【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス

第15話 女王再臨

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 フエメとの握手の後に俺は、「これからは二つの村の虹の架け橋になれるように頑張ります」と所信表明をして挨拶を終えて。

 そしてそこで長い長い一日の終わりとなったと思った、その時。



 大きな影が会場に落ちた。


 皆が一斉に空を見上げる。

 それは巨大な龍だった、そしてそれは舞台の上に旋回する。



「こ、黒龍・・・」

「な、黒龍を撃退したっていうのは嘘だったのか!?」

「いや、こいつは黄金山地の奴とは別だ、隻眼じゃないし、何より鱗が無い」



 観客はパニックとなり一斉に逃げ出していく、俺も我先にと逃げ出そうとすると、フエメが俺の腕を掴んだ。


「お、おい、何するんだよ、お前も早く逃げろよ!!」

「この災厄は逃げても無駄よ、きっと何処に逃げたとしても、村ごと滅ぼされるでしょうね・・・でも、私たちには抗う術がある、でしょう」

 フエメはそう言って、クロに視線を送った。

 当のクロは俺が渡した「伝説の勇者・ミッキィ」にご執心のようであり、フエメの言葉どころか黒龍の存在にすら気付いていないようだが、黒龍が地面に降り立った衝撃で我に返り、黒龍を確認する。

「わぁ黒龍なのん、・・・この匂い、嗅いだ事があるのん、・・・これは黒龍と『女王』の匂いがするのん、混ざってるみたいなのん」

「混ざってる・・・?、確か『女王』は特性として、食った相手の力を奪う【捕食者】のスキルを持っていたよな?、つまり、『女王』が黒龍の死体を食った、そういう事なのか・・・?」

 “失われた聖域”で戦った黒龍と神狼の死体、神狼は自ら天に滅して消滅していたが、売れば超一級の素材として高値がつく事から俺は黒龍の死体を放置していたのだが、まさかそれが手負いの『女王』に食われてしまうとは信じられないような話だった。

「・・・つまり、融合進化ジョグレスしんかという訳ね・・・、黒龍と『女王』、ランクは違えど超一級の怪物同士の融合、厄介だわ」

 そこで俺は唐突に一つの言葉が頭に浮かぶ。

 俺たちに敗れた悪熊デモンベア黒龍バハムートの融合、・・・羆と竜の融合。




 ──────────それは、そう、あの日の伏線だった。







「つまり・・・敗北羆竜ひりんミックスって事かよ!!!!!」






 背徳不倫セック〇……はいとくふりんせっく〇……はいぼくひりんみっくす、敗北羆竜ミックス、あの日の言葉は確かに言霊となり、伏線となったという事である!!!。

 これも全部クロのせいだ、あの時あいつが訳の分からない言葉を羅列するからっ・・・!、それでこんなヤバい事態に発展したんだ。

 フエメのその言葉を聞いて頭に血が登った俺はクロに詰め寄った。

「おい、クロ、どういう事だよ、『女王』はお前が倒したんじゃないのかよ、お前のせいでヤバい化け物が誕生してんじゃねぇか!ミッキィあげたんだし責任持ってお前が倒せよ」

「うにゅ・・・今のクロでも黒龍に勝てるとは思えないのん、というかライアだって、黒龍は遠くに引っ越ししたって言ってたのん、それが『女王』に食われるなんておかしいのん、どういう事なのん!!」

「は?、俺が黒龍に勝てる訳無いだろ、だからお前が取り逃した『女王』が、黒龍を討伐して復活したんだよ、それ以外有り得ない!!」

「そんな筈ないのん!、『女王』は瀕死の重症だったのん、万全の黒龍に勝てる道理なんてないのん、だから誰かが黒龍を倒してないとおかしいのん!!」

「そうだとしても『女王』を見逃したのはお前の落ち度だろ、だからお前が責任取って黒龍を倒せよ、俺にはどうしようも無いんだから」

「・・・うぅライアは嘘をついてるのん、でも、『女王』と黒龍、どっちもリベンジしたい相手だったのん、仕方ないからクロが戦うのん、皆、手だし無用なのん!!」

 そう言うとクロは自身に大号令をかけて突撃する。
 俺は逃げる事をフエメに阻止された為に仕方無しに、控え室で寛いでいたミュトスの側が一番安全だと思いそこに避難し、そしてメリーさんとフエメもそれを分かってかミュトスの傍に近寄った。

「・・・ミュトス様、どうかお助けください、黒龍は人の手に余る怪物です、どうかミュトス様のお力で黒龍を撃退し、我らに救いの手を!!!」

 ミュトスは黒龍を一瞥すると興味無さそうに呟いた。

「知性の無い獣如き、非力な人間でも力を合わせればなんとでもなるだろう、確かに余の力をもってすればあれを討つのは可能だが、だが、今の余はレベルも下がっておるし地味に殴り合って持久戦で戦うのが限界だろうし、そんな戦いでは、余の興は乗らんのだ、あーあ、勇者が私と、本気で戦ってくれるならば余も少しくらいは手を貸しても良いのだがなー、そなたの下郎との決闘、余は血が騒いだぞ、聖剣に立ち向かう一太刀、あれこそ正しく勇者の本領発揮では無いか、あれで余と戦ってくれるのであれば、余としてもそなたの頼みを聞いてやらん事もないのだがな」

「・・・それは」

 やはり、見るものが見れば、スザクを倒した俺の一撃は露骨なサインになるようだ。

 フエメもおそらく気付いた上で俺を村長という役職に収まる事に妥協している訳だろうし、これで最後だとすれば、村長になる俺の勇者としての最後のひと仕事くらいしてもいい話だろうか。

 と、俺はそこで、【勇者】の捜索をしているらしい、スザクの姿を確認した。

 しかし控え室にはおらず、どうやらスザクは既に立ち去っていたらしい、まぁ剣を折られている訳だし、用もないのに長居する理由も無いか。

 そして他の参加者であるシェーンは舞台の上でクロの後ろに、親父やダイナモのおっさんは賭博の金を持って逃げていた。

 俺はこの場には事情を知るメリーさん、フエメ、ミュトスしかいない事を確認して、ミュトスの要求を受けいれた。

「・・・分かりましたミュトス様、全てはミュトス様の心の通りに、私のこの身を、ミュトス様の望むがままに、捧げますっ!!、どうぞお好きなように私の体を蹂躙なさってください!!!」

「むぅ、言い方が低俗過ぎるぞ勇者よ・・・、まぁならばよかろう、そなたの忠義に免じて、そなたの為に戦ってやろう」

 ミュトスはそう言って魔法剣を生成して、舞台まで降りていった。

 俺も控え室に籠るよりは安全かと思い、そんなミュトスの後をついていく。



「クローディアよ、あれはお主の獲物か」

「そうなのん、だから手助けは無用なのん」

「いいや、ならばこれは競走だ、余には余の戦う理由が出来たからな、どちらが先に倒すか、これは競走だ」

 クローディアとミュトスは、黒龍化した『女王』に仲良く正面から突っ込んでいく。

 『女王』は全ステータスが全盛期の黒龍に匹敵するものとなっており、そして毛皮と筋肉も黒龍の因子により強化されて、打撃と斬撃を無効化するレベルにまで肉体を昇華させていた。

 それ故に三人の死闘は、延々とダメージの通らない消耗戦となったのであった。




 それを後ろから回復魔法で援護するメリーさんの後ろから、俺はシェーンに話しかけた。

「あの、シェーン殿、シェーン殿はさっき、立ち上がる余力がありましたよね、なのにどうして、クロに勝ちを譲ろうとしたんですか」

 シェーンは舐めプはしていなかったが、クロほど激しい消耗もしていなかった、それは試合後もヒールをかけられるまでずっと突っ伏していたクロとは明確に違っていた部分だった。

「別に、技量は互角だったんだ、どういう仕掛けかはさっぱりだが、あいつの大号令は並の【軍師】を遥かに超越する超一級の強化で、アタシのリミッター解除とも互角だった、スタミナで勝つのは年齢差を考えれば当然のものだし、だから技量で互角だったなら、それは実質アタシの負けかなって思っただけだよ」

「なるほど、・・・まぁ説明になるかは分かりませんが、クロは【超学習】という経験値が倍になるレアスキルも持っていますからね、あいつの成長が早いのには、一応の理屈もついているのですが」

「・・・だとしても信じられねぇよ、宣告してたったひと月で、あの黒龍とさえ殴り合えるようになってるんだからな、ほんと、何もかもが信じられねぇ話だ」



 シェーンにとってこの村の存在は一つの救いでもあった。
 【勇者】を探す魔族であるシェーンの事など、人間からは迫害されて当然の存在であり、調査だって妨害されても仕方無いと思っていた。
 しかし、ンシャリ村の住人は、そしてクローディアは、黒龍を撃退する手柄を上げたとはいえ、不倶戴天の敵である筈の魔族である自分を受け入れて、温かく迎え入れてくれた。

 ライアには石を投げるが、自分が石を投げられた事は一度も無く、そしてクローディアが魔族だと明かされた時も、誰もそれを罵ったりしなかった。

 きっとこの村から、人間と魔族が手を取り合うような、そんな平和で優しい世界が作れるかもしれないと、シェーンはそう思ったのだ。

 だからシェーンは、仮に魔王軍が勇者に敗れ、帝国が滅びの道を辿ろうとも、この世界には確かに魔族にとっての救いがあるのだと、そう思っていたのだ。



「シェーン殿は、これで村を離れるのですよね、最後に一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「・・・なンだ、言っとくがアタシは穏健派の末端であって、魔王軍の目的とか、他にどれだけ諜報員がいるのかとか、そういう事は教えられねぇが」

「・・・いいえ、そういう事では無く、もし仮にに、この村から魔王軍への帰属を申し入れた時に、それをシェーン殿の権限で認めてもらう事は出来るか、そういう話ですよ」

「魔王軍への帰属・・・?、人間の村が?、正気かよお前?」

「単純な話ですよ、人間とだけ取引するよりも、人間と魔族両方と取引した方が利益は大きい、確か、帝国には大規模な農業プラントがあり、食料は安価で流通しているのですよね?、逆に王国は農民不足で既に慢性的な食糧不足状態、まぁンシャリ村と帝国は大陸の端と端でかなり離れてはいますが、私には王都で取引をしている商人の知り合い(メリーさんの知り合い)がいますので、間接的に帝国と取引して利益を得る段取りがあるという話なのです、商人が帝国から食料を買い付け、それをこの村が買い付ける、そういう取引がしたいという私の勝手な要望なのですが、それをシェーン殿の権限で頼む事は出来ますでしょうか」

「・・・なるほど、確かに帝国は今戦勝の好景気で物資に余裕があるし、人間から略奪した食料も腐るほど余らせている、それを人間の商人に売って、巡り巡ってこの村に還元するっていう提案は、別に悪い話では無いかも知れねぇ、でも、それは人間と戦争している魔王軍からすれば立派な裏切り行為だ、魔族の中には人間にされた仕打ちを恨んで一人でも多くの人間を殺す事に躍起になっている軍人だって多い、だから、人間に協力する事、それはアタシの権限では出来ねぇが、オジ・・・魔王様は人間に対して寛容的だ、だから魔王様の耳に入れる程度の事は出来る、実現出来るかどうかは、アタシの手柄次第だろうな」

「つまりシェーン殿は、魔王様の身内、もしくは意見できるだけの地位であると、そういう事ですか?」

「いや、そんな大したもんじゃねぇ、会議ではいつも舐められているし・・・って、ちが、アタシはただの末端の諜報員だ、魔王様は関係無いし、アタシの捜索もアタシの独断でやってる事で・・・」

 と、やっとここでシェーンが諜報員としてあるまじき自身の素性の暴露と地位の露見をしている事に気づき、取り乱して訂正するが、俺は「こんなに強い奴が使い捨ての使いパシリの訳が無い」と前々から疑問を持っていたので、それは無駄な弁護だった。

「シェーン殿に一つ、頼みたい事があります・・・、これは、【勇者】からの手紙です」

「──────────え?」

 魔王軍との和解、それが達成できれば俺が【勇者】として果たすべき使命や義務が消失する、だから俺はシェーンの事が利用可能なら可能な限り利用したいと、常々そう思っていたのだった。

「すみませんシェーン殿、実は現在の勇者様は完全なる平和主義者であり、魔族との戦争など望まない人物だったのです、それ故に自分の存在が露見して火種となる事を恐れ、今も隠遁しております、ですが勇者様は村の為に尽くしてくれたシェーン殿の働きに何か報いる事は出来ないかと思っていて、それで私がシェーン殿が和平の使者であると伝えた所、ならばとこの手紙を預かっていたのであります」

「・・・本当に本物か?、アタシを騙そうとしているンじゃないだろうな?」

 流石にいきなり【勇者】からの手紙と言われて信じる程シェーンもお人好しでは無かったが。
 だが俺は今、一つも嘘をついていないので堂々とシェーンに告げた。

「いいえ、これは正真正銘、【勇者】様からの手紙でございます、ですよね、メリーさん」

 俺は嘘が苦手なメリーさんに、嘘をつかせない場面で話を振る。

 隣で話を聞いていたメリーさんはそれに力強く頷いた。

「はい、それは私が宣告した私の【勇者】様の、正真正銘【勇者】様からの手紙です、神明の魔法を使っても構いません!!」

 神明の魔法、それは嘘を暴く魔法であり、嘘をついていない事を示すのに最適な手段であり、そして聖職者にとっては自身の潔白を示す際の常套句だった。

「・・・じゃあ本当に勇者からの、・・・これをオジ・・・魔王様に渡せばいいんだな?」

 そしてシェーンは、約二ヶ月に及ぶ長い長い旅の果てにようやく任務を成し遂げられた事に歓喜し、喜びの絶頂を感じていたのである。

「はい、どうか魔王様には、人間と魔族の争いを止める手助けをして欲しいと思います」

 俺は既に先代魔王が過労死してクロに魔王が移り代わっているのを知っていたが、素知らぬ顔でそう言いのけた。

 取り敢えず【勇者】が見つからないままよりも、見つかっていた方が魔王軍に対する大規模な戦闘行為への牽制になると思ったからである。

「・・・なぁ、一つだけ聞いてもいいか?、その【勇者】って、アタシの知ってる人物か?」

「はい、シェーン殿にとっては意外だと思う人物ですが、しかし、誰よりも平和を愛し優しい心を持った、そんな素晴らしい人物であります、ね、メリーさん」

 俺はウソをつかなくていい場面なのでもう一度メリーさんに話を振ったのだが。

「え?、あ、はい、そうですね、勇者様はとても素晴らしい人物でこいますっ・・・」

 何故かメリーさんは嘘をつかせる時と同じ様子で挙動不審となっていた。

 ・・・どうやら俺は自分が思ってるよりもメリーさんからの評価は高くないみたいだった、悲しい事に。

 ここで会話が一段落したのを確認してか、フエメも会話に入り込んできた。

「シェーン、私からもいいかしら」

 フエメは絶対的支配者なのでシェーンを呼び捨てにして語りかけたが、シェーンはそれを気にする事もなく返事した。

「なンだ、・・・アンタも何か頼み事か?」

「えぇ、まぁ私は、魔王ではなくあなた個人への提案なのだけど」

「提案?、アタシに何の提案なんだよ?」

「あなたの実力、私はとても評価しているわ、だからもし、あなたが魔王軍に見切りを付ける時が来たら、その時は私の元にきなさい、私の勢力は人間も魔族も問わない、だからあなたの連れてこられる手勢を全部連れて、魔王軍に見切りをつけた時は、私と共に天下泰平の道を進みましょう、親も兄弟も、部下もその家族も全員私が面倒を見るから」

 破格の待遇によるヘッドハンティング。
 いや、フエメがこの世界の真の支配者への道を歩むのであれば、シェーンを味方に引き入れるのは当然の選択なのだろう。

 そこまで言わせたシェーンもきっと悪い気はしていないだろうが、しかしシェーンも簡単には人間と手を組めないのか、答えはノーだった。

「悪ィな・・・、アタシの事、そこまで買ってくれるのも嬉しいけどよ、アタシにも忠誠を尽くさなくちゃいけない義理があるんだ、・・・それを無視したら、アタシは魔族としても人間としても最低だ、だから気持ちは嬉しいけど、仮にオジ・・・魔王様が人間を滅ぼすと言っても、アタシはそれについていく、もちろん、それを側で止めはするさ、でも、裏切れねェんだ・・・」

「・・・そう、でも、頭の片隅にでも入れて置いて、あなたを受け入れる場所は魔王軍だけでは無いし、あなたはいつでも、ここにいてもいいのだと、仮に人類と魔族の終末戦争が始まったとしても、私は魔族を見捨てないし切り捨てない、だから、いつでもいらっしゃい」

 そう言ってフエメは老若男女問わず効力を発揮する激レアな笑顔でシェーンに握手を求め、そしてシェーンはそれを拒めずに握り返した。

 恐らく、フエメがいれば、【勇者】として果たすべき仕事なんて俺には無いのだろう。

 何故運命の神様がフエメに【勇者】という二物を与えなかったのかは疑問だが、それでもフエメは英雄への道を邁進している。

 だから俺は、フエメがこのまま順風満帆に世に覇を唱えて、平和な世界を創造してくれればいいのにと心の中で呟いたのだった。






「はぁはぁはぁ、『黒ノ刃』でも全然歯が立たないのん、黒龍の鱗の強度と『女王』の剛毛が合わさって、刃物を完全に無効化しているのん!!」

「くぅ、こちらも負ける道理が無くとも打つ手無しと言った所か、このまま日が暮れて夜になれば、闇に紛れる黒龍の方が大分有利になってしまう、消耗戦は危険だな」

「・・・どうやら限界みたいだな、ならアタシも参戦するぜ、あとクロ、ウーナの技は使うな、あれは刀がぶっ壊れる諸刃の剣だ、剣士の正道を逸脱した反則技、あんなものに頼るのはお前には似合わねぇ」

「分かったのん、それに、一人で倒せないのはシャクだけど、シェーンがいればどんな相手にも負ける気がしないのん、だから最後の大仕事として一緒に倒すのん」

「・・・っ、・・・へへ、らしくねぇ感傷的な事言いやがって、照れるじゃねぇかよ!!」

 そう言ってシェーンはリミッター解除して『女王』に突撃する。

 数々のしがらみから解き放たれたシェーンは、その日一番の速さでもって『女王』の喉元に食らいついたのであった。

「グキャ、グガァアアアアアアアアア!!」

 初めて手傷を負わされ出血した『女王』は、大地が鳴動する程に激しく咆哮するが、並の人間なら即座に気絶するそれを、クローディアの【覇者の大号令】を受けている三人は意にも介さなかった。




「ねぇ、ゴミ、気づいているかしら、並の低レベル【モンク】なら即座に気絶する今の咆哮を受けてもあなたは平然としている、その事の異常さに」

「・・・別に、距離が離れてたとか、メリーさんの加護があるからとか、理由はいくらでも後付け出来るだろ」

「・・・後付けね、それはもう開き直ったと考えていいのかしら、まぁ私は、黒龍を撃退したと聞いた時点で確信は持っていたのだけど」

「はぁ?、言っとくがな、あの時点での俺は【詐術師プリテンダー】っていうよく分からない【詐欺師】の派生ジョブだったんだからな、確信持つとか言われようがあの時点の俺は別に何でもねぇよ」

「ふーん、そうだったのね、でもどうせ、そこのプリーストにそそのかされて自分自身も【勇者】だと思い込んでいたとかそういうオチなんでしょう、だって、そうでなければあなたが黒龍に立ち向かうなんて有り得ないもの」

 ・・・本当に、何を食ったらそこまで鋭く天才的な洞察力が身に付くのか、フエメは間違いなく推理小説における名探偵になれる逸材だった。
 こいつの前でだけは完全犯罪を狙うのは辞めようと、その時に俺は心に決めた。

「言っておくがな、俺は村長になるっていう目的も遂げて、後はの不労所得で暮らすから、俺は今後一生村を出ずに穏やかに平和に暮らすからな、お前に何を命じられようとやりたくない事は絶対やらないぞ」

「別に、ゴミが何を目的としてどんな人生を送ろうが興味は無いわ、二つの村の因縁を清算するという、私が負うべき宿命も果たした事だし、でも、一つ言っておくわ、ゴミが脱税したらその穴埋めはゴミ自身が馬車馬の如く働く事で返してもらうし、ゴミが私たちの前に立ち塞がった時は、ゴミが私のであろうと容赦なく潰すから、覚えておいて」

 弟、それが何か、説明を求める気は無い。

 だって俺は父さんと母さんの息子のライアでそれなりに幸せだったし。

 フエメはサマーディ村の豪族であるファタール家の娘として支配者になるのだから。

 俺は茶化すようにフエメに言ってやった。

「誕生日は同じだろ、だったら俺の方が兄かも知れねぇじゃねぇか、まぁ俺は妹分は間に合ってるし弟でもいいんだが、お姉ちゃんだっていうなら、もっと俺に優しくしてくれよ」

「は?、なんで私がお前みたいなゴミに優しくする必要があるのかしら、せめて他人に自慢出来る人間になってから、人生やり直してから出直す事ね」

「くすっ」

 フエメのその言葉にメリーさんは笑いを零すが、俺はなんで同じ血統からこうも性格に違いが出たのか疑問を抱かずにはいられなかった。

 ・・・いや、他人を利用価値の物差しでしか測れない、道具としか見れないという点に於いては、俺とフエメはどこまでも同族であり通底つうていしているのだが。

 だが俺とフエメの人生の格差は、比較せずにはいられないほどに残酷だったのだ。





「はぁはぁ、順調にダメージを与えていってるのん、でも、夜明けまでに勝つには火力が足りないのん、そしたら逃げられる可能性だってあるのん」

「・・・ふぁあ、余も今日は少々はしゃぎ過ぎたようだ、そろそろお眠の時間か、龍退治も飽きてきたし、そろそろ飯を食って寝たいのう」

「ふぁあ、クロも眠たいのん、流石に連戦は堪えるのん、体より先に頭が限界なのん」

「ちっ、このちびっ子コンビめ、まだ日は暮れてねぇぞ、しかしこのままだとマズいか、アタシ1人じゃこいつを仕留めきれねぇ、誰かに援護は頼めねぇか・・・!」




 と、そこで一人の男が舞台に舞い降りる。




「俺もいるぞ!!!」




「お、お前は・・・誰だっけ?」

 シェーンは突如現れた男の姿に記憶を探るものの、直ぐには出てこなかった。


「俺だよ、俺、レンフォー、レンフォー・アラフォード!!!、見ていてくださいフエメ様、私めが見事に黒龍を討伐してみせましょう!!!」

「乳汁王子、生きていたのか・・・」

 レンフォーはライアとの対戦の後に気絶し、会場の端に密閉されて放置されていたが、それがここに来て目を覚まし、フエメの姿を確認して己の活躍を見せようと息巻いていたのであった。



 レンフォーは真正面から『女王』に突撃を繰り出し、そして捕まる。




「クイタイ、クイタイ、ハラヘッタ・・・」

「うわあああああああああああああああああああ、やめろォ、フエメ様、お助けをおおおおおおおおおお!!!!」



「マズい、乳汁王子が食われる、誰か助けろ!!!」

 と俺は叫ぶが、皆消耗していたのだろう、動きは重く、とてもレンフォーの救出には間に合わない。



「う、うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 レンフォーの断末魔が響き渡り、レンフォーは女王に食われる、誰もがそう思ったその瞬間。

「・・・オ゛エ゛ッ゛!!、クッサ!!!」
 
 臭い玉の残り香が全身に染み付いているレンフォーの臭いを直接嗅いだ女王は嘔吐し、レンフォーを投げ捨てた。

 投げ捨てられたレンフォーはそのまま逃げ出していった。



「・・・まぁ、結果オーライか、・・・そうだ臭い玉だ!、あれを使えば『女王』を倒せるかもしれない」

 と、そこで俺は街で『男爵』を討伐した時の事を思い出した。
 あの後ガスについて調べた俺は、クジラの死体は自身の体内のガスによって膨張して破裂する事を知り、これを上手く利用できれば大型のモンスターを討伐する事も可能では無いかと思い至ったのである。

「別にそんなものを使わなくても、ゴミなら実力で倒せるんじゃないのかしら?、今この場にはゴミにとって不都合な人間はいない筈だけど」

「・・・へっ、お前は一つだけ勘違いしているようだな、言っておくが、・・・俺は弱い!!、全ステータスオールEで、Bランクの魔物に瞬殺されるレベルの雑魚だ、ですよね、メリーさん!!」

「はい!!ライアさんのステータスはめちゃくちゃ弱いです!!」

「・・・っじゃあ、あなたは一体どうやって黒龍を倒したというの・・・?」

 流石に名探偵のフエメと言えども、黒龍と神狼にプロレスさせて共倒れさせたというギャグみたいな展開だけは想像出来ないようだった。

 いや、トドメはきちんと俺のスキルによる力で刺したんだとは思うが。

「別に、大した事はしてない(本当)、ただ、奇跡を信じる心が奇跡を生むと、俺は誰よりも信じていただけだ」

 そう言って俺は臭い玉を片手に持って駆け出した。



 闘技祭に懸けた一週間、宣告されてからの1ヶ月半、本当に、本ッッッ当に、波乱万丈悪戦苦闘と色々な事があったが、その尽くを制覇して俺はここにいる。

 だが今度こそ本当に最後の最後、『女王』と黒龍、二つの強敵を打ち倒し、そしてその手柄で引退し、経験値で転職して【勇者】を卒業する。

 引き際として、幕切れとして、これ以上に妥当な終着点は無いだろう。

 だから俺はこれ以上何もしたくない、だから未来の全てをここに注ぎ込むありったけを掻き集めて、『女王』の鼻先に飛び込んだのである。




「うおおおおおおおおおおおおおおお、これで、終わりだあああああああああああああああああ!!!!!!」

 『男爵』の時と同じように『女王』の口内へと臭い玉をぶち込む。

 次の瞬間俺は女王の爪になぎ払われて即死するが、まぁ、きっとメリーさんが蘇生してくれるだろう。

 即死だったので痛みは感じず、俺はそのまま倒れる。

 俺は投擲した瞬間に勝利を確信し成し遂げた充実感に包まれていたので、死にゆく瞬間も満ち足りた気持ちで穏やかだった。
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