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第3章 カルセランド基地奪還作戦
第15話 死地ニ絶ツ 名モ無キ骸 暮桜花
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「あれ、班長、トイレですか?、だったらあの辺の草むらは気をつけてください、俺が大をしたばっかなんで」
「・・・君は、今、魔族の者と話をしていたな、どういう事だ、説明次第では私は君を、拘束しなければならない」
「・・・したいなら好きにしてください、正直雑用も飽きたし、それにもうすぐ突撃するんでしょ?、だったら事情聴取とかで牢屋にぶち込まれた方が俺としては気が楽っすね」
「君はまた・・・、分かっているのか、魔族との内通は死罪だ、君が子供だからって酌量されるとは限らない」
「分かってますよ、でも、俺が魔族と内通している証拠なんてあるんですか?、そもそも一兵卒でロクな情報も持ってない俺が魔族と内通してどんなメリットがあるんですか?、別に疑うのは勝手ですけど先ずはきちんとした根拠を言ってください、班長が俺の立場だと仮定して、魔族に流して得になる情報って何ですか?」
「・・・ならば君は今、誰と話をしていたんだ?」
「エア友達っす、俺独り言とか多いキャラなんで、エア友達と王国の政治について話をしてました」
「・・・悪いが一部始終を見ていた、昨日、いや、一昨日か、毎朝明朝に抜け出すのが不審だったのでな、だからその言い訳は通用しない」
「なるほど、つまり班長は俺が毎朝明朝にうんこがしたくなる習慣を不審に思ってるって事っすね、でも、俺から班長に言える事は一つだけっすよ」
「・・・なんだ」
「俺を死罪にしたいなら現行犯で話しかければ良かった話じゃないですか、でも班長はそうしなかった、じゃあつまり疑わしきは罰せずって事であって、結局、班長は俺はどうしたいんですか」
「・・・それは」
「出来ないんですよね、俺を裁くことが、仮にもしそのせいで陣地に火を放たれたり、夜襲をかけられて大きな損害を受けたとしても、俺を検挙する事が出来ないんですよね、なら、ここで話し合う事に意味なんて無いですし、それにそもそも俺は魔王軍にとって有用な情報なんて何も持ってませんよ」
「・・・しかし、それでも見過ごす訳にはいかない」
「なら見張っていればいいじゃないですか、俺のうんこが不審だっていうのなら、明日から俺のうんこを毎朝見張ればいい、それなら安心でしょう」
それから突撃までの三日間、オウカの、ライアのうんこ見張り生活?が始まったのであった。
「そもそもの話、用を足すなら野営用トイレを使え、確かに草むらで用を足すものも多いが、だが軍人ならば規律に沿った行動を心がけるべきだ」
「何言ってんすか班長、ここはキャンプ地だからトイレが設置されてますけど、戦闘状況が開始されたらそんな事言ってる場合じゃない訳で、だったら今のうちに野グソになれておいた方が、後の自分の為って話じゃないすか、班長は突撃の最中にもトイレを探すんですか」
「・・・君は本当によく口先が回るな、炊事班や糧食班の班長から苦情を受けたぞ、「手は動かさないくせに口だけはよく回る奴がいる」と、鉄拳制裁をしようとすると逃げるし、やる気は無いくせに人並み以上に食うしで行儀が悪過ぎるとも言っていたな」
「ははは、それが俺だなんて証拠、どこにも無いじゃないですか、レオスだって生意気だし、ハヤテはつまみ食いするし、ベネットは雑用押し付けられまくって過労死しそうだし、俺だけ苦情を受けるとか有り得ない話です」
「君がその中でも特別目立っているという話だ、一番の年長者のくせに一番やる気が無いとはどういう事だ、本来ならば君が彼らの上に立って指導をする立場だろう」
「あー、俺の村、年功序列とか無い完全実力主義なんで、なんで俺より優秀でやる気のある若いのがいるなら、俺は影に徹しようかなって感じで」
「・・・全く、神経を疑うぞ、みな徴兵されて必死に自分に出来ることをやっている中で、君一人だけが上官に怒鳴られようと飄々としている、真面目にやる気は無いのか君は」
「そりゃあ頑張った分だけ報酬が増えるなら俺も頑張りますけど、でも結局、ここで勲章が貰える基準って魔族を何人殺したかだけじゃないっすか、それは俺には無理なんで、だったら頑張るだけ損って話ですし、俺が頑張らないのも頑張った奴に褒美が出ない制度が悪いって話でしょ」
「・・・皆が君のような考えだったら軍隊はおしまいだ、魔族を殺すのが無理なのだとしても、それ以外で貢献しようというのが戦場で戦う仲間に対する当然の報いだろうに」
「ま、確かに、細い剣と槍1本で魔族と戦えって言われてる兵士の人達には同情するし、自分が同じ立場だったら、って考えたら涙が止まらない話ですけど、でも、ま、俺には関係ないっすね、兵士たちが死ぬのは全部、政治に失敗して開戦してしまった王国と、基地を奪われて取り返せないでいる司令官が悪いって話ですから。
だから兵士たちが俺にキレるなら先ずはそいつらにキレろって俺は思うし、それが出来ないで俺を攻撃するならそれはただの弱いものいじめだから無視して逃げるだけって話っすよ」
「・・・君の言うことも間違いでは無い、確かに兵士を生かすも殺すもそれは指揮官の命令であり、この戦争を作り出したのも王国の政治だ、だが、それを差し置いても、今はこの戦場で轡を並べ、同じ釜の飯を食べる戦友では無いか、ならば彼らが少しでも励んでもらい戦に勝てるように努力するのは、王国の民として当然の事では無いのか」
「・・・じゃあ班長は、女性兵士がストリップショーをしたり、性的奉仕してくれた方が士気が上がるって言われたら、それに従うんですか」
「いや、それは・・・、そもそも女性兵士だって少なくは無いんだ、そんな女性の尊厳を踏み躙るような命令をしたら返って部隊が瓦解する、だからそんな命令は有り得ない」
「ええ、今の部隊において、女性は最小単位では無いから、女性に理不尽を強いる事は無いでしょう、でも、俺たち「子供」ならばどうですか」
「子供こそ一番に保護されるべき対象だろう、理不尽を受けるなど有り得ない」
「女、子供が保護されるべき対象ならば、俺も班長もこんな所に集められたりしませんよ、ここでの権利は対等です、そして対等ならば、力の弱いものが理不尽を受けるのは自然な事でしょう、都会なら田舎者が、村なら余所者が、王国ならば魔族が、──────────軍隊なら劣兵が、迫害され理不尽を受けるのがこの国の今の在り方なんですから」
「・・・じゃあ君は、理不尽を受けないように反抗的な態度を取っていると、そう言いたいのか」
「いえ、単純に「やりたくない事はやらない主義」なだけです、あれこれ雑用を押し付けられて休憩時間すら貰えないなんて嫌ですし、残業した分はサボらないと辻褄が合わない、ずっと肩肘張ってたらいざ逃げなきゃとう言う時に困るでしょう、だから俺は万全を維持出来るように過剰労働を控えているだけです」
「・・・今の所、君達を前線に送る理由は無い、戦闘状況が開始したとしてもおそらく、後方に負傷兵を運搬したりなどがメインになる筈だが」
「班長が地位や発言力のある上官だったらその言葉を鵜呑みにしてもいいんですけどね、でも、班長は上官に命令されたら逆らえないでしょう」
「それはそうだ、軍隊に於いて上官の命令は絶対、戦場では迅速且つ的確な判断が必要になる、砲撃の合図を一拍早めただけで味方に損害を与える事だってあるし、糧食の徴収やゲリラの殲滅を民間人相手だからと躊躇した結果、部隊が全滅する事だって少なくない、戦争に勝つ為には、時として人道に背く事だってあるし、それを拒絶する権利は軍人には無いのだから」
「じゃあ答え出てるじゃないですか、人でなしの代表として言わせて貰いますけど、少年兵を大っぴらに徴収してる時点で、数さえ揃ってれば突撃の頭数に入れてたと俺は思ってます、ただ今回は運良く頭数が揃わなかったから雑用係として編成しただけ、そもそも兵士の練度を要求せずに頭数だけが欲しいならば、子供だって大人と大差無いですからね、今回の作戦で欲しいのは不毛な突撃をする頭数なんでしょう?」
「・・・まるで全てを見通しているかのような発言だな、君はどこまで知っているんだ」
「脱走兵から聞いた話っすよ、前線は地獄だって聞きました、ゾンビまで使って不毛な消耗戦しかしてないって、そんな有様なら、子供を囮にしたり突撃させたりだって有り得る話だと思っただけです」
「・・・そこまで知っていたのならば、何故君はここに来たんだ、事情があるにしても、君は逃げたくなったら逃げればいいと言っていた、そんな君が何故自ら徴兵を受けてここに来たんだ」
「──────────それは
・・・きっと、ここでなら出会えると思ったからでしょうね」
「出会う・・・?」
「ええ、俺は自分も、環境も、この世界も、何もかもが嫌いです、だから、その全部を嫌いになる事を肯定してくれるような、本物の〝悪〟を見て、〝悪意〟を見て、俺はこの世界を嫌っていいんだと、俺はこの醜い世界に生きていいんだと、自分を納得させに来た・・・んだと今は思ってます」
ライアの放ったその言葉は、オウカの中に燻っていた何かを揺さぶった。
故にオウカは、ライアを追求し、己の抱える闇を照らし出そうとした。
「悪だと、そんなものを見る為にわざわざこんな所に来たのか、一体何故・・・?」
「・・・それは、俺は、何の力も知識も無いガキですけど、それでも一個だけ持ってるものがあるからっす」
「なんだそれは」
ライアはそこで少し逡巡し言い淀んだが、この戦争が終われば無関係だと思い、そしてオウカ軍曹には自分が【勇者】であるという可能性に至る事は無いだろうとたかを括り、答えた。
「─────────世界を救う権利、って言ったら大袈裟で烏滸がましいかな、でも、似たような話っすね、この世界に救う価値はあるのか、俺は人類を救いたいと思うのか、この国の全てを愛せるのか、その答えが知りたかったんです。
・・・班長はどう思いますか、王族や貴族がいなくなって、世の中は大分公平になったように思いますけど、でも自分勝手な都合で、自分達の主君や仲間を殺した人達を、班長はどう思ってるんですか」
「・・・・・・私は、王族を、ディメア様を殺した者たちを許せない、でも、それが民意であるというのならば、総意であるというのならば、受け入れるしかないと思っているし、殿下が愛して下さったこの国を、滅ぼす訳にはいかない、だから、命果てるまで守り抜くしかないと、そう思っている」
「ディメア・・・、なるほど、班長って、ディメア王女の騎士だったんですか」
「いや、私などはただの候補だ、拝謁したのだってほんの数回に過ぎない、だが、ディメア王女は国民からも騎士学校の生徒からも広く愛されていた、だからそんな殿下が王族というだけで殺された事は、私としてはとても度し難い事だったという事だ。
・・・だが、それでも私は殿下が愛したこの国を、守りたいと、そう思っている」
「・・・なるほど、貴族は財産を捨てて名前を変えれば第二の人生を送れますけど、王族は見た目から変えないと生き残れませんもんね・・・。
・・・班長は、なんでディメア王女に心酔してるんですか、会ったのだって数回なんでしょう、あいつなんて食い意地が張ってて世間知らずで幼女と戯れて喜んでるような──────────普通の女の子ですよ」
「──────────!!、君は、殿下を知っているのか」
「ええ、まぁ、だってあいつに餌をあげてるの、俺ですし」
ライアはそこでディメアに渡す分の遺書、書き置きを書き忘れた事に気付いたが、まぁどうせ猫相手だからいいかと気にしなかった。
「餌・・・?どういう事だ・・・?」
「あー、まぁ、話すと長くなるんですけど、ディメア王女は今は猫の姿に擬態してて、それでンシャリ村に匿われてるって話ですね、なんか【姫君】とかいう【勇者】のサポートをするレアジョブに選ばれたから、それで処刑を免れて脱走してきたらしいっす」
「──────────では、殿下は生きているのか!?」
「ええ、まぁ、ただ王族としての威厳とか誇りとか、そういうものは人間の姿と共に捨てていて、今は自分の使命や地位も忘れて子供と一緒に鬼ごっこしたりして遊んでるような感じなんで、見たら幻滅する有様なんで、再会するのはオススメしないっすけどね」
ライアはディメアが魔王退治という使命に自分を後押ししないように、念入りにディメアという〝人間〟の人格を破壊する事から先ず取り組んだ。
餌当番だったライアは餌と引き換えにディメアに芸をする事を強要し、芸を仕込む事でディメアの王女としての尊厳を踏みにじり、そして遊びたい盛りの幼女のペットにする事で、完全に人間としてのディメアを否定し、ディメアを猫として扱う事で、ディメアの使命と義務を剥奪したのである。
だがそれは仕方の無い事情もあった、大食いのディメアをライア一人の甲斐性で養う事は困難であり、ディメアには芸を使って自分で自分の食い扶持を稼いで貰う必要があったからだ。
バク転バク宙、パントマイムに手品、ナイフ投げなど、様々な芸を覚えさせておいて一番ウケが良かったのはプロレスごっこなのはなんともやるせなかったが、ディメアは子供たちとプロレスごっこをし、猫怪人メアとなる事でなんとか自分の食い扶持を稼げるようになったのであった。
そしてそんな姿を見れば、おそらく誰もがディメアが王女であるなどとは思わないだろう、それによりライアはディメアから王女という肩書きを完全に抹消したのであった。
「・・・そうか、殿下は生きておられるのか、なら私はそれだけでいい、殿下が生きておられるならば、私はそれだけで救われているのだから」
「数回しか会ってないんですよね、それなのにそこまで心酔するっておかしくないですか、自分が王家に命を救われたとかなら分かるんですけど」
王国の中には王家の信奉者という者は少なからず存在するし、王国を建国した偉大な国王を称える気持ちはライアにもあったが、しかしその子孫まで讃えようという気にはならなかったので、純粋な疑問としてライアは質問した。
「・・・確かに、普通では無いかもしれぬな、だが、私の家系は父も母も、その父と母も、皆が王家に仕え、そして国を守護する事を生業にしてきた、だからこそ言えるが、王家より清廉にして聡明で、民を慈しむ人間など、この世には存在しない、仮に王国が滅んでも、王族だけは守り抜きたいと、そう思うくらいに王家の人達は「神聖にして侵すべからず」な人格者なのだ」
「・・・まぁ聖女派と騎士派の衝突を抑える為に、無血開城して一人で王国の罪を背負ったアンデス王は、歴史上でも稀に見るような人格者だとは思いますが、でも、綺麗事だけで政治が出来る訳じゃないでしょう、王家は生粋の人種差別主義者で国粋主義者で、自国の抱える負債を魔族に押し付けた結果、戦争を招いた訳じゃないですか。
俺も自分の言葉じゃないんで偉そうに言いたくは無いですけど、誰かを愛するという事は誰かを愛さないという事で、真の博愛なんてこの世には存在しないんですよ、母と子、両方を同じだけ愛していたとしても、どちらか一方を選ばないといけない時が来る、だからこそ政治家とは、愛ではなく法とシステムで、世の中を統治する必要があるんじゃないですか。
だから俺は王家が滅んだのも時勢の流れとしては自然な事で、人格者じゃなかったのならば禅譲して王位を譲って保身も出来たのにしなかった訳ですし、中途半端に人を愛する人格者であるが故に死ぬ必要性が生まれて悲劇になったんだと、そう解釈しています」
「・・・でも、それでもアンデス王は、「全ての騎士は国を守る為にのみ戦え、民に剣を向ける事は許さない」と言い残したのだ、悲劇だとしても、自然の流れなのだとしても、私はアンデス王が掲げた理想にこそこの剣を預けたいと、ずっと、そう思っていたのだ」
「・・・騎士って大変ですね、生まれた時からそうなるように育てられて、そのせいで拳を握る理由も、剣を握る理由も、他人に依存しないといけないなんて」
その言葉は滅私奉公に対する侮蔑などではなく、ただ可哀想なものを見るような哀れみで、憂いた表情でそう呟いた。
「確かに、命を他人に預けようなどと考えるのは奇特な事なのかもしれん、だが、自分より優れたものに全てを委ね、傾倒し、支えたいと思う気持ちは、誰だって持ち合わせているものだろう、騎士とは、それをこの世で最も崇高な目的の為に捧げる存在だと、私はそう教わった」
「・・・なるほど、少し洗脳的な意味合いもありそうですが、それも確かにって話ですね、だって思考放棄した方が楽ですし。
でも、俺は思考放棄してひとつだけを信じる事ってとても危うい事だと思います。
だってこの世に唯一絶対の真理が存在するのならば、神の名の元にその真理によって人は束ねられているはずじゃないですか、でも世の中には複数の神がいて、複数の真理がある、だったらひとつの真理に固執した時、それはそれ以外の全ての真理を否定するって事になります。
仮にもし、アンデス王の百倍優秀で正義感が強くて慈愛に溢れた【勇者】が世界を救う為にアンデス王家の根絶を条件にした時に、王家を絶対と考える騎士は、その時どうするのが正しいと思いますか」
「・・・仮にもしそのような状況になったとしたら、アンデス王は自らその首を捧げるだろう、だから私は王家に従い降伏する」
「でもそれを受け入れるって事は王家が無くなって、自分が今まで絶対的で正しいと思った事が間違いだって認める事になるんですよ、平民に重税を課した事、魔族を迫害した事、奇跡の女神を信仰する事、全部が全部否定されて、これからは自分の意思で自由に生きる事を強制される、それなのに、王家が滅ぼされるのを受け入れたとして──────────班長はどうやって王家の無い世界で生きていくんですか」
「それは──────────」
その答えこそ、オウカが探して求めている答えであり、そして、心を曇らせる闇の正体だった。
自分が正しいと思っていたもの、信じていたもの、それを否定され、裏切られたが故に、オウカは自分を見失い、惰性に生きていたのだから。
だからライアに「どうやって生きていくのか」そう問われた時に初めて、オウカは今の自分の有様を客観視して、自分は〝自分〟を生きていない事に気付いたのだ。
王家に忠誠を近い、王家に仕える為に生きてきた自分が、その役割を奪われ、ただ王国に俸禄を貰い生かされたという義理だけで戦っていると自覚した時に、自分という人間がいかに空虚で無価値なものであるかを、思い知らされたのであった。
「俺は思うんスよね、自分が戦う理由を、王家とか聖女とか勇者とか、そんなものに依存するのは卑怯だって、そりゃ戦争には大義名分が必要だし、個人の感情だけで戦争したらそれはただの暴力ですけど、でも、戦争に比べたら暴力の方が遥かに優しいって、俺は思います。
戦争は理不尽で、不条理で、卑怯です。
大義名分さえあれば弱いものいじめすら正当化されるんですから。
だから、人間は他人に依存せず、気に入らない奴がいたら、自分の理屈で、感情で、そいつを斬ればいいんじゃないかなって、俺は思うんです」
「・・・馬鹿な、そんな事を認めれば法も道徳も機能せず、秩序は崩壊する、秩序の守護者無しに、一体どうやって平和を作り出すというのだ」
「それは神様か、正義感が強くて人助けが大好きな奴が勝手にやればいい事なんじゃないスかね。
この世が悪人だらけで潜在的な悪人ばかりだから世に悪が蔓延る訳で、人が本当に正しくて美しいものなら、必然的に悪が淘汰されて善人だけが世に残っている筈だと、そう思いませんか?」
「・・・・・・・・・暴論だそれは、世の中から悪意や理不尽、差別や格差など、そういったものを少しずつ取り除いていけば、最後にはきっと平和な世で美しいものだけが残る筈だ」
「悪を取り除く自浄作用があれば、の話ですよね、悪人の方が数が多ければ成り立たない話ですし、それを取り除こうとしたら独裁と虐殺をするしか無いじゃないですか、完全を求めたって、人は不完全なんだから当然満たされる事は無いし、そしてそんな理想こそ何よりの欺瞞じゃないですか。
そんなものに縋って生きたとして、仮に、圧倒的に少数派の癖に、いかにも大衆や万人の為みたいな理想を掲げる独裁者が現れたとして、そいつをどう裁くんですか、可能性を天秤にかけていいのなら、未来の子供達100億の為に現在の国民1億を生贄にしてもいいって話になるんですよ」
「極論が過ぎるだろう、そんな人間、この世にいる訳が無い」
「そうすかね、未来に希望を見せる事で今ある損失から目を逸らすのは詐欺師の常套句なんで、そういう輩はこの世にいっぱい居ると俺は思ってるんすけど、班長には心当たりは無いんですか」
「・・・君は、陛下を詐欺師だと言いたいのか」
「いえ、ただ、理想を語るならば、それは希望的観測では無く、具体性と根拠に基いた理屈じゃないと俺は納得出来ないって話です。
なんか班長って、普通に夢見がちなダメ男に貢いじゃいそうなタイプっすよね、ロマンチストというか」
「それこそ憶測だろう、私の家系は由緒正しい騎士の家系だ、故に結婚相手も見合いで決める・・・って今はそんな話は関係無いだろう」
「そうでしたね、ええと、つまり、俺が言いたいのは
──────────気に入らないヤツがいたら、そいつを殴る理由は自分の心に従うべきって事っスね、何が正しいか、何が真実なのか、それを識るものは神様だけっす、でも人は神様にはなれませんから、だから後悔しないように生きるには、自分の本当の心に従って生きるしかないって、俺はそう思ってるんです」
「心に従う、か、騎士とは真逆の生き方だな・・・」
オウカにとっては下達された命令と、親や兄姉から受け継がれた伝統と使命感だけが人間としての全てであり、人として好意を持ったもの、執着を持ったものが王族や騎士以外には無いほどに、騎士という形に魂を形成されていた。
だから騎士以外の生き方など出来ないし、その生きがいを奪われたなら、自分がどう生きればいいのか、何も考えつかないものだったが。
だが、施設回収課に配属されて、ライアと言葉を交わす事で、騎士では無い何か別の生き方が見えてきたと、オウカの中に息づくものがあったのだ。
心に従う事、それは王国を守る騎士にとって必要としない考えだったが。
その言葉をライアから聞かされた時、確かにオウカの心に、一筋の光が差し込んだのだ。
「班長、一つ約束してくれませんか、俺は今日から心を入れ替えて真面目に働くんで、だから班長は、俺が頑張った分だけご褒美をください、そしたら俺も頑張れますし、俺を頑張らせるのは班長の仕事ですよね」
「・・・条件次第、だな、金でいいのなら、一日に金貨1枚くらいの褒美は出そう」
「うわっ、やっぱ騎士って太っ腹なんすねぇ、それも魅力的っすけど、俺がして欲しいのは──────────もし戦闘状況が始まったら、非力で無力な俺の事を、班長が守ってください、班長が俺を全力で守ってくれるなら、俺が今頑張るのも必要経費って事になりますから」
「そんな事でいいのか、しかし、常に君だけを守るのは無理だ、それに私は剣を握れないし、護衛としては信頼に足るものでは無いが」
「それでも俺よりは強い訳じゃないすか、剣が握れないなら槍でも弓でもなんでもいいんで、取り敢えず班長が俺を全力で守ってください、そしたら俺も今日から全力出して頑張るんで」
「・・・分かった約束しよう、この身に代えても、君たちを、私は私の班員を守る事を誓う」
その日からライアは「頑張っているフリ」で乗り切ろうと張り切ったが、結局そこそこ優秀で手際がいいのがバレて、ベネットと二人で雑用をしこたま押し付けられるようになったのであった。
「・・・君は、今、魔族の者と話をしていたな、どういう事だ、説明次第では私は君を、拘束しなければならない」
「・・・したいなら好きにしてください、正直雑用も飽きたし、それにもうすぐ突撃するんでしょ?、だったら事情聴取とかで牢屋にぶち込まれた方が俺としては気が楽っすね」
「君はまた・・・、分かっているのか、魔族との内通は死罪だ、君が子供だからって酌量されるとは限らない」
「分かってますよ、でも、俺が魔族と内通している証拠なんてあるんですか?、そもそも一兵卒でロクな情報も持ってない俺が魔族と内通してどんなメリットがあるんですか?、別に疑うのは勝手ですけど先ずはきちんとした根拠を言ってください、班長が俺の立場だと仮定して、魔族に流して得になる情報って何ですか?」
「・・・ならば君は今、誰と話をしていたんだ?」
「エア友達っす、俺独り言とか多いキャラなんで、エア友達と王国の政治について話をしてました」
「・・・悪いが一部始終を見ていた、昨日、いや、一昨日か、毎朝明朝に抜け出すのが不審だったのでな、だからその言い訳は通用しない」
「なるほど、つまり班長は俺が毎朝明朝にうんこがしたくなる習慣を不審に思ってるって事っすね、でも、俺から班長に言える事は一つだけっすよ」
「・・・なんだ」
「俺を死罪にしたいなら現行犯で話しかければ良かった話じゃないですか、でも班長はそうしなかった、じゃあつまり疑わしきは罰せずって事であって、結局、班長は俺はどうしたいんですか」
「・・・それは」
「出来ないんですよね、俺を裁くことが、仮にもしそのせいで陣地に火を放たれたり、夜襲をかけられて大きな損害を受けたとしても、俺を検挙する事が出来ないんですよね、なら、ここで話し合う事に意味なんて無いですし、それにそもそも俺は魔王軍にとって有用な情報なんて何も持ってませんよ」
「・・・しかし、それでも見過ごす訳にはいかない」
「なら見張っていればいいじゃないですか、俺のうんこが不審だっていうのなら、明日から俺のうんこを毎朝見張ればいい、それなら安心でしょう」
それから突撃までの三日間、オウカの、ライアのうんこ見張り生活?が始まったのであった。
「そもそもの話、用を足すなら野営用トイレを使え、確かに草むらで用を足すものも多いが、だが軍人ならば規律に沿った行動を心がけるべきだ」
「何言ってんすか班長、ここはキャンプ地だからトイレが設置されてますけど、戦闘状況が開始されたらそんな事言ってる場合じゃない訳で、だったら今のうちに野グソになれておいた方が、後の自分の為って話じゃないすか、班長は突撃の最中にもトイレを探すんですか」
「・・・君は本当によく口先が回るな、炊事班や糧食班の班長から苦情を受けたぞ、「手は動かさないくせに口だけはよく回る奴がいる」と、鉄拳制裁をしようとすると逃げるし、やる気は無いくせに人並み以上に食うしで行儀が悪過ぎるとも言っていたな」
「ははは、それが俺だなんて証拠、どこにも無いじゃないですか、レオスだって生意気だし、ハヤテはつまみ食いするし、ベネットは雑用押し付けられまくって過労死しそうだし、俺だけ苦情を受けるとか有り得ない話です」
「君がその中でも特別目立っているという話だ、一番の年長者のくせに一番やる気が無いとはどういう事だ、本来ならば君が彼らの上に立って指導をする立場だろう」
「あー、俺の村、年功序列とか無い完全実力主義なんで、なんで俺より優秀でやる気のある若いのがいるなら、俺は影に徹しようかなって感じで」
「・・・全く、神経を疑うぞ、みな徴兵されて必死に自分に出来ることをやっている中で、君一人だけが上官に怒鳴られようと飄々としている、真面目にやる気は無いのか君は」
「そりゃあ頑張った分だけ報酬が増えるなら俺も頑張りますけど、でも結局、ここで勲章が貰える基準って魔族を何人殺したかだけじゃないっすか、それは俺には無理なんで、だったら頑張るだけ損って話ですし、俺が頑張らないのも頑張った奴に褒美が出ない制度が悪いって話でしょ」
「・・・皆が君のような考えだったら軍隊はおしまいだ、魔族を殺すのが無理なのだとしても、それ以外で貢献しようというのが戦場で戦う仲間に対する当然の報いだろうに」
「ま、確かに、細い剣と槍1本で魔族と戦えって言われてる兵士の人達には同情するし、自分が同じ立場だったら、って考えたら涙が止まらない話ですけど、でも、ま、俺には関係ないっすね、兵士たちが死ぬのは全部、政治に失敗して開戦してしまった王国と、基地を奪われて取り返せないでいる司令官が悪いって話ですから。
だから兵士たちが俺にキレるなら先ずはそいつらにキレろって俺は思うし、それが出来ないで俺を攻撃するならそれはただの弱いものいじめだから無視して逃げるだけって話っすよ」
「・・・君の言うことも間違いでは無い、確かに兵士を生かすも殺すもそれは指揮官の命令であり、この戦争を作り出したのも王国の政治だ、だが、それを差し置いても、今はこの戦場で轡を並べ、同じ釜の飯を食べる戦友では無いか、ならば彼らが少しでも励んでもらい戦に勝てるように努力するのは、王国の民として当然の事では無いのか」
「・・・じゃあ班長は、女性兵士がストリップショーをしたり、性的奉仕してくれた方が士気が上がるって言われたら、それに従うんですか」
「いや、それは・・・、そもそも女性兵士だって少なくは無いんだ、そんな女性の尊厳を踏み躙るような命令をしたら返って部隊が瓦解する、だからそんな命令は有り得ない」
「ええ、今の部隊において、女性は最小単位では無いから、女性に理不尽を強いる事は無いでしょう、でも、俺たち「子供」ならばどうですか」
「子供こそ一番に保護されるべき対象だろう、理不尽を受けるなど有り得ない」
「女、子供が保護されるべき対象ならば、俺も班長もこんな所に集められたりしませんよ、ここでの権利は対等です、そして対等ならば、力の弱いものが理不尽を受けるのは自然な事でしょう、都会なら田舎者が、村なら余所者が、王国ならば魔族が、──────────軍隊なら劣兵が、迫害され理不尽を受けるのがこの国の今の在り方なんですから」
「・・・じゃあ君は、理不尽を受けないように反抗的な態度を取っていると、そう言いたいのか」
「いえ、単純に「やりたくない事はやらない主義」なだけです、あれこれ雑用を押し付けられて休憩時間すら貰えないなんて嫌ですし、残業した分はサボらないと辻褄が合わない、ずっと肩肘張ってたらいざ逃げなきゃとう言う時に困るでしょう、だから俺は万全を維持出来るように過剰労働を控えているだけです」
「・・・今の所、君達を前線に送る理由は無い、戦闘状況が開始したとしてもおそらく、後方に負傷兵を運搬したりなどがメインになる筈だが」
「班長が地位や発言力のある上官だったらその言葉を鵜呑みにしてもいいんですけどね、でも、班長は上官に命令されたら逆らえないでしょう」
「それはそうだ、軍隊に於いて上官の命令は絶対、戦場では迅速且つ的確な判断が必要になる、砲撃の合図を一拍早めただけで味方に損害を与える事だってあるし、糧食の徴収やゲリラの殲滅を民間人相手だからと躊躇した結果、部隊が全滅する事だって少なくない、戦争に勝つ為には、時として人道に背く事だってあるし、それを拒絶する権利は軍人には無いのだから」
「じゃあ答え出てるじゃないですか、人でなしの代表として言わせて貰いますけど、少年兵を大っぴらに徴収してる時点で、数さえ揃ってれば突撃の頭数に入れてたと俺は思ってます、ただ今回は運良く頭数が揃わなかったから雑用係として編成しただけ、そもそも兵士の練度を要求せずに頭数だけが欲しいならば、子供だって大人と大差無いですからね、今回の作戦で欲しいのは不毛な突撃をする頭数なんでしょう?」
「・・・まるで全てを見通しているかのような発言だな、君はどこまで知っているんだ」
「脱走兵から聞いた話っすよ、前線は地獄だって聞きました、ゾンビまで使って不毛な消耗戦しかしてないって、そんな有様なら、子供を囮にしたり突撃させたりだって有り得る話だと思っただけです」
「・・・そこまで知っていたのならば、何故君はここに来たんだ、事情があるにしても、君は逃げたくなったら逃げればいいと言っていた、そんな君が何故自ら徴兵を受けてここに来たんだ」
「──────────それは
・・・きっと、ここでなら出会えると思ったからでしょうね」
「出会う・・・?」
「ええ、俺は自分も、環境も、この世界も、何もかもが嫌いです、だから、その全部を嫌いになる事を肯定してくれるような、本物の〝悪〟を見て、〝悪意〟を見て、俺はこの世界を嫌っていいんだと、俺はこの醜い世界に生きていいんだと、自分を納得させに来た・・・んだと今は思ってます」
ライアの放ったその言葉は、オウカの中に燻っていた何かを揺さぶった。
故にオウカは、ライアを追求し、己の抱える闇を照らし出そうとした。
「悪だと、そんなものを見る為にわざわざこんな所に来たのか、一体何故・・・?」
「・・・それは、俺は、何の力も知識も無いガキですけど、それでも一個だけ持ってるものがあるからっす」
「なんだそれは」
ライアはそこで少し逡巡し言い淀んだが、この戦争が終われば無関係だと思い、そしてオウカ軍曹には自分が【勇者】であるという可能性に至る事は無いだろうとたかを括り、答えた。
「─────────世界を救う権利、って言ったら大袈裟で烏滸がましいかな、でも、似たような話っすね、この世界に救う価値はあるのか、俺は人類を救いたいと思うのか、この国の全てを愛せるのか、その答えが知りたかったんです。
・・・班長はどう思いますか、王族や貴族がいなくなって、世の中は大分公平になったように思いますけど、でも自分勝手な都合で、自分達の主君や仲間を殺した人達を、班長はどう思ってるんですか」
「・・・・・・私は、王族を、ディメア様を殺した者たちを許せない、でも、それが民意であるというのならば、総意であるというのならば、受け入れるしかないと思っているし、殿下が愛して下さったこの国を、滅ぼす訳にはいかない、だから、命果てるまで守り抜くしかないと、そう思っている」
「ディメア・・・、なるほど、班長って、ディメア王女の騎士だったんですか」
「いや、私などはただの候補だ、拝謁したのだってほんの数回に過ぎない、だが、ディメア王女は国民からも騎士学校の生徒からも広く愛されていた、だからそんな殿下が王族というだけで殺された事は、私としてはとても度し難い事だったという事だ。
・・・だが、それでも私は殿下が愛したこの国を、守りたいと、そう思っている」
「・・・なるほど、貴族は財産を捨てて名前を変えれば第二の人生を送れますけど、王族は見た目から変えないと生き残れませんもんね・・・。
・・・班長は、なんでディメア王女に心酔してるんですか、会ったのだって数回なんでしょう、あいつなんて食い意地が張ってて世間知らずで幼女と戯れて喜んでるような──────────普通の女の子ですよ」
「──────────!!、君は、殿下を知っているのか」
「ええ、まぁ、だってあいつに餌をあげてるの、俺ですし」
ライアはそこでディメアに渡す分の遺書、書き置きを書き忘れた事に気付いたが、まぁどうせ猫相手だからいいかと気にしなかった。
「餌・・・?どういう事だ・・・?」
「あー、まぁ、話すと長くなるんですけど、ディメア王女は今は猫の姿に擬態してて、それでンシャリ村に匿われてるって話ですね、なんか【姫君】とかいう【勇者】のサポートをするレアジョブに選ばれたから、それで処刑を免れて脱走してきたらしいっす」
「──────────では、殿下は生きているのか!?」
「ええ、まぁ、ただ王族としての威厳とか誇りとか、そういうものは人間の姿と共に捨てていて、今は自分の使命や地位も忘れて子供と一緒に鬼ごっこしたりして遊んでるような感じなんで、見たら幻滅する有様なんで、再会するのはオススメしないっすけどね」
ライアはディメアが魔王退治という使命に自分を後押ししないように、念入りにディメアという〝人間〟の人格を破壊する事から先ず取り組んだ。
餌当番だったライアは餌と引き換えにディメアに芸をする事を強要し、芸を仕込む事でディメアの王女としての尊厳を踏みにじり、そして遊びたい盛りの幼女のペットにする事で、完全に人間としてのディメアを否定し、ディメアを猫として扱う事で、ディメアの使命と義務を剥奪したのである。
だがそれは仕方の無い事情もあった、大食いのディメアをライア一人の甲斐性で養う事は困難であり、ディメアには芸を使って自分で自分の食い扶持を稼いで貰う必要があったからだ。
バク転バク宙、パントマイムに手品、ナイフ投げなど、様々な芸を覚えさせておいて一番ウケが良かったのはプロレスごっこなのはなんともやるせなかったが、ディメアは子供たちとプロレスごっこをし、猫怪人メアとなる事でなんとか自分の食い扶持を稼げるようになったのであった。
そしてそんな姿を見れば、おそらく誰もがディメアが王女であるなどとは思わないだろう、それによりライアはディメアから王女という肩書きを完全に抹消したのであった。
「・・・そうか、殿下は生きておられるのか、なら私はそれだけでいい、殿下が生きておられるならば、私はそれだけで救われているのだから」
「数回しか会ってないんですよね、それなのにそこまで心酔するっておかしくないですか、自分が王家に命を救われたとかなら分かるんですけど」
王国の中には王家の信奉者という者は少なからず存在するし、王国を建国した偉大な国王を称える気持ちはライアにもあったが、しかしその子孫まで讃えようという気にはならなかったので、純粋な疑問としてライアは質問した。
「・・・確かに、普通では無いかもしれぬな、だが、私の家系は父も母も、その父と母も、皆が王家に仕え、そして国を守護する事を生業にしてきた、だからこそ言えるが、王家より清廉にして聡明で、民を慈しむ人間など、この世には存在しない、仮に王国が滅んでも、王族だけは守り抜きたいと、そう思うくらいに王家の人達は「神聖にして侵すべからず」な人格者なのだ」
「・・・まぁ聖女派と騎士派の衝突を抑える為に、無血開城して一人で王国の罪を背負ったアンデス王は、歴史上でも稀に見るような人格者だとは思いますが、でも、綺麗事だけで政治が出来る訳じゃないでしょう、王家は生粋の人種差別主義者で国粋主義者で、自国の抱える負債を魔族に押し付けた結果、戦争を招いた訳じゃないですか。
俺も自分の言葉じゃないんで偉そうに言いたくは無いですけど、誰かを愛するという事は誰かを愛さないという事で、真の博愛なんてこの世には存在しないんですよ、母と子、両方を同じだけ愛していたとしても、どちらか一方を選ばないといけない時が来る、だからこそ政治家とは、愛ではなく法とシステムで、世の中を統治する必要があるんじゃないですか。
だから俺は王家が滅んだのも時勢の流れとしては自然な事で、人格者じゃなかったのならば禅譲して王位を譲って保身も出来たのにしなかった訳ですし、中途半端に人を愛する人格者であるが故に死ぬ必要性が生まれて悲劇になったんだと、そう解釈しています」
「・・・でも、それでもアンデス王は、「全ての騎士は国を守る為にのみ戦え、民に剣を向ける事は許さない」と言い残したのだ、悲劇だとしても、自然の流れなのだとしても、私はアンデス王が掲げた理想にこそこの剣を預けたいと、ずっと、そう思っていたのだ」
「・・・騎士って大変ですね、生まれた時からそうなるように育てられて、そのせいで拳を握る理由も、剣を握る理由も、他人に依存しないといけないなんて」
その言葉は滅私奉公に対する侮蔑などではなく、ただ可哀想なものを見るような哀れみで、憂いた表情でそう呟いた。
「確かに、命を他人に預けようなどと考えるのは奇特な事なのかもしれん、だが、自分より優れたものに全てを委ね、傾倒し、支えたいと思う気持ちは、誰だって持ち合わせているものだろう、騎士とは、それをこの世で最も崇高な目的の為に捧げる存在だと、私はそう教わった」
「・・・なるほど、少し洗脳的な意味合いもありそうですが、それも確かにって話ですね、だって思考放棄した方が楽ですし。
でも、俺は思考放棄してひとつだけを信じる事ってとても危うい事だと思います。
だってこの世に唯一絶対の真理が存在するのならば、神の名の元にその真理によって人は束ねられているはずじゃないですか、でも世の中には複数の神がいて、複数の真理がある、だったらひとつの真理に固執した時、それはそれ以外の全ての真理を否定するって事になります。
仮にもし、アンデス王の百倍優秀で正義感が強くて慈愛に溢れた【勇者】が世界を救う為にアンデス王家の根絶を条件にした時に、王家を絶対と考える騎士は、その時どうするのが正しいと思いますか」
「・・・仮にもしそのような状況になったとしたら、アンデス王は自らその首を捧げるだろう、だから私は王家に従い降伏する」
「でもそれを受け入れるって事は王家が無くなって、自分が今まで絶対的で正しいと思った事が間違いだって認める事になるんですよ、平民に重税を課した事、魔族を迫害した事、奇跡の女神を信仰する事、全部が全部否定されて、これからは自分の意思で自由に生きる事を強制される、それなのに、王家が滅ぼされるのを受け入れたとして──────────班長はどうやって王家の無い世界で生きていくんですか」
「それは──────────」
その答えこそ、オウカが探して求めている答えであり、そして、心を曇らせる闇の正体だった。
自分が正しいと思っていたもの、信じていたもの、それを否定され、裏切られたが故に、オウカは自分を見失い、惰性に生きていたのだから。
だからライアに「どうやって生きていくのか」そう問われた時に初めて、オウカは今の自分の有様を客観視して、自分は〝自分〟を生きていない事に気付いたのだ。
王家に忠誠を近い、王家に仕える為に生きてきた自分が、その役割を奪われ、ただ王国に俸禄を貰い生かされたという義理だけで戦っていると自覚した時に、自分という人間がいかに空虚で無価値なものであるかを、思い知らされたのであった。
「俺は思うんスよね、自分が戦う理由を、王家とか聖女とか勇者とか、そんなものに依存するのは卑怯だって、そりゃ戦争には大義名分が必要だし、個人の感情だけで戦争したらそれはただの暴力ですけど、でも、戦争に比べたら暴力の方が遥かに優しいって、俺は思います。
戦争は理不尽で、不条理で、卑怯です。
大義名分さえあれば弱いものいじめすら正当化されるんですから。
だから、人間は他人に依存せず、気に入らない奴がいたら、自分の理屈で、感情で、そいつを斬ればいいんじゃないかなって、俺は思うんです」
「・・・馬鹿な、そんな事を認めれば法も道徳も機能せず、秩序は崩壊する、秩序の守護者無しに、一体どうやって平和を作り出すというのだ」
「それは神様か、正義感が強くて人助けが大好きな奴が勝手にやればいい事なんじゃないスかね。
この世が悪人だらけで潜在的な悪人ばかりだから世に悪が蔓延る訳で、人が本当に正しくて美しいものなら、必然的に悪が淘汰されて善人だけが世に残っている筈だと、そう思いませんか?」
「・・・・・・・・・暴論だそれは、世の中から悪意や理不尽、差別や格差など、そういったものを少しずつ取り除いていけば、最後にはきっと平和な世で美しいものだけが残る筈だ」
「悪を取り除く自浄作用があれば、の話ですよね、悪人の方が数が多ければ成り立たない話ですし、それを取り除こうとしたら独裁と虐殺をするしか無いじゃないですか、完全を求めたって、人は不完全なんだから当然満たされる事は無いし、そしてそんな理想こそ何よりの欺瞞じゃないですか。
そんなものに縋って生きたとして、仮に、圧倒的に少数派の癖に、いかにも大衆や万人の為みたいな理想を掲げる独裁者が現れたとして、そいつをどう裁くんですか、可能性を天秤にかけていいのなら、未来の子供達100億の為に現在の国民1億を生贄にしてもいいって話になるんですよ」
「極論が過ぎるだろう、そんな人間、この世にいる訳が無い」
「そうすかね、未来に希望を見せる事で今ある損失から目を逸らすのは詐欺師の常套句なんで、そういう輩はこの世にいっぱい居ると俺は思ってるんすけど、班長には心当たりは無いんですか」
「・・・君は、陛下を詐欺師だと言いたいのか」
「いえ、ただ、理想を語るならば、それは希望的観測では無く、具体性と根拠に基いた理屈じゃないと俺は納得出来ないって話です。
なんか班長って、普通に夢見がちなダメ男に貢いじゃいそうなタイプっすよね、ロマンチストというか」
「それこそ憶測だろう、私の家系は由緒正しい騎士の家系だ、故に結婚相手も見合いで決める・・・って今はそんな話は関係無いだろう」
「そうでしたね、ええと、つまり、俺が言いたいのは
──────────気に入らないヤツがいたら、そいつを殴る理由は自分の心に従うべきって事っスね、何が正しいか、何が真実なのか、それを識るものは神様だけっす、でも人は神様にはなれませんから、だから後悔しないように生きるには、自分の本当の心に従って生きるしかないって、俺はそう思ってるんです」
「心に従う、か、騎士とは真逆の生き方だな・・・」
オウカにとっては下達された命令と、親や兄姉から受け継がれた伝統と使命感だけが人間としての全てであり、人として好意を持ったもの、執着を持ったものが王族や騎士以外には無いほどに、騎士という形に魂を形成されていた。
だから騎士以外の生き方など出来ないし、その生きがいを奪われたなら、自分がどう生きればいいのか、何も考えつかないものだったが。
だが、施設回収課に配属されて、ライアと言葉を交わす事で、騎士では無い何か別の生き方が見えてきたと、オウカの中に息づくものがあったのだ。
心に従う事、それは王国を守る騎士にとって必要としない考えだったが。
その言葉をライアから聞かされた時、確かにオウカの心に、一筋の光が差し込んだのだ。
「班長、一つ約束してくれませんか、俺は今日から心を入れ替えて真面目に働くんで、だから班長は、俺が頑張った分だけご褒美をください、そしたら俺も頑張れますし、俺を頑張らせるのは班長の仕事ですよね」
「・・・条件次第、だな、金でいいのなら、一日に金貨1枚くらいの褒美は出そう」
「うわっ、やっぱ騎士って太っ腹なんすねぇ、それも魅力的っすけど、俺がして欲しいのは──────────もし戦闘状況が始まったら、非力で無力な俺の事を、班長が守ってください、班長が俺を全力で守ってくれるなら、俺が今頑張るのも必要経費って事になりますから」
「そんな事でいいのか、しかし、常に君だけを守るのは無理だ、それに私は剣を握れないし、護衛としては信頼に足るものでは無いが」
「それでも俺よりは強い訳じゃないすか、剣が握れないなら槍でも弓でもなんでもいいんで、取り敢えず班長が俺を全力で守ってください、そしたら俺も今日から全力出して頑張るんで」
「・・・分かった約束しよう、この身に代えても、君たちを、私は私の班員を守る事を誓う」
その日からライアは「頑張っているフリ」で乗り切ろうと張り切ったが、結局そこそこ優秀で手際がいいのがバレて、ベネットと二人で雑用をしこたま押し付けられるようになったのであった。
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