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恋のカウントダウンが始まる

あんた、バカですか!

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 天衣ティエンフェイを送り届けた後商店街に戻ったダイサクは、下宿に戻らず商店街の方に向かって歩いて行った。見込みのない想いには早い目に決着をつけよう、傷は浅い方が絶対に治りやすい。
 
 篠宮酒店は表道路に面する店先の裏に、小さな庭を持っていて、そこには通常の倉庫とは別に小さな倉庫が設置されており、篠宮家の長女、ぎんが手作りした小さな腰掛椅子が四つ並んでいる。表のシャッターが既に閉まっていたので裏に回ったダイサクは、その右から2番目の椅子にこの世の終わりのような表情でため息を吐きながら座っているじょうを見つけた。
「篠宮さん……」
「おお、バイトくんか……
天衣は大丈夫か?」
醸はダイサクのことをバイトくんと呼ぶ。正直なところ、その呼び方をされるのはイヤだった。俺は篠宮酒店のバイトではないのだと、心のどこかでムキになる。その時点で、俺は既にこの男の本心に気づいていたのかもしれないとダイサクは思った。醸の問いに対して、ダイサクは、
「ええ」
と曖昧に返事した。お酒という意味では全く問題なしである。たぶん、彼女は自分よりも数段強いはずだ。
「バイトくん……その……天衣を頼むな。
あいつ、気が強いようでいて、脆(もろ)いとこあるから」
すると、醸が今にも泣き出しそうな顔でそう言って頭を下げる。その姿に、ダイサクの心は一気に沸騰し、思わず醸の胸座むなぐらを掴んで、
「篠宮さん、あんたバカですか!」
と言って殴ってしまっていた。泣きたいのはこっちの方だ。
「バイトくん……?」
一方、殴られた醸の方はその意味が解らない。首を傾げた醸にダイサクの怒りがさらにヒートアップする。
「夏祭りの時も今日も、何でテンテンちゃんが隠れたと思ってるんですか。俺と一緒にいるのをあんたにみられたくないからでしょ!」
「そう……なのか?」
そうだ、自分といて不機嫌な訳ではないが、醸が来ると確実にテンションの上がる天衣。醸の姉、吟の結婚話を喜びながらもどこか寂しそうであった彼女の数々のリアクションに、天衣の気持ちは透けて見えていた。今まで俺はただそれを見て見ない振りをしてきたし、あわよくばその気をこちらに向けようとしてきたけれど……それがムリと解った今、自分が望んでも手に入れられなかったモノを確実に手にしてるっていうのに、その男の態度がコレかよ!! 
テンテンちゃん、何でこいつなんだよ……俺じゃないんだ。そうだよな俺は……
「俺はテンテンちゃんにとって、双子の弟でしかないんです」
ダイサクはそう自嘲気味に言った。
 
 実は王家にはもう一人、生まれてくるはずだった命があった。天衣は本当は双子だったのだ。バニシングツインという妊娠中に片方だけが流れてしまうケースで、カイ玉璽オクシもその事実を天衣とダイサク以外には他言したことはなかった。だから、玉爾はダイサクのことを『あのときの子が帰ってきたね』と言い、『似てない双子』と変な節回しをつけて歌いながらかわいがってくれる。
「じゃぁ、二人は……」
「つきあってなんかいませんし、テンテンちゃんは最初からあんたしか見ていませんよ。
……早く行ったらどうですか、篠宮さん。これ以上俺の姉ちゃんを泣かせないでくださいよ」
そして、俺の想いなんてバカバカしくなる位幸せになれ……拳を堅く握りしめてそう言ったダイサクをしばらくぼーっと見ていた醸だったが、急に理解した顔になると、
「バイトくん、ありがとう。行ってくる!」
とダイサクの肩を叩いて愛しい人の許に走っていった。
「……だからさ、バイトくんは止めろよ、バイトくんは……」
残されたダイサクは囁くようにそう呟いて空を見上げた。
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