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第3章 カルセランド基地奪還作戦
第12話 地獄でアクマに出会ったのんPart2
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「さて、そろそろですかね、カタストロフの発動は私も文献で聞きかじっただけなので、ちゃんと発動出来るかは不安ですが」
「そもそもあの【巫女】ってなんなんだ?、言葉も聞こえない奴にそんな命令なんて実行出来るのか?」
飛龍に乗って離脱するパリクレスとプルセウスは、遠くに望む基地に僅かに後ろ髪引かれるようにそんな話題を切り出した。
「彼女はただの【巫女】ですよ、我らの女神マルシアス様の声が聞けるというだけの、カタストロフの発動には女神の力を顕現させる神の裁きがトリガーとなる、それ故に、【巫女】という器が必要となるという話でしたが、まぁ必要な魔力と生贄を用意すれば後は女神様が勝手に発動なさると文献には書いてありましたし、条件は揃っている筈なので、少女が盲聾でも大丈夫でしょう、多分」
「これでカタストロフが発動しなかったとしたら、ボクらはただで基地を差し出したことになるし、人間達はそのまま帝国に攻め込んでくるよね、そん時はどうすんのさ」
「どの道【勇者】の誕生を阻止できなかった時点で勝ち目の無い戦ですし、ここは大人しく降参して、魔族の栄光などは100年後の魔族にでも託せばよいのですよ、今回は魔王様が過労死してしまうレベルで人材に恵まれず、そして敵は勇者不在でも2年も戦えて、その上で革命で内乱まで起こるほどに人材に溢れていた、この差をひっくり返すなら神がかり的な超常の力であるカタストロフに頼る他ない、という話ですから」
「確かに人間の中にもボクと張り合えるような強い奴はいたけど、でも降参しなきゃいけないほど強いとは思わなかった、相手が【勇者】だってボクなら倒せるし」
プルセウスは不完全燃焼であるが故にそう強がるが、それをパリクレスは一笑に付した。
「ははは、今まであなたより何百倍も偉大で聡明な名将が挑んでも勝てなかった【勇者】ですよ、勇者の持つ加護は我々に与えられた加護や磨き上げた力と技、それらを容易く凌駕するもの、理屈ではなくそういう存在なのだから、今更抗おうとする事が愚かという話なのです、長い歴史の中で勇者を討伐する事ができたのはそれこそカタストロフを使った一度きりなのですから」
反則級に強い奴に勝つには禁じ手で潰すしかない、それが【大軍師】パリクレスがカタストロフを使用するに至る一番の要因だった。
「・・・・・・だったら勇者にカタストロフを直接ぶつければよかったんじゃない?、そうすればボクらの敵はいなくなる訳だし」
「いいえ、勇者を殺しても新しい勇者が誕生するだけで堂々巡りにしかなりません、だから人間側から恨みを買いすぎない範囲でカタストロフを使用し、相手に恐怖を植え付ける事こそ重要なのですよ、攻め込んできたら国もろともにカタストロフで滅ぼしてやるぞという覚悟を見せる事、それが今回の作戦の本旨ですからね」
「ネズミが猫を噛むやつだっけ?、確かにヤケクソになった奴は怖いよね、騎士も弱っちい癖に全員洗脳されてるみたいに突っ込んでくるし、そういう手合いは確かにボクも苦手だな・・・」
自爆術式を自らに組み込んで、ゾンビになっても尚こちらに損害を与えようとする騎士のやり方は魔族側もドン引きしつつもその執念深さに戦慄していたのである。
決死の特攻、その自分の命を顧みない、生物の本能から逆行する理解不能な攻撃は、理性を持つ人間であれば尚更恐怖を感じるものだからだ。
「これで騎士と、そしてレオンハルト派閥の者たちが軒並み滅してくれれば話は早いのですが、さて、互いにどれだけ残る事やら・・・」
パリクレスにとってこれはこの世の「膿」を纏めて消滅させる掃除でもあった。
この世界には真っ平らに、さっぱりさせた方がいい問題が数多く存在し、その先頭に立つものがカルセランドに集結していたのである。
故に、より大きな被害でこの世の怨念を断ち切る事に、カタストロフのもたらす破壊に希望をかけずにはいられなかった話でもあるのだ。
それが破壊神マルシアスを主神とする魔族の信仰そのものでもあるのだから。
「はぁ、ひぃ、ふぅ・・・、おえっ、ごひゅじんひゃま、もう無理でふ、歩けまへん・・・」
俺はカタストロフのトリガーらしき少女を連れて基地の外まで走って来たが、少女は思いのほか貧弱らしく、僅か数分程度のジョギングで憔悴していた。
「ちっ、使えねぇな、・・・しょうがねぇな、じゃあ俺が背負ってやっか、めんどくせぇ」
俺はよろけていた少女を背中に背負う、クソデカ妖怪化け猫のディメアを背負って骨折した状態で20キロのマラソンをこなした事もある俺だ、貧相な少女一人を背負うくらいは全く気にならなかった。
取り敢えず真偽は不明だが、こいつがカタストロフの器でトリガーならば、極力魔族の手から遠ざけるのが安全だろう、最悪王国のどこかに監禁すればいい、そう思って俺は少女を背負って中間地点であるキャンプ地まで歩いていく。
「はひ、ひっひっふぅ、おぇっ、気持ち悪い、お腹減った喉乾いた暑苦しい、ごひゅじんさま、ご飯の時間はまだですか」
「・・・・・・こいつ!、埋めてやろうか・・・!」
哀れな奴隷少女かと思いきや、意外とふてぶてしいその態度に俺は若干ピキるが、相手がガキだったので己を宥める。
そして俺はそこで改めて少女について考察してみる。
こんな能天気なガキがカタストロフとかいうヤバそうな兵器のトリガーとは到底思えないが、実はこの人格が偽装で、中身はもっととんでもないヤツだったりするのだろうか?。
そもそもこいつは盲聾なのでまともにコミュニーケーションが取れない、だからこそ怪しいとも思うし、だからこそそれで有害を偽装している可能性もあるという中々判断が難しい状況だ。
こいつの持ち物に意味深なアイテムがあったらそれで判断出来るのだが、こいつは何の変哲もない薄手のワンピースを身に纏うだけで靴すら履いてない有様だ。
力だけが取り柄の魔族のくせに腕の細さは貧食な貧弱児のものであり、筋肉の殆どついてない体は彼女がまともに反抗する力を奪われた家事奴隷である何よりの証左だった。
故に、俺に出来る事があるとするならば、家事奴隷である彼女をうまいこと騙して人に被害の出ない場所で永久に監禁するとかだろうか。
勢いで連れて来たはいいものの、カタストロフとかいうヤバそうな兵器と関連する少女を俺は持て余していた。
「・・・・ふぅ、取り敢えずこの辺で休憩するか、クソっ、この2時間半、ずっと立ちっぱなしで足がぱんぱんだぜ」
俺はキャンプ地まで残り数キロの地点で一先ず少女を下ろした、魔族である少女をそのまま人がいるかもしれないキャンプ地に連れていく訳にはいかないが、キャンプ地には食糧と水があるので、それで一息ついてからこの後の行動の指針を改めて考えようという話だ。
しかし地面におろした少女は唐突に歩き出していく。
「くんくん、・・・何か変な匂いがします、嗅いだことあるような・・・、もしかしてご馳走の匂いでしょうか?、そうです、そんな気がします、初めてご馳走を食べた時も、確かこんな匂いがしました!!」
そう言って何処へともなく密林の中に駆け出していく少女を俺はノロノロと追いかける。
少女は盲聾の癖に走ってぶつかるのは怖く無いのかと思ったが、そういう注意すら思考が及ばない品性の人種の様であり、枝で肌や髪が巻き込まれるのを躊躇わずに進んで行った。
「ご飯ご飯ご飯、ご馳走ご馳走ご馳走、あ、近いです、そろそろかな?、ご主人様、私もご馳走食べてもいいですか!!」
「──────────え?」
俺はてっきり近くで王国の兵士が炊事でもしてるのかと想像していたが、そこで俺が見たものは目を疑いたくなるような光景だった。
「グルルウゥ、バリバリムシャムシャ」
複数の巨大なヒグマが、兵士・・・・・・恐らく脱走兵だろう、を集団で食い漁っていた。
辺りには濃密な血の匂いが充満していて、思わず顔を背けたくなるほどに鮮烈な悪夢だった。
確かにご馳走だろう、クマからすれば俺たちのような非力な子供二人など、容易く狩り取れる極上の餌に違いないのだから。
そして少女の声によりこちらに注意をむけたヒグマがこちらに視線を送り、俺たちを標的と定めたようだ、食事を中断し、俺たちの方へと向かってくる。
─────ヤバい、体格から見て『男爵』と同等か上位種、Bランク以上の魔物に間違いないだろう、それが複数、戦場で砲弾の的にされるのと同等以上に直接的で不可避のピンチだ、しかもクマのスピードは俺たちとは比較にならないほど早いから逃げるのは不可能だろう、終わった。
俺はなんだこの展開と突っ込まずにはいられない急展開に心臓が飛び跳ねるが、しかし、ツッコミより先にこの絶体絶命のピンチの打開策を考えなければ死ぬと思い、必死に頭を働かせる。
「あ、そうだ、臭い玉だ、護身用に何発か持ってきた筈・・・」
俺は急いで懐をまさぐり、投擲の構えを取ろうとするが。
「グルルァ!!」
「危ないっ!!」
状況に気づかずに「ご馳走ご馳走」と口ずさみながら無防備に棒立ちしている少女へとヒグマが襲いかかり、俺はそれを慌てて庇った。
「がっ、ぐぎぎぎぎっ、痛い、痛いよう、クソがっ」
クマの一撃を受け止めた俺は背中の肉を抉り取られて吹っ飛ばされた。
戦場で度重なる幸運に恵まれて生還した俺が、このなんでもない帰り道で重傷を負うというのもふざけてるとしか言いようがない。
なんで俺は魔族の少女を庇ったのだろうか、むしろ死んだ方が都合がいい可能性だってあった訳だし、こいつが死んでも自業自得だから言い訳もついてたのに、なんで俺は自分が絶体絶命の重傷を負ってまで少女を庇ったのか、その時の俺には分からなかったが。
ただ、一つ思ったのは、俺がもしあの村から飛び出して、この地獄に来る事を自ら志願しなければ、こんな痛みも、理不尽も、知らずに生きてこれたという後悔だった。
実際この目で見た戦場は、確かに地獄だったが、想像を大きく上回るような意外性は無かった、理由を持って集められた人間が、それぞれの事情、武器を持つ理由を振りかざして相手を滅ぼすだけ、そしてその終着点に全てを滅ぼすカタストロフという装置が生まれたという顛末。
なんの意外性も無いし、奴隷を兵士にしたり捕虜をサンドバッグにしたり無意味で理不尽な命令で無駄死にみたいな俺の想像からすれば現実は正直期待外れと言わざるをえない。
それでなんで現在俺がカタストロフという爆弾を一人で抱えているのか、その事に対する疑問は自ら志願してここまで来たとは言え、自己矛盾、自家撞着だとしても理解不能過ぎて何一つ分からないが。
だが、俺が【勇者】であるというのならば、生まれてくるだけで俺の下に屍が無数に積み上がったように、俺が生きていく限り知らず知らずのうちに無数の命を背負う事になる、という事なのかもしれない。
「逃げだしてもいい」、ずっとその言葉を保険にしてここに来た筈なのに、この最悪のピンチに於いても俺が逃げ出さなかったのは我ながら救い難い阿呆なのだと自嘲せずにはいられないが、だが、「最低の勇者」になると俺が俺の心に誓ったのだ、ならばこんな所で無意味な犬死なんて出来る訳が無いだろう。
故に俺は、限界ギリギリの綱渡りになると知りつつも、その賭けに命を秤に乗せた。
「はぁはぁ、こいよクマ公、【勇者】の底力、見せてやるよ・・・!!!」
己を鼓舞する為にイキって見せるが、体は既に致命傷に近い重傷を負っている、そして臭い玉は3発でクマ4は匹いて武器も足りていない、賭けに勝っても生還出来るか怪しい話だが、だがまぁ、3匹倒せば俺たちのうち一人は助かる可能性が高いだろう、勝算が無い訳ではない、ならば賭ける価値は十分だ。
「そうだ、黒龍と神狼と戦うハメになったアレに比べたら、こんなん絶望のうちに入らねぇぜ」
俺は襲いかかるクマの口に向けて正確に臭い玉を投擲し、クマを昇天させる。
今回の臭い玉は粘着質な液体にする事によって、匂いの効果範囲を狭めたおかげで、クマの口から臭い玉の激臭が漏れても、そのレベルなら自爆して気絶するには至らないレベルになっていた。
「ひとつ!ふたつ!、みっつ!!よし!!、投擲練習の成果が出たぜ!!」
匂い玉で3体のクマを昇天させたはいいものの、残る1体に押し倒された。
俺の首に噛み付いて息の根を止めようしてくるのは間一髪で回避し、そして拾った枝をクマの眼球に突き刺して反撃する。
そこでクマは歯茎をむき出してこちらを威嚇し、俺は負けじと対抗するように吠えた。
「グルルァ!!」
「グガガギゴゴガガッ、ウボァアッッ!!」
俺は拾った石を武器の代わりにしてクマの爪を防いだり、頭を殴ったりしながらクマと近距離の格闘戦を繰り広げる。
力では圧倒的に負けていたが、熊の噛みつきを間一髪で回避し、一撃必殺の引っ掻き攻撃の出だしを先読みして関節に支給品のナイフを突き刺す事で関節をナイフで塞き止めて阻止する。
ケン兄との修行の成果、そしてスザクとの決闘で磨かれた戦闘センス、それらのおかげで俺はなんとかクマとサシの戦闘を繰り広げる。
レベルもステータスも大して上がって無い俺だったが、修羅場をくぐり抜けたという「体験」は確かに俺の中に息づいていて、この窮地においても俺を生かす唯一の武器となってくれた。
「グルル、グアアアアアアァァッッ!!!」
「おらおらおら!!、死ねやゴラァッ!!!」
頭を石で殴られたクマは激昂状態となり毛を逆立てながら吠えるが、俺も負けじと一心不乱にクマを殴り続けた。
そのまま馬乗りにされた状態で格闘戦を続ける。
しかし出血している俺とクマとではスタミナに差があり過ぎた為に徐々に俺の動きは鈍っていき、ついにはクマの一撃を避けきれずに受けてしまう。
「がはっ・・・・・・」
左肩を撃ち抜くような強烈な一撃、爪ではなく掌底だった故に出血はしないが、受けた左肩は間違いなく粉砕骨折しており、その一撃を受けて左腕は動かせなくなった。
「痛い、痛いよぅ、痛い痛い痛いいいいいいい!!!」
俺は歯を食いしばってクマを殺害する為に余力をかき集めて脳天に石を叩きつける。
その一撃で石は粉砕され、俺の腕も限界を迎えて糸が切れたように垂れ下がる。
しかしクマはその一撃を耐えて咆哮した。
「グルルルアアアアアアアアア」
これで俺は手札切れだ。
持てる手札全てを使って戦ったが、元々俺にBランクの魔物と正面から戦って勝つ道理は無い、これが順当な結果であり現実だった。
万事休す、俺は敗北を悟り、情けなくみっともなく神にすがろうとして─────────やめた。
俺の人生を生かすも殺すも、決めるのは俺だ、だから神に与えられた役割や運命なんて俺は求めないし、死に際に縋るのは俺以外の何者以外にも存在しない。
何か出来ないか、俺はクマが俺を絶命させようと渾身の一撃を放つのを、スローモーションのように見える視界で俯瞰する。
この何かしなくては死ぬという窮地に俺の本能、【勇者】の底力が覚醒したのだろう、俺は冷静にこのピンチの対処法についてを瞬きの間に思考する。
左腕は負傷して使用不能、右腕もほぼ限界で5割のパンチを放つので精一杯、そして失血している体は後数分の内に行動不能となり、クマにはのしかかられて満足に身動きも取れない。
どんな猛者であっても九分九厘詰んでいる状況、そんな絶望的状況において、貧弱で無力な俺が助かる可能性など本来は万に一つも存在しえ無い。
だが、相手は知性を持たない獣、こちらの思惑や状況を慮る思考力など持たない、──────────ただその一点に、俺の活路は存在した。
俺は頭部を目掛けて放たれたクマの一撃に対して、クマの重心が上半身に移動するのを利用してクマの下半身を持ち上げて、巴投げの要領で馬乗りから脱出した。
投げ飛ばされたクマは勝利を確信した状況から何が起こったのか理解不能だっただろう、一瞬怯んでいた、俺はその隙を突いて背後からクマの顔に蹴りを見舞った。
「ゥガッ!?」
俺は正確に寸分の狂いもない動きでクマの牙の頂点に蹴りを入れる、それにより通常ならば折れない頑強なクマの牙を、俺はてこの原理を利用する事でへし折ってやった。
折れた牙は回転しながら宙に舞い、そして俺はそれを掴み取る。
クマが再び俺に向き合った時、俺はクマの牙を右手に持ち、正面からクマの攻撃を受ける構えを見せた。
そこでクマも気づいたのだろう、今の俺は簡単に狩り取れる獲物でなく、自らに牙を剥く天敵であることを。
クマは当初のように赫然と襲いかかる事はなく、慎重にこちらの出方を伺っているようだった。
このまま睨み合えば向こうは退いてくれる可能性もあっただろう、しかし大怪我を負っている俺にとっては、時間の浪費さえも致命的だ、故に、ここでクマを討伐しなくては生き残れる保証は無い。
幸いクマは激昂状態であり、戦意は失っていなかった、故に俺は自ら隙を作る事を選択し、クマと目を合わせこちらの動きに集中しているのを確認してから背中を向けて走り出す。
クマにとって、正面から立ち向かう者は「敵」で、逃げる者こそ「獲物」だったのだろう、逃げ出す俺を見て追いかけてくるのを俺は背後からのプレッシャーで感じ取る。
そこで俺は歩幅を調節し、それと同時に意識を集中させてクマの足音を数える。
「ロク、ゴ、ヨン、サン、ニイ、ヒト、──────────今!!!」
俺は後ろを見ずにタイミングだけで右手に持った牙を振りかぶる。
最後の一撃、これを外せば俺は死ぬという必中させなければならない大仕事を、俺は背面に仕掛けるというギャンブルで行った。
だが不安は無かった、今の俺は死の恐怖により一種のゾーン、覚醒状態に入っており、俺の繰り出した一撃は俺のイメージ通りに、狙いすまされたような会心の一撃を生み出す。
それは追いかけるクマにとって不意打ちとなったのだろう、追いかけるクマは回避どころか反応する間もなく、それを正面から受け止める。
「グギャァオッ゛゛゛─────────」
俺の一撃を受けたクマは、右の眼球から脳を突き刺されて、断末魔をあげて絶命した。
「はぁはぁ、・・・まじか俺、本当に俺がこれを・・・」
奇跡のような勝利だった、度合いで言えば黒龍や『男爵』も大して変わらないが、今回に関してはまともに討伐しているという点で事態が大きく違っていた。
【勇者】の本領発揮、と言えばそれまでなのかもしれない、しかし、博打、思いつき、綱渡り、という点で、【勇者】が本来持つ力とは似つかないものだったし、それを俺が成し遂げたという実感が今は自分の手に残っている事に俺は打ち震えていたのだ。
倒したのは所詮Bランク相当の魔物、凶悪だが人間の中でもそこまで脅威という訳でも無い、しかしそれを俺は一人で、正面から、倒した。
それは確実に俺の中における一つの分岐点となっただろう、俺は自分の中に宿る「力」の脈動を初めて自覚しながらも、失血の為にそこで力尽き、前かがみに倒れた。
「・・・目が覚めたら助かってたら嬉しいけど、それは望み薄だろうな」
ここにいるのはカタストロフのトリガーである盲聾の少女1人だけ、そしてこんな森の奥まで人が寄り付く可能性はゼロに等しいだろう。
・・・俺はいつもそうだ、後先考えない、深く考えるより先にバカやって、その結果に痛い目を見る。
もういい加減、この馬鹿さ加減を治療して、学習しないと命が幾つあっても足りないのに、大火傷じゃ済まない怪我を負ってるのは本当に本当に、救えない事だと思う。
これもきっと【勇者】という肩書きのせいだ、これを得る前の俺はもっと慎重で自分勝手で怠惰で自堕落な生き物だったのに、今は少なからず【勇者】という肩書きに影響されて、勤勉さと正義感のようなものを持ち始めている、それでこんな苦境に立たされているのだから。
そこで俺は一つの考えに至った。
──────────もしも肩書きが、宣告された【ジョブ】が人の行動を支配するのだとしたら、人間の運命とはなんなのだろう。
結局俺たちは、与えられた役割に従って生きているだけの生き物でしかない、という事なのだろうか。
与えられたジョブに従って生きるだけなら、それは家畜や番犬と同じ、ただの畜生だろう、だったらきっと、俺たちはみんな──────────。
本当に戦うべき相手は自分の中にいる、俺はこの時、ようやく自分が戦う相手が何かを見つけたのだった。
「そもそもあの【巫女】ってなんなんだ?、言葉も聞こえない奴にそんな命令なんて実行出来るのか?」
飛龍に乗って離脱するパリクレスとプルセウスは、遠くに望む基地に僅かに後ろ髪引かれるようにそんな話題を切り出した。
「彼女はただの【巫女】ですよ、我らの女神マルシアス様の声が聞けるというだけの、カタストロフの発動には女神の力を顕現させる神の裁きがトリガーとなる、それ故に、【巫女】という器が必要となるという話でしたが、まぁ必要な魔力と生贄を用意すれば後は女神様が勝手に発動なさると文献には書いてありましたし、条件は揃っている筈なので、少女が盲聾でも大丈夫でしょう、多分」
「これでカタストロフが発動しなかったとしたら、ボクらはただで基地を差し出したことになるし、人間達はそのまま帝国に攻め込んでくるよね、そん時はどうすんのさ」
「どの道【勇者】の誕生を阻止できなかった時点で勝ち目の無い戦ですし、ここは大人しく降参して、魔族の栄光などは100年後の魔族にでも託せばよいのですよ、今回は魔王様が過労死してしまうレベルで人材に恵まれず、そして敵は勇者不在でも2年も戦えて、その上で革命で内乱まで起こるほどに人材に溢れていた、この差をひっくり返すなら神がかり的な超常の力であるカタストロフに頼る他ない、という話ですから」
「確かに人間の中にもボクと張り合えるような強い奴はいたけど、でも降参しなきゃいけないほど強いとは思わなかった、相手が【勇者】だってボクなら倒せるし」
プルセウスは不完全燃焼であるが故にそう強がるが、それをパリクレスは一笑に付した。
「ははは、今まであなたより何百倍も偉大で聡明な名将が挑んでも勝てなかった【勇者】ですよ、勇者の持つ加護は我々に与えられた加護や磨き上げた力と技、それらを容易く凌駕するもの、理屈ではなくそういう存在なのだから、今更抗おうとする事が愚かという話なのです、長い歴史の中で勇者を討伐する事ができたのはそれこそカタストロフを使った一度きりなのですから」
反則級に強い奴に勝つには禁じ手で潰すしかない、それが【大軍師】パリクレスがカタストロフを使用するに至る一番の要因だった。
「・・・・・・だったら勇者にカタストロフを直接ぶつければよかったんじゃない?、そうすればボクらの敵はいなくなる訳だし」
「いいえ、勇者を殺しても新しい勇者が誕生するだけで堂々巡りにしかなりません、だから人間側から恨みを買いすぎない範囲でカタストロフを使用し、相手に恐怖を植え付ける事こそ重要なのですよ、攻め込んできたら国もろともにカタストロフで滅ぼしてやるぞという覚悟を見せる事、それが今回の作戦の本旨ですからね」
「ネズミが猫を噛むやつだっけ?、確かにヤケクソになった奴は怖いよね、騎士も弱っちい癖に全員洗脳されてるみたいに突っ込んでくるし、そういう手合いは確かにボクも苦手だな・・・」
自爆術式を自らに組み込んで、ゾンビになっても尚こちらに損害を与えようとする騎士のやり方は魔族側もドン引きしつつもその執念深さに戦慄していたのである。
決死の特攻、その自分の命を顧みない、生物の本能から逆行する理解不能な攻撃は、理性を持つ人間であれば尚更恐怖を感じるものだからだ。
「これで騎士と、そしてレオンハルト派閥の者たちが軒並み滅してくれれば話は早いのですが、さて、互いにどれだけ残る事やら・・・」
パリクレスにとってこれはこの世の「膿」を纏めて消滅させる掃除でもあった。
この世界には真っ平らに、さっぱりさせた方がいい問題が数多く存在し、その先頭に立つものがカルセランドに集結していたのである。
故に、より大きな被害でこの世の怨念を断ち切る事に、カタストロフのもたらす破壊に希望をかけずにはいられなかった話でもあるのだ。
それが破壊神マルシアスを主神とする魔族の信仰そのものでもあるのだから。
「はぁ、ひぃ、ふぅ・・・、おえっ、ごひゅじんひゃま、もう無理でふ、歩けまへん・・・」
俺はカタストロフのトリガーらしき少女を連れて基地の外まで走って来たが、少女は思いのほか貧弱らしく、僅か数分程度のジョギングで憔悴していた。
「ちっ、使えねぇな、・・・しょうがねぇな、じゃあ俺が背負ってやっか、めんどくせぇ」
俺はよろけていた少女を背中に背負う、クソデカ妖怪化け猫のディメアを背負って骨折した状態で20キロのマラソンをこなした事もある俺だ、貧相な少女一人を背負うくらいは全く気にならなかった。
取り敢えず真偽は不明だが、こいつがカタストロフの器でトリガーならば、極力魔族の手から遠ざけるのが安全だろう、最悪王国のどこかに監禁すればいい、そう思って俺は少女を背負って中間地点であるキャンプ地まで歩いていく。
「はひ、ひっひっふぅ、おぇっ、気持ち悪い、お腹減った喉乾いた暑苦しい、ごひゅじんさま、ご飯の時間はまだですか」
「・・・・・・こいつ!、埋めてやろうか・・・!」
哀れな奴隷少女かと思いきや、意外とふてぶてしいその態度に俺は若干ピキるが、相手がガキだったので己を宥める。
そして俺はそこで改めて少女について考察してみる。
こんな能天気なガキがカタストロフとかいうヤバそうな兵器のトリガーとは到底思えないが、実はこの人格が偽装で、中身はもっととんでもないヤツだったりするのだろうか?。
そもそもこいつは盲聾なのでまともにコミュニーケーションが取れない、だからこそ怪しいとも思うし、だからこそそれで有害を偽装している可能性もあるという中々判断が難しい状況だ。
こいつの持ち物に意味深なアイテムがあったらそれで判断出来るのだが、こいつは何の変哲もない薄手のワンピースを身に纏うだけで靴すら履いてない有様だ。
力だけが取り柄の魔族のくせに腕の細さは貧食な貧弱児のものであり、筋肉の殆どついてない体は彼女がまともに反抗する力を奪われた家事奴隷である何よりの証左だった。
故に、俺に出来る事があるとするならば、家事奴隷である彼女をうまいこと騙して人に被害の出ない場所で永久に監禁するとかだろうか。
勢いで連れて来たはいいものの、カタストロフとかいうヤバそうな兵器と関連する少女を俺は持て余していた。
「・・・・ふぅ、取り敢えずこの辺で休憩するか、クソっ、この2時間半、ずっと立ちっぱなしで足がぱんぱんだぜ」
俺はキャンプ地まで残り数キロの地点で一先ず少女を下ろした、魔族である少女をそのまま人がいるかもしれないキャンプ地に連れていく訳にはいかないが、キャンプ地には食糧と水があるので、それで一息ついてからこの後の行動の指針を改めて考えようという話だ。
しかし地面におろした少女は唐突に歩き出していく。
「くんくん、・・・何か変な匂いがします、嗅いだことあるような・・・、もしかしてご馳走の匂いでしょうか?、そうです、そんな気がします、初めてご馳走を食べた時も、確かこんな匂いがしました!!」
そう言って何処へともなく密林の中に駆け出していく少女を俺はノロノロと追いかける。
少女は盲聾の癖に走ってぶつかるのは怖く無いのかと思ったが、そういう注意すら思考が及ばない品性の人種の様であり、枝で肌や髪が巻き込まれるのを躊躇わずに進んで行った。
「ご飯ご飯ご飯、ご馳走ご馳走ご馳走、あ、近いです、そろそろかな?、ご主人様、私もご馳走食べてもいいですか!!」
「──────────え?」
俺はてっきり近くで王国の兵士が炊事でもしてるのかと想像していたが、そこで俺が見たものは目を疑いたくなるような光景だった。
「グルルウゥ、バリバリムシャムシャ」
複数の巨大なヒグマが、兵士・・・・・・恐らく脱走兵だろう、を集団で食い漁っていた。
辺りには濃密な血の匂いが充満していて、思わず顔を背けたくなるほどに鮮烈な悪夢だった。
確かにご馳走だろう、クマからすれば俺たちのような非力な子供二人など、容易く狩り取れる極上の餌に違いないのだから。
そして少女の声によりこちらに注意をむけたヒグマがこちらに視線を送り、俺たちを標的と定めたようだ、食事を中断し、俺たちの方へと向かってくる。
─────ヤバい、体格から見て『男爵』と同等か上位種、Bランク以上の魔物に間違いないだろう、それが複数、戦場で砲弾の的にされるのと同等以上に直接的で不可避のピンチだ、しかもクマのスピードは俺たちとは比較にならないほど早いから逃げるのは不可能だろう、終わった。
俺はなんだこの展開と突っ込まずにはいられない急展開に心臓が飛び跳ねるが、しかし、ツッコミより先にこの絶体絶命のピンチの打開策を考えなければ死ぬと思い、必死に頭を働かせる。
「あ、そうだ、臭い玉だ、護身用に何発か持ってきた筈・・・」
俺は急いで懐をまさぐり、投擲の構えを取ろうとするが。
「グルルァ!!」
「危ないっ!!」
状況に気づかずに「ご馳走ご馳走」と口ずさみながら無防備に棒立ちしている少女へとヒグマが襲いかかり、俺はそれを慌てて庇った。
「がっ、ぐぎぎぎぎっ、痛い、痛いよう、クソがっ」
クマの一撃を受け止めた俺は背中の肉を抉り取られて吹っ飛ばされた。
戦場で度重なる幸運に恵まれて生還した俺が、このなんでもない帰り道で重傷を負うというのもふざけてるとしか言いようがない。
なんで俺は魔族の少女を庇ったのだろうか、むしろ死んだ方が都合がいい可能性だってあった訳だし、こいつが死んでも自業自得だから言い訳もついてたのに、なんで俺は自分が絶体絶命の重傷を負ってまで少女を庇ったのか、その時の俺には分からなかったが。
ただ、一つ思ったのは、俺がもしあの村から飛び出して、この地獄に来る事を自ら志願しなければ、こんな痛みも、理不尽も、知らずに生きてこれたという後悔だった。
実際この目で見た戦場は、確かに地獄だったが、想像を大きく上回るような意外性は無かった、理由を持って集められた人間が、それぞれの事情、武器を持つ理由を振りかざして相手を滅ぼすだけ、そしてその終着点に全てを滅ぼすカタストロフという装置が生まれたという顛末。
なんの意外性も無いし、奴隷を兵士にしたり捕虜をサンドバッグにしたり無意味で理不尽な命令で無駄死にみたいな俺の想像からすれば現実は正直期待外れと言わざるをえない。
それでなんで現在俺がカタストロフという爆弾を一人で抱えているのか、その事に対する疑問は自ら志願してここまで来たとは言え、自己矛盾、自家撞着だとしても理解不能過ぎて何一つ分からないが。
だが、俺が【勇者】であるというのならば、生まれてくるだけで俺の下に屍が無数に積み上がったように、俺が生きていく限り知らず知らずのうちに無数の命を背負う事になる、という事なのかもしれない。
「逃げだしてもいい」、ずっとその言葉を保険にしてここに来た筈なのに、この最悪のピンチに於いても俺が逃げ出さなかったのは我ながら救い難い阿呆なのだと自嘲せずにはいられないが、だが、「最低の勇者」になると俺が俺の心に誓ったのだ、ならばこんな所で無意味な犬死なんて出来る訳が無いだろう。
故に俺は、限界ギリギリの綱渡りになると知りつつも、その賭けに命を秤に乗せた。
「はぁはぁ、こいよクマ公、【勇者】の底力、見せてやるよ・・・!!!」
己を鼓舞する為にイキって見せるが、体は既に致命傷に近い重傷を負っている、そして臭い玉は3発でクマ4は匹いて武器も足りていない、賭けに勝っても生還出来るか怪しい話だが、だがまぁ、3匹倒せば俺たちのうち一人は助かる可能性が高いだろう、勝算が無い訳ではない、ならば賭ける価値は十分だ。
「そうだ、黒龍と神狼と戦うハメになったアレに比べたら、こんなん絶望のうちに入らねぇぜ」
俺は襲いかかるクマの口に向けて正確に臭い玉を投擲し、クマを昇天させる。
今回の臭い玉は粘着質な液体にする事によって、匂いの効果範囲を狭めたおかげで、クマの口から臭い玉の激臭が漏れても、そのレベルなら自爆して気絶するには至らないレベルになっていた。
「ひとつ!ふたつ!、みっつ!!よし!!、投擲練習の成果が出たぜ!!」
匂い玉で3体のクマを昇天させたはいいものの、残る1体に押し倒された。
俺の首に噛み付いて息の根を止めようしてくるのは間一髪で回避し、そして拾った枝をクマの眼球に突き刺して反撃する。
そこでクマは歯茎をむき出してこちらを威嚇し、俺は負けじと対抗するように吠えた。
「グルルァ!!」
「グガガギゴゴガガッ、ウボァアッッ!!」
俺は拾った石を武器の代わりにしてクマの爪を防いだり、頭を殴ったりしながらクマと近距離の格闘戦を繰り広げる。
力では圧倒的に負けていたが、熊の噛みつきを間一髪で回避し、一撃必殺の引っ掻き攻撃の出だしを先読みして関節に支給品のナイフを突き刺す事で関節をナイフで塞き止めて阻止する。
ケン兄との修行の成果、そしてスザクとの決闘で磨かれた戦闘センス、それらのおかげで俺はなんとかクマとサシの戦闘を繰り広げる。
レベルもステータスも大して上がって無い俺だったが、修羅場をくぐり抜けたという「体験」は確かに俺の中に息づいていて、この窮地においても俺を生かす唯一の武器となってくれた。
「グルル、グアアアアアアァァッッ!!!」
「おらおらおら!!、死ねやゴラァッ!!!」
頭を石で殴られたクマは激昂状態となり毛を逆立てながら吠えるが、俺も負けじと一心不乱にクマを殴り続けた。
そのまま馬乗りにされた状態で格闘戦を続ける。
しかし出血している俺とクマとではスタミナに差があり過ぎた為に徐々に俺の動きは鈍っていき、ついにはクマの一撃を避けきれずに受けてしまう。
「がはっ・・・・・・」
左肩を撃ち抜くような強烈な一撃、爪ではなく掌底だった故に出血はしないが、受けた左肩は間違いなく粉砕骨折しており、その一撃を受けて左腕は動かせなくなった。
「痛い、痛いよぅ、痛い痛い痛いいいいいいい!!!」
俺は歯を食いしばってクマを殺害する為に余力をかき集めて脳天に石を叩きつける。
その一撃で石は粉砕され、俺の腕も限界を迎えて糸が切れたように垂れ下がる。
しかしクマはその一撃を耐えて咆哮した。
「グルルルアアアアアアアアア」
これで俺は手札切れだ。
持てる手札全てを使って戦ったが、元々俺にBランクの魔物と正面から戦って勝つ道理は無い、これが順当な結果であり現実だった。
万事休す、俺は敗北を悟り、情けなくみっともなく神にすがろうとして─────────やめた。
俺の人生を生かすも殺すも、決めるのは俺だ、だから神に与えられた役割や運命なんて俺は求めないし、死に際に縋るのは俺以外の何者以外にも存在しない。
何か出来ないか、俺はクマが俺を絶命させようと渾身の一撃を放つのを、スローモーションのように見える視界で俯瞰する。
この何かしなくては死ぬという窮地に俺の本能、【勇者】の底力が覚醒したのだろう、俺は冷静にこのピンチの対処法についてを瞬きの間に思考する。
左腕は負傷して使用不能、右腕もほぼ限界で5割のパンチを放つので精一杯、そして失血している体は後数分の内に行動不能となり、クマにはのしかかられて満足に身動きも取れない。
どんな猛者であっても九分九厘詰んでいる状況、そんな絶望的状況において、貧弱で無力な俺が助かる可能性など本来は万に一つも存在しえ無い。
だが、相手は知性を持たない獣、こちらの思惑や状況を慮る思考力など持たない、──────────ただその一点に、俺の活路は存在した。
俺は頭部を目掛けて放たれたクマの一撃に対して、クマの重心が上半身に移動するのを利用してクマの下半身を持ち上げて、巴投げの要領で馬乗りから脱出した。
投げ飛ばされたクマは勝利を確信した状況から何が起こったのか理解不能だっただろう、一瞬怯んでいた、俺はその隙を突いて背後からクマの顔に蹴りを見舞った。
「ゥガッ!?」
俺は正確に寸分の狂いもない動きでクマの牙の頂点に蹴りを入れる、それにより通常ならば折れない頑強なクマの牙を、俺はてこの原理を利用する事でへし折ってやった。
折れた牙は回転しながら宙に舞い、そして俺はそれを掴み取る。
クマが再び俺に向き合った時、俺はクマの牙を右手に持ち、正面からクマの攻撃を受ける構えを見せた。
そこでクマも気づいたのだろう、今の俺は簡単に狩り取れる獲物でなく、自らに牙を剥く天敵であることを。
クマは当初のように赫然と襲いかかる事はなく、慎重にこちらの出方を伺っているようだった。
このまま睨み合えば向こうは退いてくれる可能性もあっただろう、しかし大怪我を負っている俺にとっては、時間の浪費さえも致命的だ、故に、ここでクマを討伐しなくては生き残れる保証は無い。
幸いクマは激昂状態であり、戦意は失っていなかった、故に俺は自ら隙を作る事を選択し、クマと目を合わせこちらの動きに集中しているのを確認してから背中を向けて走り出す。
クマにとって、正面から立ち向かう者は「敵」で、逃げる者こそ「獲物」だったのだろう、逃げ出す俺を見て追いかけてくるのを俺は背後からのプレッシャーで感じ取る。
そこで俺は歩幅を調節し、それと同時に意識を集中させてクマの足音を数える。
「ロク、ゴ、ヨン、サン、ニイ、ヒト、──────────今!!!」
俺は後ろを見ずにタイミングだけで右手に持った牙を振りかぶる。
最後の一撃、これを外せば俺は死ぬという必中させなければならない大仕事を、俺は背面に仕掛けるというギャンブルで行った。
だが不安は無かった、今の俺は死の恐怖により一種のゾーン、覚醒状態に入っており、俺の繰り出した一撃は俺のイメージ通りに、狙いすまされたような会心の一撃を生み出す。
それは追いかけるクマにとって不意打ちとなったのだろう、追いかけるクマは回避どころか反応する間もなく、それを正面から受け止める。
「グギャァオッ゛゛゛─────────」
俺の一撃を受けたクマは、右の眼球から脳を突き刺されて、断末魔をあげて絶命した。
「はぁはぁ、・・・まじか俺、本当に俺がこれを・・・」
奇跡のような勝利だった、度合いで言えば黒龍や『男爵』も大して変わらないが、今回に関してはまともに討伐しているという点で事態が大きく違っていた。
【勇者】の本領発揮、と言えばそれまでなのかもしれない、しかし、博打、思いつき、綱渡り、という点で、【勇者】が本来持つ力とは似つかないものだったし、それを俺が成し遂げたという実感が今は自分の手に残っている事に俺は打ち震えていたのだ。
倒したのは所詮Bランク相当の魔物、凶悪だが人間の中でもそこまで脅威という訳でも無い、しかしそれを俺は一人で、正面から、倒した。
それは確実に俺の中における一つの分岐点となっただろう、俺は自分の中に宿る「力」の脈動を初めて自覚しながらも、失血の為にそこで力尽き、前かがみに倒れた。
「・・・目が覚めたら助かってたら嬉しいけど、それは望み薄だろうな」
ここにいるのはカタストロフのトリガーである盲聾の少女1人だけ、そしてこんな森の奥まで人が寄り付く可能性はゼロに等しいだろう。
・・・俺はいつもそうだ、後先考えない、深く考えるより先にバカやって、その結果に痛い目を見る。
もういい加減、この馬鹿さ加減を治療して、学習しないと命が幾つあっても足りないのに、大火傷じゃ済まない怪我を負ってるのは本当に本当に、救えない事だと思う。
これもきっと【勇者】という肩書きのせいだ、これを得る前の俺はもっと慎重で自分勝手で怠惰で自堕落な生き物だったのに、今は少なからず【勇者】という肩書きに影響されて、勤勉さと正義感のようなものを持ち始めている、それでこんな苦境に立たされているのだから。
そこで俺は一つの考えに至った。
──────────もしも肩書きが、宣告された【ジョブ】が人の行動を支配するのだとしたら、人間の運命とはなんなのだろう。
結局俺たちは、与えられた役割に従って生きているだけの生き物でしかない、という事なのだろうか。
与えられたジョブに従って生きるだけなら、それは家畜や番犬と同じ、ただの畜生だろう、だったらきっと、俺たちはみんな──────────。
本当に戦うべき相手は自分の中にいる、俺はこの時、ようやく自分が戦う相手が何かを見つけたのだった。
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