プリンセスになりたかった

浅月ちせ

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第1章

休むことも仕事のうち

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芳しいパンの焼けた匂いで目を覚ます。

レグルスが食事の支度をしてくれていた。

バターシュガーの溶けたパンとゆで卵にサラダ。パイナップルにしか見えないグルブルっていう実のジュース。

2人でおはようと挨拶を交わし食べ始める。


「ねぇ、馬とか出せない?ちゃんと乗馬用の準備がしてあるような子。」
「馬? おまえ乗馬なんてできるのか?」
「うん。フランスの戦うヒロインの役を演じた時に、彼女は馬に乗って戦場を駆け抜けていたから、わたしも乗れるようになりたいなーと思ってクラブに通ったのよ。そんなにガッツリ走れるわけじゃないけどね。」
「馬か……。まぁ、このままだとまた大して進まずに疲れるだけだしな…。」


そういうとレグルスは食事を止め、指先に集中しだした。


親指、人差し指、中指…と順に指先に眩しい光が集まったかと思えば、力が凝縮されたかのようにひとつひとつが強い光の輪となり指輪のように嵌る。

レグルスが左手を支えに右手を挙げ振り下ろすと、そこには一頭の綺麗な栗毛の馬が現れた。



小さな雑貨はポコポコ指先一本で出せるのに、最初のテーブルや少し大きな動物などはこうして集中する必要があるのだと知った。


「一頭でいいの?」
「ああ。ガッツリ乗れないんだろ?俺が乗せてやる。」

レグルスも乗れるのか。お話の中で乗馬訓練なんて書かれないけれど、異世界の人々はみんな馬に乗れるものなのかな?


ポロポポポロン ポロポポポロン


レグルスのベルが鳴った。

どうやらサルドナからメッセージが届いたようだ。


『ああ、そうだったか』と呟くとレグルスはメッセージを閉じ、ベルのボタンを押す。するとメッセージボード画面に地図が映し出された。


「なんで電子マップを使わないんだ?だと。…すっかり忘れていた。」


無駄な野宿だったわけね!!!



レグルスのベルをわたしの手首に付けナビゲーション係に徹する。わたしを後ろから抱えるようにして、レグルスは馬を操っていた。


マップを見てわかったが、全く大通りに向かって進んでいなかった。イーゼル様のお屋敷を中心にして半円を描くように周り、あと少しで一周するところだった。ちょうど真裏で野宿していたようである。無駄すぎ。


電子マップとお馬ちゃんのお陰で、今や大通りは目前だ。



ベル本体は小型だけれど、浮き出てくるメッセージボード画面がタッチパネルのようになっていて意外と色々な機能が使えることがわかった。
これからはわたしもベルを使いこなせるようにしよう。そうしたらやっぱり今回の野宿は防げたはずだもの。うん。


レグルスとゆっくり話しをする時間が取れたことは無駄だとは思わないけれど。

一緒に住んでいるとはいえ、もちろん寝室は別だしお互い仕事もある。夜、食事をする時に一日の出来事を話すくらいで、あんな風に支え合うように過ごしたことはなかった。


わたしにとって、レグルスは頼っても良い存在なんだって思えたことは大きかった。彼は思ったより天然だけど。



30分程馬を走らせ、ようやく大通りに到達した。少し先にはカラフルなテントが賑わう市場も見える。


「イーゼル様のお屋敷ってバナームの少し外れの方にあったんだね。」
「まぁ、あの人は機密事項だなんだってちょっとめんどくさいことを抱えているからな。本家は都心にあるらしいけど…そういう重要な仕事をする時だけこっちに来てるんじゃねーの?」


なるほど。


テント付近まで来るとレグルスは馬を消した。もうここまで来たらトロッコで帰れる。


「今から半日掛けて帰るのかー。バナームはやっぱ遠いな。」


トロッコの中で食べる用の食料を調達しながらレグルスが伸びをする。
さっきの朝ごはんは魔法で出してくれたが、緊急事態でもない限りそんなことにいちいち魔法は使いたくないそうだ。


改札を通りトロッコに乗り込む。
せっかく朝なのに、車内の星空のせいで気分はまた夜に逆戻りだ。


「帰ったら作戦会議だなー。仕事も休まないといけないし。」
「あ、そっか。ご迷惑掛けちゃうな。」
「王宮直属警備団の総司令官からの御達しだぜ?誰が逆らえるかっていうんだよ。まぁ、報酬貰えれば生活には困らないし、何とかやるしかねーな。」
「お姫様の情報とお頭の情報は先に欲しい!!」


『そういうのはユミィが詳しいぜ』とベルをぽちぽちしてユミィにメッセージを飛ばしている。
1分と待たずにユミィから『任せて!』と返信がきた。

詳しい…ってどういうことだろう?

相変わらず車内は真っ暗で、特に今できることもない。わたし達は贅沢にもお昼寝をすることにした。



あっという間の休暇だったな。何だかわたし、寝るしかしてないや。
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