【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第5話 斥候の男

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 「・・・むぐ」

 俺は息苦しさで目を覚ました。
 宿泊している天幕は手狭ではあったが、ガキ3人が並んで寝る分には余裕があったはずなので、寝相の悪い誰かが俺の顔を枕にでもしているのかと思い、俺は顔に押し付けられたものをどけようとするが、それは思いのほか重量物であり、そして柔らかかった。

 そして鼻先から不可抗力に嗅いだ匂いは、小便くさいガキからは決して嗅ぐ事の出来ない花のようなかぐわしさが漂って来て、何事かと思い、俺は寝ぼけ眼をゆっくりと開いた。


「・・・・・・え?」


 俺はオウカ軍曹の胸を揉んでいた。
 俺が顔を埋めて押しのけようとしていたものはオウカ軍曹の胸だったのだ。
 寝袋を使っている俺や他の2人とは違い、壁側で寝ている俺と壁の間の僅かな隙間に、オウカ軍曹は軍服のまま身を滑りこませて横になっていた。

 俺は慌てて手を離し、オウカ軍曹に気付かれていないかを確認するが、幸いな事にオウカ軍曹は眠ったままだった。

「・・・おかしいな、オウカ軍曹は士官用天幕で寝るものと思っていたけど」

 そもそもオウカ軍曹の分の寝具などの道具は持ってきていない、故にオウカ軍曹は俺たちの天幕とは別に寝泊まりする場所があると勝手にそう解釈していた訳だが、オウカ軍曹がここにいると言う事はそれが出来なかったという話だろうか。

 取り敢えず俺は壁と俺に挟まれているオウカ軍曹を解放しようと、普段なら二度寝する所だが早起きする事にしたのであった。

 外はまだ朝日が昇る前の東雲が見えるが、俺は用を足そうと草むらの奥まで歩いていく。

 一応トイレはベースキャンプに野営用トイレが設置されているものの、それはここから遠くにあって使用するには不便だったので、俺は人が入り込まないような草むらの奥で用を足す事にした訳である。

 用を足し終えてすっきりすると、それで五感が敏感になったのだろう、近くにある違和感のようなものを感じ取る。

 杞憂ならいいのだが、その違和感は戦地という極限状況にいる俺にとっては見過ごせないものだった。


「やべ、うんこもしたくなって来た」


 俺は相手を警戒させないようにそう言って近づいていく。
 俺の予想通りならそれは魔王軍の斥候か何かだろう。
 俺に魔族をやり込める戦闘力など無いのだから、本来であればやぶ蛇をつつくような事はしない、だが斥候を放置すれば寝ている間に襲撃されたり、天幕を燃やされたりと自分が大きな被害を受ける可能性もデカい。

 だから俺は自分は相手に勝てないと知りつつも、その違和感を払拭しに行くのであった。

 そして俺が近づくと、草むらから何かが勢いよく飛び出して来た。



「なんだ・・・、野良犬か・・・



 ──────────なんてな」

「んがっ」


 そいつは軍用犬か使い魔の犬を囮にして俺を襲う手筈だったのだろう、俺は犬に気を取られたフリをして背後を取らせた後に、カウンター気味にそいつにパンチを浴びせた。

 そしてそれはラッキーパンチとなり、俺に襲いかかった魔族の男はその一撃で気絶して倒れ込んだ。

 本来は敵の姿だけ確認し、「敵がいるぞ」と大声で叫んで援軍を呼んだ後にオウカ軍曹に事情を説明して陣地を変えてもらおうという算段だったのだが、俺の中に眠る【勇者】の力が作用したのだろう、ラッキーパンチで一撃必殺となってしまったのは誤算だった。

 俺は取り敢えず男の持っていたナイフを奪い、出来るだけ無力化しようと男の軍靴の紐で両足を結んで足を拘束し。
 男を捕縛出来ないかとロープなどの所持品が無いかと体をまさぐった。

 しかし探しても見つからなかったので仕方無しに俺は男の黒い軍服を脱がせ、ズボンのベルトを外してそれで両手を後ろに絞って拘束し、そして上着を顔に被せて目隠しをさせる。

 その間に犬の方は激しく俺に噛み付いていたが、だが訓練されているようで吠えたりはしなかったので、俺は足に噛み付いてる犬を引き離すと、近くから手頃な木の蔓を採取しそれを首輪にして近くに繋いでおいた。

 状況開始前からいきなりの戦闘だった訳だが、自分でも驚く程に冷静に対処出来た。
 クロには殺されて、『女王』には瞬殺された訳だが、それでも『男爵』やスザクとの戦闘経験は確かに俺の中に息づいているようで、そこらへんのモブ相手なら簡単にはやられないという事だろうか。

「・・・さて、どうしたものか」

 こいつを本部に引き渡したとして、戦局から鑑みて捕虜として丁重に扱われる事はまず無いだろう、故にこいつの処遇を俺の一存でどうするかを即決する必要があった。

 つまり生かすか殺すか、その判断をここで下す必要があると言う訳だ。

 当たり前だが俺は俺の知らない所で何人死のうが知った事では無いが、自ら手を汚す覚悟があるほど割り切った人間では無い、だから殺人などは出来ないが。

 だが本部に捕虜として引き渡せばこいつは拷問されて恐らく生かされることも無いので、それは間接的な殺人になるという話だ。
 魔族に対する恨みと風当たりが強い事は、ここに来る前から実感を得ていたものなのだから。

 しかし当然、俺に他人の命を奪う理由も、それをする覚悟も無いので、そんな選択肢は最初から最後まで除外されるものだったが。

「・・・でもこいつ、殺意バリバリだったし、殺されても文句言わねぇよなぁ」

 少なくとも戦地に来て間もない俺と違い、この男は間違いく日が経っている、故に穏便に済まそうという考えなんてとっくに捨て去っているに違いない、だから平和的な説得には意味が無いのである。

 ・・・もうすぐ夜が明けて皆が目を覚ましたら俺の不在も気付かれてこいつを逃がすのに不都合が生じるようになるだろう、故に、選択と行動は迅速に行う必要があった。
 急いで頭の中でそろばんを弾き、どうするのが最善かを導き出そうと頭を働かせる。

 ・・・元々、1人くらいなら殺してもいいかとは思っていた。

 一度も手を汚した事がない人間が自分は苦労したとか不幸な運命だったと主張するのはおかしいと思っていたから、どうせ堕ちるなら堕ちる所まで落ちてみようと思っていたのだ。

 最低の勇者になること、それが【勇者】になった俺の目指すべき場所だったのだから。

 だが殺しを行うにしても、こんな無関係な他人など、虫を殺すのと変わらないモノだろう。
 家族と他人の間に大きな線引きのない真の平等主義者である俺にとっては、人間の価値など数字でしか見ていない、だからこんな下っ端を殺しても俺がなんの感傷も抱かない事は分かり切っていた。
 故にそれを行うのはもっと見極めてからでないといけない。
 殺したい相手がいる訳では無いが、殺したら自分がどんな感傷を抱くのか気になる相手はいるのだから。
 だからここでは殺人を許容しない以上、取れる選択肢は少なかった。

「・・・面倒だが仕方ないか、取り敢えず情報を絞れるだけ絞って解放しよう、おい」

 俺は気絶している男の肩を揺さぶり目覚めさせた。

 男は自分が拘束されている事に気づいて暴れるが、俺は相手が少しでも冷静にものを考えられるように、動くと金玉を踏み潰すと言って大人しくさせる。

 そして目隠しされて身動きが取れなくなっている男の耳元で囁いた。

「お前が知っている事を全て話せ、代わりに俺が知っている事を全て話す、交換条件だ、お前だって手柄が欲しいだろう」

 俺がそう言うと男は冷静になり、その言葉に惹かれるものがあったようで素直に耳を傾けた。
 俺は男の興味を引くように言葉を繋げる。

「お前の知っている情報を全て話せばお前を直ちに解放する事を約束しよう、そして俺も俺の知っている情報を全てお前に話す、それでお互い手柄を立てて、このクソったれな戦場から離脱するのに十分な戦果を得られるだろう、悪い取引では無い筈だ」

 戦場に立つ兵士がこんな事を言うなど普通は信じられない事であり、男は訝しんでいた。

「・・・取引?、人間が俺たちと?、・・・どういうつもりだ?」

「簡単な話だ、お前を拷問にかけてもお前が正直に話すとは限らないし、神明の魔法(嘘発見器)を使うと言えばお前は自害を試みるだろう、そうなれば俺はなんの手柄も立てられずに俺は損をする、だから俺は俺の手柄を得るためにお前と取引がしたいという話だ。
 下っ端の兵士相手に高度な作戦の概要や重要な機密を求めるつもりは無い、ただいくつかの質問にイエスかノーで答えるだけでいい、言っておくがお前を俺の一存で保護出来る時間制限はあと30分程度だ、だから取引に応じるか否かは今すぐに決めろ、断れば・・・分かるよな?」

 俺は脅しをかけるように直ぐに決めろと男を急かした。
 それに対して男は少し悩むそぶりを見せて、質問を投げかけた。

「・・・そちらの情報もくれるというが、そうなれば俺を解放出来なくなるのでは無いか、この取引は破綻しているように見えるが」

「いいや、俺はこの戦争に於いてどちらの味方でも無い、ただ魔王軍の情報を得てそれを欲しがっている人間に売ればそれで俺の手柄になるというだけだ、故に俺にはお前を殺す理由が無い、俺は軍服を着ていなかっただろう、つまり俺は軍人では無い、軍人では無いのだから軍の不利になる情報を売り渡したとしても、それは商人として当然の行動だ、だがお前が俺の得にならない存在ならこのまま軍に引き渡す、だから早く決めろ、俺の取引に応じるか否か、時間が立てば見回りの兵士に見つかるからな」

 極力矛盾が生じないように不信感を脱臭して理屈をこじつけると、それで男は取引に乗るしかないと理解してくれたのか頷いた。

「・・・分かった、言っておくが俺は歩兵部隊の斥候の下っ端だ、大した情報は持っていないが、それでも解放してくれるんだな」

 斥候とは偵察や警戒を任務とする兵隊の事だ。
 つまりこいつはベースキャンプを偵察に来ただけの下っ端で、有用な情報などは大して持ってないに違いなかった。

 元々情報を欲してない俺は威勢よく応えた。

「ああ、約束しよう」

 そう言って俺は男の顔を隠していた上着を解いてやる。
 単純に顔が見えた方が相手の心理を読みやすいというだけだが、このタイミングで解く事で多少の信用も得られるという狙いだった。

「・・・若いな、まだ子供じゃないか」

「アンタだって十分若いだろ、取り敢えず質問には答えてもらうぞ、時間が無い。
 先ず、魔王軍は俺たちの陣地を既に把握しているか?」

「・・・ああ、陣地には結界が張ってあったが、それを地中に通路を作る事で突破し、既に陣地はマーキングされている」

 男は取引に応じてくれた意志を示すためか、詳しく説明も添えて答えた。
 嘘を混ぜ込む事で混乱させる目的もあるかもしれないが、まぁ元々期待している訳でもないので気にしなかった。

「じゃあ今後魔王軍が陣地に直接奇襲を仕掛ける事はあるか?」

「・・・いや、再三本陣に奇襲をかける進言しているにも関わらず、上は籠城戦を保つようにと保守的だ、どうやら魔王様の意向に従っての話らしく、それ故に俺たちは斥候をして動向を監視している」

 休戦状態なのは聞いていたが、それが魔王側の意向だったのは初耳だったし、そして斥候はその上で軍を監視していたという訳だった。

「お前の任務は監視要員か?、いったいいつからいつまで監視しているんだ?」

 その質問に男は少し悩んでみせたが、俺が子供だから侮ったのか観念したように答えた。

「・・・・・・いや、斥候は交代制で俺は今日初めてここの監視に来た、人間たちは危機感も薄く楽に監視出来るからと、下っ端の新兵だったのに貧乏くじを押し付けられた感じだ、俺の任務は王国軍が出撃したら狼煙のろしを上げるだけだ」

「・・・なるほど、それでお前が交代するのはいつなんだ?」

「3日後だ、それまで俺はここで監視する必要がある」

「じゃあお前を解放しても、結局そのまま監視するという訳か・・・なら、お前はこのままここで監視していろ、監視だけに専念するならば俺はお前を放置するし、捕まった時には俺が脱走の手伝いもしてやる」

 解放してよその陣地から監視されるくらいならここに居てもらった方が他の斥候に目をつけられなくて安心だという考えだった。
 それに俺は元からこいつを殺す気は無い、だから首輪を外して他所で好き勝手されるくらいなら、はっきりと協力関係を築いて利害で共存する、それが俺の生き方なのである。

「・・・どういう事だ?、やけに協力的じゃないか、俺を生かすことにお前になにかメリットはあるのか?」

「・・・そうだな、監視員として失敗したお前が置き土産に陣地に火を放ったりされても困る、だから俺はお前がお前の任務を全うする事で余計な被害が出る事を避けようという考えだ、監視されるだけなら実害を被る可能性は低いからな、それにここにいると知っていれば何か聞きたい事があった時に質問出来るし、俺からお前を監視する事も出来て一石二鳥になる」

 俺は聞きたい情報は聞き終えたと言わんばかりに男の拘束を解いてやる。

 武器のナイフを返すかは少し迷ったが、こいつが帰還した時にナイフを無くしていたらそれは失態となって俺への恩も薄れるだろう、故に俺は警戒しつつもナイフも返してやる。

 鞘に収まったナイフを手渡すと男は驚いた顔で受け取り、軍服を着直して俺に質問した。

「・・・・・・そう言えばこちらの質問も聞いてくれるんだったな」

「ああ、何でも聞いてくれ、知っている事は何でも話そう」

「・・・お前は何故俺を助けた、戦争をしているんだぞ、人間は俺たちを一人でも殺せば勲章を貰えると聞いている、俺を生かして情報を得るよりもよっぽど手っ取り早い手柄じゃないか、それなのに何故」

 俺は軍隊の褒賞システムは知らないが、魔族が人間より遥かに強力な存在である以上、一人殺せば勲章が貰えるのは妥当な話だ。

 だが俺はこの戦争で一人も殺すつもりは無いし、手柄が欲しいというのも方便であり、本音はこいつが斥候として必要な情報を得て帰還してくれるのが最善だったというだけの話だった。
 だから殺す気が無いから生かした、という話だが、戦場でそんな腑抜けた事を言っても信じて貰えないだろう。

 故に俺はある程度納得出来る理屈で答えた。

「・・・言ったろ、俺は商人だ、軍人じゃないし、俺の商会の従業員には魔族だって沢山いる、身分は奴隷だが、俺にとっては兄弟と同じような存在だ、故に、俺は魔族を憎まないし、殺す気にもならない、・・・お前が俺を殺す気なら、魔族だろうが人間だろうが容赦なく殺してやるがな」

「・・・商人?、何故?、いやだが王国は少年兵も動員しているか・・・、つまり、お前は王国に金で傭兵として雇われたという事か・・・?」

 出任せの説明に納得したようなのでそれに合わせながら答える。

「そういう事だ、こっちは武器を持って戦えと言われて分かりましたと言えるほどの報酬なんて貰ってないし、俺の主義がお前を生かしたいと思ってるんだ、ただそれだけの話だよ、他に質問は無いか?」

「・・・じゃあ王国が何万人規模の徴兵をして、いつ突撃するか、知っているか?」

「徴兵の規模は国家総動員の徴兵をした訳だし部隊の規模から言っても歩兵が10万人その他で3万人くらいか、突撃についても食料や弾薬の準備からして1週間以内には行われると思う」

「1週間以内か、・・・まぁ、そうなれば俺の任務も終わりだし、それまでお前が俺に情報をくれるって言うならば、俺もここでお前と敵対する理由も無いか、しかし・・・」

 男はだからと言って人間である俺を信用する事には慎重になっているのか、俺の取引に応じるかは悩む素振りを見せた。
 俺としては別に本気で情報が欲しい訳でも無いし、こいつがここから穏便に立ち去ってくれるならそれでいいのだが、だが、自分が万が一魔王軍に捕虜として捕まった時の保険として、こいつに恩を売っておきたい気持ちもあったのだ。

「返事は保留でいいさ、・・・そうだな、もし取引を応じる気になったらそこの木にでも印を付けてサインを出してくれ、断るというならば極力この座標から離れた場所にいて欲しい、助けた恩があるんだ、俺に危害を加えないようにする配慮くらいしてもらってもいいだろう?」

 俺はそう言って男に背を向ける。

「そろそろ時間だし俺は戻る、俺の陣地は非戦闘員の子供ばかりで襲うメリットとか無いから、何かあっても見逃すようにしてくれ」

 俺はそう言い残して無防備に立ち去って天幕まで戻った。



 取り敢えず得られた情報としては

 1.魔王軍はこっちの陣地を監視状態にあるということ

 2.魔王軍は魔王の不在の影響で突撃に消極的であるということ

 この2点か。


 あの男から得られる情報は出し尽くした感じだろうし、おそらくこの戦争は王国軍が要塞に突撃して玉砕するような展開になるだろうし、どんな結末にしろ、早期決着してくれれば俺としてはそれでいい、故に、自分さえ無事なら後はどうでもいいと言った感じだ。
 どうせこの戦争に大義も勝利も存在しない。
 だからヤバくなったタイミングで失踪し逃げる事が最優先。
 そんな風に考えていたのだから、仮にもし俺に不信感を持ったとして男がどう行動しようとも、俺には関係ない話だからそれも今はどうでも良かった。

 俺はトイレから帰ってきた風に天幕に戻ると、目は冴えていたがオウカ軍曹の隣で寝直したのであった。
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