【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第20話 勇者が働かない

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 ライアの放った聖剣による一撃は、大地を切断し、その衝撃は、大地を支える大陸プレートにまで到達した。

 それにより大陸各地に地震が起こり、活火山が活動を始め、カルセランド及びドンキホテ市全域には火山灰が降り注いだ。

 それを多くの人間は人類絶滅装置カタストロフによる災厄だと思い、カタストロフを仕掛けた魔族に対して憎悪を募らせる結果となったが、だが大地を切断されて帝国と地続きでは無くなった事、そして総力戦により兵士の大半を失っていた事を理由に、誰も人類の先頭に立って報復を唱える者はいなかった。

 火山灰を呪いの灰と思い込んだドンキホテ市民は王国の西へと疎開していく事となるが、それが返って王国の中に東征する事の忌避感を植え付け、人々は攻め込むよりも砦を築き守りを固めようという意識を強めたのだった。

 王国のNO.1とNo.2、そして徴兵された多くの兵士を失った騎士団派は求心力を失い事実上崩壊し。

 ──────────そしてカルセランド基地奪還作戦は王国の歴史的大敗として観測されたのであった。






 王国最高の霊峰『シラヤマ』、その深山幽谷の奥地の秘境である集落にて、村の長老がシラヤマの異変を感じ取り、声を震わせながら叫んだ。

「神の怒りじゃ、カルラ様もお怒りになっておる、人の世に大いなる災いが降り掛かるであろう、神よ、どうか我らを許したまえ、救いたまえ・・・」

 地震、噴火、間欠泉に洪水という度重なる天変地異は、人々に神の怒りという抗えない理不尽を強く実感させた。

 それにより女神への信仰はより強固なモノとなり、人々は世に現れない【勇者】よりも、【聖女】を信奉するようになっていった。

 カタストロフの爪痕により、魔族への憎しみはそこで臨界点に達したが、しかしそれにより王国内の魔族が駆逐されるという事はなかった。
 それはカルセランドでの顛末を知った【聖女】が和平を唱え、そしてカルセランドの責任の全てを騎士団派、そして敵将レオンハルトへとスケープゴートしたからだ。
 復興を優先した結果、魔族の奴隷を所持する肯定派と反対派で争うのは得策では無いと判断され、王国内は【聖女】の名の元に、一つに束ねられていったのである。




 ヒラマーヤ帝国の帝都にある魔王城にて、そこではカルセランドの戦争責任を魔王及びレオンハルト軍に被せようと画策していた幕僚達の近衛、中央軍と、それを阻止する為にクーデターを起こしたレオンハルト軍残党及び派遣軍が激しく戦い、そしてクーデター派が圧勝を収めようとしていた。

 旧魔王軍幕僚達は、売国、国家転覆、不敬、横領、その他余罪100に上る罪により市中引き回しの後、帝都の中央広場にて断頭台にかけられる事になった。



「オイオイ、久しぶりに故郷くにに帰ったと思ったら、一体どういう事だよ・・・」

 【勇者】から手紙を託されたシェーンは、復活した『女王』との熾烈な死闘の後、とある任務の為に数日の休養を取る事になったが、それでも意気揚々と帝国に帰還した。
 【勇者】の捜索という困難にして必ず果たさなくてはならない任務を果たした事に、シェーンはいっそうの達成感を感じていた。
 しかし、それなのにクーデターにより自身に捜索を命じた魔王が死に、幕僚達が国家転覆とその他沢山の罪で断罪されるというのは、予想外の展開だった。



「貴様、パリクレス、どういう事だ、我々は共にこの国を救おうと戦う同志では無かったのか!!」

 断頭台の前で跪く男、バイコクオー。

 そしてバイコクオーを見下ろす男、パリクレス。

 両者の立場は明確だった、なぜならこのクーデターの首謀者は、パリクレスだったからだ。

 パリクレスはまず最初にレオンハルトが逃がした残党達を説得し、帝都にバイコクオー達を逃げれなくする為の包囲網を密かに築いた。
 そして撤退と共に全兵力をまとめ、全軍を挙げて「敵は魔王城にあり」と奇襲をかけた。
 それによりバイコクオー達は瞬く間に制圧され今に至る。

「ええ、、ここで私に討たれる事こそ救国の助けになる事を理解出来るでしょう、恨みはありませんが、みっともなく死んで、私の支持率の糧になってくださいませんか」

「・・・貴様、国を乗っ取る気か、だが貴様も貴族の家系ならば分かるはずだ、王国は「優秀で有能な家系」を許さない、貴様が頭角を現せば、貴様の家は九族に及んで大罪人として裁かれるのだぞ」

 王国の支配体制である、魔族の「愚民愚官」政策、民が賢くても、官僚が賢くても、支配と圧政は成立しない、ならば両方愚かにすればいいという非道の策であり、それにより王国から危険と判断された者たちは特級騎士の手により九族に及んで始末されるという事だった。
 故にバイコクオー達のような愚かな者が帝国では権勢を振るい、世襲制の官位によって支配体制は固定化されたのである。

「ええ、優秀な指導者ならば、そうなるのは必然でしょう、ですが私は別に、王国と一戦構えるつもりは無い、カタストロフにより陸路は封鎖されたのです、ならば我々が戦う相手とは、帝国の中にこそいる」

「帝国の中に、だと、・・・貴様、我々の戦うべき相手とは、我々を苦しめる人間では無いのか・・・!!、帝国内の均衡と平穏を破壊し、貴様はこの世に何を求めるというのだ・・・!!」

「ただ、混沌を。
 ・・・体制は支配を生み、支配は停滞を生む、100年後も代わり映えの無い世界、一生前に進まない盤面、そんなものを見ると、私は壊したくなるのですよ、この気持ち、魔族ならば理解出来るでしょう」

「いや、分からぬ、私は確かに売国も汚職も横領もした、だがそれは、王国の搾取に比べれば生易しいと思ったからだ、貴様の唱える混沌とは、全国民を奈落に突き落とし、そこで争わせる道では無いか、そんものは救済では無い、ただの虐殺だ、この世界には救済と虐殺を取り違えている輩が多過ぎる、貴様には民を慈しむ気持ちは無いのか・・・っ!!」

「死とは最後の救済である、この言葉を理解出来るか否か、それが私たちの分かれ目だったんでしょうね。
 一切皆苦の世であるならば、最初から混沌の形に形成すれば我々は思い悩む事もなく、ただ目の前の死を受け入れる事が出来た、食うか食われるか、その弱肉強食の理こそが、我々の神、破壊神マルシアス様の教義でしょう」

「神など、全てを諦めた者が縋るものだろうに、我々が人間であるというならば、例え苦しくて理不尽だらけの世界でも、それを受け入れて少しでも良くする為に戦うべきでは無いのか・・・現実と!!」

「それもまた、自分にとって都合のいいものに、王国に縋っているだけの話でしょう、ならば神に縋るのも、悪魔に縋るのも、人に縋るのも、それは自由という話です、ただ、この世界の人間達は我々には優しくは無いし、人は人に無条件で優しく出来る存在でも無い、ならば、最後に縋るものとはやはり
──────────神なのでしょう」

 それで対話は十分と判断したのか、パリクレスはバイコクオーの首を断頭台に取り付けさせた。

「よせ、私を殺して何になる、私など、ただの小物だ、殺す価値も無いぞ」

「お別れです、──────────さぁ皆様、帝国を堕落させ、腐敗させた者たちへの粛清をこれより執り行います、帝国を混乱させ、王国に売国した罪、その血、その命で贖ってもらいましょう!!」

「誰か私を助けろ!!、褒美は望むだけくれてやる、土地も!、財産も!、愛娘も!!、全部くれてやる!!、だから私を助けろ!!」

 バイコクオーは叫ぶが、奸臣の処刑ショーを見に来た観客がその言葉に耳を貸す筈もなかった。

 「死ね売国奴」「地獄に落ちろ」「息子を返せ」

 誰もが皆、バイコクオーの処刑を切に望んでおり、口々に絶え間なくバイコクオーを罵った。
 当然だ、今まで帝国の人々にとっての圧政のはけ口とは王国だったが、その王国と何度戦っても勝てないのだから、ならば最後に為政者に責任転嫁するのは当然の理なのだ。

「うぅ、ぐすっ、ひっく、ママァ・・・」

 バイコクオーは大衆の面前でみっともなく泣きじゃくるが誰も同情する者はいなかった。

 無慈悲な号令で、処刑人が大鎌を振り下ろす。

 観客達はバイコクオーの首が無様に刎ねらる様を目に焼き付けようと、注意深く見守る。

 これは因果応報、死んでも仕方ない人間が仕方なく死ぬような、そんな当然の結果であり、悲劇でもなんでもなかった。

 だからバイコクオーの死を悲しむものは、バイコクオーの家族を含めて一人もいなかったし、その処刑に対してバイコクオーを弁護、擁護するものも誰もいなかった。

 だから。













 ──────────その処刑を止める者がいるなどと、夢にも思わなかっただろう。

 重厚な金属音が広場に反響する。

「・・・ぐすっ、ひくっ、・・・え?」

 バイコクオーの首に振り下ろされた一撃は、何者かによって受け止められ、処刑人の持つ大鎌はそれで切断されていた。


「・・・その剣、王国式の意匠がついてますね、名のある名剣とお見受けしますが、何者ですか貴方は、何故、彼の命を救うのですか」

 パリクレスが指示を出さずとも警備の兵が乱入者を取り囲んで槍を向けるが、取り囲まれた男は気にせずに答えた。

「俺は──────────【魔王】、トゥルース・テンペストだ、【魔王】の権限によって命じる、処刑を中止し、我に──────────従え」




 【勇者】が人だけを救うモノならば、人を過ちに導く【勇者】などこの世に要らない。

 【勇者】が働かない事でのみ成立する平和がこの世にあると俺は知ったから。

 だからこの世界の裏で、【勇者】を必要としない魔族の世界で、俺は俺の夢を実現させようと思ったのだ。

 平和と支配は表裏一体、そして乱世と自由も表裏一体だ。

 それ故にこの世界は、どちらか一方に偏重する事無く、平和で乱世であり続けなければいけないのだろう。

 頑張った奴が報われる社会と、頑張らない奴が得をする社会の、その狭間に、俺の理想とする世界がある、故に。

 【勇者】が働かない乱世で平和な〝新世界〟の創造。

 それが、魔族に転生した俺の、最初で最後の本気の頑張り物語だ。











 次回、魔王代行編。
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