泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第7話 黒族の常識、非常識 2

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 困惑しているレフラに反して、エルフィルに「なぁ?」と同意を求められたリランやラクーシュも、真面目な顔で頷いている。
 
「えっ? どういう事ですか? 気にしないで良いって、ムリですよ……」

 一般的が何を指しているか、何が『だから』なのかは分からない。でもエルフィルの言葉は、非常識で良い、と言っているようなものだった。3人がギガイのように、常識を自分に合わせろ、と言い放つような人達ではない分、レフラにはますます理解が追いつかない。
 
 そもそも気にしないでいられるなら、こんな風に悩んだりさえしないのだ。

「うーん、何というか……もともとレフラ様の場合には、存在自体が我々の普通に当てはまっていらっしゃらないんです」
 
 3人の中で1番の常識人であるリランの言葉に、レフラは取りあえず黙り込む。そんなレフラへ畳みかけるように。

「だって、レフラ様、よく考えてくださいよ!」

 指を立てたラクーシュが、腰に手を当てて、なぜか自信たっぷりに笑って言った。

「そもそも普通に考えるなら、キスどころか、ギガイ様が笑いかけたり、お側に置く事さえないんですよ! それを考えたら、キスぐらい! って事です!」
「キ、キスぐらい、ですか……?」

 はい! とレフラへ頷き返すラクーシュに、レフラが表情を引き攣らせた。すかさずリランが、ラクーシュの後に回り込み、大きく腕を振りかぶる。合わせて風を切る音がする。そして。

「おいっ! 言い方ってもんがあるだろ!!」

 リランの鋭いツッコミと共に、振りかぶった手が、ラクーシュの頭にヒットした。

「いってぇぇぇ!! だから、毎回殴るなって、言ってんだろう!!」

 振りかぶった勢いに見合った、そこそこの音が鳴ったのだ。衝撃もその音にしっかり見合っていたという事か、頭を押さえながらリランの方を振り返ったラクーシュの目は、涙目になっていた。

「お前も、毎回殴られるような発言をするんじゃない!!」

 だが、ラクーシュの訴えへ、リランは言外にお前が悪い!と滲ませながら言い返す。
 今日もまた、お約束のようなシチュエーションに、お約束のような展開が、レフラの前で繰り広げられる。それでも、突然始まった状況に、付いていけなければ戸惑いもする。レフラは一瞬目を白黒させて、慌てて「ま、待って!」と声を上げた。

 だが、止めようとするレフラに反して、いつも通りいがみ合い始めた2人からは、一向に止まる気配がない。ヒートアップしていく2人に、止めて欲しい、とレフラがエルフィルを仰ぎ見る。

「アハハハハッ!!」
「え、エルフィル様!! 笑っている場合じゃないですよ!」

 それなのに、こちらも相変わらず笑うばかりで、止める素振りが全くないのだ。

 3人の間で右往左往するレフラの姿も、常と変わらない光景だからか。慌てるレフラの制止を、3人は特に気に留めるような素振りもない。そんな中でついにガシッと組み合った2人の姿に、レフラの眼差しが剣呑な色に染まっていった。それさえ気付かず、いつものように振る舞う3人に、レフラは大きく息を吸い込んだ。

「喧嘩はダメですーー!!」

 精一杯張り上げた声が、書庫の中に響き渡る。書架に詰められた多数の本や高い天井。数多に張り巡らされたシェードが無ければ、その声はワンワンと反響を産んでいただろう。
 レフラのいつにない大声に、目を丸くしたリランやラクーシュは、驚いてレフラの方へ向いた姿勢のまま、固まっていた。

「あ、いや、これは喧嘩ではなくて……」
「ただの、勝負ってところでして……」
「勝負なら、向こうの席で、腕相撲でもして下さい!! 早く!!」

 しどろもどろな2人に、さっきまでレフラが課題をしていた机の方を指差せば、互いの顔を見合わせた2人が慌てたように戻っていく。始めは同じように驚いていたエルフィルだが、そんな2人の姿があまりに可笑しかったのか、ついには耐えきれないと、腹を抱えて笑い出した。

「エルフィル様……」

 だが、底を這うような低い声で、レフラに名前を呼ばれれば、さすがに飛び火している事に気が付いたのだろう。

「……はい、何でしょうか……」

 笑いを治めたエルフィルが、顔を引き攣らせて返事をした。
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