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出発
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「ママ、ママ!!」
幼い自分を置いていこうとする母を引き留めるべくかけだした志乃だったが、扉を抜けると……
そこは光一のベッドの上だった。
「夢……だったんだ」
今更起こったことを巻き戻せとは言わないが、せめて夢の中なりとも母を助けたかったと志乃は唇を噛んだ。
そのままぼんやりと座っていると、しばらくしてそこに光一が現れた。
「部長、起こしてしまいましたか?」
そう聞く志乃に、
「いや、もうそろそろ起きないとな。どうかしたのか?」
と、逆に光一は心配気に覗き込んだ。
「いえ、なんでもないです」
志乃は言葉を濁した。母親の夢を見たなどと、このかつて母を愛した男には言えない。すると光一は志乃に、
「こんなオヤジを選んだ事を後悔しているのか?」
と聞いた。
「そんなこと、思っていません」
光一に歳の差を感じたことはない。すると光一は、
「あっと言う間に定年で、する事もなくお前に纏わりつくぞ。そのうちボケて下の世話だ。それでもいいのか?」
と、ネガティブな未来ばかりをあげつらうので、
「部長!」
志乃は思わず声を荒げる。それをみた光一はプッと吹くと、
「もっとも、今更そう言われたところで聞いてはやれんがな。オヤジはな、老い先短い分だけ幸せには貪欲なんだ」
志乃にウインクを投げながらそう言い、
「だからお前も無理はするな。自分のしたいこと、してほしいことはどんどん私に言え。ごっそり溜め込んで介護の合間に報復されても困る」
もっとも、その頃の私はそれを報復だと認識できるかどうか分からんがな、と言って笑った。
そうだ、これからは共に生きていくのだ。何もかもを明け透けにとはいかないが、ある程度本音をぶつけていかなければいつしかすれ違ってしまうこともある。とは言え、たぶん自分は思ったことの半分も言えないだろうなと志乃は思った。
そして、光一は夕食がてら志乃を送ると言いつつ着替えを用意し始める。首を傾げる志乃に、
「ご両親に会いに行くのに、ラフな格好では行けんだろ」
と言うのだが、行くのは明日、なぜ今からと志乃が思っていると、光一は、
「お前も着替えとか用意したらすぐに出てきてくれよ」
と続けた。
「ウチに行くのは明日の10時で良いんですよ」
こういうことは、午前中でないとと志乃に時間指定したのは他でもない彼だ。にしたって、始発あたりの新幹線に乗って、名古屋で8時台の快速みえに乗れれば、迎えに来てもらう多気駅には楽勝で着ける算段なのだが。
しかし、志乃がそれを口にすると光一はすぐさまネットを開いて、
「快速みえの始発は8時35分。降りるのはどこだ?」
と言う。
「多気駅です」
多気駅着は10時3分。
「完全に遅刻じゃないか」
多気駅発が8時台頭にあったので、名古屋からもそれくらいだと思っていたのだが、違っていたか。
大体、帰省するときには東京のアパートを出るのは8時くらい。始発には乗ったこともないし、検索したこともなかった。そうなんですかと暢気に口を半開きにする志乃に、
「お前は良い。自分の家に帰るだけなんだからな。だが私は嫁の実家にいくんだぞ。そんな時間にルーズなことはできない」
ただでさえリスキーなんだからなと光一は唇を歪ませる。その表情が何とも子供っぽく、志乃は笑いながら、
「お父さんはそんなことで反対したりしません」
と、光一の頬に手を当てた。
「だけど、どっちにしたって今からなんて早すぎですよ。夜中に着いちゃいます」
と、小さな子に言い含めるように言葉を続ける。
「ああ、最初からそのつもりだ。夜中走って向こうで仮眠する方が、時間も読めるし、くたびれた顔でご両親に会わずに済む」
すると光一はそう返した。
「へっ、車で行くんですか?」
車で行くと聞いて志乃は驚いた。
「志乃の実家は最寄り駅からでも車でないといけないんだろう?」
いや、最寄り駅からなら歩いても行ける。ただし小一時間かかるが。
「ただ、汽車の便が悪いだけですよ」
と言うと、
「汽車?」
と光一は妙なところに食いつく。汽車は汽車だ。未だ電化されていないのだから。
とにかくその最寄り駅に行くには2時間半に一本のその汽車しかないのだと言うと、
「信じられん。
とにかく、車で行く。これは決定事項だ」
光一は、憮然とした顔でそう言うと、着替えの荷物を持って玄関に向かった。その時、
「本当の娘のように育ててもらったんだな。安心した。
だとしたら、余計許してもらえない気がしてきたぞ」
と困った表情で言う光一に、
「頑張りましょう、一緒に」
志乃はそう言って力強く頷いた。
(内心光一は、これではどちらが年上かわからないなと思ったが、それは志乃には内緒の話だ)
幼い自分を置いていこうとする母を引き留めるべくかけだした志乃だったが、扉を抜けると……
そこは光一のベッドの上だった。
「夢……だったんだ」
今更起こったことを巻き戻せとは言わないが、せめて夢の中なりとも母を助けたかったと志乃は唇を噛んだ。
そのままぼんやりと座っていると、しばらくしてそこに光一が現れた。
「部長、起こしてしまいましたか?」
そう聞く志乃に、
「いや、もうそろそろ起きないとな。どうかしたのか?」
と、逆に光一は心配気に覗き込んだ。
「いえ、なんでもないです」
志乃は言葉を濁した。母親の夢を見たなどと、このかつて母を愛した男には言えない。すると光一は志乃に、
「こんなオヤジを選んだ事を後悔しているのか?」
と聞いた。
「そんなこと、思っていません」
光一に歳の差を感じたことはない。すると光一は、
「あっと言う間に定年で、する事もなくお前に纏わりつくぞ。そのうちボケて下の世話だ。それでもいいのか?」
と、ネガティブな未来ばかりをあげつらうので、
「部長!」
志乃は思わず声を荒げる。それをみた光一はプッと吹くと、
「もっとも、今更そう言われたところで聞いてはやれんがな。オヤジはな、老い先短い分だけ幸せには貪欲なんだ」
志乃にウインクを投げながらそう言い、
「だからお前も無理はするな。自分のしたいこと、してほしいことはどんどん私に言え。ごっそり溜め込んで介護の合間に報復されても困る」
もっとも、その頃の私はそれを報復だと認識できるかどうか分からんがな、と言って笑った。
そうだ、これからは共に生きていくのだ。何もかもを明け透けにとはいかないが、ある程度本音をぶつけていかなければいつしかすれ違ってしまうこともある。とは言え、たぶん自分は思ったことの半分も言えないだろうなと志乃は思った。
そして、光一は夕食がてら志乃を送ると言いつつ着替えを用意し始める。首を傾げる志乃に、
「ご両親に会いに行くのに、ラフな格好では行けんだろ」
と言うのだが、行くのは明日、なぜ今からと志乃が思っていると、光一は、
「お前も着替えとか用意したらすぐに出てきてくれよ」
と続けた。
「ウチに行くのは明日の10時で良いんですよ」
こういうことは、午前中でないとと志乃に時間指定したのは他でもない彼だ。にしたって、始発あたりの新幹線に乗って、名古屋で8時台の快速みえに乗れれば、迎えに来てもらう多気駅には楽勝で着ける算段なのだが。
しかし、志乃がそれを口にすると光一はすぐさまネットを開いて、
「快速みえの始発は8時35分。降りるのはどこだ?」
と言う。
「多気駅です」
多気駅着は10時3分。
「完全に遅刻じゃないか」
多気駅発が8時台頭にあったので、名古屋からもそれくらいだと思っていたのだが、違っていたか。
大体、帰省するときには東京のアパートを出るのは8時くらい。始発には乗ったこともないし、検索したこともなかった。そうなんですかと暢気に口を半開きにする志乃に、
「お前は良い。自分の家に帰るだけなんだからな。だが私は嫁の実家にいくんだぞ。そんな時間にルーズなことはできない」
ただでさえリスキーなんだからなと光一は唇を歪ませる。その表情が何とも子供っぽく、志乃は笑いながら、
「お父さんはそんなことで反対したりしません」
と、光一の頬に手を当てた。
「だけど、どっちにしたって今からなんて早すぎですよ。夜中に着いちゃいます」
と、小さな子に言い含めるように言葉を続ける。
「ああ、最初からそのつもりだ。夜中走って向こうで仮眠する方が、時間も読めるし、くたびれた顔でご両親に会わずに済む」
すると光一はそう返した。
「へっ、車で行くんですか?」
車で行くと聞いて志乃は驚いた。
「志乃の実家は最寄り駅からでも車でないといけないんだろう?」
いや、最寄り駅からなら歩いても行ける。ただし小一時間かかるが。
「ただ、汽車の便が悪いだけですよ」
と言うと、
「汽車?」
と光一は妙なところに食いつく。汽車は汽車だ。未だ電化されていないのだから。
とにかくその最寄り駅に行くには2時間半に一本のその汽車しかないのだと言うと、
「信じられん。
とにかく、車で行く。これは決定事項だ」
光一は、憮然とした顔でそう言うと、着替えの荷物を持って玄関に向かった。その時、
「本当の娘のように育ててもらったんだな。安心した。
だとしたら、余計許してもらえない気がしてきたぞ」
と困った表情で言う光一に、
「頑張りましょう、一緒に」
志乃はそう言って力強く頷いた。
(内心光一は、これではどちらが年上かわからないなと思ったが、それは志乃には内緒の話だ)
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