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本編
第27話 熱情の痕 1
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「……えっ……これ、って……?」
翌朝に目覚めたレフラは、ギガイの姿を一瞥して、口を吐きかけた苦情を全て飲み込んだ。いったいこれはなんなのか。いつのまに、どうして、こんな惨状になっているのか。
思考が追いつかない頭をフル回転させて、レフラは必死に昨日の事を想い出す。だけど目の前の惨状を現すように、記憶はかなり飛び飛びで、想い出せる部分さえ、恥ずかしくて、今すぐに掛布を頭から被って籠城したいような内容なのだ。
だけど今のギガイの惨状が、自分がやらかした事だけはハッキリと分かっている。それだけに、ギガイを責めるように籠城するマネなんてできなくて、レフラはただただ寝台の上で固まるしかなかった。
「どうした? そんな面白い顔をして」
口角を上げてニヤッと笑ったギガイが、呆然とするレフラへおもむろに手を伸ばして、顔にかかった髪を横へ払いのけた。目の前に差し出されるように、伸ばされたギガイの大きな手が、レフラの視界を横切っていく。そこに一瞬だけ見えた、見慣れない赤い色。
「こ、これ」
慌てて掴まえたギガイの手には、赤黒い弧を描いた傷痕がくっきり残っていた。誰かの噛み痕だと分かる傷は、考えずとも誰が犯人なのかなんて明らかだった。
もう昨晩の苦情どころではなく、ギガイの痛々しい傷痕を前に、レフラは動揺するばかりだ。そんなレフラへ見せ付けるように、ギガイが親指の付け根の噛み痕に、軽く触れるだけのキスをした。
「覚えていないか? 昨日はかなり私を欲しがっていただろ。だいぶ愛らしい姿でな」
淫れる姿が愛らしかったかどうかは別としても、うっすらと残る記憶に、この状況から鑑みて。レフラの方から必死に求めていた事は、きっと間違いないだろう。
鍛えられたギガイの上半身に数多に点在する赤い痕は、多少こういった経験がある者なら、誰でも分かるような鬱血痕なのだ。レフラの方から、ギガイへ必死に吸い付かなければ、こんなに大量のキスマークなんて残らない。
その上、親指の付け根のみならず、鍛え上げられた首筋にも、ハッキリとした歯形が付いている。その場所はギガイへ擦り寄る時に、よくレフラが顔を埋める場所だった。そんな所に残る痕さえ、内出血ではなく、赤黒い弧を描いた噛み痕なのだから、居たたまれなかった。
「お前の百面相は見ていて飽きないが、そろそろ着替えて、朝食を摂らなくてはな」
口角を上げたギガイが、レフラの頭を一撫でして、いまだに大きな寝台の中で呆然と座り込んでいた身体を抱き上げた。
いつものように、食事を取り、身だしなみを整えて、それぞれの日常をスタートする。水銀時計が指す時間から考えても、これ以上ゆっくりする時間は残っていない。
だけど、まだギガイの身体のあちらこちらに、昨夜の淫靡な痕がハッキリ見えている。ひとしきりレフラを揶揄って満足したのか、もうギガイがその痕を気にするような素振りはない。
「ギガイ様、待って、ちょっとだけ待って下さい」
慌てて制止をすれば、ギガイが目線だけでどうした? と尋ねてきた。ギガイのそんな様子は、いつもと変わらず泰然としている。そう。いつもと何も変わらないのだ。そんなギガイの態度から、何1つ変わらない朝を、いつも通りに過ごす気なのだと見て取れる。
「ギガイ様……お怪我をさせてしまってごめんなさい……あの……傷の手当てを、先にしませんか……?」
「怪我?」
何のことだ? と言うように、ギガイが首を傾げていた。黒族長であるギガイにとっては、レフラの噛み痕程度は揶揄うネタにはなっても、怪我という認識にさえ入っていないようだった。
でもレフラにすれば、自分が負わせてしまった傷を放置される事も居たたまれなければ、こんな情事の痕を、他の人に晒しても欲しくない。いくら周りが気にしていないと言っても、触れ合うようなキスでさえ、人目が気になってしまうぐらいなのだ。そんなレフラには、キスの先。交わる行為を如実に物語る痕を、人前に晒すなんて堪えきれなかった。
「あぁ、この痕か。この程度など、怪我には入らん」
噛み痕を辿るレフラの視線から、何を指しているのか気が付いたギガイの反応は、あまりにレフラの予想通りだった。
「だ、だめです! 放っておくと、化膿してしまうかもしれないでしょ?」
「この程度の傷など、訓練の中でもよくある程度だ」
「そうだとしても、お願いです! そんな痕を、他の方へ見せないで」
「そんな痕と言っても、お前と私は番だぞ。何もおかしな事ではないだろう?」
「でも、でも!」
確かにレフラはギガイの御饌で、次期族長を成すべき責務を負ってはいる。それを思えば、2人の間にそういう事があるのは何もおかしい事ではない。それでも、どうしても恥ずかしさは無くならないのだ。
「見えない場所ならともかく、そんな目立つ場所に私が噛んだ痕があるなんて……恥ずかしすぎます……」
顔を真っ赤にしながら、最後の言葉なんかは、掻き消えそうなぐらい小さかった。でもそんなレフラの様子に、ギガイが仕方ないと肩をすくめた。
「分かった。それなら、執務に向かう前には治療しよう。だが、逆に悪目立ちしそうだがな」
「えっ?」
「いや、何でもない。では、なおさら急ぐ必要があるな」
最後の言葉は何だったのか。疑問に思いながらも、水銀時計を改めてみて、時間のなさにレフラは確認するタイミングを逃してしまった。
翌朝に目覚めたレフラは、ギガイの姿を一瞥して、口を吐きかけた苦情を全て飲み込んだ。いったいこれはなんなのか。いつのまに、どうして、こんな惨状になっているのか。
思考が追いつかない頭をフル回転させて、レフラは必死に昨日の事を想い出す。だけど目の前の惨状を現すように、記憶はかなり飛び飛びで、想い出せる部分さえ、恥ずかしくて、今すぐに掛布を頭から被って籠城したいような内容なのだ。
だけど今のギガイの惨状が、自分がやらかした事だけはハッキリと分かっている。それだけに、ギガイを責めるように籠城するマネなんてできなくて、レフラはただただ寝台の上で固まるしかなかった。
「どうした? そんな面白い顔をして」
口角を上げてニヤッと笑ったギガイが、呆然とするレフラへおもむろに手を伸ばして、顔にかかった髪を横へ払いのけた。目の前に差し出されるように、伸ばされたギガイの大きな手が、レフラの視界を横切っていく。そこに一瞬だけ見えた、見慣れない赤い色。
「こ、これ」
慌てて掴まえたギガイの手には、赤黒い弧を描いた傷痕がくっきり残っていた。誰かの噛み痕だと分かる傷は、考えずとも誰が犯人なのかなんて明らかだった。
もう昨晩の苦情どころではなく、ギガイの痛々しい傷痕を前に、レフラは動揺するばかりだ。そんなレフラへ見せ付けるように、ギガイが親指の付け根の噛み痕に、軽く触れるだけのキスをした。
「覚えていないか? 昨日はかなり私を欲しがっていただろ。だいぶ愛らしい姿でな」
淫れる姿が愛らしかったかどうかは別としても、うっすらと残る記憶に、この状況から鑑みて。レフラの方から必死に求めていた事は、きっと間違いないだろう。
鍛えられたギガイの上半身に数多に点在する赤い痕は、多少こういった経験がある者なら、誰でも分かるような鬱血痕なのだ。レフラの方から、ギガイへ必死に吸い付かなければ、こんなに大量のキスマークなんて残らない。
その上、親指の付け根のみならず、鍛え上げられた首筋にも、ハッキリとした歯形が付いている。その場所はギガイへ擦り寄る時に、よくレフラが顔を埋める場所だった。そんな所に残る痕さえ、内出血ではなく、赤黒い弧を描いた噛み痕なのだから、居たたまれなかった。
「お前の百面相は見ていて飽きないが、そろそろ着替えて、朝食を摂らなくてはな」
口角を上げたギガイが、レフラの頭を一撫でして、いまだに大きな寝台の中で呆然と座り込んでいた身体を抱き上げた。
いつものように、食事を取り、身だしなみを整えて、それぞれの日常をスタートする。水銀時計が指す時間から考えても、これ以上ゆっくりする時間は残っていない。
だけど、まだギガイの身体のあちらこちらに、昨夜の淫靡な痕がハッキリ見えている。ひとしきりレフラを揶揄って満足したのか、もうギガイがその痕を気にするような素振りはない。
「ギガイ様、待って、ちょっとだけ待って下さい」
慌てて制止をすれば、ギガイが目線だけでどうした? と尋ねてきた。ギガイのそんな様子は、いつもと変わらず泰然としている。そう。いつもと何も変わらないのだ。そんなギガイの態度から、何1つ変わらない朝を、いつも通りに過ごす気なのだと見て取れる。
「ギガイ様……お怪我をさせてしまってごめんなさい……あの……傷の手当てを、先にしませんか……?」
「怪我?」
何のことだ? と言うように、ギガイが首を傾げていた。黒族長であるギガイにとっては、レフラの噛み痕程度は揶揄うネタにはなっても、怪我という認識にさえ入っていないようだった。
でもレフラにすれば、自分が負わせてしまった傷を放置される事も居たたまれなければ、こんな情事の痕を、他の人に晒しても欲しくない。いくら周りが気にしていないと言っても、触れ合うようなキスでさえ、人目が気になってしまうぐらいなのだ。そんなレフラには、キスの先。交わる行為を如実に物語る痕を、人前に晒すなんて堪えきれなかった。
「あぁ、この痕か。この程度など、怪我には入らん」
噛み痕を辿るレフラの視線から、何を指しているのか気が付いたギガイの反応は、あまりにレフラの予想通りだった。
「だ、だめです! 放っておくと、化膿してしまうかもしれないでしょ?」
「この程度の傷など、訓練の中でもよくある程度だ」
「そうだとしても、お願いです! そんな痕を、他の方へ見せないで」
「そんな痕と言っても、お前と私は番だぞ。何もおかしな事ではないだろう?」
「でも、でも!」
確かにレフラはギガイの御饌で、次期族長を成すべき責務を負ってはいる。それを思えば、2人の間にそういう事があるのは何もおかしい事ではない。それでも、どうしても恥ずかしさは無くならないのだ。
「見えない場所ならともかく、そんな目立つ場所に私が噛んだ痕があるなんて……恥ずかしすぎます……」
顔を真っ赤にしながら、最後の言葉なんかは、掻き消えそうなぐらい小さかった。でもそんなレフラの様子に、ギガイが仕方ないと肩をすくめた。
「分かった。それなら、執務に向かう前には治療しよう。だが、逆に悪目立ちしそうだがな」
「えっ?」
「いや、何でもない。では、なおさら急ぐ必要があるな」
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