30 / 50
本編
第28話 熱情の痕 2
しおりを挟む
「ギガイ様がどうやらおケガをしているらしいぞ」
「俺も聞いたが、手に包帯を巻かれていらっしゃるとか」
通路の先から聞こえる声に、レフラは思わず固まった。
いつものように族長専用の通路を抜けて、ギガイの執務室へ向かう途中。中の間と呼ばれる場所で、たまたま報告にきた武官とタイミングが重なってしまい、相手へ気を遣われる気まずさに、どうやり過ごそうかと悩んでいる最中の事だった。
レフラを取り巻く3人にも、彼等の声はハッキリ聞こえていただろう。だけど、その中で明らかに様子を変えたレフラに対して、理由を察しているためか、3人には特に心配するような素振りはない。ただ、どうしましょうか? と尋ねるような視線だけが、レフラの方へ向いていた。
「いったん宮へ戻って、改めますか?」
だが、リランの言葉に頷きかけた時、次に聞こえた会話にレフラはハッキリと表情を変えた。
「そういえば、いつものクセでこの時間に報告書をお持ちしたが、今日は鍛錬で不在にされているようだぞ」
「そうなのか?」
「一昨日魔種が出ただろう。あれで、鍛錬の時間が変わるって、近衛隊にいる知り合いが言っていたからな」
「お前な。そういう事は、ここまで来る前に思い出せよ」
「執務室をノックする前なんだから、まだマシだろ」
レフラの背中に嫌な汗が流れていく。さっきよりもハッキリと表情を強ばらせたレフラに、さすがに心配になったのか。エルフィルが「どうしましたか?」と、レフラへ控え目な声量で尋ねてきた。だがその質問へは応えずに、レフラは焦った表情で、3人の顔を見回した。
「今日の訓練は、訓練棟ですか? それとも外の訓練場? 野外訓練だったらどうしよう……」
脳裏を過っていくのは、今朝に見たギガイの痕だらけの身体だった。ハッキリ見えている手の噛み痕とは違って、服で隠れるはずの身体の痕には、何もしていない。時間が押していた事もあって、服の下は今朝の。あの衝撃的な姿のままなのだ。
表情を変えて慌て出すレフラに、ラクーシュがサッと動き出し、目の前で会話をしていた男の肩を背後から掴む。声掛けもなく、突然肩を掴んだ不躾さのせいか、男は身体をビクッと跳ねさせたあと、憮然とした表情で、ラクーシュの方を振り返った。
「いま話題にしていた、今日の近衛隊の訓練はどこでしてるんだ?」
「ラクーシュ様!?」
だが、そこに居たのは階級が上で、かつたった3人しか許されていない黒族長の寵姫の直属の者なのだ。1度も交流をした事はなくても、当然名前も顔も知っている上官の登場に、慌てて2人の男達は表情を引き締め、武官の礼を執った。
「時間がないんだよ。っで、どこなんだ?」
気さくに聞こえるような話し方だが、否と言えない圧が隠った声だった。2人の武官が思わずといった様子で、小さく引き攣った声を出した。
「も、申し訳ございません。場所までは存じておりません!」
「そっかぁ。じゃあ、ちょっと横に退いててくれ」
通路を塞ぐような位置で礼を執ったままの2人に、壁へ寄れと顎で指す。そしてもう用はないといった態度で、レフラの元に戻ってきた。
「こいつらからは、場所までは確認できなかったですが、どうしますか? 伺っていたスケジュールでは、あとちょっとで、ギガイ様もお戻りになるはずですが」
「ダメなんです。それでは間に合わないんです」
焦ったためか、いつもよりも大きめなレフラの声が、通路に響く。
エルフィルとリランに囲われたレフラには、あまり2人の武官の姿は見えていなかった。同じように2人の武官からも、黒族の屈強な武官に囲まれた、小柄なレフラは恐らく見えて居なかったのだろう。
その声に始めて、3人に囲まれた誰かの存在に気が付いたのか、壁際へ寄っていた2人の武官の方から、息を飲む音が聞こえてくる。
「では、アドフィル様であれば、場所をご存知だと思いますので確認されますか?」
「はい」
リランの提案に頷いて、レフラが小走りに向かい出す。レフラの動きに合わせて、立ち位置を変えたエルフィルの視界に、目を見開いた2人がこっちを見ていた。ギガイはもともと寵妃であるレフラの姿を、あまり他人へは見せたがらない。そんな主の意向を考えて、牽制を込めた視線を向ければ伝わったのだろう。2人は慌てて、視線を明後日の方へ向けた。
「俺も聞いたが、手に包帯を巻かれていらっしゃるとか」
通路の先から聞こえる声に、レフラは思わず固まった。
いつものように族長専用の通路を抜けて、ギガイの執務室へ向かう途中。中の間と呼ばれる場所で、たまたま報告にきた武官とタイミングが重なってしまい、相手へ気を遣われる気まずさに、どうやり過ごそうかと悩んでいる最中の事だった。
レフラを取り巻く3人にも、彼等の声はハッキリ聞こえていただろう。だけど、その中で明らかに様子を変えたレフラに対して、理由を察しているためか、3人には特に心配するような素振りはない。ただ、どうしましょうか? と尋ねるような視線だけが、レフラの方へ向いていた。
「いったん宮へ戻って、改めますか?」
だが、リランの言葉に頷きかけた時、次に聞こえた会話にレフラはハッキリと表情を変えた。
「そういえば、いつものクセでこの時間に報告書をお持ちしたが、今日は鍛錬で不在にされているようだぞ」
「そうなのか?」
「一昨日魔種が出ただろう。あれで、鍛錬の時間が変わるって、近衛隊にいる知り合いが言っていたからな」
「お前な。そういう事は、ここまで来る前に思い出せよ」
「執務室をノックする前なんだから、まだマシだろ」
レフラの背中に嫌な汗が流れていく。さっきよりもハッキリと表情を強ばらせたレフラに、さすがに心配になったのか。エルフィルが「どうしましたか?」と、レフラへ控え目な声量で尋ねてきた。だがその質問へは応えずに、レフラは焦った表情で、3人の顔を見回した。
「今日の訓練は、訓練棟ですか? それとも外の訓練場? 野外訓練だったらどうしよう……」
脳裏を過っていくのは、今朝に見たギガイの痕だらけの身体だった。ハッキリ見えている手の噛み痕とは違って、服で隠れるはずの身体の痕には、何もしていない。時間が押していた事もあって、服の下は今朝の。あの衝撃的な姿のままなのだ。
表情を変えて慌て出すレフラに、ラクーシュがサッと動き出し、目の前で会話をしていた男の肩を背後から掴む。声掛けもなく、突然肩を掴んだ不躾さのせいか、男は身体をビクッと跳ねさせたあと、憮然とした表情で、ラクーシュの方を振り返った。
「いま話題にしていた、今日の近衛隊の訓練はどこでしてるんだ?」
「ラクーシュ様!?」
だが、そこに居たのは階級が上で、かつたった3人しか許されていない黒族長の寵姫の直属の者なのだ。1度も交流をした事はなくても、当然名前も顔も知っている上官の登場に、慌てて2人の男達は表情を引き締め、武官の礼を執った。
「時間がないんだよ。っで、どこなんだ?」
気さくに聞こえるような話し方だが、否と言えない圧が隠った声だった。2人の武官が思わずといった様子で、小さく引き攣った声を出した。
「も、申し訳ございません。場所までは存じておりません!」
「そっかぁ。じゃあ、ちょっと横に退いててくれ」
通路を塞ぐような位置で礼を執ったままの2人に、壁へ寄れと顎で指す。そしてもう用はないといった態度で、レフラの元に戻ってきた。
「こいつらからは、場所までは確認できなかったですが、どうしますか? 伺っていたスケジュールでは、あとちょっとで、ギガイ様もお戻りになるはずですが」
「ダメなんです。それでは間に合わないんです」
焦ったためか、いつもよりも大きめなレフラの声が、通路に響く。
エルフィルとリランに囲われたレフラには、あまり2人の武官の姿は見えていなかった。同じように2人の武官からも、黒族の屈強な武官に囲まれた、小柄なレフラは恐らく見えて居なかったのだろう。
その声に始めて、3人に囲まれた誰かの存在に気が付いたのか、壁際へ寄っていた2人の武官の方から、息を飲む音が聞こえてくる。
「では、アドフィル様であれば、場所をご存知だと思いますので確認されますか?」
「はい」
リランの提案に頷いて、レフラが小走りに向かい出す。レフラの動きに合わせて、立ち位置を変えたエルフィルの視界に、目を見開いた2人がこっちを見ていた。ギガイはもともと寵妃であるレフラの姿を、あまり他人へは見せたがらない。そんな主の意向を考えて、牽制を込めた視線を向ければ伝わったのだろう。2人は慌てて、視線を明後日の方へ向けた。
10
お気に入りに追加
428
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる