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第一章2人の未来(みく)
克也 -marineside
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秀一郎が龍太郎さんの亡霊に操られてるというのなら、私はママの生霊に操られているのかも。
ママは龍太郎さんが死んだときから、現実を生きてはいない。ちゃんと仕事もしているし、ご飯も作るし、パパや私たちとも会話はしてるけど、私はそう思う。
その実、志穂さんやヤナのおじさんと龍太郎さんの思い出話をしているママが一番生き生きとしているのだ。
秀一郎には気にするなと言ったけど、たぶん志穂さんもヤナのおじさんもきっと同じように現実を生きていないんだと思う。まるで、一斉ゾンビ化計画……その毒気に晒されて、私たちもおかしくなっただけなのよ。そう、それが一番平和な考え方だと思わない?
小一時間、その雑居ビルで過ごして、ぶらぶらとその辺を見るでもなく見て…夕方、私はじぶんちの最寄り駅に着いた。
「未来!!」
駅の階段を下り切って、バスターミナルの方に向かっていた私の耳に、聞きなれた声が響いた。克也だ。私は聞こえなかったフリをして、そのままずんずん歩いて行く。ドタドタと慌ただしく階段を下りて来た彼が、駆け寄って私の腕を掴む。
「お前、いつ帰ってきた! 俺、何度も連絡入れただろう、なんでシカトしてんだよ!!」
「昨日、帰って来ました。でも、主任がどうしてここに?」
私は抑揚なく事務的にそう返事した。
「今日はこの辺で仕事があった。で、直帰してお前の家に寄るつもりだった。」
家へ? 私はさぁーっと血の気が引くのを感じた。今ここで克也がいきなり家に現れたら、そこにパパが帰ってきたらと思うと、想像するのも怖かった。
「な、何でウチになんか来なきゃならないんですか!」
「もう一度話し合おうと思って、俺ちょっと言い過ぎたよ。だけど、携帯もメールもいくら入れてもなしのつぶてだろ、お前。だから、思い切って来てみたんだ」
「もう、話し合うことなんかないはずです。仕事も辞めましたし、つながりなんてないじゃないですか」
お願い、今更もうかかわってこないで……私はそう祈るように思いながら彼に言った。
「辞表は俺のとこで止めてある。病気ってことにしてあるから。戻って来いよ、病欠も長引くと上が煩いからな」
すると克也はそう言った。
そして……元通り広波克也の『愛人』を続けろということですか……でもね克也、私はもう戻れないんだよ。いろんな意味で。
「広波主任、辞表は遠慮なく上に提出してください。私ね、昨日まで名古屋にいたんです。で、今回はちょっと戻っただけなんで、またすぐ名古屋に帰ります」
「名古屋!? 何だそれ」
案の定首を傾げた克也に、私は続けてこう言った。
「あっちで知り合った人と……結婚するんです」
「結婚?」
驚いた彼の私を掴む力が緩んだ。私は彼の腕を振り解くと、軽く会釈をして踵を返した。
だけど、踵を返して歩き出した私の腕を克也は再び掴んだ。
「おまえ、冗談は止せよ」
「冗談なんかじゃないわ!」
私はそう言った彼を睨みながらそう返した。
「じゃぁ、名前は、歳は、何やってる!」
「な、名前は……板倉陸。歳は27歳よ。お好み焼き屋をやってるわ」
私はとっさに陸君の名前を出してしまっていた。それも、年齢を10歳上増しして。
結婚なんか口から出まかせだと思っていた克也も、私が相手の男の事をすらすらと言ったこと。しかも私が出まかせでは思いつきそうにもない『お好み焼き屋』のフレーズに、驚きを隠せない様子だった。
「そんな若い男が何でそんな商売なんかしてる」
「あら、親と一緒にやってるのよ。あのへんじゃ、お好み焼き屋なんて数が少ないから、結構お客さんも多いの。私ね、お義父さんやお義母さんとも仲良いのよ」
「バカな! お前いなくなってから、何日経ったって言うんだ。ウソも大概にしろよ!」
克也は、私がニコニコと相手の両親の話まで始めたので、掴んでいない方の拳をブルブル震わせてそう言った。
「だって、本当に好きになっちゃったんだもん。恋愛に時間なんて関係ないでしょ、主任。だから、今更主任に恋人面されても困るんですよ」
「……」
私は呆然としてしまった克也の腕を完全に振り解いて、彼の眼を見て薄い笑みさえ浮かべながら、
「じゃぁ、これで。主任、翠さんとお幸せに」
と頭を下げると、彼を残したまま歩いて行った。
私は振り返ることもなく、ずんずんと歩いて行った。内心、克也が追いかけてきたらどうしようと不安だった。でも、克也は私のあんなウソを信じてしまったのか、追いかけては来なかった。あるいはウソだとわかったとしても、何が何でも別れたいという私をもう引きとめるのが面倒だと思ったのか。どっちにせよ、彼が追ってこない方が私には都合が良かった。
子供の事を知られて、すんなりと逃げてくれればまだいいけれど、責任を取ると言われたりするのも困るし、逆に責任逃れのために、秀一郎の名前を迂闊に他の人の前で出されてもしたら……私はそれが怖かったのだ。
家に帰った私は、ご飯も食べずにベッドにもぐりこむと、何もかも忘れるかのように昏々と眠った。
ママは龍太郎さんが死んだときから、現実を生きてはいない。ちゃんと仕事もしているし、ご飯も作るし、パパや私たちとも会話はしてるけど、私はそう思う。
その実、志穂さんやヤナのおじさんと龍太郎さんの思い出話をしているママが一番生き生きとしているのだ。
秀一郎には気にするなと言ったけど、たぶん志穂さんもヤナのおじさんもきっと同じように現実を生きていないんだと思う。まるで、一斉ゾンビ化計画……その毒気に晒されて、私たちもおかしくなっただけなのよ。そう、それが一番平和な考え方だと思わない?
小一時間、その雑居ビルで過ごして、ぶらぶらとその辺を見るでもなく見て…夕方、私はじぶんちの最寄り駅に着いた。
「未来!!」
駅の階段を下り切って、バスターミナルの方に向かっていた私の耳に、聞きなれた声が響いた。克也だ。私は聞こえなかったフリをして、そのままずんずん歩いて行く。ドタドタと慌ただしく階段を下りて来た彼が、駆け寄って私の腕を掴む。
「お前、いつ帰ってきた! 俺、何度も連絡入れただろう、なんでシカトしてんだよ!!」
「昨日、帰って来ました。でも、主任がどうしてここに?」
私は抑揚なく事務的にそう返事した。
「今日はこの辺で仕事があった。で、直帰してお前の家に寄るつもりだった。」
家へ? 私はさぁーっと血の気が引くのを感じた。今ここで克也がいきなり家に現れたら、そこにパパが帰ってきたらと思うと、想像するのも怖かった。
「な、何でウチになんか来なきゃならないんですか!」
「もう一度話し合おうと思って、俺ちょっと言い過ぎたよ。だけど、携帯もメールもいくら入れてもなしのつぶてだろ、お前。だから、思い切って来てみたんだ」
「もう、話し合うことなんかないはずです。仕事も辞めましたし、つながりなんてないじゃないですか」
お願い、今更もうかかわってこないで……私はそう祈るように思いながら彼に言った。
「辞表は俺のとこで止めてある。病気ってことにしてあるから。戻って来いよ、病欠も長引くと上が煩いからな」
すると克也はそう言った。
そして……元通り広波克也の『愛人』を続けろということですか……でもね克也、私はもう戻れないんだよ。いろんな意味で。
「広波主任、辞表は遠慮なく上に提出してください。私ね、昨日まで名古屋にいたんです。で、今回はちょっと戻っただけなんで、またすぐ名古屋に帰ります」
「名古屋!? 何だそれ」
案の定首を傾げた克也に、私は続けてこう言った。
「あっちで知り合った人と……結婚するんです」
「結婚?」
驚いた彼の私を掴む力が緩んだ。私は彼の腕を振り解くと、軽く会釈をして踵を返した。
だけど、踵を返して歩き出した私の腕を克也は再び掴んだ。
「おまえ、冗談は止せよ」
「冗談なんかじゃないわ!」
私はそう言った彼を睨みながらそう返した。
「じゃぁ、名前は、歳は、何やってる!」
「な、名前は……板倉陸。歳は27歳よ。お好み焼き屋をやってるわ」
私はとっさに陸君の名前を出してしまっていた。それも、年齢を10歳上増しして。
結婚なんか口から出まかせだと思っていた克也も、私が相手の男の事をすらすらと言ったこと。しかも私が出まかせでは思いつきそうにもない『お好み焼き屋』のフレーズに、驚きを隠せない様子だった。
「そんな若い男が何でそんな商売なんかしてる」
「あら、親と一緒にやってるのよ。あのへんじゃ、お好み焼き屋なんて数が少ないから、結構お客さんも多いの。私ね、お義父さんやお義母さんとも仲良いのよ」
「バカな! お前いなくなってから、何日経ったって言うんだ。ウソも大概にしろよ!」
克也は、私がニコニコと相手の両親の話まで始めたので、掴んでいない方の拳をブルブル震わせてそう言った。
「だって、本当に好きになっちゃったんだもん。恋愛に時間なんて関係ないでしょ、主任。だから、今更主任に恋人面されても困るんですよ」
「……」
私は呆然としてしまった克也の腕を完全に振り解いて、彼の眼を見て薄い笑みさえ浮かべながら、
「じゃぁ、これで。主任、翠さんとお幸せに」
と頭を下げると、彼を残したまま歩いて行った。
私は振り返ることもなく、ずんずんと歩いて行った。内心、克也が追いかけてきたらどうしようと不安だった。でも、克也は私のあんなウソを信じてしまったのか、追いかけては来なかった。あるいはウソだとわかったとしても、何が何でも別れたいという私をもう引きとめるのが面倒だと思ったのか。どっちにせよ、彼が追ってこない方が私には都合が良かった。
子供の事を知られて、すんなりと逃げてくれればまだいいけれど、責任を取ると言われたりするのも困るし、逆に責任逃れのために、秀一郎の名前を迂闊に他の人の前で出されてもしたら……私はそれが怖かったのだ。
家に帰った私は、ご飯も食べずにベッドにもぐりこむと、何もかも忘れるかのように昏々と眠った。
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