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第二章それぞれの未来(みらい)
エピローグ -Chiffonside
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私も、全ての星を一回りする年齢になった。
(うふふ、アンヌちゃんの花嫁姿綺麗だったわね)
私はその日、もう今やほとんど見ることはなくなっていたもう一人の私の夢を久しぶりに見た。それも向こうの龍也くんとアンヌちゃんとの結婚式の夢を。
あのあと、留学してカナダに行った龍也くんはアンヌちゃんに一目ぼれ。
それにしても、秀一郎さんと言い、あちらの男性陣ってどうも年上の女性に弱いようだ。
さてと……こんな日にはお祝い代わりに、あのケーキでも焼こうかな。
実は、一月前に倒れてから、お義父様の調子が本当に良くない。元々あまり丈夫ではなかったお義父様が、だましだましでも傘寿を超えるまで生きておられるのは、それなりにすごいことだと思うのだけど。きっとお義母様や梁原さんの分まで生きようと頑張られたのに違いない。
そんなお義父様にお義母様ご自慢のケーキを焼いてプリンスオブウェールズを入れて差し上げたら少しは元気になられるかも……そう考えたのだ。
その一月前に倒れた時、三日間の昏睡状態から目覚めたお義父様は泣いておられた。心配して私が尋ねると『夢を見ていた』という。
それも、お義母様と梁原さんが駆け落ちをして、彼が発見された山のふもとで開いた民宿に、20年後お義父様と私の母が結婚してほのかちゃんを連れて訪ねるのだそうだ。
ちなみに私は秀一郎さんの妹らしい。下に弟がいたという。お義父様は知らないけれど、もしかしたらそれはあっちの私の弟の暁彦ちゃんなんじゃないかと思う。
そして、秀一郎さんとほのかちゃんが結婚する。そんな夢だそうだ。
たぶん……あっちの世界で梁原さんが後悔していたように、お義父様もこっちの世界で同じように後悔の念を抱いておられるのだと思う。お互い最後に遺された者同士、パラレルワールドのそれぞれの岸辺でそれぞれの祈りを捧げているのかもしれない。
私は焼きあがったケーキと紅茶を持って、お義父様の部屋に向かった。お義父様は最近では珍しく起きていて、ゆったりと揺り椅子に座っておられた。私は、
「お義父様、ケーキ焼きましたの。お茶とご一緒に……召し上がられます?」
と言ったのだけど、お義父様は、
「ああ、海。へぇ、久しぶりにケーキ焼いたの? そこに置いといて、後で食べるよ」
と、私とお義母様を間違えた。何だか、その口調がとても若々しい気がしたので、お二人が結婚された頃にでもお気持ちが戻られているのかもしれないなと思った。(ま、いっか…)私は、訂正もせず、椅子のすぐそばのテーブルにそれらを置いて部屋を出た。
夕方になり、私はお皿とカップを取りにお義父様の部屋に入った。お義父様は昼間と同じ姿勢でゆったりとくつろいでおられた。お菓子もお茶も手つかずのままだった。
見ると、窓が開いていてカーテンがふわふわと風に舞っていた。
「お義父様、窓が開いたままですね。風邪でも引かれたら大変ですわ」
私はそう言って窓を閉めに走った。その時、お義父様が膝の上に置かれた手がコトリと落ち、首が力なく項垂れた……
……ああ、だから……お義父様は私とお義母様を間違えたんじゃない。あの時、お義母様が迎えに来られていたんですね。今は3人でお茶を……されているんでしょうか。
私はそうひとりごちると、そのままでそっと部屋のドアを閉めた。
chiffon side -fin-
(うふふ、アンヌちゃんの花嫁姿綺麗だったわね)
私はその日、もう今やほとんど見ることはなくなっていたもう一人の私の夢を久しぶりに見た。それも向こうの龍也くんとアンヌちゃんとの結婚式の夢を。
あのあと、留学してカナダに行った龍也くんはアンヌちゃんに一目ぼれ。
それにしても、秀一郎さんと言い、あちらの男性陣ってどうも年上の女性に弱いようだ。
さてと……こんな日にはお祝い代わりに、あのケーキでも焼こうかな。
実は、一月前に倒れてから、お義父様の調子が本当に良くない。元々あまり丈夫ではなかったお義父様が、だましだましでも傘寿を超えるまで生きておられるのは、それなりにすごいことだと思うのだけど。きっとお義母様や梁原さんの分まで生きようと頑張られたのに違いない。
そんなお義父様にお義母様ご自慢のケーキを焼いてプリンスオブウェールズを入れて差し上げたら少しは元気になられるかも……そう考えたのだ。
その一月前に倒れた時、三日間の昏睡状態から目覚めたお義父様は泣いておられた。心配して私が尋ねると『夢を見ていた』という。
それも、お義母様と梁原さんが駆け落ちをして、彼が発見された山のふもとで開いた民宿に、20年後お義父様と私の母が結婚してほのかちゃんを連れて訪ねるのだそうだ。
ちなみに私は秀一郎さんの妹らしい。下に弟がいたという。お義父様は知らないけれど、もしかしたらそれはあっちの私の弟の暁彦ちゃんなんじゃないかと思う。
そして、秀一郎さんとほのかちゃんが結婚する。そんな夢だそうだ。
たぶん……あっちの世界で梁原さんが後悔していたように、お義父様もこっちの世界で同じように後悔の念を抱いておられるのだと思う。お互い最後に遺された者同士、パラレルワールドのそれぞれの岸辺でそれぞれの祈りを捧げているのかもしれない。
私は焼きあがったケーキと紅茶を持って、お義父様の部屋に向かった。お義父様は最近では珍しく起きていて、ゆったりと揺り椅子に座っておられた。私は、
「お義父様、ケーキ焼きましたの。お茶とご一緒に……召し上がられます?」
と言ったのだけど、お義父様は、
「ああ、海。へぇ、久しぶりにケーキ焼いたの? そこに置いといて、後で食べるよ」
と、私とお義母様を間違えた。何だか、その口調がとても若々しい気がしたので、お二人が結婚された頃にでもお気持ちが戻られているのかもしれないなと思った。(ま、いっか…)私は、訂正もせず、椅子のすぐそばのテーブルにそれらを置いて部屋を出た。
夕方になり、私はお皿とカップを取りにお義父様の部屋に入った。お義父様は昼間と同じ姿勢でゆったりとくつろいでおられた。お菓子もお茶も手つかずのままだった。
見ると、窓が開いていてカーテンがふわふわと風に舞っていた。
「お義父様、窓が開いたままですね。風邪でも引かれたら大変ですわ」
私はそう言って窓を閉めに走った。その時、お義父様が膝の上に置かれた手がコトリと落ち、首が力なく項垂れた……
……ああ、だから……お義父様は私とお義母様を間違えたんじゃない。あの時、お義母様が迎えに来られていたんですね。今は3人でお茶を……されているんでしょうか。
私はそうひとりごちると、そのままでそっと部屋のドアを閉めた。
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