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第3章 カルセランド基地奪還作戦
第10話 禁断の解放
しおりを挟む「──────────それは、俺がスザクを倒した男だからです。
・・・スザクがここにいないのは俺に負けた事で更迭?されたからでしょう?、ならそのスザクの穴埋めをするのは、俺でなくてはならない」
俺の言葉に冷血漢の極みのような顔をしている酷薄で 儼乎なジェリドンも流石に意表をつかれたらしく、瞠目し僅かに口を開けて俺を注視する。
「君がスザクを・・・?、ばかな、こんな子供に、聖剣が敗れるなど・・・」
ジェリドンや取り巻きの騎士は驚愕していたが、俺がスザクを倒したのは紛うことなき真実なので構わず告げた。
「それより、急がなくていいんですか、早く行かないと間に合わないんじゃ」
それを聞いたジェリドンは我に返った様子で俺への疑問を他所に駆け足で基地の中へと駆けていく。
走りながらジェリドンは振り向かずに俺に尋ねた。
「君の名前は・・・?」
「ライアです、ライア・ノストラダムス、ド田舎の、しがない平民の子供ですよ」
「そうか・・・」
ジェリドンは名前だけ聞いて、それ以上の追求はしなかった。
それを不審に思った俺はジェリドンに訊ねた。
「あの、気にならないんですか、俺がどうやってスザクを倒したとか、本当にスザクを倒したのかとか」
この緊迫した状況で戦力になるかも怪しいガキ一人を連れて行くのは正気なのかという確認だったが、そこでジェリドンは意外な答えを返した。
「・・・スザクは紛うことなき特級騎士であり、まぐれや偶然で勝てる相手では無い、そして、今代の【勇者】の誕生、それはもし生きていれば、・・・君くらいの歳になると、私は知っていたのだ・・・」
ジェリドンの言葉を聞いて【勇者】の誕生、それが予定調和されたものであれば確かに生まれた瞬間から決まっていてもおかしくは無い運命だとも思った。
何故なら【宣告】はランダムだが、特定の〝家系〟にだけ優遇する事を俺は知っていたし、そして俺はフエメと姉弟である事から、それなりに由緒正しい家柄の家系である事も知っていた。
この事実だけが俺が【勇者】という最悪の宣告を受けた道理を示唆していたのだから、ここで新しい真実が明かされても俺にとっては意外性など感じない。
勇者だとバレた事には僅かに不安もあるが、どうせこれが終わればこの世に【勇者】に求められる役割もない、そんな地獄に来ているのだから、今更隠匿を気にする必要も無かった。
だがジェリドンの言葉には不可解な点があった。
「生きていれば、という事はつまり・・・、殺されたって事ですか、本当の【勇者】は」
俺の運命の歪み、それが本来の【勇者】が殺された事が起点となっているのであれば俺は【勇者】を殺したそいつを恨むし、そいつのせいで俺がこんなに苦しんでいる事に対して文句と賠償請求くらいはしたい所である。
俺の質問にジェリドンが答えてくれるか不安だったが、冥土の土産か、それとも懺悔の告解なのか、ぽつりぽつりと、振り返らずに答えた。
「あれは今から16年前の話だ、今代の勇者が誕生すると予言された事により「勇者の末裔狩り」と呼ばれる一連の事件が起きていて私もその捜査の任務についていた。
そして私は勇者の末裔の赤子が生まれると言われたとある貴族の家に出向いた、しかし私はそこで何者かに襲撃を受け、夫妻は殺され、産まれたばかりの赤ん坊は黒焦げにされた・・・、私はそれが魔王軍の手による勇者の暗殺が目的だったと、今日まで思っていたのだが・・・、どうやら違ったようだな」
「違う?、どういう事ですか、赤ん坊ごと殺されたのならば、それは暗殺が成功したという事ではないのですか?」
「いいや、この「勇者の末裔狩り」と呼ばれた一連の事件において生存者は一人もいないと思われた、そして当時の特級騎士は私以外全員殺され勇者の誕生は魔王軍によって阻止されたのだと思われた、だが、君が【勇者】だというのであればこの事件には別の角度から答えを導く事が出来る」
「勇者の末裔狩り」、これが魔王軍の策略か、はたまた勇者の暗殺を生業としていたナルカの生家であるマハーラージャ家のような存在が宿命によって起こした人間の手で引き起こされた事件なのかは分からないが。
だが、俺が勇者とは縁もゆかりも無さそうな辺境の村の貧乏な平民に生まれた事が意味を持つというのであれば。
それは俺を生かすために引き起こされた、勇者の末裔の死の偽装だったという見方も出来るという訳だ。
・・・親父はこの事件について知っていたのだろうか?、親父は母さんと結婚して村に根を下ろす前は流浪の旅人だったらしく、そういう事件に関与していた可能性も、ゼロではない。
そもそも普通に考えて大事な大事な一人息子を自ら徴兵に送り込もうとする親など、普通は有り得ない話だ。
つまり、親父は俺が【勇者】になる事を予見していた?、そして何かしらの目的があってミュトスが封印されていたサビサビの剣を渡し、そして徴兵に送り込んだ・・・?。
ジェリドンの言葉を聞いて、俺の頭の中のゴミ箱でひっそりと焼却される予定だったバラバラのピースが微かに息づき、大きな陰謀の形を繋ぎ合わせていくのを感じた。
考えてみれば俺が【宣告】を受けてからずっと、不自然で不可解な伏線というのは確かに存在していた。
サマーディ村の支配者であるフエメが俺と姉弟である事から、俺の本当の両親が親父や母さんのような下賎の下等平民の血統では無いのは間違いないだろう。
フエメは養子では無く正当なるファタール家の実子として家督を継いでいる、両親は産まれる前に既に亡くなっていて、年老いた祖父母に甘やかされて育てられた、ならば俺たちの本当の両親はファタール家の娘が勇者の末裔の家に嫁いだと考えるのが自然か。
一応ンシャリ村とサマーディ村も勇者の末裔を自称しているが、あくまでおとぎ話であり、これは信用に値しない話だ。
そして何故今更『女王』が暴れ『黒龍』が村に進撃したのか、何故10数年前、辺境のンシャリ村に魔王軍が攻めてくる必要があったのが、何故【魔王】の器であるクロがンシャリ村に流されたのか、何故美人で有能プリーストであるメリーさんがンシャリ村にやって来たのか。
その答えをユリシーズの言葉を引用して考えるならば、俺のいる場所が世界の中心になっていたからとしか考えられないし、そして俺を生家から連れ去った何者かが、それを仕組んだという話だろう。
特級騎士が親父に俺を預けたのか、それとも親父がそれを行ったのか、今では不明だが、その何者かの意図なんてひとつしかない。
「つまり、全ては俺を生かす為の偽装であり、全員死んだと思わせる事で、俺を万全の状態で魔王軍と戦わせる為の布石だったと、そういう事でしょうか」
こんな作戦、普通に考えたら正気とは思えないが、しかし、平民の命をゴミみたいに使い捨てたジェリドンのような人でなしが特級騎士であるというのであれば、国を守る為に無辜の騎士や勇者の末裔達を何人犠牲にしようと、それは仕方の無いものだと考えるのであろう。
少なくとも【勇者】の命の価値ならば王族千人とでも釣り合うと、俺以外の王国の国民ならば誰もがそう思うはずなのだから。
少なくとも魔王軍も馬鹿では無い、奴らにとって脅威となるのは【勇者】一人だけ、故に遥か昔から【勇者】の誕生を阻止する策略などは幾度も行われてきた事であり、例として勇者の誕生を阻止する為に予言された年に産まれた子供全員を殺害するなんて事もあった。
「一年間だけ赤子を産むのを我慢すれば、その村は村人全員を貴族にする」そんな甘言に乗せられて自ら赤ん坊を殺し、妊婦を殺害した歴史は王国最大の黒歴史として教科書にも載せられる程だ。
今でこそ報復を恐れてか大規模な虐殺や悪逆非道な工作などは無くなったが、だが「勇者の末裔狩り」が魔王軍の手によるものならば、それを逃れる為にはそれ相応の犠牲を払う必要があったという話だろう。
恐らく、騎士団長であるジェリドンにはその無慈悲な献身があったという確信があったのだろう、俺の言葉に頷いた。
「・・・ああ、あの日私は、自分の任務が果たせなかった事を心から悔やんだ、師も両親も主も恋人も全てを失った私には、これしか贖罪の道は無いと思っていた、しかし、君が生きていたならば、皆が報われて、そして私も救われた、陛下の罪もきっと・・・」
また意味深な言葉が聞こえるが、どうせ「国王は勇者の末裔狩りの際自分の娘を殺されるのが嫌だったから、代わりの子供を生贄として殺していて、その子供が勇者かもしれないと悔いていた、だから他の王族が処刑されてもディメアの命だけは助けた」とかそんな感じのオチだろう。
ディメアが俺と同い年である以上、それが最も妥当な予測であり国王の罪となりそうな可能性で、そして俺からすれば死んだ人間なんて救われようが救われなかろうがそれが国王でもどうでも良かった話だ。
しかし、俺が「生まれることを予言された勇者」であるというのであれば、俺の下に積み上げられた死体の数が多すぎるという話だ。
俺には背負う物も果たすべき義務も無く、怠惰に無気力に自堕落にちょっと悪辣に生きようとそう考えていたのに、こんな話を聞かされては、少しくらいは勇者の使命感を感じてしまう。
俺は後悔していた、村長になった責任感や思い上がった驕りで徴兵に自ら志願した挙句、逃げてもいいと言われたのに、僅かな【勇者】の使命感と、聖剣を打ち破った俺ならもっとすごい事が出来るかもという期待でこの場に立ち会ってしまったことを激しく後悔していた。
こんな話を聞かされてしまえば、俺は今後、怠惰に無気力に安逸を貪ったとしても罪悪感を感じ、また自ら地獄に志願してしまうかもしれない。
人の死に責任なんて負いたくない、それを負ってしまえば、俺の人生は俺のものでは無くなってしまう、俺が背負えるのは妹一人でも重すぎるくらいなのに。
・・・でもきっと、この世の【勇者】と【魔王】、いや、そうでない多くの人間にとっても、生まれた時に運命られた役割というのが、きっとあるのだろう、そしてそれは自分の力ではどうにも出来ず、代役なんていないような、避けようとしても逃れられない、そんなFate。
それを感じた時、自分のものだと自覚した時、人生とは自分のものでなくても価値があると、与えられた役割こそが生きる意味だと、そう思ってしまえる程にその役割は重かった。
だが俺は【勇者】になった瞬間からそれを否定する為に生きようとしていた、だから今ここで逃げ出してもいいはずだ、それなのに──────────。
「君が勇者だからここに残ったというのは分かる、だがならば尚更君はここから逃げるべきだ、カタストロフを阻止するなど歴代の勇者にも出来なかった事、かの勇者は【聖剣】を使用し被害を食い止める事と引き換えに命を落とした、そんな大それた大役、君が果たす必要は無い」
ジェリドンは【勇者】である俺を気遣ってか、死地への無謀な挑戦から引き返すように言ってくれた。
だが、そんな風に言われてしまっては、ひねくれ者の俺としてはかえって燃えて上がって来るという話だ。
だって俺の目的は、世界最低の勇者になって、【勇者】という役割をクズで無価値で最低の存在だと否定し、否定し終わった後で転職して怠惰に悪辣にベーシックインカムで暮らす事なのだから。
それを成し遂げる為の道筋は未だに漠然としていて特に予定とかは無い、だが最初からクズな奴がクズな事をしてもそれはただのクズであり、【勇者】として認めて貰えないだろう、既に黒龍と神狼の討伐という偉業を成し遂げている俺だが、それは目撃者のいないものであり、俺の成果にはなっていない。
だからここで一発デカい成果を上げて、それでベーシックインカムを得る為の実績を作り、その後で【勇者】という役割をごみ溜に失墜させる、そこまでやってきっと俺は俺の野望を果たせるのだろう。
希望と絶望が等価値であるのならば、俺の望みを叶える為にはそれ相応の〝代償〟、対価が必要になるのも必然であり、それはカタストロフの阻止という前人未到の偉業を成し遂げてようやくお釣りが出るようなものだ。
俺は怠惰と安逸が好きだ、何もせずにのんびりと暮らしていたい、だが同時に、このどうしようも無い身空の、清算しようの無い罪をこの世界ごと消し去りたいという願望も併せ持っていた。
だからカタストロフという人類の破滅装置に、これ以上なく焦がれ惹かれる引力を感じていたのだ。
自殺願望では無い、これは黒龍の時と同じ、超一級のエンタメに対する純粋な興味である。
俺はこれ以上なく【勇者】然とした態度で、ジェリドンに返答する。
「お気遣いありがとうございます、でも、俺がここで逃げたらきっと、王国からこれまで以上の沢山の命が亡くなります。
・・・今だって飢饉や略奪でみんな苦しんでいるのに、ここで国防を担う騎士が根こそぎいなくなり、そして大地が汚染されてしまえば、きっとこの世は本当の地獄に変わるでしょう。
俺は、そんな悲劇を起こさせない為にここに来たんです、だから俺に俺の役目を果たさせてください。
大丈夫、根拠は無いですけど、俺なら出来ます!!だから俺を信じてください!!」
俺がそう言うと、ジェリドンの背中から何かが剥がれ落ちる気配を感じた。
そしてジェリドンは他の騎士達に告げる。
「我らの命に代えても、必ず勇者を守れ、それが我らの最後の使命だ、必ず果たせよ」
「「「はいっ!!」」」
こころなしか、騎士たちが涙声になっている気がしたが、まぁ俺が同じ立場でも、このいかにも絶体絶命の場で【勇者】が助けに来て、そしてこんな頼もしい事を言われたら、感動に咽び泣いて踊り出すくらい喜びを感じているだろうから、その涙も当然だろう。
ただ、彼らにとって悲劇なのは、俺自身は未だにレベル1でステータスもオールE(まぁそれでもCランクの魔物はギリ倒せるが)のクソ雑魚貧弱勇者だったという事だ。
恐らく黒龍を倒せたのは神狼の力が9割ミュトスの力が0.9割、偶然が0.1割であり、そしてスザクを倒せたのは妖刀の力が9割とスザクの慢心が0.9割【勇者】の底力が0.1割だと思うので、それらに匹敵するピンチに対して丸腰の俺が対抗出来るかどうかは完全に運任せなのであるが、みんな喜んでるし今は黙っておくのが情けだろう。
俺たちはそのまま、カルセランド基地の中央に聳える管制塔の基地本丸に突入したのである。
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