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本編
第30話 熱情の痕 4
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ギガイとしても、今朝のレフラとのやり取りを忘れては居なかった。だが、今までギガイが周囲の視線を警戒するのは、あくまでも敵意や悪意といった、言わばギガイにとって妨げとなるか否かが全てだったのだ。
レフラの言うような意味合いで、周囲の視線を気にして振る舞ったような経験はない。そのため、ギガイとしては、いつも通りに過ごしていた。つまり、そんな情事の後への考慮なんて、すっかり失念してしまっていた。
「…………大丈夫だ」
「何がですか」
苦肉の策で、これまでのように「気にするほどの事じゃない」と言い切ろうと口を開く。だが、レフラの潤みかけた視線を真っ直ぐに向けられれば、次の言葉が出てこない。何と言えば、泣かせずに済むか。この状況を切り抜けられるか。日頃、他部族の古狸を相手に交渉する時以上に、ギガイは頭をフル回転させながら、周りをチラッと見回した。
視線を感じたイグールが、強ばった顔でギガイの方へ顔を向ける。レフラが側に居ない時には、ギガイは冷たいばかりでろくに表情も変えない。そのうえ、こんな不遜な振る舞いを許すはずもないため、試すような猛者もいない。これまでの記憶のどこを辿っても、今のギガイへどういった態度や言葉を向ければ良いのか、きっと導き出せないのだろう。
「おい、イグール」
「はいっ!!」
名前を呼んだだけで、ますます緊張に表情を強ばらせるところから、そんな心情が見て取れる。
だが、今のギガイにとって、重要な事はそこじゃない。むしろそんな臣下の心情など、至極どうでも良いことだった。
「あ~~~、さっき何か見たか?」
言葉に威圧感を込めれば、ギガイが無理やりそう言わせたと気付かれてしまう。だから、レフラの頭を撫でつけながら、胸元に引き寄せたギガイは、常と変わらない声のままで、威圧をたっぷり載せた眼差しをイグールへ向けた。
「いえ、何も見ていません!」
いつも以上にハキハキと応える姿は、まるで新兵のような緊張感に満ちている。
「ほら、こいつも見ていないと言っているだろう」
「…………本当、ですか?」
疑わしそうに確認しながらも、下がりきった眉尻や揺れる目には、不安げに縋る色を帯びていた。内心ではそんなはずがない。と思いつつも、信じたい気持ちでいっぱいなのだと伝わってくる。
ギガイが許可をして、レフラが心を許している者達以外の前では、レフラはいつも清廉とした佇まいだった。それはギガイの腕の中に居る時でさえ変わらない。真っ直ぐにギガイと同じ方向を見据える目は、芯の強い気高い雰囲気を纏っていた。
そんなレフラから時折漏れ出る、負けず嫌いな様子や情に脆い姿。他の者が触れる事ができるレフラの本質なんて、せいぜいその程度の事だった。だが今は、跳び族の長子として、ギガイだけの御饌として、装う姿が崩れていた。
灰色がかった青い目が、水気を帯びて、揺れたように見えるのも、ギガイとしては気に食わなかった。いつもなら他の者へは見せない、レフラの脆さや幼さが垣間見える表情は、イグールにもはっきり分かったのだろう。おかしな呼吸をした後に、遠目でも分かるぐらい、イグールの顔は赤くなっていた。
「は、はい、本当です!」
「分かりました。それなら、良かったです……」
どちらにせよ、レフラには、もうその言葉に縋るしかない。レフラはコクコク頷くイグールに、返事をしながらギガイの方を窺い見た。
「ギガイ、さま……?」
視線が絡まった一瞬で、ギガイの様子に気が付いたのか、レフラの身体がピクッと跳ねる。そして、どうしたのか、と様子を伺うように、恐る恐る名前を呼んだ。
レフラの言うような意味合いで、周囲の視線を気にして振る舞ったような経験はない。そのため、ギガイとしては、いつも通りに過ごしていた。つまり、そんな情事の後への考慮なんて、すっかり失念してしまっていた。
「…………大丈夫だ」
「何がですか」
苦肉の策で、これまでのように「気にするほどの事じゃない」と言い切ろうと口を開く。だが、レフラの潤みかけた視線を真っ直ぐに向けられれば、次の言葉が出てこない。何と言えば、泣かせずに済むか。この状況を切り抜けられるか。日頃、他部族の古狸を相手に交渉する時以上に、ギガイは頭をフル回転させながら、周りをチラッと見回した。
視線を感じたイグールが、強ばった顔でギガイの方へ顔を向ける。レフラが側に居ない時には、ギガイは冷たいばかりでろくに表情も変えない。そのうえ、こんな不遜な振る舞いを許すはずもないため、試すような猛者もいない。これまでの記憶のどこを辿っても、今のギガイへどういった態度や言葉を向ければ良いのか、きっと導き出せないのだろう。
「おい、イグール」
「はいっ!!」
名前を呼んだだけで、ますます緊張に表情を強ばらせるところから、そんな心情が見て取れる。
だが、今のギガイにとって、重要な事はそこじゃない。むしろそんな臣下の心情など、至極どうでも良いことだった。
「あ~~~、さっき何か見たか?」
言葉に威圧感を込めれば、ギガイが無理やりそう言わせたと気付かれてしまう。だから、レフラの頭を撫でつけながら、胸元に引き寄せたギガイは、常と変わらない声のままで、威圧をたっぷり載せた眼差しをイグールへ向けた。
「いえ、何も見ていません!」
いつも以上にハキハキと応える姿は、まるで新兵のような緊張感に満ちている。
「ほら、こいつも見ていないと言っているだろう」
「…………本当、ですか?」
疑わしそうに確認しながらも、下がりきった眉尻や揺れる目には、不安げに縋る色を帯びていた。内心ではそんなはずがない。と思いつつも、信じたい気持ちでいっぱいなのだと伝わってくる。
ギガイが許可をして、レフラが心を許している者達以外の前では、レフラはいつも清廉とした佇まいだった。それはギガイの腕の中に居る時でさえ変わらない。真っ直ぐにギガイと同じ方向を見据える目は、芯の強い気高い雰囲気を纏っていた。
そんなレフラから時折漏れ出る、負けず嫌いな様子や情に脆い姿。他の者が触れる事ができるレフラの本質なんて、せいぜいその程度の事だった。だが今は、跳び族の長子として、ギガイだけの御饌として、装う姿が崩れていた。
灰色がかった青い目が、水気を帯びて、揺れたように見えるのも、ギガイとしては気に食わなかった。いつもなら他の者へは見せない、レフラの脆さや幼さが垣間見える表情は、イグールにもはっきり分かったのだろう。おかしな呼吸をした後に、遠目でも分かるぐらい、イグールの顔は赤くなっていた。
「は、はい、本当です!」
「分かりました。それなら、良かったです……」
どちらにせよ、レフラには、もうその言葉に縋るしかない。レフラはコクコク頷くイグールに、返事をしながらギガイの方を窺い見た。
「ギガイ、さま……?」
視線が絡まった一瞬で、ギガイの様子に気が付いたのか、レフラの身体がピクッと跳ねる。そして、どうしたのか、と様子を伺うように、恐る恐る名前を呼んだ。
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