【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第7話 カタストロフ発動に向けて

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 時を同じくしてカルセランド基地では予想されていた王国軍の全軍突撃に対しての迎撃準備が行われていた。

 しかしそれらは全て、“人類絶滅装置カタストロフ”発動の為の布石であり、魔王軍はカタストロフによってここにいる全ての命を滅ぼす事が目的となっていたのであった。

 当然、それに反発する者もいたが、既に帝国征伐軍総司令であるレオンハルトによって討死する覚悟のある老兵と復讐鬼だけが残っていた事、そしてここにいる兵士の過半数が家族を人質に取られていたが故に、魔王軍はこの史上最悪の作戦、「インサイダー・カタストロフ」に従うしか無かったのである。

「開戦の狼煙が上がりましたね、さて、皆様方、これにて作戦開始です、覚悟はよろしいですか」

 基地の中央にある管制塔にて、【大軍師】パリクレスは残った幕僚達に自決する覚悟の有無を尋ねた。

 カタストロフの発動には生贄が必要となる、【巫女】の肉体を器とし、そこに生贄となる魔族の生命力を変換した魔力を注ぎ込む事で膨大な魔力を圧縮、それを巫女のみが扱える魔法、神の加護を纏った一撃である『神の裁きアポカリウス』によって拡散する、それにより器となった巫女はその存在を誕生から遡って「消滅」し、神の力で存在を消滅させるエネルギーは世界全体に影響を及ぼすものであり、世界を歪め、その世界の歪みのしわ寄せを一点に集める事で収束した爆発力を生み出すのがカタストロフだ。

 分かりやすく説明すれば巫女の体を器にして未知の元素である魔力を膨張、圧縮し作った核爆弾で「世界にヒビを入れる」、そしてそのヒビを修正する世界の修正力、地震のようなエネルギーが神の力という4次元的干渉により一点に集まり、核の数千倍規模の爆発を生み出すという訳である。

 そしてその爆発に飲み込まれた者たちは「神の供物」となって蒸発し、残った怨念、悪意の波動が灰となって大地を汚染するというものであった。

 だから基地の中心、司令部に作られた祭壇の上に生贄となる魔王軍の参謀10名が生贄として繋がれていて、巫女への供物として捧げられていたのであった。
 単純計算でSランク魔法である『大爆発エクスプロージョン』1万回分の破壊力の一撃、使えば基地と30キロ先にあるドンキホテ市諸共に全てを消し飛ばすだろう。

 だから発動は時限発火式に、自分が避難した後に発動するように調整する必要がパリクレスにはあった。

 故にパリクレスはこの開戦前のひとときに、死にゆく参謀たちの死に際の覚悟を確認していたのである。



「・・・カタストロフが発動すれば、この戦争の終わりは無くなるだろう、永遠に続く死の灰が大地を汚染していき、残った大地を人間同士、あるいは魔族同士で奪い合うしかなくなる、私には分かる、こんな作戦を魔王様が考えるはずが無い、言え、一体誰がこんな作戦を」

 先代魔王アブラハムの旧友であるレオンハルトは血縁者全てを人質に取られた事と独断で兵士を帰還させた罪により鎖に繋がれて生贄とされる事を受け入れるしかなかったが、最後にその問いの答えだけは聞かずにいられなかった。

 だがパリクレスは自分が魔王死後の執政官となり全権を掌握している事を隠し、あくまで魔王の名代として振舞って答えた。

「おや、魔王様の決定に不服があるのですか?、魔王様の親友であるあなたに疑われたのでは、魔王様も立つ瀬がありませんね、魔族であるのならば、人間を滅ぼそうと考えるのはただの道理である筈なのに」

「・・・道理は分かる、だがこれは手段として下の下だと言う話だ、ただの殺戮で全てを滅ぼすのであれば、戦争も、軍隊も、政治も戦略も要らぬでは無いか、これは我々やっていた戦いの全ての冒涜だ、この戦場で散っていった同士達の為にも、我々が勝ち取るべきは完全なる勝利であるべきなのに、これでは、世界を地獄に変えるだけのただの虐殺でしかないっ・・・!!」

「虐殺はいけないこと、確かにそうですよね、ですが日常の中では計画を持って人を傷つける事が悪とされるのに、戦場では計画を持たずに感情で人を殺す事が悪とされる、軍人であるあなたがこの無差別な虐殺に対して疑問を抱くのは道理でしょう、ですが、私は思うのですよ、我々魔族が戦闘をする為に生まれてきた種であるならば、虐殺こそ肯定するべきだと、そこに魔王様の真意があると私は考えます」

「何を・・・言っている・・・っ」

「単純な話ですよ、平和な世界は力を持て余した魔族にとっては窮屈だ、だからそれは人間の理想とする世界、ならば我々魔族が作り上げるべき世界とは、もっと混沌として殺伐とした世であるべきという話です。
 この世界は繁殖力に優れる人間にとっては狭いものでしょうが、その10分の1の繁殖力しかない我々には広すぎる、広すぎるが故に我々魔族は団結出来ず、そして人間に及ばないものとして虐げられて扱われている、だから我々がこの世界に君臨する為には、この世界をもっと狭めて秩序を破壊し戦乱の世にする必要がある、という話です」

「ばかな、それではただ破滅するまで争い続けるしかないでは無いか、そんな事をしてなんの意味があるというのだ」

「さぁ?、最後に残った一人が「この世で最も強い生き物」であるという証明、それくらいですかね、ただ平和である事もまた無意味でしょう、誰かの犠牲の上でしか成り立たない平和でしか無いのだから。
 ならば意味なんて当人がそれぞれ勝手に見出すものであり、我々は我々にとっての幸福を追求するだけの事、今の秩序や摂理が我々にとって辛く苦しいものだから、そこから真逆を目指すというだけの話では無いですか。
 私には魔族であるならば魔王様のお考えに賛同しない理由の方が無いと思いますがね、だって人間が多く産まれた分だけ魔族が得られる糧が減り、その逆もまた然り、だったらお互いがほどよく滅びた方がお互いの幸せになるのも道理でしょう。 
 私は思うのですよ、魔族とは、人間がこの世に繁殖し過ぎないように生み出された天敵のような存在なのでは無いかとね、だったらどんな形であれ、その責務を果たさなくては」

 パリクレスの主張には感情は篭っていなかったが、それ故に正論として筋が通っていた。

「・・・詭弁だ、確かに我々は土地も富も奪い合うしかない間柄だが、この大地に人が住めなくしてまで人を減らすのは矛盾している、それに、我々の理想とは全ての魔族にとっての幸福だった、それなのに魔族も間引くなどおかしい」

「何をおっしゃいますか、間引きなどではありませんよ、これはただの犠牲です、軍人なら常に勘定している話でしょう、正面からぶつかれば何割の兵を損耗し敵の兵を何割削れるかと、それと同じこと。
 人類を絶滅寸前まで追い詰める為には魔族も絶滅寸前まで減らすがいる、こうして残った真の優生、強者同士が更に生存競争をする事によって適者生存の理が生まれ、人類と魔族、どちらがこの大陸を支配するのが相応しい生き物なのかを証明出来るのです。
 無論、あなたの気持ちも理解出来ない訳ではありません、ただ我らは時間を使い過ぎた、既に【勇者】は誕生したとの報告を受けています、故に我々の「滅び」は避けられぬ道、ならば一矢報いるならば、それは敵に壊滅的打撃を与える一撃で無くてはいけないという話です、王国との唯一の通路であるここを汚染すれば、我らは力を蓄えるだけの時を稼ぐ事も出来るのだから。
 故に、魔王様は最後の手段としてカタストロフを発動させることにしたのです」

 パリクレスの説明は詭弁だったが、それを知る人間はこの場に1人もおらず、そして魔族は既に過去に『人類絶滅装置カタストロフ』を使用した世界の悪役でもあった。
 故に魔族は迫害の歴史を歩んできたし、1発も2発も変わらないと言われれば、確かにその通りだっただろう。
 罪とは、潔癖である人間とは決して相容れないものであるのだから。
 人間が魔族を迫害する事、それが人間のあるべき格率であるというのであれば。
 魔族が過去に犯したカタストロフの発動という原罪がある以上、2発目を打つことに躊躇しない事もまた、魔族の格率となるのだろう。

「・・・我々は、後世の魔族に大罪人として軽蔑されるだろうな」

 レオンハルトはこの幕切れに不満が無い訳では無かったが、多くの将兵の命を軽んじた自分には相応しい死に様だとも思っていた。
 故にそれ以上言葉を返す事もなく、その場に俯いて頭を垂れた。
 その様子に他の将校たちも観念し、カタストロフの生贄となる事を受け入れた。
 将校たちにとっては敬愛するレオンハルトの側で戦死出来る事、それ以上の名誉は無かったからである。

「・・・流石、愚物揃いの魔王軍を支えた魔王様の直轄部隊だ、この理不尽な命令に対しても反抗せずに最後は皆で受け入れますか、・・・若造の指しでがましい無駄口ですが、あなた方は間違いなく古今無双の英雄達だ、尊敬しますよ・・・、そして感謝します、これまでの帝国を支えてくれた事に・・・。
 ・・・では【巫女】様、後は宜しく頼みます、私は全軍に司令を出してきますので」

 【巫女】の頭を撫でて【巫女】が無言で頷くのを確認した後、パリクレスが部屋を立ち去るのと同時にカタストロフの為の充填は開始され、生贄達は転換機により魔力を供給する為の生体部品へと成り果てた。

 屈強な男達がそれでも堪えきらぬほどの激痛で漏らす嗚咽は餓狼の呻きのように陰惨だったが、【巫女】はただ祈りを捧げるだけだった。
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