泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第42話 知られざる寵妃 1

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 時間が遡って、レフラ達が噴水に腰を落ち着けた頃。
 そっと店から抜け出したラクーシュは、再びシックな扉を押し開いた。

 まだこの店を出て大して時間が経っていないせいだろう。特に店の中にいた客達は、入れ替わっている様子もない。
 さっきと同じように店の中に足を進めたラクーシュは、パッと店内へ目を走らせて、レフラ達の姿が店内から消えているのを確認した。

「あの、先ほどの方達は、すでに出て行かれましたが……」

 明らかに店の雰囲気に合っていない者同士だ。別々なタイミングで入店していて、特に言葉を交わしていなくても、すでに知り合いだと確信しているようだった。さっきレフラへ対応していた若い女性店員が、そんな事を言いながら、ラクーシュの方に近付いてくる。

「そうか、分かった」

 ラクーシュはその女性にぎこちない笑みを返しつつ、扉の外へ合図をして、閉じないように外から扉を押さえつけた。その直後に、入ってきたリュクトワスとギガイの姿に、一気に店の中が静まり返った。

「店の責任者を呼べ」

 その中で、ギガイの静かな声が響く。緊張感が高まった部屋の中で、命じられたさっきの店員が、強ばった表情で固まっていた。

「大丈夫だから、早く呼んできてくれないか?」

 固まったままの店員の前で手を打って、我に返す。途端にその女性は壊れたおもちゃのように何度も頷いて、慌てて壁際の内階段を駆け上がり、2階の奥へと走っていった。

「いまはレフラはどうしている?」
「エルフィルと、リランがついて、時間を稼いでいます」
「名を出せば、あれならばどんな物でも手に入るものを……」
「ギガイ様へ内緒の贈り物をされるのだと、奮闘されておりますため、お気持ちを酌んで差し上げてください」
「ほう、お前もハッキリ物を言うようになったな」
「ひとえにレフラ様のためですので」

 日頃、レフラの前ではリランに叱り飛ばされる事も多いラクーシュだが、警備隊の小隊長を務めて、リュクトワスにギガイの寵妃の護衛として任命されるぐらいの者ではある。他の2人に比べれば、交渉事は苦手だが、状況を見極めつつ、発言をする頭も、気骨も持ってはいた。

 そんなギガイとラクーシュのやり取りを面白そうに見ていたリュクトワスが「それなら」とラクーシュへ向かってニヤッと笑う。

「ずいぶん頼もしくなったお前に、この件の処理を任せよう。この件で、この後にいくつかの書類の作成も必要となるからな。今までは、こういうケースはリランの方が得意だったが、お前でも十分対応できそうだ、少しばかりややこしいが、なに、今のお前なら出来るだろう」
「あ、あの。今すぐにリランを呼んで参ります」

 途端に表情を引き攣らせたラクーシュが、ギガイへ頭を下げて、ススッと速やかに退出をする。もともとレフラへ許した範囲が、中区の表通りだけという約束だからか、それほど待つ事もなくリランが店の中に駆け込んできた。

 よほどレフラが落ち込んでいるのか、ギガイの姿を認めて、ホッとした表情をリランが浮かべる。

「レフラはどうだ?」
「許可証の存在を知らなかった事が恥ずかしいと、始めはひどく落ち込んでいらっしゃいましたが、今は落ち着かれております」
「そうか。だが、知らなくて当たり前だ。あれには許可証など必要ない。それにこの管理はアドフィルのため、私自身でさえ、申請に必要となる形式など知らないぐらいだからな」
「はい。ただ、せっかく頂けた機会をご自身の不手際で活かしきれなかったと、思われているようです」
「責任感が強いことは長所ではあるが、あまり自分を責めすぎるのもな……。まぁ、よい。あとでレフラ自身から、話しを聞こう……」

 ギガイの言葉に、店の中にいた数人の身体がビクッと跳ねたのが、視界に治まった。ハッキリとした悪意でなかったとしても、本来ならば多少の不敬さえも命取りになるほど、ギガイはレフラを溺愛している。だけど、肝心なレフラ自身が、さっきの侮り程度など、きっとギガイへ告げようとさえ、思わないだろう。

(運が良かったな)

 ハッキリと跳び族のレフラを侮って、知らないことを嘲るような声もあったのだ。さっき抱いた不快さを露わに、リランは冷たい目で、店の中を一瞥した。
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