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イリュージョン

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 程なくして、彰幸のプチインタビューが終わって、彰幸が彰教のところに走ってきた。
「彰幸、走っちゃダメ」
それを見た母親が彰幸を窘める。
「早くしないと、のりちゃんお仕事です。忙しいから帰るです」
それに対して、彰幸は母親にそう返した。彰幸に兄と急に会えなくなってしまった理由を、これまで母(あるいは父も)は『学校』だとか、『仕事』だとかと言い繕ってきたのだろう。もちろん、彰幸はそれを鵜呑みにしてしまう。
「お袋、俺をどんだけ仕事人間みたいにこいつに言ってんだよ。彰幸、今日は仕事は休みだ。何なら今日このまま中司の家に帰るか」
彰教は眉に皺を作りながらそう言った。しかもその表情は穏やかだ。25年のブランクを全く感じさせないその発言に両親は驚いて声も出ない。
「のりちゃんは中司彰教、中司の家はのりちゃんの家。じゃぁ、今日はのりちゃんの家でお泊まり!? やった、のりちゃんの家にお泊まりだぁ!!」
彰幸は、それを口に出しながらたどるように順に咀嚼していき、兄がかつての我が家に迎え入れてくれていると解るとそう言って破顔し、ピョンピョンと飛び跳ねている。
「そうだ。だけど、彰幸も元々は中司なんだぞ」
しかし、彰教がそう言うと、彰幸は小首を傾げて、
「違います、僕は寺田彰幸です。中司はのりちゃんです」
と言う。
「だから、小さい頃はお前も中司だったんだって」
彰教がぶっと吹き出しながら弟の間違いを訂正する。
「僕が中司彰教?」
どうやら、彰幸の中では中司と彰教はセットらしい。中司と言えば父親も中司なんだがな……と彰教は苦笑したが、たぶん、彰幸の中では父は中司彰文ではなく、『お父さん』なのだろうと思い当たった。寺田姓の彰幸には、父の名を書くことも告げることもおそらく今までなかったはずなのだから。
「お前は中司彰幸だ、中司彰幸。なぁ親父、うるさいばーさんももういないんだし、そうじゃなくても、彰幸もこんなに立派に一本立ちしてるんだ、中司の家呼び戻してもいいだろ?」
「も、もちろんだが、お前……私たちのしたことを恨んでないのか」
「恨んではないよ。ただ、こんな優しい母親やかわいい弟と25年も離れていたことが悔しい。それはめちゃくちゃ根に持ってるぞ。だから、一刻も早く家族で暮らしたい。いいよな、親父」
「ああ、関谷にすぐ連絡しよう。関谷もきっと喜んでくれる」
父はそう言って中司家最古参の使用人に連絡を取ろうとその場を離れようとした。だが、母親の
「あ、ありがとう……お母さん本当にうれしいわ。ただ、今日いきなりはムリなの。いきなり中司の家の行ってしまったら彰幸、はしゃいでまったく眠れなくなってしまうわ。それでなくても、ここ何日かはこの個展で興奮してあまり寝てないのよ。体調を崩してしまわないように、個展が終わって落ち着くまで待って。
ごめんね、教ちゃんの言ってくれたことは本当に嬉しいの」
の言葉にその足が止まる。
 そうだった、中司の家にいた頃から、彰幸の体調はたびたびその感情に引きずられた。急激な環境の変化に対応できないのだ。悲しいときはもちろん、嬉しいことが募ってもぐったりしてしまう彰幸が幼いときは解らなかったが。
彰教は黙って頷く。それを見た母親は、今度は彰幸にむかって、
「彰幸、今日はまだここが終わってないから、お泊まりはなしね」
と、言った。すると彰幸は、
「のりちゃん、お泊まりって言った。彰幸お泊まりする」
とふくれっ面でうつむく。
「彰幸、ここはお仕事でしょ。お仕事は」
だが、母親にそう言われてハッとした表情をして、
「彰幸は大人です。大人はお仕事、ちゃんとやります」
と口をへの字に曲げてしぶしぶそう口にする。
「はい、そうよね。教ちゃんのお家はお仕事が全部終わってからね」
「お仕事終わったら良いの? いつ、いつ!」
だが、彰幸の機嫌は母親に仕事が片付いたら家に行ってもいいと言われて一瞬で直ってしまう。
「明日ね」
それに対して母親は明日だと言った。彰幸は
「明日、明日はのりちゃんのお家、嬉しいな」
と言って、またピョンピョンと飛び跳ねた。しかし、個展が終わるのは三日後、なんでも鵜呑みにしててしまう彰幸に、明日なんて言って良いのかと彰教が思っていると、
「明日にはまた明日だと言うんだ。それで一週間くらいは引き延ばせる。それに、あまり先の日付を言うと、彰幸は待ちきれないんだよ」
それに対して父親が彰幸に聞こえないようにそう説明を加えた。
 こんな風に彰幸と暮らすためには細かい独自のルールが必要らしい。それを祖父母や使用人のいる中司の家で徹底させるのは大変だったのかもしれなかった。大人になったいまでもこんななのだから、幼い頃にはもっと細かいセオリーがあって、それが破られる度、彰幸は混乱していたのに違いない。それを祖母は見ていられなかったのだろうと思う。
「じゃぁ、帰りにプリン食べるか? プリン好きだったろ。お袋、それくらいなら良いだろ」
ならと、持ち出した譲歩案に、母親は笑顔で頷く。
「やったぁ、プリンだプリン! 八代さん、八代さん、今日はもうおしまい良いですか?」
すると、彰幸はそう言いながら今度は八代の所へ走って行った。
「彰幸くん、どうしたの」
「彰幸、のりちゃんとプリン食べるです」
「そう、良かったね。でも、今日は土曜日でまだまだいっぱい見に来てくれるだろうから、ちょっと今からおしまいはね。そうだ、プリン、買ってきてあげるよ。奥の部屋で一緒に食べればいい、ねっ」
「はーい」
八代の提案に、彰幸は元気に返事をする。
「じゃぁ、僕ちょっと行って買って来ます」
「いや、そんな。俺が言い出したんだから、俺が買って来ますよ」
「いいえ、いや、僕嬉しいんです。彰幸くん、お兄さんのことが好きでしょうがないんですよ。ずっと自慢してたんですからね。そのお兄さんにやっと会えたんですから。これは僕からのお祝いです」
八代はそういって、表に飛び出していった。

 本当に魔法にかかったようだった。昨日までは想像もしなかった『家族』との邂逅。すべてはあの宮本という男の罵倒から始まった、そんな気がする。
(案外宮本もトオル同様、ものすごいマジシャンと言えばそうなのかもしれない)
彰教がそう思ってほくそ笑んだ時、会場の奥のほうで悲鳴が聞こえた。
「すいません、連れが意識をなくして……どなたか救急車の手配をお願いできませんか!」
そう叫んでいるのは件の宮本で、慌ててそこに駆けつけると、あの『夢』での母親代わりの女性、谷山薫が倒れていたのだった。 
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