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訣別
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健史は隼人が諏訪正輝への復讐のために政治家を目指したと聞いて、ショックを受けながらも納得もしていた。初体験のアレは独占欲の現れと言うには、ちと猟奇的すぎた。隼人は、自分にされたのと同じことを『諏訪家の息子』に味合わせるために自分に近づいたのだ、そう考えれば全てのつじつまが合う。
「大体、父親も知らない俺の存在をどうしてお前が知っていたのか。そこからおかしい」
「ああ、それね。正輝伯父さんから聞いたんです。正治伯父さんにもう一人子供がいたのは知ってたんですが、亡くなってると思ってたんです。でもその話をしたら……」
正輝と正治の後継者の話になった時、正輝は、正治にはもう一人子供がいると言い出した。
「亡くなられたんですよね」
「いや、死んではいないよ。正治は知らないがな。母親と一緒にこの東京生きている」
と言ったというのだ。隼人はすぐにその子-つまりは健史-を大学まで見に行ったのだという。
また、龍太郎との密室の会話を知っていたのも、当時の健史のマンションの電話に盗聴器をしかけてあったという、まことにお粗末なオチだった。
健史は、開けた部屋のドアを掴みながら、
「そうか、諏訪の子を手玉にとって飼い殺しにするのはさぞ小気味よかったろうよ」
と吐き捨てるように言った。
「違います。飼い殺しだなんて、そんなこと思ったことはありません」
すると、隼人は泣きそうな顔でそれを否定する。
「ふん、俺が諏訪の次男の子供だと知ってて近づいたクセに」
健史はそれをちらっと見てそう鼻を鳴らした。
「た、確かにあなたに最初近づいたのはそういう理由ですけど……」
隼人も渋々そう答える。
「ほら、やっぱりな」
「でもあなたは正治叔父さんの子。正治叔父さんには恨みはないですから。
ただ……諏訪と関わりを絶っているあなた方がどんな暮らしをしているのか知りたかっただけです」
そしてそう必死に弁明する隼人に、
「母子家庭だからさぞかし、貧乏で惨めな暮らしをしてるだろってか? そりゃ、社長の息子のお前から見りゃ、俺たち母子の暮らしなんて赤貧だったろうよ。けどよ、俺はお袋との暮らしを惨めだなんて思ったことは一度もねぇ。
それにな、俺を見たかったって? 俺はパンダやコアラじゃねぇってんだ」
健史は隼人の所に戻って、胸座を掴みながらそういった。
「誰もそんなこと、言ってないじゃないじゃないですか。
それに、会ってすぐ僕はあなたが好きになりました。一緒に居てほしいと言ったのは、本当にそう思ったからです。断じてウソはありません」
そして持ち上げられている首を振りながらそう主張する隼人に、
「信じられねぇな」
健史は冷たくそう言い放つ。
「健史!」
「信じられる訳ゃねぇだろ。あんな風に龍太郎が死んで……お前のそんな話を聞かされたら……」
そう言いながら健史は、隼人にかけた手を乱暴に離すと、横のリビングの壁に拳を食らわす。
「でも、僕は結城さんを自殺に追い込む気なんて全然……」
おろおろと、それでも取り繕おうとする隼人に、
「でももへちまもねぇ! もう何聞いても信用できる訳ゃねぇだろうが……俺は最初から本気で……本気で惚れてたんだぞ、おま……」
そう怒鳴った健史の声が涙で途切れる。その様子に思わず隼人も、
「すいません……」
と謝ってしまった。
「もういい」
「健史……」
「もう良いってんだよ! お前に都合の良い御託なんてもうたくさんだってんだよ!!」
健史はもう一度壁に拳を食らわすと、
「待ってください!!」
と制止する隼人の言葉も聞かずに夜の街へと飛び出して行った。
出て行った健史が隼人との家に戻ったのは、翌日の昼。
「部屋、決めてきた。明日出て行くわ」
開口一番、健史は隼人にそう言った。
「健史、何もそこまでしなくても」
それにそう返した隼人だったが、
「今までみたいに一日中顔を付きあわせてんのは、正直キツい。
心配するな、仕事は辞めねぇから。その代わりといっちゃなんだが、しばらくでも良いから俺に一人になれる時間をくれ」
健史にそこまで言われてしまうと、もう頷く他なかったようだ。だが、
「気持ちが落ち着いたら帰ってきてくださいよ」
と尚も縋る隼人に、
「ああ、解った」
と返事したものの、たぶん二度とここに戻ることはないだろうと健史は思った。
一度できてしまった綻びは、確かに高等技術を駆使すれば表面上は全くの元通りにできるが、それは表面上の事であって、裏側は違う。それと同じ事、人の心にできた綻びも100%元にもどることはないのだ。
それから健史はてきぱきと自分個人の物を片づけ始めた。元々物に執着する性格でもないし、この家の家具の全ては隼人が買い求めたものだ。健史だけの持ち物は体格が違うので、共用できない衣類と、パソコンぐらいのものだ。片づけは夜までに終了してしまった。
「じゃぁ、また明日来るわ」
荷物を持って家を出ようとした健史に、
「えっ、どこに行くんですか。まだあなたの家はここでしょ」
隼人がそう言って引き留める。
「そうだけどよ、今更一緒に寝るのはな」
それに対して、健史はそう言ってベッドを指さす。今まで夫婦のような生活をしてきたのだ。ベッドは大きいがひとつしかない。その真ん中に境界線でも設けて不可侵条約を要求するのも大人げない話だ。
「隼人、これ以上お前を嫌いにさせないでくれ」
健史はそう言って、玄関を目指す。
そう、同じベッドで絡んでしまえば、その場は収まるかも知れないが、そのなし崩しのツケはこの関係を根本から崩壊させる。それだけはどうしてもしたくない。
「解りました。じゃぁ……事務所で会いましょう」
隼人もそう言って唇をかみしめると、健史に背中を向けた。
「大体、父親も知らない俺の存在をどうしてお前が知っていたのか。そこからおかしい」
「ああ、それね。正輝伯父さんから聞いたんです。正治伯父さんにもう一人子供がいたのは知ってたんですが、亡くなってると思ってたんです。でもその話をしたら……」
正輝と正治の後継者の話になった時、正輝は、正治にはもう一人子供がいると言い出した。
「亡くなられたんですよね」
「いや、死んではいないよ。正治は知らないがな。母親と一緒にこの東京生きている」
と言ったというのだ。隼人はすぐにその子-つまりは健史-を大学まで見に行ったのだという。
また、龍太郎との密室の会話を知っていたのも、当時の健史のマンションの電話に盗聴器をしかけてあったという、まことにお粗末なオチだった。
健史は、開けた部屋のドアを掴みながら、
「そうか、諏訪の子を手玉にとって飼い殺しにするのはさぞ小気味よかったろうよ」
と吐き捨てるように言った。
「違います。飼い殺しだなんて、そんなこと思ったことはありません」
すると、隼人は泣きそうな顔でそれを否定する。
「ふん、俺が諏訪の次男の子供だと知ってて近づいたクセに」
健史はそれをちらっと見てそう鼻を鳴らした。
「た、確かにあなたに最初近づいたのはそういう理由ですけど……」
隼人も渋々そう答える。
「ほら、やっぱりな」
「でもあなたは正治叔父さんの子。正治叔父さんには恨みはないですから。
ただ……諏訪と関わりを絶っているあなた方がどんな暮らしをしているのか知りたかっただけです」
そしてそう必死に弁明する隼人に、
「母子家庭だからさぞかし、貧乏で惨めな暮らしをしてるだろってか? そりゃ、社長の息子のお前から見りゃ、俺たち母子の暮らしなんて赤貧だったろうよ。けどよ、俺はお袋との暮らしを惨めだなんて思ったことは一度もねぇ。
それにな、俺を見たかったって? 俺はパンダやコアラじゃねぇってんだ」
健史は隼人の所に戻って、胸座を掴みながらそういった。
「誰もそんなこと、言ってないじゃないじゃないですか。
それに、会ってすぐ僕はあなたが好きになりました。一緒に居てほしいと言ったのは、本当にそう思ったからです。断じてウソはありません」
そして持ち上げられている首を振りながらそう主張する隼人に、
「信じられねぇな」
健史は冷たくそう言い放つ。
「健史!」
「信じられる訳ゃねぇだろ。あんな風に龍太郎が死んで……お前のそんな話を聞かされたら……」
そう言いながら健史は、隼人にかけた手を乱暴に離すと、横のリビングの壁に拳を食らわす。
「でも、僕は結城さんを自殺に追い込む気なんて全然……」
おろおろと、それでも取り繕おうとする隼人に、
「でももへちまもねぇ! もう何聞いても信用できる訳ゃねぇだろうが……俺は最初から本気で……本気で惚れてたんだぞ、おま……」
そう怒鳴った健史の声が涙で途切れる。その様子に思わず隼人も、
「すいません……」
と謝ってしまった。
「もういい」
「健史……」
「もう良いってんだよ! お前に都合の良い御託なんてもうたくさんだってんだよ!!」
健史はもう一度壁に拳を食らわすと、
「待ってください!!」
と制止する隼人の言葉も聞かずに夜の街へと飛び出して行った。
出て行った健史が隼人との家に戻ったのは、翌日の昼。
「部屋、決めてきた。明日出て行くわ」
開口一番、健史は隼人にそう言った。
「健史、何もそこまでしなくても」
それにそう返した隼人だったが、
「今までみたいに一日中顔を付きあわせてんのは、正直キツい。
心配するな、仕事は辞めねぇから。その代わりといっちゃなんだが、しばらくでも良いから俺に一人になれる時間をくれ」
健史にそこまで言われてしまうと、もう頷く他なかったようだ。だが、
「気持ちが落ち着いたら帰ってきてくださいよ」
と尚も縋る隼人に、
「ああ、解った」
と返事したものの、たぶん二度とここに戻ることはないだろうと健史は思った。
一度できてしまった綻びは、確かに高等技術を駆使すれば表面上は全くの元通りにできるが、それは表面上の事であって、裏側は違う。それと同じ事、人の心にできた綻びも100%元にもどることはないのだ。
それから健史はてきぱきと自分個人の物を片づけ始めた。元々物に執着する性格でもないし、この家の家具の全ては隼人が買い求めたものだ。健史だけの持ち物は体格が違うので、共用できない衣類と、パソコンぐらいのものだ。片づけは夜までに終了してしまった。
「じゃぁ、また明日来るわ」
荷物を持って家を出ようとした健史に、
「えっ、どこに行くんですか。まだあなたの家はここでしょ」
隼人がそう言って引き留める。
「そうだけどよ、今更一緒に寝るのはな」
それに対して、健史はそう言ってベッドを指さす。今まで夫婦のような生活をしてきたのだ。ベッドは大きいがひとつしかない。その真ん中に境界線でも設けて不可侵条約を要求するのも大人げない話だ。
「隼人、これ以上お前を嫌いにさせないでくれ」
健史はそう言って、玄関を目指す。
そう、同じベッドで絡んでしまえば、その場は収まるかも知れないが、そのなし崩しのツケはこの関係を根本から崩壊させる。それだけはどうしてもしたくない。
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