バニシング・ポイント

神山 備

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予想外の展開

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 何だか夢を見ているようだった。
 離婚後初めて顔を合わせた元妻は、会ったとたんいきなり自分の部屋に行くと言い、自分の現在の状況を見て号泣すると、衛に近所のスーパーに連れて行けと言った。
「スーパー?」
「食材を買うのよ」
「腹減ったのか? じゃぁ、食いにいこう。体の調子悪いんだろ」
と言った衛に、
「ダメよ、それじゃぁ。ちゃんと作ってあげる。それに、言っとくけど私、明日美を産んでからはものすごく元気よ。ただ、冴子さんに会いたかっただけだから」
と譲らず、戸惑う彼をスーパーまで案内させた。そして、野菜を中心にどんどんとかごに入れていく。
「おいおい、そんなに買って一体なにを作るんだよ。第一それじゃぁ、いくら俺でも食いきれない」
「この量を一回で食べるつもりなの!? 呆れた、当然当座の分よ」
「当座?」
「でも、あの冷蔵庫じゃたくさんは入らないわね。ビールを放り出したとしてもいくらも入らないわ。それに、フリージングしておくにも、冷凍庫もあの容量じゃね」
と、眉に皺を寄せてぶつぶつと文句を言い出す。
「いいよ、別に外食するから」
博美はそう言った衛を睨み上げて、
「ダメ、あんなもの見せられて黙って看過ごす事なんてできると思う?」
あんなもの? ああ、血液検査のことかと衛は思った。
 
 そして、家に戻って約15年ぶりに博美の手料理を口にした。
「うまい、やっぱうまいよ。博美は料理の天才だよ」
「お世辞はいいわよ、元女房にお世辞言ったって、何もでてこないわよ」
「お世辞なんかじゃないから」
もちろん、衛は復縁を願って博美にヨイショをしているとかそういう事ではない。博美が作ったのはごくごく普通の家庭料理だが、外食ではこれがなかなか味わうことができない。
 それに、離婚してからの衛は会社の後輩やサイトで知り合った仲間と連れだって、いわゆるデカ盛りとかテラ盛りといった大食い行脚にあけくれている。気持ちにぽっかりと空いた穴に、どんどんと濃く脂っこい食べ物を詰め込んでいった15年間だった。しかも詰め込んでも詰め込んでも、その穴は塞がらない。
 その空いたままの穴に、今は暖かいもの流れ込んできて満たされていく。
「あ、ありがとう……」
「何よ、おかしなの。こんなので良いんだったら、いくらでも作ってあげるから。って言うか、もう放っとけないよ。仕事があるから平日は来られないけど、週末また来るからね」
涙でぐちゃぐちゃになっている衛の顔を見て、博美はそういって笑った。


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