泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第28話 熱情の痕 2

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「ギガイ様がどうやらおケガをしているらしいぞ」
「俺も聞いたが、手に包帯を巻かれていらっしゃるとか」

 通路の先から聞こえる声に、レフラは思わず固まった。
 いつものように族長専用の通路を抜けて、ギガイの執務室へ向かう途中。中の間と呼ばれる場所で、たまたま報告にきた武官とタイミングが重なってしまい、相手へ気を遣われる気まずさに、どうやり過ごそうかと悩んでいる最中の事だった。

 レフラを取り巻く3人にも、彼等の声はハッキリ聞こえていただろう。だけど、その中で明らかに様子を変えたレフラに対して、理由を察しているためか、3人には特に心配するような素振りはない。ただ、どうしましょうか? と尋ねるような視線だけが、レフラの方へ向いていた。

「いったん宮へ戻って、改めますか?」

 だが、リランの言葉に頷きかけた時、次に聞こえた会話にレフラはハッキリと表情を変えた。

「そういえば、いつものクセでこの時間に報告書をお持ちしたが、今日は鍛錬で不在にされているようだぞ」
「そうなのか?」
「一昨日魔種が出ただろう。あれで、鍛錬の時間が変わるって、近衛隊にいる知り合いが言っていたからな」
「お前な。そういう事は、ここまで来る前に思い出せよ」
「執務室をノックする前なんだから、まだマシだろ」

 レフラの背中に嫌な汗が流れていく。さっきよりもハッキリと表情を強ばらせたレフラに、さすがに心配になったのか。エルフィルが「どうしましたか?」と、レフラへ控え目な声量で尋ねてきた。だがその質問へは応えずに、レフラは焦った表情で、3人の顔を見回した。

「今日の訓練は、訓練棟ですか? それとも外の訓練場? 野外訓練だったらどうしよう……」

 脳裏を過っていくのは、今朝に見たギガイの痕だらけの身体だった。ハッキリ見えている手の噛み痕とは違って、服で隠れるはずの身体の痕には、何もしていない。時間が押していた事もあって、服の下は今朝の。あの衝撃的な姿のままなのだ。

 表情を変えて慌て出すレフラに、ラクーシュがサッと動き出し、目の前で会話をしていた男の肩を背後から掴む。声掛けもなく、突然肩を掴んだ不躾さのせいか、男は身体をビクッと跳ねさせたあと、憮然とした表情で、ラクーシュの方を振り返った。

「いま話題にしていた、今日の近衛隊の訓練はどこでしてるんだ?」
「ラクーシュ様!?」

 だが、そこに居たのは階級が上で、かつたった3人しか許されていない黒族長の寵姫の直属の者なのだ。1度も交流をした事はなくても、当然名前も顔も知っている上官の登場に、慌てて2人の男達は表情を引き締め、武官の礼を執った。

「時間がないんだよ。っで、どこなんだ?」

 気さくに聞こえるような話し方だが、否と言えない圧が隠った声だった。2人の武官が思わずといった様子で、小さく引き攣った声を出した。

「も、申し訳ございません。場所までは存じておりません!」
「そっかぁ。じゃあ、ちょっと横に退いててくれ」

 通路を塞ぐような位置で礼を執ったままの2人に、壁へ寄れと顎で指す。そしてもう用はないといった態度で、レフラの元に戻ってきた。

「こいつらからは、場所までは確認できなかったですが、どうしますか? 伺っていたスケジュールでは、あとちょっとで、ギガイ様もお戻りになるはずですが」
「ダメなんです。それでは間に合わないんです」

 焦ったためか、いつもよりも大きめなレフラの声が、通路に響く。

 エルフィルとリランに囲われたレフラには、あまり2人の武官の姿は見えていなかった。同じように2人の武官からも、黒族の屈強な武官に囲まれた、小柄なレフラは恐らく見えて居なかったのだろう。

 その声に始めて、3人に囲まれた誰かの存在に気が付いたのか、壁際へ寄っていた2人の武官の方から、息を飲む音が聞こえてくる。

「では、アドフィル様であれば、場所をご存知だと思いますので確認されますか?」
「はい」

 リランの提案に頷いて、レフラが小走りに向かい出す。レフラの動きに合わせて、立ち位置を変えたエルフィルの視界に、目を見開いた2人がこっちを見ていた。ギガイはもともと寵妃であるレフラの姿を、あまり他人へは見せたがらない。そんな主の意向を考えて、牽制を込めた視線を向ければ伝わったのだろう。2人は慌てて、視線を明後日の方へ向けた。
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