泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第10話 隠しごと2

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「このような状況では、可能な限りご要望はお応えするのが良いかと思い、これまでの訓練に対する『謝礼』を近衛隊からお渡しする事に致しました」
 
「謝礼?」
 
「はい。私どもはレフラ様へ報賞等を差し上げきれる立場ではありませんので、今回はあくまでレフラ様への感謝のお品です」
 
 それならば、レフラの立場を軽んじた事にならなければ、近衛隊を管轄しているリュクトワスの独断で決める事も可能だった。
 
「ほう、考えたな」
 
 リュクトワスの後で、アドフィルが目を見開いていた。そのような方法でレフラの望みを聞き、ギガイを納得させるとは思わなかったようだ。たぶん、それは。嬉しそうに隠し事をしていたレフラにしても、同じだろう。
 
「やはり、お前は食えないヤツだな」
 
「何を仰いますか。私ほど、ギガイ様へ実直な者はおりません。ですので、この件はレフラ様へは内密にお願い致します」
 
 ギガイ様へお伝えした事が知られてしまえば、本格的に嫌われかねません。
 
 苦笑を浮かべてそう言ったリュクトワスに、何も言わずにギガイは口角を上げた。

「それで、具体的にはどうするんだ?」
 
「次回のギガイ様の視察の前までには、護衛の3人へ預ける事になっております」
 
「次の視察か」
 
 ギガイが執務机を指先で叩きながら、次の視察予定の北区を思い出す。予定しているエリアは、陶器工房や鍛冶工房など工業的なエリアで、いまのレフラが求めている物を扱うような場所ではない。
 
「組紐などは西区か?」
 
「はい、西区と中央区にあり、日頃の取引は中央区の店となります」
 
「なら、次の視察は中央区にしよう。北区はその後とする」
 
 ギガイの一言に、アドフィルが「承知致しました」と頭を下げて退出をした。これで数時間後には、スケジュールの調整や視察資料は取り揃えられる事だろう。そこまで指示をしたギガイは、口元に添えた指で自身の唇をなぞりながら、黙り込んだ。

 組紐を買う。レフラに取り扱わせるなら、最上級の物を与えたい。それなら中央区の店を使わせるのが間違いない。

(だが、そもそもどうやって、購入するつもりだ?)

 特に深く考えなくとも、日々の様子を思い返せば、前提が成り立つとは思えない。

「……あれがプロメイナを贈ろうとしている事は分かった。その為に、自分で組紐を買おうとしている事も、それを私へ隠している事も理解した。だが、どうやって私に隠れて、組紐を購入するのだ?」

 そこが一向に見えてこない。

「あれを外で降ろした事など、ろくに無い。次の視察の際も、当然抱えているつもりだ。となれば、私の腕の中にいるあれが、どうするつもりだ?」

 何か聞いているか、とギガイがリュクトワスを見上げれば、その顔には苦笑が浮かんでいる。

「その辺りは、きっと今頃、あの3人を相手に案を講じていると思います」
 
「……やはり、そうか……」

 再び、はぁ、と息を吐き出して、ギガイは眉間を揉み込んだ。
 レフラの純粋な想いは嬉しい。贈られたプロメイナは、間違いなく、どんな貢ぎ物よりも、貴重でギガイの大切な物になるだろう。だが、それを越えて、その物を贈るレフラ自身の方が何倍も何千倍も、ギガイにとっては大切な宝なのだ。

「私はあれを市場で降ろす気はないぞ」
「存じております」
「それでも、私に隠れて購入すると」
「先ほどのご様子を拝見するに、代わりの者に購入を任せる可能性は低いかと存じます」
「……拗れるな……」
「おそらく」

 ギガイとしては、視察先でレフラを腕の中から降ろす気などは全くない。だが、ギガイが抱える状態で、ギガイに内緒で組紐を買う事ができず、レフラにそれを諦める気がないのなら。確実に降りるために何かを企むはずなのだ。

 リュクトワスもそれを思っての苦笑なのだと分かっている。そしてそんな表情のまま、何の提案も無いのだから、手をこまねいているのだろう。

「あれの講じる策ならば、どうとでもなるだろう」
「はい」

 ギガイが日々身を置く世界は、権謀術数が渦巻いている。レフラの策程度にはまるようなら、黒族の長は務まらない。だからといって、他の者へするように、その策を容赦なく封じて良いか、と言えば別だった。
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