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第3章 カルセランド基地奪還作戦
第2話 史上最悪の作戦 インサイダー・カタストロフ
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王国の要衝であるカルセランド基地。
そこは現在魔王軍に占領されており、そしてそこの会議室では魔族の者たちによる作戦会議が行わていた。
「・・・司令、どういう事でしょうか、もう2ヶ月もの間、魔王軍本部からの連絡も補給も途絶えております、優勢である筈の我々がこのままここで手をこまねいていては人間どもに反撃する機会を与えてしまうでしょう、兵士たちもこの基地に閉じ篭もるストレスで士気も低下しております、このまま連絡が無いのであれば、本部の指示を待たずに突撃するべきなのではありませんか?」
幕僚の一人の質問に対して魔王軍の前線最高指揮官にして総大将である壮年の男、レオンハルトは、己の迷いを表すかのように苦しげに答えた。
「・・・確かに王国軍はほぼ壊滅状態であり、今我らが突撃すれば王国軍はひとたまりもなく壊滅するであろう、しかし、あくまで私はこの軍の司令官であり、統帥権を持つ総帥は魔王様なのだ、魔王様が「計略を用いる故に停戦せよ」と命じられた以上、我らはそれを信じて待つのみ、ここで我らが騎士団を殲滅したとしても、次は聖女との一騎打ちになるだろう、それを回避する為に魔王様は計略を用いるという考えなのだ、ならば我らはここで待つしかあるまい」
「しかし、我らはもうここで2ヶ月も足止めを食らっております、それなのに戦力の補充や物資の補給はおろか、伝令の一人もやって来ないのはおかしな話では無いでしょうか、いくらここには1年戦えるだけの物資があると言えど、先の見えない籠城戦は士気を低下させますし、敵の反撃をただ待つだけで次第に状況は不利になるでしょう、せめていつまで籠城を続けるかだけでも知らせて貰うべきでは無いでしょうか」
「・・・お前たちのいいたい事くらい分かっておる、このままでは敵の総攻撃を受け、無意味な消耗戦をする事になる、だからそれより先に敵陣に奇襲するべし、という考えであろう」
「ええ、敵に降伏の意思が無い事は明白、ならばこのまま敵本部のあるドンキホテ市にまで侵攻し、ドンキホテ市を占領する事で残る市に残存する兵士を全て捕虜とし、それを交渉材料に聖女に対して和睦をする方が何倍も効率的であり、話が早いのでは無いでしょうか、我々の戦争には大義があります、人間達に奪われた土地と財産と奴隷の奪還、その目標まであと一歩の所で足止めを食らうなど、とても耐えられるのものではありませぬ、死んだ兵士たちの無念に報いる為にも王国軍は壊滅させるべきでありましょう」
「では皆に聞きたい、この停戦は意味の無いものであると、我らにとって利のないものであると、そう思う者は挙手をせよ」
レオンハルトがそう言うと、7人いる幕僚の内4人が手を挙げた。
「ならば問おう、この停戦に意味が無いのならば、先見の明があり常に的確な指示をして来た魔王様は何故、このタイミングでの停戦を要求し、そしてどのような計略をしようとしておるのか、お前たち説明してみろ」
レオンハルトの質問に血気盛んにして士気猛々しい若武者風の男が答えた。
「・・・魔王様はお優しい方です、ゆえに人間どもに情けをかけているのです、計略で自ら降伏するように仕向ける事で、無用な血が流れる事を避けようと、ですが、現場にいる我々の意見は違うでしょう、この戦争、どちらか一方を滅ぼすまで止まりませぬ、奴らは既にゾンビ戦法により死者を冒涜し、玉砕の覚悟を見せております、停戦が明ければ間違いなく奴らはここに総攻撃をしかけてくるでしょう、であればそれに曝される我々の取るべき道はひとつの筈です」
「・・・確かに魔王様はお優しい方だ、人間の捕虜を丁重に扱うように軍規に定めたり、略奪してもいいから飢えた人間には施すようにと仰っていた、この戦争に大義だけでなく慈悲まで併せ持って臨んだ魔王様の仁徳は歴代魔王様の中でも抜きん出たものだろう、だが、魔王様をよく知る私だから言える事がある、魔王様は、決して慈悲や手心で戦局を見誤るような方では無い、必要ならば虐殺も特攻もやむ無しと、この戦争に自分の命すらもかける覚悟で臨んでおるお方だ、そんな魔王様に限って無意味な停戦など指示する訳がないのだ」
「・・・ならば司令は、一体何故魔王様が停戦を指示したと・・・?」
「・・・憶測で語るには些か不謹慎が過ぎる内容だ、故に察せ、何故この局面で2ヶ月も連絡が途絶えたのか、何故帝都に遣わせた伝令が帰って来ないのか、何故魔王様は計略を用いると言いつつなんの策であるか明示しなかったのか、全ての因果がひとつに繋がっておるとすればおそらく・・・」
「・・・クーデター、ですか」
そこでレオンハルトの幕僚達はみな魔王軍幹部のクズっぷりを思い起こした。
奴らの非道、無道、放蕩は魔王軍最高幹部の名を汚すものであり、皆は彼らに手柄を取られたり、理不尽な雑用に休みもなく東奔西走して働かされてその横暴を身に刻まれていたのだから。
奸臣と佞臣と売国奴しかいない地獄ような最高幹部たち。
そんな奴らならば、魔王様を封印し、レオンハルトの手柄を横取りする為に見殺しにするみたいな謀反をしてもおかしくないと、誰もがそう思った。
「・・・もしそうならば我々は一体どうすれば・・・、謀反人を打てば人間に利する事となり、しかし人間を打てば謀反人に利する事になる、内憂外患の危機的状況に於いて、解決するには我々の兵力は少なすぎる」
騎士団派も魔王軍と聖女との二正面作戦を行ってはいるものの、それは処刑された先代国王が騎士団派に無条件降伏し、潤沢な地盤と兵力を全て騎士団派に引き継がせたからという要因も大きい。
しかしレオンハルト達はあくまで実働部隊の一つに過ぎす、兵数は僅か2000人強であり、そしてそれは王国や帝国の全兵力に太刀打ち出来る数では無い。
カルセランド基地を占領出来たのは敵が革命により補給線を失ったからであり、ここには基地を防衛する戦力はあれど、謀反人に仇討ちするにも都市に総攻撃をするにも万全とは言えない人数だろう。
無論、魔族の一兵は人間の精鋭3人分に匹敵すると言われる程に精強なので、人間換算すれば2000人強の兵もその9倍となる2万人弱いる計算にはなるのだが。
だが人間は如何せん数が多く、故に兵力の補充無しに侵攻するのは味方にも被害を生む為に、兵力の補充無しにはレオンハルト側も攻撃を仕掛けるには消極的にならざるを得えない事情があったのだ。
「・・・この基地を捨てて謀反人の討伐をしようとしても逆賊としてこっちが討たれるだけだ、・・・故に私はもう腹を括った、この砦で討ち死にする覚悟のある者だけを残して、家族のいるもの、人間との戦いに嫌気が差したもの、傷病兵、諸君らの部下の中でこの戦いについていけないものは、私の権限で軍を退役しそのまま帰還させよ。」
「な─────」
幕僚達はレオンハルトのその言葉を聞いて絶句する。
それは城を枕に討死するという、武士道の極限に通ずる徒花を示すからだ。
「・・・この戦に我らの勝利も明日も無い、我らは利用され、滅びるまで戦わされるだけだ。
私は魔王様から与えられし司令官としての使命を最期まで果たす為に戦うが、諸君らには未来がある、故に、ここから去ることを引き留めはしない。
・・・おそらく奴らの総攻撃はそう遠くない日に行われるだろう、故に私は明日、ここにいる皆に向けて死ぬまで籠城するかを問う事にする、私を魔王軍に反逆する謀反人だと思うのならば討ってくれても構わない、この砦を守り抜くという司令の役割を代わりたい者がいるならば、そ奴にこの首と役割を譲ろう。
だが私が生きている限りにおいて、魔王様の兵をクズの為に浪費する犬死を命じる事は出来ない、故に明日、討ち死にする覚悟の無い者たちを帰還させる、今日の会議は以上だ。
・・・最後に言わせてもらう、これは砦と心中では無くただの犬死だ、真に魔族の未来を憂う者はここで死ぬべきでは無い、ではこれにて解散せよ」
レオンハルトがそう言うと、幕僚達は敬礼をして退出していった。
魔族の未来の為に戦ったレオンハルト達からすれば、取り巻く状況は最悪としか言いようが無い理不尽の極だった。
故に、この局面に於いて基地に残る者は未来の無い復讐者だけでいいと、レオンハルトはそう思ったのであった。
時を同じくして魔王城の会議室。
「ええい、新しい魔王はまだ見つからんのか!!」
「ダメです、この二ヶ月で宣告を受けた者、転職した者、洗いざらい探しましたが、一人も見つかっておりませぬ!」
「クソっ、魔王様は過労死するし、【勇者】の捜索に向かった筈のシェーンは二ヶ月も音沙汰無く帰ってこんし、我々は一体どうすればいいのだ」
二ヶ月前、先代魔王アブラハムが執務室で過労死して以降、幹部達は国内に混乱を与えぬようにとその情報を秘匿していたが、流石にそれも限界が来ていた。
幹部達はみな忠義心の低いもの達ばかりだったので、本来なら直ぐに魔法で蘇生をすれば生き返る所を、三日も放置してしまった為に蘇生に失敗しアブラハムは帰らぬ人となったのであった。
「レオンハルトから送られてくる伝令を適当な国家反逆罪で投獄して口封じしておるが、それもじきに気づかれるだろう、この国家の存亡の危機にこのまま戦争を続ければ今度こそ間違いなく帝国は【勇者】に滅ぼされる。
・・・だが降伏するにもレオンハルトはそれを拒否して戦い続けるだろう、奴は魔王様とは義兄弟の間柄、魔王様が死んだと知れば弔い合戦として人間に総攻撃を仕掛けるに違いないし、征伐軍の兵士は皆が人間に恨みを持つ者ばかり、この戦に我らの勝利が無いと知れば、最後に一花咲かせようと特攻するに決まっておる、これでは我らは破滅だ、どうしたものか・・・」
魔王軍幹部の中で唯一の良心と言える存在、会議での存在感は薄いが、人徳だけは誰よりもある男フワライドスが、数人が夜逃げして出席率もまばらになった会議室にてそう議題を打ち上げた。
それに無能幹部の筆頭であるバイコクオー、バグインレオ、スケベロスは結託したように答えた。
「これ以上の戦は不要、ならば早々に人間側に降伏し、全ての罪を魔王様とレオンハルト達に被ってもらい我らの自治権だけでも取り上げられないようにするしか無いでしょう、国が滅びるのと人間の奴隷として生かされるの、どちらも地獄だとしても滅びるよりはマシでしょう、それしか我々が生き延びれる道は無いのだから」
天下統一の旗印であった魔王が死んだ以上、幹部達にはもはや戦意も抵抗の意思も無く、ただ今の身分と財産の保持という保身しか頭に無かった。
少なくとも幹部たちの大半は既に戦勝の好景気により一生遊べるだけの財産を得ているし、帝国が敗戦しても財産と身分さえ残れば勝ち逃げできる段取りはついていたからだ。
帝国による魔王軍の歴史は敗戦の歴史、しかしそんな歴史の中でもしぶとく売国や逃亡をする事により彼ら幹部の一族はしぶとく生き残って来た訳である。
だからバイコクオー達の降伏の提案に対してそれを批難するものはもはや、この場には一人もいなかったが。
そこで、会議室の中では異色な若い男が、その沈黙を破り声を上げた。
「降伏するのは当然として、しかし、それをそのまま人間達が受け入れるでしょうか?、無条件降伏をしますか?、ですがそれをすれば次は間違いなく自治権を奪われ、我々は【宣告】の自由すら奪われて、人間に一生飼い殺される家畜に成り果てるでしょう、仮に財産を抱えて国外逃亡するにしても、逃げる先が無いのでは降伏には利が無い、違いますか?」
男はバイコクオーらの意見を否定せずに、ただこのままでは没落し破滅するだけという客観的事実を告げた。
それにより無能であるバイコクオーたちも自分たちが降伏すれば許されるものでは無い事を自覚し、男の言葉に耳を傾けるようになった。
「・・・君は?、どうやら新参者のようだが、お前は何者だ?」
そこで男は颯爽と一礼をして周囲を引き込むように朗々と声を張り自己紹介をした。
「申し遅れました、私は【大将軍】ポリクレスの末裔、【大軍師】パリクレスと申します、以後お見知りおきを」
「【大軍師】・・・、こんな若造が【大軍師】とはな、それでお前はならばどうすると言うのだ、ただの降伏は受け入れられず、無条件降伏では意味は無い、ならば【大軍師】のお前はどうするべきというのだ、聞かせてもらおうか」
幹部達は新参者の若造でありながら参謀職の最高峰である【大軍師】のジョブを持つパリクレスに皆が注目し、そして期待した。
それほどまでに幹部達は無能であり、自分でこの戦局をどうにかしようとする責任感や能力に欠ける者たちばかりだったからだ。
そんな愚図な幹部達の様子を内心で小馬鹿にしながらパリクレスは自身の策を語って聞かせる。
「皆様、お忘れではありませんか、我々には最強の切り札、人類絶滅装置があるという事を、我々が人間側と交渉する手札があるとすればもはやこれしか無い、ならば今こそが伝家の宝刀の使い所では無いでしょうか」
「・・・バカな、カタストロフだと、あれは呪われた兵器であり、使えば大陸を呪いで汚染し、我らは世界の敵として憎まれる事となるだろう、そんな事をすれば無条件降伏よりも更に最悪の結末を迎えるに決まっている!!」
人類絶滅装置、それは古の魔王が作りあげた呪いを原動力として解き放つ最悪の兵器であり。
使用には呪いの素体とする魔力の高い生贄を必要とし、それは一人の魔族の生贄につきSランク魔法である大爆発10回分のエネルギーを生み出すという禁断の魔法。
仮に1万人の魔族を生贄として焚べれば、それは王国の半分を消し飛ばすほどの威力を生み出す事になるだろう。
そしてカタストロフを使用した後に生まれる呪いの灰は大地を汚染し、疫病や風土病を拡散させ、大地を呪いで埋めつくして不毛の土地とする禁断の兵器だった。
カタストロフの発動には【巫女】という特殊職によって行われる儀式が必要となるが、それも既に準備は完了しており、生贄さえ用意すれば魔王軍はいつでもカタストロフを発動できる状態だった。
それを使えば王国に壊滅的打撃を与える事は容易いが、死の灰よる呪いは偏西風により帝国にも蔓延し、人間と魔族、両方が破滅に向かうのは間違い無い。
故にそれが起死回生を可能とする魔王軍の切り札であったとしてもその使用を躊躇うのは当然の話であり、仮に帝国が破滅するとしても使用を肯定する事は決して満場一致とならない苦肉の策だったのである。
カタストロフはあくまで抑止力であり、使えばそれは最後の一人まで殺し合う終末戦争の引き金になるものだ、故に、その引き金を引く度胸のあるものなど、この場には一人もいない。
だがパリクレスはそれを全て理解した上でカタストロフの使用を提案していた。
「いいえ、確かにカタストロフを人間に向けて撃てば、それは最悪の時代の嚆矢となるでしょう、しかし、それを撃つ相手が聖女たちの敵全てならば、どうでしょうか?」
「聖女たちの敵全て、だと?、まさか・・・」
パリクレスのその言葉を無能であるバイコクオー達も一拍遅れて理解し、戦慄した。
「ええ、カルセランド基地にいる兵士達全て、そして先代魔王様を大罪人として祭り上げ、それらをカタストロフで断罪した事にする、更に戦局から鑑みて王国の騎士団派の兵士が総攻撃を仕掛けるのは明白、その機に一網打尽すれば、我々の損害は最小限に、そして聖女たちには最大限の利益をもたらす事になり、我々を保護する事にも理屈がつくという話です、いかがでしょう?」
それは、およそ魔王軍の家臣が提案するにしては最低の策だった。
魔族の未来を作る為に戦った魔王とレオンハルト軍、その両方を悪者に仕立て上げて抹殺し、罪と責任を全部押し付けるというやり方。
自分は被害者であると、悪いのは国家元首と暴走した軍人だと、支持していた事実そのものを有耶無耶にする、恥知らずの極みにあるような詭道の策。
だが今の魔王軍幹部の中に先代魔王に忠誠を誓うものは一人もいなかった、故に。
「・・・お主、・・・天才だな!!、それなら我らは悪しき魔王を倒した正義の士として認められ、聖女から今の財産と領土を安堵して貰うのも容易い、いや褒美だって貰って然るものだろう!!・・・なるほど、確かにカタストロフを敵に撃てば敵の恨みを買うが、それを「逆賊に撃った結果、副次的に人間も巻き込まれた」という体なら言い訳も立つし、そして騎士団派が消滅すれば聖女側は狭隘な魔族の土地を戦利品として求める事も無くなるという、まさしく一挙両得の名案では無いか!!!、流石は【大軍師】、この国家存亡の危機に於ける真の英雄はお主だったのだな!!!」
そう言ってバイコクオー達はパリクレスを褒めそやした。
「お気にいただけて何よりです、ではこの策を実行するに辺り、皆様にやって貰いたい事があるのですが・・・」
「任せろ、我らの勝利は確定した、ならば我らも全力でお主の策を支持し、協力しよう」
「ありがとうございます、では手始めにレオンハルト達をカタストロフの生贄とする為に、先ず彼らの家族を人質に取ってください、そして私を魔王代行者として認め、聖女派に降伏するまでの間、私を執政官として全権を委任する事を認めてください、よろしいですか?」
「ああ分かった、認めよう、今日からはお主がこの国の頭首であり、我らはお主に従おう」
バイコクオー達は売国は出来ても自分で国を統べるような器を持つ者はいなかった為に、レオンハルトの台頭を心から喜び支持したのであった。
こうして魔王軍による最悪の作戦、「インサイダー・カタストロフ」は発動される事になったのであった。
そこは現在魔王軍に占領されており、そしてそこの会議室では魔族の者たちによる作戦会議が行わていた。
「・・・司令、どういう事でしょうか、もう2ヶ月もの間、魔王軍本部からの連絡も補給も途絶えております、優勢である筈の我々がこのままここで手をこまねいていては人間どもに反撃する機会を与えてしまうでしょう、兵士たちもこの基地に閉じ篭もるストレスで士気も低下しております、このまま連絡が無いのであれば、本部の指示を待たずに突撃するべきなのではありませんか?」
幕僚の一人の質問に対して魔王軍の前線最高指揮官にして総大将である壮年の男、レオンハルトは、己の迷いを表すかのように苦しげに答えた。
「・・・確かに王国軍はほぼ壊滅状態であり、今我らが突撃すれば王国軍はひとたまりもなく壊滅するであろう、しかし、あくまで私はこの軍の司令官であり、統帥権を持つ総帥は魔王様なのだ、魔王様が「計略を用いる故に停戦せよ」と命じられた以上、我らはそれを信じて待つのみ、ここで我らが騎士団を殲滅したとしても、次は聖女との一騎打ちになるだろう、それを回避する為に魔王様は計略を用いるという考えなのだ、ならば我らはここで待つしかあるまい」
「しかし、我らはもうここで2ヶ月も足止めを食らっております、それなのに戦力の補充や物資の補給はおろか、伝令の一人もやって来ないのはおかしな話では無いでしょうか、いくらここには1年戦えるだけの物資があると言えど、先の見えない籠城戦は士気を低下させますし、敵の反撃をただ待つだけで次第に状況は不利になるでしょう、せめていつまで籠城を続けるかだけでも知らせて貰うべきでは無いでしょうか」
「・・・お前たちのいいたい事くらい分かっておる、このままでは敵の総攻撃を受け、無意味な消耗戦をする事になる、だからそれより先に敵陣に奇襲するべし、という考えであろう」
「ええ、敵に降伏の意思が無い事は明白、ならばこのまま敵本部のあるドンキホテ市にまで侵攻し、ドンキホテ市を占領する事で残る市に残存する兵士を全て捕虜とし、それを交渉材料に聖女に対して和睦をする方が何倍も効率的であり、話が早いのでは無いでしょうか、我々の戦争には大義があります、人間達に奪われた土地と財産と奴隷の奪還、その目標まであと一歩の所で足止めを食らうなど、とても耐えられるのものではありませぬ、死んだ兵士たちの無念に報いる為にも王国軍は壊滅させるべきでありましょう」
「では皆に聞きたい、この停戦は意味の無いものであると、我らにとって利のないものであると、そう思う者は挙手をせよ」
レオンハルトがそう言うと、7人いる幕僚の内4人が手を挙げた。
「ならば問おう、この停戦に意味が無いのならば、先見の明があり常に的確な指示をして来た魔王様は何故、このタイミングでの停戦を要求し、そしてどのような計略をしようとしておるのか、お前たち説明してみろ」
レオンハルトの質問に血気盛んにして士気猛々しい若武者風の男が答えた。
「・・・魔王様はお優しい方です、ゆえに人間どもに情けをかけているのです、計略で自ら降伏するように仕向ける事で、無用な血が流れる事を避けようと、ですが、現場にいる我々の意見は違うでしょう、この戦争、どちらか一方を滅ぼすまで止まりませぬ、奴らは既にゾンビ戦法により死者を冒涜し、玉砕の覚悟を見せております、停戦が明ければ間違いなく奴らはここに総攻撃をしかけてくるでしょう、であればそれに曝される我々の取るべき道はひとつの筈です」
「・・・確かに魔王様はお優しい方だ、人間の捕虜を丁重に扱うように軍規に定めたり、略奪してもいいから飢えた人間には施すようにと仰っていた、この戦争に大義だけでなく慈悲まで併せ持って臨んだ魔王様の仁徳は歴代魔王様の中でも抜きん出たものだろう、だが、魔王様をよく知る私だから言える事がある、魔王様は、決して慈悲や手心で戦局を見誤るような方では無い、必要ならば虐殺も特攻もやむ無しと、この戦争に自分の命すらもかける覚悟で臨んでおるお方だ、そんな魔王様に限って無意味な停戦など指示する訳がないのだ」
「・・・ならば司令は、一体何故魔王様が停戦を指示したと・・・?」
「・・・憶測で語るには些か不謹慎が過ぎる内容だ、故に察せ、何故この局面で2ヶ月も連絡が途絶えたのか、何故帝都に遣わせた伝令が帰って来ないのか、何故魔王様は計略を用いると言いつつなんの策であるか明示しなかったのか、全ての因果がひとつに繋がっておるとすればおそらく・・・」
「・・・クーデター、ですか」
そこでレオンハルトの幕僚達はみな魔王軍幹部のクズっぷりを思い起こした。
奴らの非道、無道、放蕩は魔王軍最高幹部の名を汚すものであり、皆は彼らに手柄を取られたり、理不尽な雑用に休みもなく東奔西走して働かされてその横暴を身に刻まれていたのだから。
奸臣と佞臣と売国奴しかいない地獄ような最高幹部たち。
そんな奴らならば、魔王様を封印し、レオンハルトの手柄を横取りする為に見殺しにするみたいな謀反をしてもおかしくないと、誰もがそう思った。
「・・・もしそうならば我々は一体どうすれば・・・、謀反人を打てば人間に利する事となり、しかし人間を打てば謀反人に利する事になる、内憂外患の危機的状況に於いて、解決するには我々の兵力は少なすぎる」
騎士団派も魔王軍と聖女との二正面作戦を行ってはいるものの、それは処刑された先代国王が騎士団派に無条件降伏し、潤沢な地盤と兵力を全て騎士団派に引き継がせたからという要因も大きい。
しかしレオンハルト達はあくまで実働部隊の一つに過ぎす、兵数は僅か2000人強であり、そしてそれは王国や帝国の全兵力に太刀打ち出来る数では無い。
カルセランド基地を占領出来たのは敵が革命により補給線を失ったからであり、ここには基地を防衛する戦力はあれど、謀反人に仇討ちするにも都市に総攻撃をするにも万全とは言えない人数だろう。
無論、魔族の一兵は人間の精鋭3人分に匹敵すると言われる程に精強なので、人間換算すれば2000人強の兵もその9倍となる2万人弱いる計算にはなるのだが。
だが人間は如何せん数が多く、故に兵力の補充無しに侵攻するのは味方にも被害を生む為に、兵力の補充無しにはレオンハルト側も攻撃を仕掛けるには消極的にならざるを得えない事情があったのだ。
「・・・この基地を捨てて謀反人の討伐をしようとしても逆賊としてこっちが討たれるだけだ、・・・故に私はもう腹を括った、この砦で討ち死にする覚悟のある者だけを残して、家族のいるもの、人間との戦いに嫌気が差したもの、傷病兵、諸君らの部下の中でこの戦いについていけないものは、私の権限で軍を退役しそのまま帰還させよ。」
「な─────」
幕僚達はレオンハルトのその言葉を聞いて絶句する。
それは城を枕に討死するという、武士道の極限に通ずる徒花を示すからだ。
「・・・この戦に我らの勝利も明日も無い、我らは利用され、滅びるまで戦わされるだけだ。
私は魔王様から与えられし司令官としての使命を最期まで果たす為に戦うが、諸君らには未来がある、故に、ここから去ることを引き留めはしない。
・・・おそらく奴らの総攻撃はそう遠くない日に行われるだろう、故に私は明日、ここにいる皆に向けて死ぬまで籠城するかを問う事にする、私を魔王軍に反逆する謀反人だと思うのならば討ってくれても構わない、この砦を守り抜くという司令の役割を代わりたい者がいるならば、そ奴にこの首と役割を譲ろう。
だが私が生きている限りにおいて、魔王様の兵をクズの為に浪費する犬死を命じる事は出来ない、故に明日、討ち死にする覚悟の無い者たちを帰還させる、今日の会議は以上だ。
・・・最後に言わせてもらう、これは砦と心中では無くただの犬死だ、真に魔族の未来を憂う者はここで死ぬべきでは無い、ではこれにて解散せよ」
レオンハルトがそう言うと、幕僚達は敬礼をして退出していった。
魔族の未来の為に戦ったレオンハルト達からすれば、取り巻く状況は最悪としか言いようが無い理不尽の極だった。
故に、この局面に於いて基地に残る者は未来の無い復讐者だけでいいと、レオンハルトはそう思ったのであった。
時を同じくして魔王城の会議室。
「ええい、新しい魔王はまだ見つからんのか!!」
「ダメです、この二ヶ月で宣告を受けた者、転職した者、洗いざらい探しましたが、一人も見つかっておりませぬ!」
「クソっ、魔王様は過労死するし、【勇者】の捜索に向かった筈のシェーンは二ヶ月も音沙汰無く帰ってこんし、我々は一体どうすればいいのだ」
二ヶ月前、先代魔王アブラハムが執務室で過労死して以降、幹部達は国内に混乱を与えぬようにとその情報を秘匿していたが、流石にそれも限界が来ていた。
幹部達はみな忠義心の低いもの達ばかりだったので、本来なら直ぐに魔法で蘇生をすれば生き返る所を、三日も放置してしまった為に蘇生に失敗しアブラハムは帰らぬ人となったのであった。
「レオンハルトから送られてくる伝令を適当な国家反逆罪で投獄して口封じしておるが、それもじきに気づかれるだろう、この国家の存亡の危機にこのまま戦争を続ければ今度こそ間違いなく帝国は【勇者】に滅ぼされる。
・・・だが降伏するにもレオンハルトはそれを拒否して戦い続けるだろう、奴は魔王様とは義兄弟の間柄、魔王様が死んだと知れば弔い合戦として人間に総攻撃を仕掛けるに違いないし、征伐軍の兵士は皆が人間に恨みを持つ者ばかり、この戦に我らの勝利が無いと知れば、最後に一花咲かせようと特攻するに決まっておる、これでは我らは破滅だ、どうしたものか・・・」
魔王軍幹部の中で唯一の良心と言える存在、会議での存在感は薄いが、人徳だけは誰よりもある男フワライドスが、数人が夜逃げして出席率もまばらになった会議室にてそう議題を打ち上げた。
それに無能幹部の筆頭であるバイコクオー、バグインレオ、スケベロスは結託したように答えた。
「これ以上の戦は不要、ならば早々に人間側に降伏し、全ての罪を魔王様とレオンハルト達に被ってもらい我らの自治権だけでも取り上げられないようにするしか無いでしょう、国が滅びるのと人間の奴隷として生かされるの、どちらも地獄だとしても滅びるよりはマシでしょう、それしか我々が生き延びれる道は無いのだから」
天下統一の旗印であった魔王が死んだ以上、幹部達にはもはや戦意も抵抗の意思も無く、ただ今の身分と財産の保持という保身しか頭に無かった。
少なくとも幹部たちの大半は既に戦勝の好景気により一生遊べるだけの財産を得ているし、帝国が敗戦しても財産と身分さえ残れば勝ち逃げできる段取りはついていたからだ。
帝国による魔王軍の歴史は敗戦の歴史、しかしそんな歴史の中でもしぶとく売国や逃亡をする事により彼ら幹部の一族はしぶとく生き残って来た訳である。
だからバイコクオー達の降伏の提案に対してそれを批難するものはもはや、この場には一人もいなかったが。
そこで、会議室の中では異色な若い男が、その沈黙を破り声を上げた。
「降伏するのは当然として、しかし、それをそのまま人間達が受け入れるでしょうか?、無条件降伏をしますか?、ですがそれをすれば次は間違いなく自治権を奪われ、我々は【宣告】の自由すら奪われて、人間に一生飼い殺される家畜に成り果てるでしょう、仮に財産を抱えて国外逃亡するにしても、逃げる先が無いのでは降伏には利が無い、違いますか?」
男はバイコクオーらの意見を否定せずに、ただこのままでは没落し破滅するだけという客観的事実を告げた。
それにより無能であるバイコクオーたちも自分たちが降伏すれば許されるものでは無い事を自覚し、男の言葉に耳を傾けるようになった。
「・・・君は?、どうやら新参者のようだが、お前は何者だ?」
そこで男は颯爽と一礼をして周囲を引き込むように朗々と声を張り自己紹介をした。
「申し遅れました、私は【大将軍】ポリクレスの末裔、【大軍師】パリクレスと申します、以後お見知りおきを」
「【大軍師】・・・、こんな若造が【大軍師】とはな、それでお前はならばどうすると言うのだ、ただの降伏は受け入れられず、無条件降伏では意味は無い、ならば【大軍師】のお前はどうするべきというのだ、聞かせてもらおうか」
幹部達は新参者の若造でありながら参謀職の最高峰である【大軍師】のジョブを持つパリクレスに皆が注目し、そして期待した。
それほどまでに幹部達は無能であり、自分でこの戦局をどうにかしようとする責任感や能力に欠ける者たちばかりだったからだ。
そんな愚図な幹部達の様子を内心で小馬鹿にしながらパリクレスは自身の策を語って聞かせる。
「皆様、お忘れではありませんか、我々には最強の切り札、人類絶滅装置があるという事を、我々が人間側と交渉する手札があるとすればもはやこれしか無い、ならば今こそが伝家の宝刀の使い所では無いでしょうか」
「・・・バカな、カタストロフだと、あれは呪われた兵器であり、使えば大陸を呪いで汚染し、我らは世界の敵として憎まれる事となるだろう、そんな事をすれば無条件降伏よりも更に最悪の結末を迎えるに決まっている!!」
人類絶滅装置、それは古の魔王が作りあげた呪いを原動力として解き放つ最悪の兵器であり。
使用には呪いの素体とする魔力の高い生贄を必要とし、それは一人の魔族の生贄につきSランク魔法である大爆発10回分のエネルギーを生み出すという禁断の魔法。
仮に1万人の魔族を生贄として焚べれば、それは王国の半分を消し飛ばすほどの威力を生み出す事になるだろう。
そしてカタストロフを使用した後に生まれる呪いの灰は大地を汚染し、疫病や風土病を拡散させ、大地を呪いで埋めつくして不毛の土地とする禁断の兵器だった。
カタストロフの発動には【巫女】という特殊職によって行われる儀式が必要となるが、それも既に準備は完了しており、生贄さえ用意すれば魔王軍はいつでもカタストロフを発動できる状態だった。
それを使えば王国に壊滅的打撃を与える事は容易いが、死の灰よる呪いは偏西風により帝国にも蔓延し、人間と魔族、両方が破滅に向かうのは間違い無い。
故にそれが起死回生を可能とする魔王軍の切り札であったとしてもその使用を躊躇うのは当然の話であり、仮に帝国が破滅するとしても使用を肯定する事は決して満場一致とならない苦肉の策だったのである。
カタストロフはあくまで抑止力であり、使えばそれは最後の一人まで殺し合う終末戦争の引き金になるものだ、故に、その引き金を引く度胸のあるものなど、この場には一人もいない。
だがパリクレスはそれを全て理解した上でカタストロフの使用を提案していた。
「いいえ、確かにカタストロフを人間に向けて撃てば、それは最悪の時代の嚆矢となるでしょう、しかし、それを撃つ相手が聖女たちの敵全てならば、どうでしょうか?」
「聖女たちの敵全て、だと?、まさか・・・」
パリクレスのその言葉を無能であるバイコクオー達も一拍遅れて理解し、戦慄した。
「ええ、カルセランド基地にいる兵士達全て、そして先代魔王様を大罪人として祭り上げ、それらをカタストロフで断罪した事にする、更に戦局から鑑みて王国の騎士団派の兵士が総攻撃を仕掛けるのは明白、その機に一網打尽すれば、我々の損害は最小限に、そして聖女たちには最大限の利益をもたらす事になり、我々を保護する事にも理屈がつくという話です、いかがでしょう?」
それは、およそ魔王軍の家臣が提案するにしては最低の策だった。
魔族の未来を作る為に戦った魔王とレオンハルト軍、その両方を悪者に仕立て上げて抹殺し、罪と責任を全部押し付けるというやり方。
自分は被害者であると、悪いのは国家元首と暴走した軍人だと、支持していた事実そのものを有耶無耶にする、恥知らずの極みにあるような詭道の策。
だが今の魔王軍幹部の中に先代魔王に忠誠を誓うものは一人もいなかった、故に。
「・・・お主、・・・天才だな!!、それなら我らは悪しき魔王を倒した正義の士として認められ、聖女から今の財産と領土を安堵して貰うのも容易い、いや褒美だって貰って然るものだろう!!・・・なるほど、確かにカタストロフを敵に撃てば敵の恨みを買うが、それを「逆賊に撃った結果、副次的に人間も巻き込まれた」という体なら言い訳も立つし、そして騎士団派が消滅すれば聖女側は狭隘な魔族の土地を戦利品として求める事も無くなるという、まさしく一挙両得の名案では無いか!!!、流石は【大軍師】、この国家存亡の危機に於ける真の英雄はお主だったのだな!!!」
そう言ってバイコクオー達はパリクレスを褒めそやした。
「お気にいただけて何よりです、ではこの策を実行するに辺り、皆様にやって貰いたい事があるのですが・・・」
「任せろ、我らの勝利は確定した、ならば我らも全力でお主の策を支持し、協力しよう」
「ありがとうございます、では手始めにレオンハルト達をカタストロフの生贄とする為に、先ず彼らの家族を人質に取ってください、そして私を魔王代行者として認め、聖女派に降伏するまでの間、私を執政官として全権を委任する事を認めてください、よろしいですか?」
「ああ分かった、認めよう、今日からはお主がこの国の頭首であり、我らはお主に従おう」
バイコクオー達は売国は出来ても自分で国を統べるような器を持つ者はいなかった為に、レオンハルトの台頭を心から喜び支持したのであった。
こうして魔王軍による最悪の作戦、「インサイダー・カタストロフ」は発動される事になったのであった。
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