【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第4話 陣地構築

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 翌朝、早朝に行軍するここ数日の習慣と昨晩の疲労による早寝が功を奏したのかは分からないが、普段遅起きの俺には珍しい事に朝礼前に起床する事が出来たので、散歩がてら教会を出て井戸まで歩く事にした。

 ドンキホテ市は城壁で囲まれているにも関わらず、その広さは100万人都市であるサティ市にも匹敵するものであり、人口密度の高そうな集合住宅や軍人の宿舎が立ち並んでおり、恐らく普通の徴兵された軍人はそちらに居住しているのだろう。

 拠点が正規の軍事施設では無い教会を間借りしている時点で施設回収課がガキの子守り部隊というのは間違い無い話だった。

 この部隊に配属されたのは俺にとって吉となるか凶となるかはまだ分からないものの、まぁ普通の部隊に配属されて嫌な上官から理不尽に虐げられるよりは絶対マシだろうし、前線に送られず済むのはラッキーと言えるだろう。

 俺は井戸水で口を濯いで顔を洗うと、そこで早朝ランニングをしていたオウカ軍曹と鉢合わせた。

「お、おはようございます!」

 俺は聞きかじった態度で直立不動の敬礼をして挨拶をする。
 それにオウカ軍曹は敬礼で返した。

「おはよう、昨日は眠れたか?」

「はい、寝覚めもよく、元気溌剌です!!」

 俺は目をつけられない事を第一目標としている為に軍人っぽく短く答えた。

「そうか」

 そこで会話が途切れ沈黙が流れる。
 ここで話を振らないのも印象が悪くなるかと思い、急いで適当な話題を探して話を振った。

「あの、オウカ軍曹、質問よろしいでしょうか」

「なんだ」

「えーと、自分たちの所属する施設回収課とは何人規模の部隊なのでしょうか?、子供ばかりが30人集められても、この戦力で何をするのかさっぱり検討がつきません」

  俺は死霊術ネクロマンシーを利用したゾンビ作戦の回収部隊だと既に検討がついていたものの、敢えて質問で訊ねる事にした。
 それでオウカ軍曹が俺たちに対して誠実な上官か否かを判別出来ると思ったからだ。

 俺の質問は軍の機密情報では無かったのだろう、オウカ軍曹は淡々と答えてくれた。

「我らの部隊はこれで全部だ、補給も任務もこの31人を基礎単位として行う、そして任務に関してだが、安心しろ、前線に立って戦うような事は無い、塹壕を掘る手伝いをしたり戦死者の遺体を回収したり、そういう雑用がメインだ、軍隊の仕事は人手がいる、故に君たちのような子供を徴兵しなければいけない訳だが、それでも子供に武器を持たせるほどこの国は落ちぶれちゃいない、だから安心してくれ」

 オウカ軍曹は予想以上に誠実に答えてくれた。
 ケン兄の話では前線は地獄だと言っていたが、オウカ軍曹は歳も俺と変わらないくらいに若く、まだ擦り切れたような精神の摩耗と苦労を感じなかったので、恐らく前線に立った経験は無いのだろう。

 実態を知れば、子供を戦地に送る事がどれだけ闇が深い事かを理解しているだろうから。

 ・・・そういう意味でオウカ軍曹は軍曹という階級でありながらも未熟者であり信頼出来る人間では無いし、いざと言う時は命令違反もやむ無しと言った所か。

 俺は内心の見下した評価を隠すように爽やかにオウカ軍曹に礼を言って、「お役に立てるように頑張ります」と100%嘘の意気込みを語って別れた。

 そして教会でシスターさんの作ってくれた朝食を皆で食べた後に全員で市内の武器倉庫、食料庫を回って部品を受領し、その員数を確認した。

 内訳はこう。

 円匙えんぴ丸型×3~4
 携帯型ナイフ×3~4
 水筒3×4
 天幕Ⅰ型×1
 携帯型寝袋×3~4
 鉄製荷車×1

 飯盒×1
 鉄鍋×1
 携帯食糧10日分

 これが一班に支給される物資の全てであり、食料に関して軍には不足は無いようであり、無くなったらまた補給を受けられるという話だった。
 これらの物資の員数を確認してそれらを荷車に積み込むと、俺たちはそのまま城門から外に出て、ベースキャンプへと出発する事になった。
 作戦がどれだけかかるかは分からないものの、最低でも10日以上はかかる見込みのようだった。

 俺たちは3人がかりで100キロ以上ある荷車を引きながら、遅々とした足並みでベースキャンプまでの30キロの道を行軍したのであった。



「赤班が遅れているな・・・、よし、10分休憩だ」

 オウカ軍曹は俺たちに気遣って頻繁に休憩を入れてくれるものの、過酷なトレーニングをした事の無い子供にいきなりの行軍は当然の如く堪えるようであり、俺以外のメンバーは皆疲弊していた。

 荷車を止めると皆がその場に座り込む、俺も目立たないようにとそれに倣おうとするが、オウカ軍曹に一人だけ涼しい顔をしているのを見つかり、遅れている赤班の支援をするように言われた。

 俺は200m後方にいた赤班の荷車をほぼ一人の力でのろのろと運ぶと、そこでオウカ軍曹が俺に話しかけて来た。

「ライア、君は随分と鍛えられているようだな、もしや【宣告】済みなのでは無いか?」

「・・・ええ、一応は【モンク】なのでそれの補正と、村では力仕事をやっていた(大嘘)ので、多少は鍛えられているかもしれません」

「そうか、【モンク】は平時ならば安定した職業だというのに徴兵されてしまったのか、それは災難だったな・・・」

 やはりこの集団の中では俺は目立つ存在のようだった。
 目をつけられたくなかったが無理して小学生レベルの劣兵を演じるのも疲れるので、仕方なしに俺は自然体を保つ事にした。

「・・・まぁ、魔族に戦争で負けてしまえば安定も何も無いですから、だから後悔はしてませんよ、それにきっと、徴兵された事があるという、この経験がいつか役に立つ日だって来ると思いますから」

「前向きなのだな、・・・君だけだ、戦地に送られるというのに前を向いているのは、・・・私だって多少は怖い、なのに君は普通に寝て起きて、そして誰よりも前向きに踏み出している、それは尊敬に値する事だ」

「あはは、流石に自分も戦争が怖くない訳じゃ無いですよ、でも、逃げるのは本当に逃げたくなってからでも遅くは無いですから、だから今はやれるだけやってみようって、少しだけ覚悟を決めているだけです」

 言っていて気付いたが、確かに俺が戦地に赴く事に前向きなのはおかしな事だ。
 下手をすれば黒龍と戦う時よりも悲惨な目に遭うかもしれないのに、俺は全くと言っていいほど恐怖心など無かった。
 自分でもよく分からないデジャヴだが、それは黒龍に単身で臨んだ自殺願望と同じであり、リューピンから受け継いだ快楽主義が目覚めてしまっていたのだろう。
 そりゃ化け物の極みである黒龍と戦い、化け物染みた幼女に殺され、そしてよく分からん因縁で聖剣に滅されそうになったのだから、今更徴兵くらいで、っていう気持ちもあるのだが。

 だが無能とクズの見本のようなドラ息子だった俺が、なんでこんなにも前向きに過酷な徴兵を受け入れているのか、それについては自分でも分からない事だった。

 今までの俺なら限界まで手を抜いて、やりたくない事は消極的に、社会不適合者としての本領を遺憾なく発揮するような人間だった筈なのに、そんな俺がこの時に於いて積極性を持って行動している事、その全てが疑問でしかない話なのだ。

 やれるだけやってみようってなんだろう、普段の俺はやりたくない事はやらないの人間のはずだろうに。

 自分ですら根拠が曖昧な回答だったが、オウカ軍曹はそれに納得したのか頷いた。

「やれるだけ、か、・・・そうだな、やれるだけならきっと、やれない事もない」

 俺は選択肢の中に常に「逃げる」が一番に来る人間だからこそ、「やれるだけ」も肯定出来るのだが、普通の人間に戦争で人を殺したり命を盾にして肉壁になれという命令を受け入れるのは難しい事だ。
 俺は理不尽からは「逃げる」のが一番という親父の教訓があるからこそどんな絶望的状況に於いても、持ち前のマラソン強者の健脚でなんとか出来るという自信があるが、普通の人間は不安しか無くても仕方の無い話ではあるか。

 結局、戦争なんて正気でできるものでは無いし、若くて普通っぽい騎士であるオウカ軍曹にはそれは許容し難いものでも当然という話なのだから。

 多分オウカ軍曹は引き金を引けない側の軍人なんだろうなと、漠然と思いつつも、この部隊が前線に送られる事の無いようにと俺は祈ったのであった。




 平坦な軍用道路とは言え、何度も休憩を挟みつつ100キロの荷車を持って歩いた為に30キロの道程を走破するのにまる一日かかってしまい、王国軍のベースキャンプに到達したのは翌朝となった。

 そしてこれが最後のひと仕事だと陣地に天幕を設置する事になったのだが。
 定められた陣地は既に大人の部隊がひしめき合っており、そこに新たに天幕を敷設するスペースは無く、俺たちは陣地から少し離れた草むらを開拓し、そこに陣地を作る事になったのであった。

 そして草刈りを終えて天幕を組み立てる最中。

「うわ・・・、この天幕ボロボロだし汚ぇな、しかも柱が一本折れてるし・・・」

 俺たちに支給された天幕はどれも年代物の骨董品ばかりであり、汚れと悪臭、そして部品が足りないなどの欠陥の山盛りだった。

「・・・仕方ない、足りない柱は適当に枝を調達してなんとかしろ、それと天幕を敷く場所の石は取り除いておけ、寝る時に困るぞ」

 オウカ軍曹の指示で俺たちは8つのテントを不格好ながらもなんとか組み立てて、そこでようやく昨日から続く作戦行動がひと段落し、大休止となったのであった。

 天幕の中には10日分の食料などの支給品も収納している為に狭いが、まぁ子供2人と大人未満一人くらいなら余裕を持って寝られるだけのスペースはあった。

 オウカ軍曹から「今から本部に部隊到着の報告に行きそのまま命令を受領してくるから次の作戦行動まで休息して英気を養うように」と指示されたので、俺たちは無言で食料を食うと疲れからそのまま横になって寝たのである。

 初日からかなり消費カロリーが高くてキツい工程だったが、社会経験ゼロのガキどもにとっては泣きたくなるくらいの苦行だったと思うので、そう考えると俺は弱音を言う気も起こらずに、疲労感と眠気に抗うこと無く、ただ無心で就寝したのであった。








「施設部施設回収課第3隊、オウカ・ヤマト軍曹及び総員31名、ただいま到着しました」

 オウカは本部の大型天幕に行き、そこで直属の上司である部隊長に自隊の到着を報告していた。
 それにオウカより一回り年上の女の騎士がオウカに敬礼を返して応える。

「ご苦労、ではこれより部隊長の私の麾下きかに入り、任務については明日の幕僚会議の後に、全隊にまとめて通達するからそのように」

「はっ、了解しました」

 オウカは規範的な軍人らしく無骨に振る舞うが、オウカの知人である部隊長はそれに対して気遣うように語りかけた。

「・・・本当に良かったのか、オウカ、お前にここは過酷過ぎる場所だ、剣を握れないお前に、この役目は辛いだろう」

「・・・ええ、分かっています、私が戦って生き残る道理も、死んで天国に呼ばれる道理も無いでしょう、でも騎士として、この国の国防を担うものとして、出来ないからと何もしない事だけは出来ないから、だからやれるだけやってみようと、今はそう思っているのです」

 オウカは剣を握れなくなった為に子供部隊である施設回収課に配属された。
 そしてオウカの心内にも、子供を戦場で働かせる事に対する罪悪感は少なく無かった。

 でも、それでも今のオウカは軍人として、騎士として、自分の本分を全うしようとする使命感に燃えていたのであった。

 数日前まで迷いの中に苦しんでいたオウカが前向きな姿勢を見せた事を部隊長は訝しんだが、だがならばと部隊長はそこでオウカに対して師弟の情をかける事を無礼として己を嗜めたのであった。

「たとえ剣を握れなくなっても、お前は騎士なのだな・・・、分かった、なら働きに期待する、やれるだけ頑張ってもらうから、生き延びる事を第一に頑張るように」

「はっ」



 オウカが部隊長に報告を終えて踵を返すと、一人の女軍人がオウカに話しかけた。

「ふーん逃げなかったんだ、ま、安全な後方部隊で逃げたらお笑いだよね、あはは」

 彼女はオウカの同期であり、士官学校の入門口である騎士学校ではオウカと首席の座を争うライバルでもあった。
 王国では騎士学校を卒業した者に騎士の称号を、首席で卒業した者には勲章を授ける為に、そこでの成績は出世に大きく響くものだが、二人とも首席では無いが故に後方部隊へと配属されたのである。

 皮肉を言われたオウカは普段ならば無視する所だったが、この日は少しだけ相手の不安な心内こころうちを読み取り、皮肉で返す事にした。

「ツバキ、君の方こそまた独断専行で犬死しないようにな、訓練のようにはいかないのだから」

「・・・ふん、こんな後方部隊で死ぬとか有り得ないし、もし死にそうになってもあんたを囮にして私は逃げるから平気よ」

「なら私もツバキを囮にして逃げるとしよう、何せ私は剣を握れないからな」

 オウカがさらりとそう言うと、ツバキも嫌味を言う気持ちも失せたのか、そこで会話は途絶えた。




 オウカは剣を握れない騎士であり、それがオウカの傷だった。

 それでもオウカが騎士学校を卒業出来たのはオウカが剣術以外でとびきり優秀な成績を納めて補填したからだ。

 そんなオウカにとって、オウカを知る者にとって、オウカが今の役職にいる事を惜しむのは当然だったが。

 だがオウカがそれでも前を向いた、故にそれがオウカのスタートラインだと、オウカに対して期待を持つ者もいたという話なのであった。
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