【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第1話 最後の円卓会議

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 王国の東端に位置する王国と帝国の戦争の最前線カルセランド基地。

 そこから西に30キロ離れた所に存在する、軍人の東都と呼ばれる騎士団の本部のある都市「ドンキホテ市」。
 そこで王国の全兵力の指揮権を預かる騎士団のその幕僚達が会議をしていた。

 騎士団本部に存在する円卓の間、それは王国に10万人いる全騎士の頂点、特級騎士の身分を持つ者だけが入室を許される場所。

 そこで13人の騎士達が、魔王軍との戦争についての作戦会議をしていた。


「皆も分かっている筈だ、我々に残された時間は長くないと、起死回生を賭けた【勇者】の捜索も空振りに終わった今、我々に残された道は特攻して起死回生を図るか降伏して全てを失うか、その二択でしかない」

 特級騎士の第1席、この中で一番の年長者であり唯一の中年の騎士である男、ジェリドン・メッサが、今の騎士団の置かれている状況を簡潔に説明すると参加している騎士達は皆、この絶望的状況に何も意見出来ぬままに、円卓に長い沈黙が流れた。

 それも当然の話だ、王国側にとって魔王軍にカルセランド基地を取られているというのはそれほどに重く、そして打開する手立ては一つも無い。

 今は魔王軍から休戦の提案を受けて停戦状態となっているが、それが魔王軍が王国に大規模侵攻を始める為の準備期間だと皆がそう解釈していたし、戦況を鑑みれば、それ以外に魔王軍が休戦を申し入れる理由は考えられない話だ。

 しかし騎士団からしても戦力の過半数が壊滅状態となり、師団の再編成、兵力の補充が必要となっている為に、その休戦は騎士団にとっても受けざるを得ない巡り合わせだった。

 だから最終決戦に向けて少年兵すらも国家総動員する過酷な徴兵をした訳であるが、それでも物量だけでひっくり返せるほどこの戦局は容易では無い。

 それが分かっているからこそ、早急な【勇者】の発見と、敵が体勢を整える前に迅速なる総攻撃が必要な訳であるが。



「しかしジェリドン殿、徴兵による兵力の充足率は目標の半分にも満たず、そして、聖女派閥はこの国家の危機に対して一人の援軍も出さず、我らがここで魔王軍と共倒れすれば、聖女派の一人勝ちとなり、我々の勝利も栄光も全て、あの薄汚い雌豚に掠め取られる事となるでしょう、それでもよろしいのでしょうか」

 特級騎士の第2席、「神速の隼」の異名を持つ男、テンガ・テンジョウが皆の意見を代表して発言した。
 テンガは現時点での突撃には勝算が薄い事を指摘し、それに序列下位の騎士数名も便乗してテンガの言葉に賛同する。

「その通りです、あの雌豚に漁夫の利を取られるくらいならば、全兵力をあの雌豚に差し向けて、後門の狼を駆逐してから存分に魔王軍と戦う方が勝算はありましょう!!」

「我らの血であの雌豚に漁夫の利を与えるなど、それこそ本末転倒というもの、我々の理想踏みにじり、勝手に王を名乗って乱世を創出した雌豚を討たずして特攻すれば、我らの骨を拾うものもなく、我らの名誉も死後に貶められる事でしょう」

「それに雌豚が魔王軍と通じているのは確定的、ここで我らが血を流せば雌豚は労せずして世界を手に入れる事になるでしょう、そんな馬鹿な話、到底許されるような事では無い!!」



 この戦局に於いてカルセランド基地の奪還は必ず果たさなくてはならない最優先事項だと誰もが理解していたが、それでもそれに全兵力を挙げて行う事には反対する者も多かった。

 故に会議は難航する、騎士にもそれぞれの思惑があり、戦略があり、利害があるのだから。

 各々が自分の主張に傾注し、議論が白熱化している中で終始無言を貫く男がいた。

 普段ならタカ派の先頭に立ち、「魔族滅ぼすべし」と殲滅作戦を唱えるはずの男が無言でいる事を訝しみ、ジェリドンは一度会議を仕切り直してその男の意見を訊ねた。



「・・・スザク、そう言えばまだ聞いていなかったな、確か、お前の行った地方には魔族に支配された村があり、そしてお前はそこで魔族を打ち倒す為に【聖剣再現】を使用し、そしてそれが破られたと聞いたが、それでお前は魔族を放置して逃げ帰って来たのか?」

 ライアと闘技祭でガチバトルを繰り広げた男、スザク・コバヤシ、彼は特級騎士の第3席に名を連ねる生粋のエリートであり、そしてジェリドンにすれば自身の魔族殲滅思想に傾倒する同志のような存在だった。

 そんな彼が魔族を見逃して戻って来た事、そしてこの場で何の発言もしない事、その両方に不信感を覚えて、ジェリドンはスザクの真意を聞いたのである。


 ジェリドンに質問を受けたスザクは直立し、騎士のお手本のように優雅な動きで一礼して説明を始めた。



「先ず、私の捜索範囲である旧マハーラージャ領の端に存在する村、ンシャリ村、そこは魔族と人間が共存する、世にも珍しい村でした」


「人間と魔族の共存だと!?、馬鹿な、魔族が人間と共存する訳が無い、人間達は洗脳されていいように利用されているだけだ!!」

 と、スザクの言葉に皆が懐疑的であり、それは有り得ないと直ぐに否定されるが。

「・・・いいえ、それが逆なのです、聞く話によればその村では魔族を村の守り神とし、そして僅かな食事と酒を提供する見返りとして魔族に鉱山採掘という重労働を課していました、つまり、騙されていたのは魔族の方であり、私はその真実を知り、一つの答えを得ました」

「・・・答え、だと?、いや待て、その前に、お前の聖剣の使用についての説明を求める、聖剣は円卓の歴史1000年に於いて無敗の奥義、それが打ち破られるなど、相手はただの魔族では無いのだろう、聖剣を打ち破った魔族とは一体どんな奴なのだ」

「いえ、私が破られたのは魔族ではありません、ただの人間です、そして聖剣を打ち破ったのは確かに特殊な武器ではありますが、聖剣とは比較するべくもない『死神憑』の妖刀、ですが妖刀に宿りし人の怨念という〝想い〟が奇跡を呼び起こしたのでしょう、妖刀はその内に宿した怨念を全て解き放つ事で私の聖剣を打ち破ったのです」

「人間に聖剣が破れた・・・?有り得ない、聖剣は人々の希望を束ね奇跡を象徴する勝利の約束手形だ、それを破れる人間など勇者以外には有り得ぬ、お前、その人間を放置してきたのか?」

「いいえ、彼が勇者という事は先ず有り得ないでしょう、彼は人間ですが、妖刀と完全適合を果たせる程に邪悪な心を持った、悪人の村に生まれた悪しき人間であり、そしてその能力自体は平凡でとても【勇者】の器とも思えぬ程に貧弱でしたから、聖剣が負けたのはあくまで、私の技量不足と妖刀の底力の為せるものだったと、私は解釈しております」

 本当にそんな事が有り得るのかと、誰もスザクの言葉を信じられる者はいなかったが、そんな皆の反応に構う事無くスザクは言葉を続けた。

「話を戻しますと、私はそこで答えを得たのです、魔族とは共存する事が出来る、と」

 その言葉を聞いて全ての騎士がスザクが本物か疑った。
 当然だ、魔族殲滅主義の先頭に立つ男が魔族との共存を説くなど、天地がひっくり返えるような異常事態だからだ。


「何を馬鹿な事を!!!、貴様、この戦争を誰が引き起こし、悲劇の元凶が誰か、考えた事は無いのか!!!」

「そうだ、支配し利用するならまだしも、奴らと共存など、夢物語でしかない、奴らを野放しにすればいずれは牙を剥く、だからこそ完全なる駆逐が必要なのでは無いか!!」

 スザクの意見を否定したのは、魔族殲滅思想に取り憑かれたタカ派の騎士達だった。

「スザク・・・貴様、もしや魔族に洗脳されたか・・・!!」

 その頭目であるジェリドンは少し前までこちら側にいたスザクが翻意した事を訝しみスザクの正気を疑ったが、そこで穏健派のトップである特級騎士第2席の男、テンガがスザクの真意を訊ねた。

「率先して魔族を殲滅する側にいた筈のスザク殿が共存を説くとは興味深い、という事はおそらく、スザク殿は魔族と共存する具体的な展望があると、そういう事か、ならばその考えを是非聞かさせて頂きたい」

「ええ分かりました、とは言っても、単純な話です、我々は魔族を憎んで来ました、それは何故でしょう?、魔族が有害だから?不快だから?不要だから?、違います、単純に我々が、魔族に対する理解に乏しく、魔族を有効活用する手立てを理詰めで構築していなかったからです」

「理詰めで構築?どういう事だ?」

 テンガは他の者が口を挟む隙を与えないようにと合いの手を打ち、スザクに言葉を続けさせる。

「簡単な事です、王国の魔族に対する支配は、魔族憎しの感情論から課せられた天文学的な賠償金と、魔族の身分を奴隷として扱い搾取するという魔族側からすればとても受け入れ難いような苛烈な体制でした。
 これは感情論が基礎となる構築なので当然魔族側も反発します、しかし、私が見た魔族との共存を成し遂げる村では、魔族に自分が搾取されている事を気付かせない事で、都合よく魔族を利用していたのです。
 魔族は我々と違い文化や学問に乏しい者たち、ならば最初から知略で戦えば、我々が魔族に負ける道理は無かったという話なのです」

「・・・なるほど、確かに、魔族は個体の強さでは我々に勝るが、積み重ねた歴史や学問の厚みにおいては人間に優る道理なし、それを馬鹿正直に戦で打ち倒そうと考えるのがナンセンスであると、そういう話か」

「ええ、ですから、我々に取れる道は二つだと私は考えます、一つは、このまま魔族に玉砕し聖女に漁夫の利を与えるか、もしくは逆に、魔族を味方につける事で聖女を滅ぼし、その後で魔族を駆逐するか、今我々が魔族と戦うのも、聖女と戦うのも、両挟みとなっていて得策では無いでしょう、故に、ここは魔族を利用する道こそが我々にとって最も勝算のある道であると、私はそう考えております」

 スザクの言葉を聞いて他の騎士達も各々の持論を述べる。

「・・・馬鹿な、魔族と共闘だと、そんな事出来るはずが無かろう、戦場で散っていった死者の無念を考えれば、魔族と手を組む事など有り得ぬし、向こうだって同じ考えの筈だ!」

「しかし、このままでは我々は犬死となり、我ら騎士団は名誉も何もかもを失う事になる、そうなる位ならば魔族と交渉して聖女を討たせるのは現実的な策では無いのか、貴様らはいつもそうだ、簡単に特攻を命じるが、勝ち目の無い戦に死ねと命じる者の気持ちが貴様らに分かるか!!」

「我らの命など塵芥でも構わん、真に守るべき王国臣民の為ならば、私はいつでもこの腹を切れる、それだけの覚悟で私は騎士を名乗っているのだ、命が惜しいのならば騎士の名を捨てて田舎に帰れ!!」

「なんだと!!、貴様、我が騎士道を愚弄するか!!!」

「そうだ、特攻するなど思考の程度が劣るものの考えだ、城を枕に討死するという根性論など思考が古過ぎる、命あってこその物種であり、生きていた方が敵にとっても脅威になるだろうが!!」

「貴様らは弱いから特攻が怖いのだ、私は既に基地に7度の特攻を繰り返したが五体満足で生還しておる、部下を見捨てて退散する貴様らとは出来が違うのだ!!」

「お前は『銀の悪鬼』に出会って無いからだろうが!!!、奴と会えば誰でも壊滅する、貴様は運が良かっただけだ!!、それを恥じるでは無く誇るとは見損なったぞ!!」




 スザクの話した献策は大きな波紋となり、タカ派と穏健派の意見を真っ二つに2分した。

 スザクが献策をしなければ穏健派の者たちも反感は持ちつつもなし崩し的に特攻に身を捧げただろうが、魔族を倒し聖女派も殲滅出来る意見を出されれば、そちらの方がいいと思う人間が出てくるのは仕方の無い話だった。

 丁々発止と水掛け論が加熱していくのをよそ目に、ジェリドンはスザクの真意を慮り、もう一度スザクに問いかけた。

「・・・スザクよ、貴様は魔族を許すというのか、貴様から全てを奪った魔族を、この戦争で貴様は親も兄弟も失った、それでも貴様は魔族を許すというのか?」

 そこでスザクは、憎悪など微塵も感じさせない目でジェリドンに向かい、偽らざる本心を答えた。

「ええ、何も憎むものはありませんとも、なぜなら私は奪われたもの以上に魔族から奪って来ました、それは復讐の連鎖を生む悲劇の呪い、奪われたものを奪い返しても因果は必ず返ってくる、ならば奪い返すよりも、相手を騙して上手く利用する方が遥かに建設的であり得であると、私は教わりましたから。
 ・・・ジェリドン殿、あなたはこの復讐の連鎖が無くなるまで魔族を滅ぼす事が出来ますか?無辜の魔族が復讐に囚われないように、無辜の魔族も赤ん坊の魔族も等しく狩り尽くし地獄に送る覚悟がおありですか?、そんな事が出来る者は、それこそ魔族よりも醜悪な悪鬼だけでしょう」

「・・・そうか、やはり貴様は、洗脳されておるようだな」




「──────────な!?」



 ジェリドンは丸腰のスザクを一刀両断し、そして宣言する。



「魔族は殲滅だ、それ以外の活路など我らには無い、こやつは魔族と協力と言うが、誰が交渉する?、誰に交渉する?、そんな事が実現不可能であると、少し考えれば分かる話だろう、こんな愚かな言葉で我らの団結を阻害しようとするこやつは洗脳されておった、故に斬った!!。
 ここにもう一度宣言する、我等に後退も生きて拾う明日も無し、ここで魔族と徒花を咲かせ、死者の無念と英霊達に報いる事こそが我らの騎士道!!!、死者には靖国で切腹して詫びよう、総員、突撃の準備をせよ、決行は三日後、魔族を殲滅し、基地を奪還するのだ!!!」



 ジェリドンは愛弟子だったスザクを斬り捨てる事で己の覚悟を示し、そして他の騎士達もジェリドンの覚悟を知って、それに逆らう者はいなかった。

 何故なら確かに、スザクの献策には具体性が無く、ただ騙して利用するという稚拙な概念しか提示されていなかったからだ。

 仮にもう少し議論していれば、【勇者】を餌にして降伏を迫るなり、帝国の自治権の返還と賠償金を帳消しにする建前で協力させるなりの具体案だって出ただろう。

 ジェリドンの脳内には魔族を騙して聖女を討つ鮮明な具体案も存在していたが。

 ──────────だが、ジェリドンにとっては。

 聖女に名誉と栄光の全てを奪われるよりも、魔族と協力して偽りの世界で共存する事こそが騎士道に反していた、それ故にジェリドンは特攻を決意し、覚悟を決めてスザクを斬ったのであった。



 スザクの言葉の通りジェリドンは悪鬼に取り憑かれていた。

 無辜の子供だろうと、善良な聖人であろうと、魔族であるならば等しく地獄に送るという執念。

 妻と子供と家族全てを魔族に奪われた男は、魔族を殺す事だけを生きがいとする復讐の鬼と化していたのであった。





「・・・・・・復讐者同士の戦い、か、果たしてこの戦いの勝者は誰になるのだろうか、・・・ねぇスザク殿」

 テンガは骸となったスザクの弔いに十字を切ると、スザクの遺体を担いで円卓から退室した。











 そこはこの世で最も命の価値が低い場所。

 命を尊ぶものはおらず、小さな栄誉の為に命を欲しがり、そして奪われる場所。

 そこに法も道徳も無く、ただ切り分けられた勝者と敗者がいるだけ。

 最も浅ましい理由で命を奪い、他者と命を喰らい合う。

 それが出来るのが人間であり、そしてそれは子供でも行える事だった。

 ならばそれは人間の本質なのか、道徳と理性は偽りなのか、その答えを知った時。



 ──────────偽りこそが幸せであると、誰もがそう思う事だろう。
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