぶん週明けの講義の日までには戻ってこなければならない。
というわけで、俺自身もそろそろ冒険者稼業に向けてちょっと装備品を買い足したいこともあって、惜しいのだが、どれだけの時間を拘束されるかわからんので、素直に馬車を使うことにした。
馬車を降りると、先に伝令でも伝わっていたのか、ノール村の代官が、俺達を出迎えてくれた。
「依頼を受けて頂き、誠にありがたい」
この、ノール村の代官、ダールグーン氏が、今回の直接の依頼者だった。
一応は陪臣の範疇に入るので、多少上から目線ではある。が、免許持ちではない、冒険者学校の学生に対する態度だと思うと、わりかし下手に出ている気もする。
「とりあえず、状況をお聞きしたいんですが」
精神的には現在の実年齢+36歳って事もあって、こういう時に交渉するのは俺の役目になってしまっていた。
まぁ、別に構わんのだが。
「北の山地の洞窟、そこについての説明はよろしいかな?」
「ええ、だいたい承知しています」
ノール村の、さらに北側にある、そんなに深くもない洞窟、そこがマンゲツツユコケの一大群生地になっていたはずだ。
苔類のしぶとさか、一度採り尽くしたと思っても、雨季を過ぎるとまた繁殖している。このおかげで、ノール村は規模の割に経済が潤っている、というのは前にもちょっと触れたとおりだ。
陪臣クラスの代官を置いていることでも、ブリュサンメル上級伯領全体でも、それなりの収入源であることは、解るというものだ。
「しかし、魔獣が暴れだしたのはつい最近なんですよね?」
「そうだな、ひと月半ほど前、地揺れがあってな、幸い、村にはそれほど被害は出なかったのだが」
地揺れ、地震だな。大して離れていない領都にいる俺達が気づかなかったんだから、それほどのものではないんだろう。
と言っても、それは前世で地震大国日本に慣れてた俺の感覚であって、アドラーシールムでは地盤が安定しているのか、めったに地震なんかおきない。
そもそも、俺がマイケル・アルヴィン・バックエショフになってから、日本人の感覚として地震らしい地震を経験した記憶がない。
────閑話休題。
「それから、魔獣が暴れだした?」
「ああ、そうなる」
ふむ……
「地揺れが魔獣を刺激したってことかしら?」
キャロルが、真剣な表情でそう言った。
「確かにそれが考えられそうな原因ではあるんだが……んーそれにしちゃあ、ひと月半ほど前って、だいぶ間が開いてる気がするんだよなぁ」
俺は、腕組みをして首をかしげ、唸るようにしながらそう言った。
小型の魔獣はそんなに知能も高くない。ほとぼりが冷めれば、またすぐに落ち着くはずだ。
「その間、村人が採取のために中に入って魔獣を刺激し続けたから?」
エミが、いくらか険しい表情になって、そう問いかけるように言った。
「どうなんですか?」
俺が、真顔に戻って、腕組みをしたままダールグーン代官に問いかけた。
「いや、当初は我々もそう考えていてな、落ち着くのを待っていたんだが、むしろ酷くなる一方でな」
「酷くなる一方?」
俺は怪訝そうな声を、少し大きく出してしまった。
「ああ、それで、最初は護衛を雇って、村人に採取を再開してもらうことも考えたんだが……」
「自衛できない人間じゃないと、危ないと」
俺の言葉に、代官は頷いた。
「とは言え、魔獣の種類的にはさほど脅威が大きいものが出るというわけでもないのでな、高額な報酬で在野の冒険者を雇うのもどうかと言う話になっていたんだ」
「それで、冒険者養成学校の学生に白羽の矢を立てたと」
「そういうことになる……荷は重いかもしれないとは思ったんだがな」
俺が聞き返すと、代官は深く頷いて、そう言った。
「まぁ大丈夫ですよ、学生と言っても、こいつなんかはほとんど首位キープですし」
深刻そうな空気を破って、軽い調子で、ジャックが横から俺の反対側の肩を叩きながら、そう言う。
「それに、他のメンバーも、常に10位よりは上にいる人間ですから」
ジャックは、そう言ってから、さらに視線をキャロルやエミの方に向ける。
「な?」
「ええ、まぁ、はい」
「お任せください」
ジャックの言葉に、2人は代官の方を向き、キャロルは少し照れたように苦笑し、エミは真剣そうな表情で、各々そう言った。
「ただ、採取できるのは、魔導師の俺1人になりますからね、1日に採取できる量は限られてしまうんですが……」
「もう、今年の採取時期は終わりだからな。2・3日はかかってしまうかもしれないが、それだけ採取してくれれば、とりあえず年は越せる」
そう、もうそろそろ年の瀬になるからな。苔の成長も鈍る時期だし、次の雨季になるまでには、終息している……事を期待する、といったところなのだろう。
「この村の宿に、無料で宿泊できるように手配はしておいた。ただ……」
お、それはありがたい……が?
「ただ?」
「女性の冒険者候補生が来るとは思っていなかったのでな、この村には、素泊まり雑魚寝の宿が一軒しかないのだが……」
「あ、それは構いません」
キャロルやエミを見ながら、言いにくそうに言う代官に対し、キャロルはきっぱりと言う。
「冒険者候補生になった時点で、野営する程度の覚悟は決めてますから」
お。
エミはともかく、キャロルはそういうの、抵抗あるタイプなんじゃないかなと思っていたんだが、まぁ、キャロルの言葉のとおりなんだよな。
「きちんと屋根のついたところで、布団で眠れるだけでも、充分です。ね、エミ?」
キャロルはそう言って、エミを振り返り、エミはコクン、と頷いた。
「それならばよかったが……それともうひとつ、問題が」
「もうひとつ?」
代官が苦い顔をしたままなのに対し、俺が訊き返した。
「案内人をつけられないのだ」
「ああ、そういう事になっちゃいますよね」
俺はそう言って、苦笑した。
「まぁ、確かそんなに深い洞窟じゃなかったはずですし、そのあたりは、どうとでもなりますよ」
「すまない、よろしく頼む」
さて、とりあえず、村が用意してくれた宿に宿営用の荷物は下ろして、身軽な状態になってから、ひとまず内部探索を兼ねて、洞窟に向かう。
洞窟の入り口は、元々なのか、それとも中から魔獣が出てこないようにか、木製だが重厚そうな扉が作られて、閉じられていた。
「ブリュサムズの冒険者学校の候補生です。今回のマンゲツツユコケの採取の依頼を受けてきました」
盗掘防止か、それともやっぱり魔獣が飛び出さないようにか、見張りをしている兵士に、俺はそう、声をかけた。
「おお、来てくださいましたか。どうか、よろしくお願いします」
兵士は、そう言って、構えていた槍を一旦下ろすと、扉を閉じていた閂を外し、重々しい扉を、ぎぃぃぃっ、と蝶番の軋みを上げて、扉を開けた。
「あ、今、明かりを用意するから、少しだけ待っててくれ」
俺は、そう言うと、ドライ・マナで点灯するランタンを取り出した。
ドライ・マナというのは、魔力を結晶体化したものの粉末……というのが、一番手っ取り早い説明か。魔法的刺激を与えることで、発光したり、熱源になったりする。
結晶体化に使う触媒の質によって、いくつかのグレードがある物の総称で、高級品は本当に高い。
とは言え、ランタン程度の明かりを出すものは、そんなに高くない。ランタン本体が3ラルクほど、使うドライ・マナは、丸1日、つまり連続24時間分でサク銅貨5枚と言ったところだ。
「ライト!」
俺が発光魔法を唱えると、その光が、ドライ・マナによって持続され、ランタンが、地球の60W電球2個分ほどの明かりを照らし出す。
ドライ・マナのアイテムの欠点として、魔法に心得のある者でなければ起動できない。つまり、この中では、俺が唯一使えるってことだ。
「よし、じゃあ、とりあえず行ってみましょうか」
「りょうかーい!」
俺の言葉に、キャロルは先程と違って明るい声を出すと、ジャックやエミとともに、洞窟の中に入っていった。
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