泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第12話 隠しごと4

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 これまで、ギガイが指示や決断に補足する事など、1度もなかった。

 今回の件が、執務に関してであれば、これまでとギガイは何も変わらなかった。どの事案に関する事だろうと、決断に対して責を背負うのがギガイ自身である以上、誰かへ伝える意義を相変わらず感じないのだから、当然だった。

 だが、レフラに関しては、別なのだ。
 
 従来の御饌と異なり、レフラはギガイの腕の中に閉じ込める事ができていない。御饌の立場でありながらも、日々の交流は、レフラの護衛の3人のみならず、ギガイの側近であるリュクトワスやアドフィルとの交流さえ、もはや日常的だった。

 時間を共にする者達の言葉は、ギガイが望もうが望まなかろうが、レフラの心に影響するのだから。レフラを取り巻く者達へは、ある程度は情報を与えていた方が何かと良い。

 日頃考えを伝える事をしないギガイだが、これまでの大小含めた数多のトラブルから、レフラの為ならと判断した行動だった。

「今回で、それなりに満足させておけば、そう何度も降りたいとは望まないだろう。もし、望まれたとしても、諦めさせやすくなるからな」

 だから、どんなレフラへの希望へも対応できるようにしておけ、と指示をするギガイへ、リュクトワスはなるほど、と頷いた。

「今回はやむを得ないが、私としては、可能な限り次の機会は無くしたい。私の腕から離れる事を、常態化させるわけにはいかないからな」

 理由は分かるな。と視線で問いかけたギガイに、リュクトワスがまた頷き返す。

「常態化するという事は、狙う事のできる対象だと認識させる事になります。そうなれば、レフラ様が狙われる危険性が、格段に跳ね上がる、という事ですね」

 リュクトワスの答えに「そうだ」と言いながら、ギガイが指を顎へ添えた。

「私を直接狙う者など皆無に近い。私が常に側にいるレフラに対しても同様だ。だが、1人になる可能性があるのなら? そのタイミングを狙うのは当然だからな」

 レフラがそんな危険に晒される。想像するだけで、腹の奥にヒヤッとしたモノを感じてくる。もしも、本当にレフラを狙う者が居れば、自分はその者が死を救いだと思うぐらい、残酷に甚振り殺すはずだ。

 ギガイがレフラを離さないのは、ギガイ自身の庇護欲や独占欲もあるが、そんな想像される事態から、レフラを遠ざける意味も大きかった。

「それを防ぐ為にも、次の1回である程度満足させておく。どちらにせよ、腕から降りた以上は、あちらこちらと見たがるだろうからな」

 思考のまま、胸中を占め始めていた冷淡な感情が、そう告げた瞬間、脳裏を過ったレフラの姿に離散する。きっとギガイの腕から降りたレフラは、嬉しそうに目を輝かせて、いつになくはしゃいだ姿を見せるだろう。

「確かに、跳ねていらっしゃいそうですね」

 駆け回るレフラの姿が、簡単に想像できたのは、ギガイだけじゃないようで。リュクトワスも書類を持つ手とは反対の手を、顎の下に添えながらクスッと笑ってそう言った。

「では、レフラ様へお渡しする予定だった金額と同じ額を、渡しておきます」
「あぁ。組紐程度ならば、その謝礼金とやらで十分だろうが、中央区は他の区よりも値段が跳ね上がる事も多い。もし、不足するなら、その時は告げるように言っておけ」

 簡単に与えてやれない自由の分、望むことは何でもさせてやりたかった。だからこそ、金で解決できる程度の事を、レフラに諦めさせるつもりは、微塵もない。

(せっかくの機会なのだ。他にも色々と買えば良い)

 当日嬉しそうに笑い跳ねるレフラの姿は、想像するだけで微笑ましい。組紐を買う事を、ギガイに秘密にしたい。そんなレフラの想いが切っ掛けなため、側で見る事が叶わないのが口惜しいが、今回だけはレフラの想いを考えて、ひたすら堪えてやる事にする。
 
「かしこまりました」

 頭を下げたリュクトワスに頷き返して、この話しは以上だと、ギガイはリュクトワスが抱えていた書類を受け取った。

 書類をペラペラめくりながら、さっき『ズルい』と拗ねていたレフラを思い出す。

(お前の為には、色々堪えているんだがな)

 まったく、と内心で苦笑しつつ、確認し終えた書類にサラサラとサインを入れる。チラッと確認した卓上に積まれた書類の山は、平常の量だ。これならレフラに告げたように、今日は夕餉の前には戻れるだろう。

(今日は久しぶりに、少しばかり啼いて貰うか)

 この後の、タップリある二人の夜を思いながら、ギガイは少し意地悪くそう決めた。
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