Cheeze Scramble

神山 備

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そして、それは未来に繋がる……

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【ちび黒ちゃん、ゴメンな。あんたには大事なお母ちゃんやったのにな】
と、涙ながらに語るチーズの言葉の詳細は彼女の母国語なので解らないが、たぶんそれの母親を殺めてしまったことに対する謝罪なのだろうと容易に想像できる。そして、その涙する姿に、仔ファビィは、ミィミィと鳴きながら彼女の涙まみれの頬にその身を擦り付けた。まるでそれは、彼女に、『泣くな』と慰めているかのようだ。いかん、このままでは……
「チーズ、すぐにそやつを放せ」
ランスがそう言うと、チーズは、
「何故?」
と首を傾げた。
「何故と聞くのか。そやつはフレンに生死の境を辿らせた奴の仔なのだぞ」
「でも、それはあたしが不用意にこの子をかまってたからで……それに、あたしがこの子からお母ちゃんを取り上げた訳だし、このままじゃ、この子死んじゃう」
思った通りだ、母性が判断を誤らせている。ランスは、
「それが自然の掟だ。別にお前が気に病むことではない。
それにな、獣には野生がある。小さい内にどれだけかわいがってもな、成獣になればその恩も忘れて牙を剥く。そうなったときに、心も身体も傷つくのはチーズ、お前だぞ」
なるたけ感情的にならぬよう、淡々とそう諭した。
だが、ランスにそう諭されても、チーズは右手拳にぐっと力を込め、ファビィの仔を離すことなく、
「……そうなったらそうなった時。それはあたしがしなきゃならない償いなんだろうから」
と言い切った。
「何を馬鹿なことを。そのようなことになったら、我が弟がどれほど悲しむか解らんのか!」
その言葉に、ランスは思わずそう言って声を荒げた。
「けど、あたしは……あたしは、あたしが原因で死んじゃうなんてイヤなんです。
治療のために必要ってこともあるけど、そうじゃなきゃあたしは……」
二人は平行線のまま静かに睨みあった。

 ところが、しばらくして、
「チーズ様! チーズ様!どちらにおいでですか? フレン様が!」
とハンナの大きな呼び声が聞こえた。
「ハンナ、ここだ! フレンがどうかしたのか!」
もしやフレンの容態が急変したのかと二人とも総毛立つ。
「フレン様の意識が戻られました。チーズ様を捜しておいでです」
そして、その言葉に弾かれるように、チーズは仔ファビィを抱いたまま、走って屋敷内へと入っていった。ランスも慌てて後に続く。

「フレン、フレン」
「チーズ……大丈夫か……」
「あたしはもちろん大丈夫だよ。フレンが助けてくれたから」
「そうか……なら、良かった」
このような命定めのような大怪我をしたというのに、フレンはまだチーズの心配をしている。
「良くないよ、フレンがどうにかなったら、あたし……」
そして、その命を全身全霊かけて守った女は、そう言ってまた涙する。こんなにも好きあっているのに、何故最後の一歩が踏み出せない。何とももどかしいことよとランスは思う。
「ははは、俺はそんな柔じゃない」
「何が柔じゃないだ。チーズがいなければ、お前は今頃そんな軽口を叩けなくなっていたのだぞ」
「兄上……兄上がどうしてここに?」
ランスが割ってはいると、フレンは驚いて兄をみた。こいつ今まで俺がいたことに全く気づいてなかったのかと、内心少々脱力する。
「チーズが裏山から魔法で俺を呼んだ」
「魔法で? 裏山から?」
案の定、フレンはランスの言葉に首を傾げた。
「ああ、こいつはな、お前が瀕死で自分も満身創痍という状況で、これまで誰も思いつかなかった新魔法を編んだのだ」
「新魔法……」
「あの裏山と、シュバルを魔法で繋いだのだ。
動く絵がいきなり執務室の壁に現れたときはそこにいた者皆、度肝を抜かれた。しかも、それが何ノアルも離れたメイサから、しかもリアルタイムだと知った時には鳥肌が立ったぞ」
「まさか、チーズが? そんな大それた技を?」
フレンはチーズがあの状況でそんな大がかりな術式を組んだことに驚きを隠せない。
「ああ、すべてお前の婚約者が一人でやったことだ。
王も、この新魔法の開発を殊の外お喜びでな、お前が回復し次第魔法部隊全軍に指南せよとの仰せだ」
「……」
だが、ランスが王からの魔法指南の命令を告げると、その口が微妙に歪んだ。(王からの命令とは言え、男たちの前に彼女を晒すのがイヤなのだろう。全く正直なことだ)
「だからな、これからシュバルに行って、お前たちの祝言を挙げる」
「いきなり、何ですか兄上!」
「はぁーっ、どうしてそんな展開になる訳!」
そして、いきなり飛んで出た結婚式発言に、フレンとチーズは一様に異を唱えた。
「大体、フレンは大怪我して今目が覚めたとこなんだよ。動かせないことくらい、治癒師見習いのあたしにだって解るから。なのに、何でシュバルで結婚式?」
チーズは目覚めたばかりのフレンを慮って、頭から湯気の出てきそうな大抗議だ。
「それは普通の状態でならな。幸い、ここに王家の専属治癒師がいる。具合が悪くなったらその都度治癒魔法をかけてやるから心配するな。
そしてな、シュバルについたら城の治癒師が連携で治癒してやるから。普通一週間かかるとこだが、三日で完治だ」
「何も、そこまでしなくても……」
ランスの決断に、フレンが呆れてそう言うが、
「では、お前はチーズが未婚のままであのむくつけき男共の前に立つのを我慢できるのか」
逆にランスにそう返されて、
「いえ、それは……」
と言って、黙ってしまった。
「なら、黙って俺に従え。母上には、もうソルグ(伝書烏)で祝言の準備をするようにと連絡してある。
母上の行動力は解っているだろう。早くせぬと完治せぬ間に式になってしまうぞ」
母親の行動力を熟知しているこの二人は、それを聞いて大きくため息をつきながらも頷いたのだった。

 そして、この日からきっかり一週間後、シュバルのロッシュ城にて、ロッシュ家次男、フレン・ギィ・ラ・ロッシュと、チーズ・キャンベルの結婚式が盛大に行われた。


 また、チーズの抱いていたファビィは、サンボと名付けられてその後も彼ら夫妻に飼われることとなった。サンボはランスの心配をよそにチーズに完全に従い、チーズの守り刀としてその生涯を全うした。
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