プリンセスになりたかった

浅月ちせ

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第1章

重なる黒い真珠

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昔は、何かの物語の主人公になりたかった。
それは、血の繋がらない家族に虐げられながらも心優しく美しく成長し、王子様に見初められて幸せな結婚をするお姫様でもいいし、友人と共に本の中に吸い吸い込まれ、閉じ込められた異世界で命を燃やす程の恋と戦いに身を投じる女子中学生でもいいし、テレポートやテレパシーなんかが使える双子の片われの超能力者だっていい。
ただただ現実世界の平凡な生活を送るだけの人生は嫌だった。

役者を目指したのは高校生の頃だった。
普通に小学校を卒業し、中学校を卒業し、高校生になれば当たり前に少女漫画のような素敵な恋をして彼氏ができると思っていたが、そんな細やかなストーリーさえ当時のわたしには起こらなかった。
不思議な力がなくたって、異世界になんか飛ばなくたって、きっとわたしなりのときめく人生が送れるはず!ということはまったくなかった。

不思議な世界には、普通に生きていたら行けないのだということは常識的にわかっていた。

ならば作り物の世界でもいい。昔夢見た物語の中へ、役者なら入ることができるだろうと、そう思った。


大学に進学し演劇サークルに所属したわたしは、なんと初めてのお芝居で主人公役を獲得した。
題材もファンタジーでお姫様がたくさん出てきた。しかし、わたしの役は等身大の平凡な大学生だった。綺麗なドレスを着ることはなく、衣装も自分の私服からの持ち出しだった。
その時になって初めて、物語の主人公というものは、本人自体が非凡であり周囲を巻き込んで突き進んでいくタイプか、本人自体は非常に平凡であり、周りの異常に巻き込まれてストーリーが進行するタイプがいることを知った。

作品創りをしていく中で、わたしは後者のストーリー展開の方が好きなことに気付いたので、そこからは特に主人公に拘ることはなく、日常ではあり得ない別世界という空間を生きることにのめり込んでいった。

大学を卒業し、芸能プロダクションに所属をした。本名の周 万葉から天音和葉と芸名がついたのもこの時だ。
事務所には目を掛けてもらったが、小さい所だった為か売り込み力が低く、なかなか仕事には結びつかない。わたしはオーディションも受けることなく、紹介や前作でお世話になったご縁等からのお誘いで、絶えることなく小劇場の舞台出演を続けた。
お芝居は社会問題を痛切に描いた現代劇や映像を駆使したエンターテイメントファンタジー、殺陣の大迫力な時代劇、原作のあるものから脚本家オリジナルのものまでたくさんの異世界の中に生きることができた。

わたしはそれでよかったはずだった。


しかし、わたしにとってはよくても周りにとっては違ったのだ。
お金にならない小劇場ばかり好んで出演するわたしを事務所は切った。舞台はスケジュールを長期でとられて他の仕事ができない割に収入が低いからだ。出番が多かれ少なかれ皆等しく拘束される。事務所の意向と逸れて煙たがられるというのはよくある話だ。

初対面の人や昔の知人たちに現状を話すと、

「まだ夢を追いかけてるんだね」「芸能人目指してるんだ」

と返される。

この言葉はポジティブにもネガティヴにも受け取れる。使った本人は羨望、賞賛の感情で純粋に応援してくれている場合もあるのだが、言われている側からしたら苦しみ以外の何物でもない。
もうこれは夢ではなく現実なのだ。今より更に高みを目指す目標こそあれど掴みたくても掴めない実体の無いものではない。

彼らがいう「芸能人」もどういうものを指しているのかは聞かずともわかる。そしてわたしはそこにはいない。だから「目指しているんだね」と言われるのだ。もちろん悪気がないのはわかる。でも、わたしはそこにいきたいわけではないのだ。

自分の中の理想と周りから求められる理想との狭間で呼吸ができなくなる。
ここはわたしにとっての現実だ。しかし周りからはまだ夢の中にいるように思われている。

売れたい訳じゃない。売れなければ。わたしはプロだ。まだまだアマチュア以下だ。これは現実だ。それは夢だ。

ぐるぐるぐるぐる苦しめられる。

そうして苦しむことをやめた時、また変わらぬ日常を何も考えずに送る。

そしてその日常の中で、また悪魔のワードが引き金となってぐるぐるぐるぐる苦しむのだ。

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